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GWは「がんばるウィーク」

5月3日の夜は一晩中快晴の予報。月齢も三日月で理想的でしたので出撃することにしました。ここで、普段ならいつもの公園に……というところなのですが、連休につき後のダメージの心配の必要がないということで、少し遠出をしてみることにしました。

「重いコンダラ」って、さすがにそろそろ通じないよね?

古来、天文観測機器というのは重量のあるものである。古代中国においてもそれは例外ではない。しかし一方で、暦法に用いる精密かつ高価な機器であり、移動に際して奴婢などを使役するわけにもいかず、学者自らが運ばざるをえなかった。後漢の時代、王宮の高級役人たちは、機材の重さに転げ、煩悶する学者の姿を「転悶」と嘲笑・揶揄した。これがのちに差しさわりのない文字に置き換わり、「天文」という言葉になったのである。

民明書房 刊「秘伝中華暦法大全~陰陽五行から四柱推命まで」より


……と、まぁ、謎の前置きは置いておくとして(ぇ


目的地は5kmほど先の河川敷。公園から直結なので自販機やトイレもありますし、公園は警備員が定期的に巡回していて比較的安全*1という好立地です。


この場所を選んだのは、いつもの公園だとLED照明が邪魔過ぎて、南天低い天体が狙いにくいから。過去に何度も惨敗していますし、この際だから南側に照明のない、見晴らしの良い場所で撮影してみたかったのです。
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ただ、問題は行くまでの道のりです。自動車を持っていない私は、普段は台車に荷物を満載して約1.5km先の公園まで移動しているのですが、今回はただでさえ距離が3倍近く伸びる上……



この高低差ですorz*2


オレンジがいつもの公園、青が件の河川敷までの道のりの高低差ですが、河川敷に行くまでに大きく急な坂があるのが一目瞭然です。これはいわゆる「河岸段丘」で、河川敷に降りる以上は避けようがないもの。これでも最も勾配の緩い経路を選んでいるのですが、その勾配は実に平均約6%*3!CMで有名になった「ベタ踏み坂」こと江島大橋の勾配が島根側6.1%、鳥取側5.1%とのことなので、結構な急坂なのが分かるでしょう。


これを台車で往復するのかと思うとイヤになります。まぁ、急ぐ必要はないのですし、休み休み行けばどうにかなるでしょうか……。



この日のターゲットは、まず夜半まではおとめ座の系外銀河NGC4647に現れた超新星SN2022hrsをEdgeHD800で、そして夜半以降は、夏の南天低くにある「無茶な対象」を狙う予定です。


これら必要な機材に加え、この季節は案外冷え込むこともあるので防寒具も……と、あれこれ台車に積み込んだ結果……




なんかすごいことになりましたorz ざっくり重さを見積もってみると、台車の自重22kgやボックスの自重7kgを含め90~100kg近くはありそうです。


バカなの?ねぇ、バカなの?


……うん、たぶんバカなんでしょう(笑) ここまできたら「なんとかの一念……」の世界、あとは気合だけです(^^;


動き出すと、平地はまぁいつも通り。距離が多少伸びたところで問題はなさそうです。が、問題はやはり中盤の急坂。下り坂だから楽かと思いきや、坂の傾斜以外に、路肩に向けて雨水を逃がすための傾斜があるため、油断すると台車が路肩に向けて暴走しがちになります。これを抑え込むため、ずいぶんと体力を使ってしまいました。


それでも、どうにか小1時間後には河川敷に到着。休日の割に意外と人も少なく、快適に撮影できそうです。



機材の設営途中、西空にはきれいな三日月が。虹色に染まった夕空とあいまって、実に美しい光景です。こればかりは都心でも関係ないですね。


そして天文薄明の終わった20時過ぎからは、予定通りSN2022hrsの撮影を開始。風がちょっと強めだったのが予想外でしたが、撮影に支障が出るほどではなさそうです。また、この風のおかげで体感温度が想像以上に低かったのですが、防寒具をしっかり持ってきていたので助かりました。重たい思いをしてでも持ってきたかいがありました。


