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光害のスペクトルを撮る

最近、近赤外+カラー画像による銀河のLRGB撮影にはまっているわけですが、ここで悩ましいのが「カラー画像に光害カットフィルターを使うべきかどうか?」という点です。


先日のM51の撮影において、UV/IRカットフィルターのみで撮ったら思いのほか色の乗りが良かったこと、またrnaさんのブログのコメント欄にて、「もりのせいかつ」の kさんが「光害地での銀河撮影ではクリアフィルターを使う」という話をされていたこともあり、光害カットフィルターのデメリットに改めて目が向いたのです。
rna.hatenablog.com


光害カットフィルターの利点・欠点を挙げると、こんな感じでしょうか?


利点

  • 水銀やナトリウム由来の輝線による光害をカットできる。
  • Hα線やOIII線、Hβ線を多く通すため、惑星状星雲や散光星雲のコントラストが上がる。
  • 赤外線をカットするため、赤カブリを防止できる。(クリアフィルター仕様のカメラのみ)


欠点

  • 色再現性が悪くなる。
  • 特定波長の光がカットされる分、全体として光量が減る。
  • LEDなどの連続スペクトルによる光害には基本的に無力。


こうしてみると、特定の輝線で輝く散光星雲や惑星状星雲はともかく、連続スペクトルで輝く系外銀河に対しては、光量減少などの副作用が少なからず悪影響を及ぼしそうです。特に、もし「輝線による光害」が少ないのであれば、上にあげた利点すらほぼ消えてしまうわけで、系外銀河に対して光害カットフィルターを使う理由はほとんどなくなってしまいます。


では、実際に撮影場所の光害はどんな状態になっているのでしょうか?LED照明がかなり普及した現在、東京都心の光害がどうなっているのか、上記の問題を別にしても興味があります。


簡易分光器の作成


光害の原因を突き止めるには、簡易分光器で「光害のスペクトル」を見るのが手っ取り早いです。「簡易分光器」でググると、日本宇宙少年団のものを筆頭に、回折格子やDVDを使って簡単に工作できるものが色々出てきます。
www.yac-j.com
(↑リスト中の「科学工作 16」参照)



しかし、明るいとはいえ相手は夜空。肉眼でスペクトルを確認するには暗すぎます。となると、どうにか撮影する手立てを考えないといけません。


実は「光害のスペクトルを撮影する」ということについては、あぷらなーとさんが既に3年前に実行し成功しています。
apranat.exblog.jp
apranat.exblog.jp
apranat.exblog.jp


とはいえ、こちらにはM57オスネジを都合よく備えたようなカメラはありませんし、BORGパーツを利用してしっかりした分光器を組み立てる、なんていうことはできそうもありません。


何かうまい手はないものか……とトイレで考えていて、ふとひらめきました。


「……もしかしてこれは使えるのでは?」

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ジャストフィ~ット!!


本当にまったくの偶然なのですが、トイレットペーパーの芯(内径約37.5mm)が手持ちのPowerShot S120のレンズ外周にぴったりフィットしたのです。これを分光器の筐体として使えば、面倒な工作は不要になりそうです。


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光を取り込むスリットは、これまたたまたま捨てる予定だったカッターの使用済み替え刃を流用。見ての通りの雑な仕事ですが、簡易分光には十分。正確に測ったわけではありませんが、スリット幅は100μm以下にはなっていそうです。そして、内側には光の乱反射を防ぐため植毛紙を貼ります*1


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一方、回折格子Amazonで溝の間隔d=1/1000mmの安価なものを購入し、これを適当なサイズにカットしてレンズに貼りつけます。


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ここに分光器の筐体をかぶせて完成です。おまけとして、余った植毛紙を筒先に巻き付けて簡易フードにしてみると、摩擦だけで保持出来てなかなかいい感じです。


これで、まずは手始めに太陽光を見てみると……

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うむ、ちゃんと分光しています。しかも……

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こんな図画工作レベルの雑な分光器でも、主要なフラウンホーファー線はきっちり見えてます!これは面白い!以前、DVD分光器で精度をとことんまで追及している記事を読みましたが、ハマるのも分かる気がします。
seppina.cocolog-nifty.com


