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春霞の中で

海の向こうで皆既日食のあった新月期、関東は停滞する前線のせいで曇天続き。たまに高気圧がやってきても薄雲まみれか、高気圧の中心が北に偏ってて関東には湿った東風が流れ込むという状況が続いていました。が、14日は久々に高気圧がどっかりと日本全体を覆う予報。夜半頃まで月が残りますが*1、食後にいつもの公園へと強行出撃してきました。


この日持ち出したのは長焦点のEdgeHD800。風が穏やかなので安心して展開できます。これでまずは、うみへび座球状星団M68を狙います。撮り始めの時間帯には月がまだ残っていましたが、淡い部分のない星団相手なら致命的ではないでしょう。


月没後は、りゅう座の系外銀河M102を。


そして最後にさそり座の球状星団M80を撮影します。それにしても、3時台に天文薄明が始まってしまうとは、夜もずいぶん短くなりました。


ところで、上の写真で空がずいぶん霞んでいるように見えますが、実際、星の見え方としてはかなり悪かったです。おまけに、写真でも分かる通り湿度も高く……*2


撮影後の補正板は御覧の通り。幸い、画像に致命的な影響は出ませんでしたが、やはり結露対策を本格的に考えないとダメですね。一応、セレストロン(ビクセン)からは純正のヒーターが出ていますし、ヒーターのコントローラーも、CP+の展示通りなら近々国内販売されるはずですが……かなりの金額がかかりそうな上に、バッテリーへの負担を考えるとちょっと二の足を踏んでしまいます。金魚ポンプか何かで乾燥空気を送り込む形にした方がよさそうですね……。


リザルト


というわけで、撮影結果です。まずはM68から。



2024年4月14日 EdgeHD800(D203mm, f2032mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -10℃
Gain=350, 30秒×40, IDAS LPS-D1フィルター使用
オフアキシスガイダー+StarlightXpress Lodestar+PHD2によるオートガイド
PixInsight, ステライメージVer.9.0nほかで画像処理

M68はうみへび座……というより、むしろからす座に近い位置にある球状星団で、地球からの距離はおよそ33000光年。視直径は11分ほどで、北天最大級の球状星団M13の半分ほどしかない、こじんまりとした星団です。


球状星団は、その星の密集度によって12段階に分類(シャプレー・ソーヤー集中度)されていますが、M68は下から3番目のクラスXに相当し、球状星団としてはかなりゆるい部類に属します。この写真でも、星団に属する個々の星が分離して見えています。




ちなみに、星団の北東側には「FI Hydrae」(FI Hya)というミラ型変光星があります。印をつけた赤っぽい星がそれで、約326日の周期で8.9等から15.2等まで変光します。変光幅が大きい分、この星の明るさがどのくらいかで、写真の印象は大きく変わります。直近で極大を迎えたのはおそらく昨年7月末*3で、現在はおおむね10~11等程度で見えています。極大のタイミングは毎年1か月ほど早くなる*4ので、もう数年すると撮影好機と極大とが重なって、それなりに派手な見え方になるかと思います。



次いでM102。




2024年4月14日 EdgeHD800(D203mm, f2032mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -10℃
Gain=400, 30秒×240, IDAS LPS-D1フィルター使用
オフアキシスガイダー+StarlightXpress Lodestar+PHD2によるオートガイド
PixInsight, ステライメージVer.9.0nほかで画像処理

この系外銀河については、少し説明が必要です。というのも「M102」という銀河は、カタログで示された位置に該当する天体がない「行方不明のメシエ天体」だからです。現在では、様々な証拠からNGC5866という系外銀河がM102の正体だろうと言われていて*5、ここでも「NGC5866 = M102」として撮影しています。



この銀河は、レンズ状銀河を真横から見た姿をしていて、中央を一直線に走る塵の円盤が印象的です。ただ、一般にレンズ状銀河の場合、このような塵の円盤が見えることは珍しく、渦巻銀河を誤認している可能性もあります。また、塵の円盤が若干歪んでいることから、過去に近傍を通過した他の銀河と相互作用を起こした可能性があります。地球からの距離はおよそ5000万光年。




ちなみに、この銀河は約6900年前(紀元前4900年ごろ)、地球の歳差運動によって「天の北極」からわずか1度以内の場所を通過しており、当時は北極星ならぬ「北極銀河」でした(上図)。次にM102が「北極銀河」になるのは、約18800年後の西暦20850年ごろのことです。



最後にM80。



2024年4月15日 EdgeHD800(D203mm, f2032mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -10℃
Gain=350, 30秒×40, IDAS LPS-D1フィルター使用
オフアキシスガイダー+StarlightXpress Lodestar+PHD2によるオートガイド
PixInsight, ステライメージVer.9.0nほかで画像処理

さそり座の頭部近くにある球状星団で、地球からの距離は約32600光年。アンタレスの近くにある球状星団M4(視直径約36分)と比べると、視直径は約10分と小さいですが、これはM4(7200光年)に比べてずっと遠くにあるためです。実際の広がりでは、M4の直径約70光年に対し約95光年とより大きかったりします。


球状星団としても星が非常に密集していて、シャプレー・ソーヤー集中度でいうと上から2番目のクラスIIに属します。このくらいの密集度の球状星団を撮影すると、えてして中央部が白飛びして潰れがちなのですが、比較的大口径の鏡筒を用いたことと、1コマ当たりの露出時間を30秒に抑えたことで、中心近くまである程度粒状感を保ったまま処理することができました。


ちなみに今回は、系外銀河のM102も1コマ当たり30秒の露出で処理。これでもなかなかクッキリハッキリというわけには行きませんが、暗黒帯のおおよその形状を捉えるくらいはできたかと思います。

*1:この時期の五日月はふたご座付近にあって赤緯が高く、月齢の割に沈むのが遅くなります。

*2:霧が出るほどではなかったですが

*3:広沢憲治「2023年 ミラ型極大・極小予報(No. 36)」 日本変光星研究会会報 https://www.ananscience.jp/variablestar/wp-content/uploads/2023/02/20230125_miratype_hirosawa.pdf(リンク先PDF)

*4:周期がおおよそ11か月なので

*5:これについては色々と面白いので、後日、別途記事にします。