そして夜半過ぎからは、鏡筒をBORG55FLに載せ替えて「無茶なチャレンジ」その1、アンタレス周辺のいわゆる「カラフルタウン」を狙います。この夜は、大気の透明度のせいかイマイチ冴えない空だったのですが、なんとか片鱗くらいは見えてほしいものです。


また、並行して「無茶なチャレンジ」その2、天の川の撮影に挑戦してみます。これについては過去、多少は写りそうな気配が見えていたので、南側に強い照明がない状態で本腰を入れて撮影してみたいと思っていました。さて、どうにか絵にできるでしょうか……?
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この季節、午前3時過ぎには天文薄明が始まるので、そこで撮影終了。機材を片付けて帰路につきます。


完徹で体力が削れているところに持ってきて、帰りは例の急坂を登り返さなければならないわけですが……路肩への傾斜に車輪を取られた経験から、帰りは車がいないことをいいことに車道の真ん中を堂々と。これだけでずいぶんと楽になりました。


とはいえキツいのは確か。Twitterでの叫びでお察しください(笑)

結局、帰路も行きとほとんど同じく約1時間で到着。あの高低差を100kg近い荷物とともに移動した割にはなかなかのタイムですが……できれば使いたくない場所ではありますね、体力的に(^^;


リザルト~超新星SN2022hrs


……というわけで、撮影結果。まずは超新星SN2022hrsからです。この超新星は4月16日に板垣公一氏が発見したもので、発見時の明るさは15等。その後、じわじわと明るさを増してきています。撮影時のプレビューの時点から見えていたので、心配はしていなかったのですが……こう!



2022年5月3日 EdgeHD800(D203mm, f2032mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -10℃, Gain=200, 露出180秒×40コマ, IDAS LPS-D1使用
セレストロン オフアキシスガイダー+Lodestar+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0fほかで画像処理

M58(右側)とM60(左側)を並べた定番の構図で狙ってみました。M60の右上に密着している系外銀河NGC4647の中に青白く見えている明るい星がSN2022hrsです。


以前、同じ構図で撮影した画像と並べてみたのがこちら。



それまで存在の分からなかった星が、突如として系外銀河丸ごとの明るさに負けないくらい明るくなったというのがよく分かります。




周囲の星と明るさを比べてみたのがこちら。11.77等の星よりは暗く、13.07等の星よりは明るいということで、12等台半ばといったところでしょうか。他者の観測結果なども見ると、明るさ的にはほぼピークのようです。


ちなみに、このSN2022hrsはIa型超新星と考えられています。Ia型超新星は絶対等級が基本的にほぼすべて同じ(-19~-19.5等程度)と考えられていることから、見かけの明るさを測定することで超新星までのおおよその距離を求めることができます。


絶対等級Mと見かけの等級m、距離d(パーセク)の関係は以下の通り。


 m - M = 5 \log_{10} d - 5

見かけの等級を仮に12.5等とすると、距離dはおよそ20Mpc(メガパーセク)前後と求められます。NGC4647までの距離はおよそ19.3Mpc(=6300万光年)*4と言われていますので、オーダーとしてはまずまずいい線行っているのではないかと思います。


リザルト~都心の天の川


さて、ある意味今回の本命の1つ、「無理・無茶・無謀」を極めた東京都心からの天の川の撮影です。


先の撮影風景の写真の通り、撮影場所は比較的暗いとはいえ、そこは東京都心。夜空は猛烈に明るく照らされています。こんな状況で天の川など本当に写るのでしょうか?