各光源のスペクトル


では、いよいよ本題です。まずは各種光源のスペクトルを確認しておきます。


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LEDは近所の街灯に付いている白色LED。エネルギーの高い青色LEDの光を使って蛍光物質を光らせる、という白色LEDとしては典型的なものです。青色に比較的鋭いピークがあり、より長波長側に蛍光物質由来の幅広いピークがあるという、まさに理屈通りの分光特性です。また、下の蛍光灯やメタルハライドランプのスペクトルと比べるとハッキリしていますが、連続スペクトルなのも特徴です。


蛍光灯はいわゆる「昼白色」のもので、街灯にもよく使われているものです。水銀由来の435.8nm(青)546.1nm(緑)、蛍光物質由来と思われる610nm付近(赤)の強い輝線に加え、演色性を改善するために490nm付近(水色)580~590nm付近(オレンジ)にも弱い輝線が見られます。


メタルハライドランプは観測場所近くの幹線道路に街灯としてあったものです。これは電球中に水銀に加えて金属ハロゲン化物の蒸気を封入したもので、演色性が水銀灯より良好な上、水銀使用量が少なくて水俣条約の規制に引っかからないことから、水銀灯からの置き換えとしてしばしば使用されています。スペクトルは封入されている金属ハロゲン化物の種類によって変わりますが、今回測定したランプの場合、水銀由来の輝線のほか、ナトリウム由来と思われる589nm付近の輝線など、複数の輝線が見られます。


光害のスペクトル


さて、それでは本命の光害のスペクトルです。


天文薄明終了後かつ月出前の暗夜に、簡易分光計を装着したカメラを天頂方向に向け「絞り開放(F1.8)、露光時間は設定できる最大値である250秒」の条件でRAWで撮影してみます。撮影後、レベル調整とノイズ除去処理を施して出てきた結果がこちら。


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546.1nmの輝線がハッキリ視認でき、610nm付近にも輝線がありそう……ということで、光害の主因の1つはおそらく蛍光灯で確定です*2。一方、連続スペクトル成分の方は強度分布がLEDのそれと見事にそっくりで、当たり前というかなんというか、「LEDと蛍光灯による複合」というのが当地の光害の現状ということになりそうです。


それにしても、100μm以下のスリットを通してもなお、コンデジでの1枚撮りでスペクトルがバッチリ写ってしまう空の明るさには参りました。たしかにSQMで18.20等/平方秒*3というロクでもない空ですが、いい意味でもうちょっと苦労するかと思っていたのですが……orz


光害カットフィルターの効果


ここまで来たらついでなので、各光害カットフィルターの効果についても見てしまいましょう。基本的には公表されている透過率グラフ通りの結果だろうとは思いますが、せっかく手元に分光器がありますし、興味本位です。光源としては太陽光を用い、各フィルターを分光器のスリット前にかざしてスペクトルを撮影しています。


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まずは一般的な光害カットフィルターから。手持ちのIDAS LPS-D1および同NGS1(=LPS-D3)について見ています。


LPS-D1は水銀由来の強烈な輝線(435.8nm(青)546.1nm(緑))やナトリウム由来の589nm付近の輝線(オレンジ)をしっかりカットしています。ただ、蛍光灯の610nm付近の輝線(赤)は通してしまっています。このあたりは公表されているスペック通りで、ある程度仕方のないところなのでしょう。


一方、NGS1はLEDの青側のピークである470nm付近をカットしており、さらにナトリウム由来の589nm付近の輝線や蛍光灯の610nm付近の輝線もカットしています。しかしながら、水銀由来の435.8nm546.1nmの輝線は透過してしまいます。特に、光害のスペクトルでも見えた通り、546.1nmの輝線は強力なので、これがカットできないのは市街地で使うにはちょっと厳しいかな?という印象です。


実際、以前NGS1で撮影してみたときには大きく緑にカブりましたが、この546.1nmの輝線のせいもあるのでしょう。
hpn.hatenablog.com


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次に、ナローバンドフィルターの系統。AstronomikのHαフィルターは正真正銘のナローバンドフィルターなので、ほぼHα線(656.3nm)しか通しません。これはいいのですが、ちょっと面白いのはIDAS NB1ZWOのDuo-Bandフィルターです。


