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ラストスパート。そして……

7月半ばに梅雨明けして以降、東京は夜になると曇ったり雷雨になったりの繰り返しで一向に晴れません。東北に停滞している梅雨前線に湿った空気が流れ込むのに加え、昼間の猛暑で熱雷が……。撮影も梅雨入り前の6月半ばが最後で、この夏はかなり厳しそう……と思っていたのですが、8月3日の夜、ようやく一晩中晴れの予報が*1。週末だし絶好のチャンス……ということで、いつもの公園に出撃してきました。


目指すはメシエ天体のコンプリート。前回までに残り8個にまで到達していて、うち7個は露出が短くて済む球状星団。快晴が続き、かつ宵のうちから撮影を始めればなんとかなりそうです*2


天文薄明が終わる頃から、早速撮影開始。まずは単独で撮っておきたかったさそり座の散開星団M6 & M7から。どちらも、天の川を広く捉えたときに写っていた対象ですが、明るく立派な散開星団ですし、きちんと押さえておきたかったのです。
hpn.hatenablog.com


M6 & M7撮影後は、フィルターを「プロソフトンクリア」&「IRカットフィルター」から光害カットフィルター「LPS-D1」に付け替え、いて座のM70から撮影に入ります。


が、ここで痛恨のミス。フィルター交換により光路長が変わるので、ピント位置も当然ズレるのですが……それをうっかり忘れてピンボケ写真を量産してしまいましたorz


気付いたのは撮影開始後20分ほどたってから。慌ててピントを合わせ直して撮影を再開しましたが……ミスショットの分を含め1時間近くも時間をロスしてしまいました。しわ寄せが最後に来るのは避けられそうもありません。


M70以下、いて座の球状星団をひとしきり撮影した後は、こと座のM56、や座のM71と高空の対象が続きます。これだけ高度があると、光害や地上の照明、シーイングなどに煩わされる心配がなく、気分的に楽です。


頭上には夏の大三角が。だ、断じて昼間ではないっ……!(血涙


終わったら、再度南の空に向けてみずがめ座のM72とやぎ座のM30を。


そして最後、今夜唯一の系外銀河であるうお座のM74に望遠鏡を向けます。しかし、この時点で天文薄明開始まで1時間少々。先のトラブルがなければ2時間は撮影できたはずなのに、とんだ誤算です。淡いのがお約束の「フェイスオン」の銀河ですし、果たしてどこまで写るでしょうか……?


と、約1時間撮ったところで天文薄明が始まってお開き。東の空にはアルデバラン、火星、木星がきれいな三角形を描いて輝いていました。冬の星座がもう昇ってきているのですね……。


リザルト


帰宅後、順次処理を進めていきます。まずはさそり座の散開星団たちから。




2024年8月3日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain100, 60秒×24, ケンコー・トキナー PRO1D プロソフトン クリア(W), ZWO UV/IRカットフィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0oほかで画像処理

M6(上)、M7(下)ともに、さそり座の尻尾付近にある明るい散開星団です。


M6は明るさの揃った80個ほどの星が小ぢんまりと集まっていて、M7に比べると幾分地味な印象です。しかし、星団内にある半規則型変光星「さそり座BM星」(5.5~7等)の黄色がいいアクセントになっています。



英語圏では、この星団を羽を広げた蝶に見立てた"Butterfly cluster"という愛称がありますが、なるほど、言われてみればそう見えないこともありません(^^;



一方のM7は、明るい80個ほどの星が天の川の微光星を背景にばらまかれていて、かなり派手な印象です。メシエ天体としては最も南に位置していて、メシエが観測していた頃のパリからは南中時でも6度程度しか高度がなく、当時は光害がほとんどなかったとはいえ、よくぞ見つけたものだと思います。


明るい星団だけに記録も大昔から残っていて、古くは古代ローマの学者プトレマイオスの「アルマゲスト」にも記載があると言います。ここから"Ptolemy cluster"("Ptolemy"はプトレマイオスの英語表記)などとも呼ばれます。



ちなみに、星団の西側(右側)にはNGC6453という球状星団が見えています。地球からは約37000光年離れていて、天の川に大量にある塵のため、やや暗く見えづらくなっています。



お次は球状星団。まずはいて座の3つから。




2024年8月3日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain300, 30秒×60, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0oほかで画像処理

M54は、見かけのサイズが小さいながらも集中度が非常に高く、球状星団の星の集まり具合を12段階に分類した「シャプレー・ソーヤー集中度」では、上から3番目のクラスIIIに分類されます。


M54までの距離は、これまで長らく50000~65000光年程度と考えられていましたが、最近の研究では約87400光年ほどもあり、さらに、そもそも銀河系に属する天体ではなく、銀河系の伴銀河である「いて座矮小楕円銀河」(Sagittarius Dwarf Elliptical Galaxy, SagDEG)に属する天体であることが明らかになりました。つまり「シャルル・メシエによって発見された史上初の銀河系外球状星団」ということになるわけです。