しかし逆に考えてみれば「空の暗いところなら肉眼で見える」ということは6等以上の明るさはあるわけで……。また、過去にはオリオン大星雲M42周辺の分子雲を一眼レフで写したこともありますし、希望がまったくないわけではありません。


ここはもう、自分の画像処理の腕を信じてシャッターを切るしかないでしょう。白飛びしないよう、例によって感度をISO100まで下げ、F5.0、露出時間120秒で撮ってみます。


「ところでこの写真を見てくれ こいつをどう思う?」

「すごく……白いです……」

真下に走る高速道路の照明が上空を照らしている上、この夜の空の透明度があまり良くなかったことも手伝って、かなり悪い写りです。中央に干潟星雲 M8が写っているのがかろうじて判別できますが、天の川など影も形も見えません。


とはいえ、都心で撮っていると対象が見えないのはいつものこと。なんとかなると信じて撮りまくり、処理に回します。


35mm(@キヤノンAPS-C)と広角で撮ったためにフラット補正をしてもカブリが直線的にならず、カブリの除去には一苦労。最終的にはFlatAideでの補正を余儀なくされました*5が……こうだ!



2022年5月4日 SIGMA 18-50mm F3.5-5.6 DC(f35mm, F5.0) AZ-GTiマウント
Canon EOS Kiss X5 SEO-SP3, ISO100, 露出120秒×48コマ, IDAS/SEO LPS-P2-FF使用
ノーブランドCCTVレンズ(f25mm, F1.4)+ASI120MC+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0fほかで画像処理

「見えるぞ!私にも天の川が見える!!」


天体改造とはいえ、冷却カメラではなく通常の一眼レフなのでノイズでザリザリですが、とうとう東京都心から天の川をまともに捉えることができました。以前も思いましたが、淡くかすかな光とはいえ、街の光を超えて星の光が地上に確かに届いているのだと感じられて、本当に感動します。しかも、架台は安いAZ-GTiだし、カメラは中古品の改造、レンズも3000円という激安の中古品と、特別な機材は何も使っていません。これで東京都心から天の川を捉えられるのだからたまりません。


星座線やメシエ天体の注釈を入れたのがこちら。



主な星雲、星団は写っていますし、恒星にしても意外と暗い星まで写っているのには驚きます。星図と突き合わせてみると少なくとも10等くらいまでは写っていそうです。


また、さそり座の尾のあたりを見ると、ごくかすかにですが出目金星雲 NGC6334と彼岸花星雲 NGC6357の存在が!




さらに、干潟星雲 M8の西側に伸びる「猫の手」と俗称される淡い星雲も見えているようです。




比較的雑に撮ってこれなので、冷却カメラでしっかり腰を据えて取り組めば、これらをまともに捉えることも可能かもしれません。



なお、残る「カラフルタウン」については、現在処理中なので後日。音沙汰がなければ、まぁ、そういうことだったんだろうなと察してください(笑)


好調な時こそ要注意


ところで「好事魔多し」で、天の川の撮影を始める前、実はつまずいてAZ-GTiごと機材を丸ごと転倒させてしまいました。幸い、倒れ方が良かったのか機材そのものに異常はなかったのですが、肝をつぶしました。

機材配置はこんなで、1か所で制御できるよう機材を近接して配置していたのですが、AZ-GTi設置時に横着して机をまたいだら、コードに足を引っかけそうになってよろめいて……という次第。


犠牲は、転がった水筒が地面で削れて傷だらけになったのと、カメラのホットシューに取り付けたガイドカメラ固定用自由雲台くらいでしょうか。後者は本体に打痕が付き、固定ねじのプラスチックノブが割れ、ホットシュー~雲台の部分が折れ曲がってしまっています。しかし、これが衝撃を吸収してくれたのでしょうね。本当に何事もなくて良かったです。


なまじ調子のいいときほど、気を引き締めてかからないといけませんね。

*1:あくまで「比較的」。まぁ、近くにホームレスはいないし、高級住宅地の中ということで変なヤカラも少なめと割と好条件ではありますが、河川敷は一般に人気(ひとけ)はないし、何かあっても助けを呼びづらいと悪条件も揃っているので、あまり積極的にはお勧めしません。

*2:グラフの作成には「地理院地図」を使用しました。

*3:338mの距離で20.79m差

*4:NGC 4647 - Wikipedia

*5:FlatAideを使うと負けた気になるので使いたくないのですが仕方ありません。