どちらもHβ、OIII付近Hα付近のみを通す「ワンショットナローバンドフィルター」と呼ばれる類のフィルターですが、スペクトルを見るとHα銭より波長の短い600nm付近から光を透過しており、620~630nmあたりに鈍いピークがあるように見えます。メーカーが公表している透過率のデータとはちょっと矛盾する結果です。実用上は問題ないですし、こちらの測定方法がそもそも「やっつけ」でいい加減なものなので、どこまで信頼できるかはなはだ怪しいのですが、メーカーの違う同系統のフィルターで共通して同じような特性が見られるあたり、原因がちょっと気になるところです*4




……で、結局光害カットフィルターを使うべきかどうかですが、光害のスペクトルを見る限り、蛍光灯の影響はまだまだ大きいようで、やはり取り除ける光害は取り除いておいた方がいいのかなという気はします。ただし、カメラが赤外線をカットしないクリアフィルター仕様の場合、こと系外銀河に関してはkさんご指摘の通り、赤外線領域を含めた光量の増加分が見込める*5ので、そことの兼ね合いでフィルター使用の可否は変わってきそうです。


ちなみに、「水銀由来の輝線をカットできるLPS-D1と、LED由来の青色ピーク&蛍光灯由来の610nmの輝線をカットできるNGS1を重ねて使えば、光害が根こそぎカットできて最強なんじゃね?」という、ものすごく頭の悪い発想も一瞬浮かんだのですが、光量が減る&ゴースト発生の危険性が高まるので、そんなことするくらいなら素直にNB1使っておいた方が良さそうです(笑)

*1:大量に余っていたので。なければ、つや消し黒で塗装してもいいと思います。

*2:光害のスペクトルではオレンジの580~590nm付近も明るくなっているように見え、これも蛍光灯由来の輝線が反映されているのかもしれません。

*3:Light Pollution Mapより

*4:モノクロセンサーで検出すれば、撮像素子上のカラーフィルターがない分、もう少し厳密な話ができそうですが、各波長に対する感度のキャリブレーションの手間など考えると、普通に分光光度計の守備範囲でしょう。

*5:しかも、赤外域に光害成分は少ないです。

カラーカメラでの近赤外撮影~撮れるの?撮れないの?

先日、こちらでも近赤外撮影を始めたばかりですが、同じく都心で近赤外撮影にチャレンジし始めたhiroooo000さんが、しばらく前にちょっと気になることを書いておられました。
hiroooo000-blog.hatenablog.com


曰く、近赤外撮影をやったけど思ったほど写りが良くないとのこと。たしかに、記事に掲載されている写真を見る限り、もう少しよく写っても良さそうな気がします。


hiroooo000さんが使用されているカメラはASI533MC Pro。私がメイン撮影で使用しているASI2600MC Proと同世代の高性能機です。使用されているセンサーチップはIMX533。低照度下での画質を表すパラメータ「SNR1s」*1は0.13 lxです。先日、こちらで使用したASI290MMで使われているセンサーチップIMX290のSNR1sが0.23 lxですから、チップの性能的にはIMX533の方が勝っています。


だとすると、写りの悪い原因は何でしょう?カラーカメラ自体に問題がるのだとすると、ちょっと厄介ですが……。


赤外域の感度が低い?


IMX290もIMX533も、決して赤外域に特別強いわけではありません。とはいえ、波長ごとの感度を比べてみるとご覧の通り。


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IMX290MMの感度曲線

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IMX533MC Proの感度曲線


カラーとのモノクロの違いはありますが、極端にIMX533だけ赤外線感度が落ち込んでいるという感じもしません。量子効率(QE)のピーク値はIMX533、IMX290ともに80%ですし、これまた大きな違いはありません。


プロテクトウィンドウが赤外線をカットしている?