2024年8月3日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain300, 30秒×60, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0oほかで画像処理

M55は、見かけの大きさが満月の2/3ほどもある非常に大きな球状星団です。球状星団にしては非常にまばらで、「シャプレー・ソーヤー集中度」では下から2番目のクラスXIに相当します。


ちなみに、先日撮影したたて座の散開星団M11は非常に密集度の高い星団ですが、これと比べてみると大きさ、星の密度ともに似たようなものなのが分かります。
urbansky.sakura.ne.jp





2024年8月3日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain300, 30秒×60, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0oほかで画像処理

M70は、以前撮影したM69のすぐ近くにある球状星団で、見かけの大きさもよく似ています。それどころか、実際の両者の距離も1800光年程度しか離れていないと考えられています。



1995年7月23日のヘール・ボップ彗星の位置

この星団は1995年7月23日、アラン・ヘールとトーマス・ボップがこれを観測していたときに、そのすぐ近くでヘール・ボップ彗星(C/1995 O1)が発見されたことで有名になりました。




2024年8月3日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain300, 30秒×60, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0oほかで画像処理

こちらは、こと座の球状星団M56。見かけの大きさは小さいですが、「シャプレー・ソーヤー集中度」が下から3番目のクラスXということで、案外星は分離して捉えられます。とはいえ、明るさは8.3等と控えめで、正直地味な印象は否めません。




2024年8月4日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain300, 30秒×60, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0oほかで画像処理

や座の球状星団M71。集中度の非常に緩い球状星団で、1970年代までこれがが球状星団散開星団かで意見が分かれていました。


というのも、見た目のみならず、通常の球状星団と違って星団を構成する星の成分に「金属」*3が多いこと、多くの球状星団に共通して存在する「こと座RR型変光星」が見当たらないことなどから、「散開星団なのでは?」という疑念が拭いきれなかったのです。


しかし現在では、スペクトルの詳細な比較などから、M71は球状星団であろうと考えられています。




2024年8月4日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain300, 30秒×60, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0oほかで画像処理

みずがめ座球状星団M72。集中度がクラスIXと比較的緩い上、見かけの大きさが小さく明るさも9.3等と暗いため、どうにも見栄えのしない星団です。これほど小さく暗いのは、地球から約55400光年と非常に遠くにあるためです。




2024年8月4日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain300, 30秒×60, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0oほかで画像処理

やぎ座の球状星団M30。見かけのサイズは中程度、集中度も中程度といささか特徴に乏しい球状星団です。


ちなみに、ひと晩で全メシエ天体を観測する「メシエマラソン」においてはリストの最後に位置することが多く、夜明け直前に見られるかどうかギリギリになりがちで、その筋からは微妙に嫌われていたりします(笑)



そして、最後はうお座の系外銀河M74です。


「撮って出し」の画像をASIFitsViewerで自動レベル調整すると……



うむぅ……案の定、かなり頼りないです。これを十数枚重ねたところで果たして救えるものかどうか……。


とはいえ、材料はこれしかありません。気合を入れてゴリゴリと処理した結果……




2024年8月4日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain100, 300秒×12, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0oほかで画像処理

渦がハッキリと正面を向いた立派な姿が浮かび上がってきました。もちろん、もっと露出をかければよい画像が得られるのでしょうけど、東京都心から高々1時間程度の露出でここまで写ってくれれば上出来です。


M74は、渦状腕の構造がはっきりと見える「グランドデザイン渦巻銀河」の典型的なものの1つで、地球からの距離は約3500万光年。直径は約95000光年で、私たちの銀河系(直径約10万光年)とほぼ同程度の規模です*4


コンプリート!!


そして、このM74の撮影をもって、メシエ天体全110個の天体を撮影し終えました!2011年に初めてM42を撮影してから苦節(?)12年ちょっと。長かった……(T^T)q:
hpn.hatenablog.com




M20番台の散開星団のように単体で撮影していないもの、デジカメ撮影のため今となっては画質に満足の行かないものなどが混じっていますが、まぁ、それらはおいおい置き換えていけばよいでしょう。


今なら、都心でもそれこそSeeStarなどで簡単にメシエ天体を捉えることができますが、そうしたものも含め「街なかからでも案外なんとかなるものだ」ということを改めて知ってもらえればと思います。

*1:ちなみに、この前日の夜半前もまぁまぁよさげな予報だったのですが、局所的に雲が湧いて撃沈しました。

*2:来月には天リフさんのVSD90SSレビュー企画も控えていて、夏の天体を撮るにはおそらく本年ラストチャンスという事情もあります。

*3:天文学で言う「金属」は水素、ヘリウム以外の元素を指します。一般に球状星団は「種族II」と呼ばれる古い世代の星が多く含まれていて、金属量が少ないことが知られています。

*4:M74と違って、銀河系は棒渦巻銀河と考えられていますが