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ZWOのカメラはセンサーの手前にガラスがあって、これがチップを保護する形になっています。そして同社のカメラの中には、このガラスがIRカットフィルターになっているものが存在します。ASI2600MC Proなどがその例です。


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ASI2600MC Proのプロテクトウィンドウの透過曲線


しかしながら、ASI533MC Pro、ASI290MMともにこのガラスは単なる「反射防止ガラス」で、赤外線を積極的にカットするようなものではありません。


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ASI290MMやASI533MC Proのプロテクトウィンドウの透過曲線


カラーカメラの感度は?


……となると、あと怪しいのはカラーカメラのセンサー直前にあるカラーフィルターです。


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皆さんすでにご承知の通り、カラーカメラのセンサー自体に色を感じる機能はありません。構造としては、光の強度に応じた電荷を発生するフォトダイオードの上にR, G, Bの三色をそれぞれ透過するフィルターを並べ、各画素でそれぞれの色情報を取得するようになっています。もし、このフィルターの赤外線透過効率が悪ければ、その分、実効感度は下がることになります。


しかし、だからといってまさかセンサーを分解してフィルターだけ取り出し、その特性を調べるわけにもいきません。そこで、手元にあるASI290MM(モノクロカメラ)とASI290MC(カラーカメラ)に同じ赤外線透過フィルター(OPTOLONG Night Sky H-alpha)を装着して撮影し、その写りから感度の高低を比較してみることにします。


ちなみに、ASI290MCの感度曲線はこんな感じ。


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赤外域の感度はASI533MC Proよりは高いですが、2倍も3倍も違うわけではなさそうです*2


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セットアップはごくごく簡単で、カメラにレンズを取り付けて暗い室内を撮影するだけ。今回はシグマ 18-50mm F3.5-5.6 DC*3を取り付け、18mm、F3.5*4で撮影しています。



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まずはASI290MMから。Gain=110の60秒露出での写りはこんな感じ。これが基準になります。



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次に、ASI290MCを同条件で撮影するとこんな感じになります。ホワイトバランスを整えていないので、当然のように画面は真っ赤になります。これをR, G, Bの各チャンネルに分離すると、以下のようになります。



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当然と言えば当然ですが、G, Bのチャンネルにはほとんど写っていません。実際にはG, Bともに赤外域に漏れがあり*5、強調してみれば写っていないこともないのですが、このデータを拾い上げてしまうとかえってノイズ源にしかならないので、このような場合はRチャンネルのデータのみ使用します*6。このあたりはHαのナローバンド撮影と同様です。


このRチャンネルの明るさを見る限り、ASI290MCはASI290MMより感度が低いのは確かなようです。



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次に、ASI290MCの露出時間を120秒まで伸ばし、同様にRチャンネルのみ抜き出すとこんな感じ。今度はASI290MMに比べてかなり明るいです。少なくとも、ASI290MMとMCとで倍半分も感度が違うということはなさそうです。



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構図がズレているので厳密な比較はできませんが、各画像のヒストグラムを確認してみると、ASI290MMの画像は、同条件のASI290MCの画像のおおよそ1.1~1.2倍くらいの明るさがありそうです。とはいえ、差としては決して大きくなく、このくらいであれば画像処理で十分にリカバリーできる範囲内だろうと思います。


つまり……

  • 赤外線に対して特異的にセンサーチップの感度が低いわけではない。
  • プロテクトウィンドウは赤外線をカットしない。
  • チップ上のカラーフィルターの影響はあるが、大きくはない。モノクロカメラ8~9割の感度はある。

ということになります。



では、hiroooo000さんの写真がなぜ写りが悪かったかですが、処理中画面のキャプチャ画像や「HTで丁寧に調整したら色が失われてしまいました」といった記述からして、おそらくはカラー写真として画像処理してしまったのではないでしょうか?


上でも少し書きましたが、近赤外撮影で光が受かるのは主にR画素で、G, B画素はあくまでも「光が漏れだす」レベルでしかありません。ところが、これをなまじカラーバランスを取る形で処理しようとすると、写りの悪いG, B画素に描写が引きずられることになってしまいます。赤外線写真には「色」がないのですから、Rチャンネルのみ抜き出して、モノクロ写真として処理すれば、もう少し描写が良くなるのではないかと思いますがどうでしょう?(もし見当違いだったらすみません。)


その上でどうしても色が欲しければ、別途赤外線フィルターなしでカラー撮影し、モノクロの赤外線写真をL画像としてLRGB合成するのが確実かと思います。



……というわけで、結論としては、多少の感度ロスはあるものの、カラーカメラでも十分に近赤外撮影を楽しめると思います。ただ最後に1つだけ。カラーカメラの場合、近赤外撮影ではR画素しか使わない関係上、解像度はモノクロカメラの1/41/2になってしまいます*7



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実際、ASI290MMとASI290MCの画像を比べると、ASI290MCの方が描写が甘くなっています*8。ASI290MMの画像を一度1/2に縮小したのち、再度2倍に拡大してみるとASI290MCの画像に雰囲気が似てくるあたり、解像度が1/41/2に低下していることを納得できるでしょう。解像度を求めるのであれば、モノクロカメラの方が有利なのは間違いのないところです。


とはいえ、ブログやSNSで使う分には、そう高解像度の画像は使わないでしょうし、あまり問題はないと思います。

*1:https://www.sony-semicon.co.jp/products/IS/security/technology.html

*2:ピークQEがほぼ同じというのを信じるなら、縦軸のスケールはほぼ横並びで比較できます。

*3:単に手近にあっただけ。

*4:絞りの制御はできないので、開放になります。

*5:分光感度のグラフ参照

*6:本当に厳密にやるなら、現像前のFITSファイルの時点でR画素の情報のみを抜き出すべきですが。

*7:ベイヤー配列の場合、R画素は4画素に1つしか存在しないため。

*8:ピントが微妙にずれている可能性は否定しきれないけど。

近赤外で系外銀河

先日、Twitter上で「都心部における近赤外での系外銀河撮影」の第一人者であるcockatooさんと話していて、近赤外での銀河撮影の話になりました。以前から、近赤外での撮影は興味はあったのですが、こちらがメインで使用している冷却CMOSカメラASI2600MC Proが、この目的にはほぼ使えない(後述)ため、半ばあきらめていたのです。ところが改めて聞いてみると、ウチの機材でも十分勝負になりそう。そこで、ちょっとチャレンジしてみることにしました。


ちなみに、cockatooさんによる詳しい解説が以下のページにありますので、こちらもご参照ください。
satakagi.github.io


近赤外での系外銀河撮影とは?


都心で天体撮影を行う場合、最大の障害になるのはもちろん激しい光害です。それでも昔は、光害の主因が水銀灯やナトリウムランプといった特定波長の光を発する照明だったので、これらをカットする「光害カットフィルター」を使えばある程度軽減はできました。ところが最近は、連続スペクトルで輝くLED照明が普及してきて、人工光のカットが難しくなってきました。


それでも、撮影対象が水素原子や酸素原子由来の特定波長で輝く散光星雲や惑星状星雲、超新星残骸などであれば、逆にこれらの光しか通さないフィルターを使うことで、光害の影響を軽減できます。各種のナローバンドフィルターや、STCのAstro-Duoナローバンドフィルター、サイトロンのQuad BPフィルター、IDASのNebulaBoosterフィルターなどがその例です。
hpn.hatenablog.com


ところが、撮影対象が系外銀河となると話が違ってきます。系外銀河は星の集まりなので、特定波長の光で輝いているわけではなく、太陽などと同様、連続スペクトルで輝いています。となると、フィルターで銀河からの光のみを選り分けることはできず、光害カットフィルターも効果薄……ということになってしまいます。


そこで登場するのが赤外線です。赤外線は皆さんご存知の通り、赤よりもさらに長波長側の光で、人間の目には見えません。しかし、太陽光に赤外線が含まれているのと同様、系外銀河も赤外線を発しています。そして「目に見えない」という特性からして、光害の成分に含まれることはほとんどありません*1。また、光害は「照明などの光が大気中で散乱したもの」なわけですが、この散乱*2は短波長の光ほど強く起こることが知られています。その意味でも、光害に赤外線成分は少ないはず。つまり、赤外線しか通さないフィルターを使って撮影すれば、都心であっても光害の影響をほとんど気にせず撮影できるというわけです。


特に、比較的短波長の俗に「近赤外線」*3と呼ばれる光は、市販のCMOSカメラでも十分な感度があり、ターゲットとして最適です。


難点としては「カラー写真にならない」*4という点ですが、系外銀河は色彩に乏しいものが多いため、それほど違和感は大きくありません。


近赤外撮影に必要なもの


さて、近赤外で銀河を撮影するには、必要なものがいくつかあります。


まず、なにはさておき「赤外線透過フィルター」が必要です。透過させる波長としては、640nmより長ければ大丈夫。波長が長ければ長いほど光害カット効果は高くなりそうですが、一方でカメラの感度が落ちますし(一部のカメラ除く)、むやみに伸ばさなくても良さそうに思います。


現在、一番入手しやすいのはサイトロンのIRパスフィルターでしょうか。値段もそれほど高くありません。
www.syumitto.jp


ドイツのAstronomik社からも同じようなフィルターが発売されています。
www.astronomik.com
www.kasai-trading.jp


こうした干渉フィルター以外に、昔ながらの色素系のフィルターも使用できます。ベテランの方だと、R64フィルターなど持っていないでしょうか?現在入手可能なものとしては富士フイルムのSCフィルター/IRフィルターあたりがあります。
www.fujifilm.com


今回は、たまたま偶然手元に合ったOPTOLONGのNight Sky H-alphaフィルターを用いました*5。このフィルターは640nm以下の波長の光をカットし、それ以上の光をほぼ素通しするので、この目的にはピッタリです。



次にカメラ。赤外線に対する感度がなるべく高いものが必要です。また、色は関係ありませんから、カラーカメラよりも、感度・分解能に優れたモノクロカメラの方が有利です*6。さらに、これは見落としがちなのですが、撮像素子を保護するガラスが赤外線に対して透明である必要があります。例えば、私が普段撮影に使っているASI2600MC Proの場合、このガラスがIRカットフィルターになっているため、この目的には不向きです。


今回、私は惑星撮影用に持っていたZWOのASI290MMを使用しました。非冷却ですが、今の時期ならそれほど気温は高くないですし、赤外域の感度も悪くありません。



そして望遠鏡。特別なものは必要ありませんが、系外銀河は視直径の小さいものが多いので、使うカメラのフォーマットに合ったスケールのものを使う必要があります。また、一般に赤外線側の感度が低めのカメラが多いため、明るければ(=F値が小さければ)言うことありません。


なお、赤外線は目に見えないため、望遠鏡の中にはまれに赤外線に対する収差補正が不十分なものが存在します。それなりの望遠鏡ならあまり酷いことにはならないと思いますが、安価な屈折望遠鏡などは一応注意が必要です*7


今回は、カメラのフォーマットが小さい(1/3型、5.6mm×3.2mm)ことから、BORG55FL+レデューサー7880セット(口径55mm、焦点距離200mm)を用いました。35mm判換算で1300~1400mm程度に相当します。


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レンズとカメラの接続は、カメラに「T2-1.25″ Filter adapter」を介してフィルターを取り付けた上、「EOS-T2 Adapter」(写真左)でBORG55FLと接続しています。F値の明るい望遠鏡ですが、これならケラレの心配はほとんどありません。


実際の撮影

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以上の構成で、実際に撮影してみることにしました。ターゲットは悩みどころで、カメラのフォーマットが小さいとはいえ、それでもまだ焦点距離が控えめなこと、ASI290MMでDSOを撮影すること自体が初めてなことを考えると、視直径が大きめで比較的明るいものが取り組みやすそうです。また、光害の影響を見るなら、渋谷・新宿方面を控えた北側の空の方が有利……ということで、子持ち星雲M51を狙うことに。同じく北天で視直径の大きなM101も考えたのですが、かなり淡くてどこまで写せるか分からなかったので、今回は見送りました。


ASi290MMの設定ですが、Gainはユニティゲイン*8に相当する110に。露出時間は全く見当が付かなかったので、とりあえず5分にしてみました。で、「撮って出し」がこれ。


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未処理のわずか5分でこの写り。F3.6と明るい鏡筒であることを考えても、都心の激しい光害の中から、これだけハッキリと銀河が浮かび上がってくるとは思いませんでした。これを8コマ確保します。


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次に、比較用としてASI290MCにOPTOLONGのUV/IRカットフィルターを付けて同様に撮影してみます。光害カットフィルターの類は付けてないので、背景レベルの上昇具合はどんなものでしょうか……?


まずは、無理だろうと思いつつも近赤外と同じ5分露出をテスト……


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思いっきり露出オーバーで、とんでもないことになってます(笑) というわけで、露出を3分まで削ると


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ようやく見られる程度になりました。それでも背景レベルの上がり方は激しいですし、写りは近赤外でのものに遠く及びません。とりあえず、これを13コマ……トータルで近赤外のとほぼ同露出時間になるよう確保します。


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ちなみに、露出を1分まで絞ると背景は落ち着いてきますが、銀河の写りはさらに頼りなくなってきます。これを重ねても、あまり劇的に良くなりそうな気はしません。


リザルト


さて、せっかく撮ったのですから、処理してみないともったいないです。まず、近赤外、カラーそれぞれについてフラット補正を行ってみます。


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強調してみるとハッキリ分かるのですが、近赤外は光害カブリをほとんど感じられないのに対し、カラーの方は光害によって背景が傾斜しています(右下が明るくなっている)。


これを各々コンポジットし、処理してみると……


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光害がない分、近赤外の方が写り……というか背景とのコントラストがしっかりしていて処理が容易です。最終的な結果だとあまり大きな差がないように感じるかもしれませんが、カラーの方は銀河を浮き上がらせるためにかなり強い処理が必要で、背景にその副作用が及んでしまっています。また、「子銀河」に相当するNGC5195周辺に広がる淡い領域も、近赤外の方が明確です。


そこで、近赤外画像をL、カラー画像をRGBとしてLRGB合成した最終結果がこちら。


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2021年3月11日 ミニボーグ55FL+レデューサー0.8×DGQ55(D55mm, f200mm) SXP赤道儀
L画像:ZWO ASI290MM, Gain=110, 露出600秒×8コマ, OPTOLONG Night Sky H-alphaフィルター使用
RGB画像:ZWO ASI290MC, Gain=110, 露出180秒×13コマ, OPTOLONG UV/IRカットフィルター使用
ペンシルボーグ(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0bほかで画像処理


明るい銀河とはいえ、東京都心で撮ったにしてはなかなかじゃないでしょうか?


それにしても、この軽量機材でここまで写ってしまうと、EdgeHD800の存在意義が怪しくなってきてしまいます。もしF10のこの鏡筒で今回と同等の露出を与えようとすると、(10/3.6)^2……およそ8倍近くもの露出が必要になってしまいます。1コマ分だけでも、焦点距離2000mmを40分間ガイドとか、一体何の苦行かという……orz


まぁ、究極的な分解能としてはEdgeHD800の方が圧倒的に上のはずですが、これも日本の悪気流を考えると、必ずしもアドバンテージとは言いきれないような気もします。

*1:光害は各種照明や広告などが主因ですが、これらは人の目に見えない波長で光っても意味がありません。その意味で、おそらく将来的にも光害に赤外線が含まれることは基本的にないだろうと思います。

*2:レイリー散乱

*3:おおむね波長700nm~2500nm

*4:赤外線には「色」がないので。頑張れば波長別に疑似的に着色することは可能ですが。

*5:本当にたまたま偶然です。機材は持っておいてみるものですね(ぇー https://hpn.hatenablog.com/entry/20170505/1493980129

*6:カラーカメラでも撮れないわけではありません。

*7:もっとも、撮ってみないと分からないのが頭の痛いところですが。

*8:1つの電子を「1」のシグナルとしてカウントする感度。単純には、これ以上ゲインを上げてもカメラ内部のシグナル増幅率が上がるだけで実質的な感度は上がらない。