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「銀河祭り」だ、やっほい!

先の土日は新月期と晴天が重なり、絶好の撮影日和……と思いきや、土曜日は東京23区に強風注意報が出るありさま。ネットを見てると遠征した方も多かったようですが、この日はさすがに出撃を見送らざるを得ませんでした。風が気になって気分もイマイチ乗りませんでしたし。


そこでやむを得ず1日ずらして翌日、いつもの公園に強行出撃してきました。次の日は当然平日なのでキツいのですが、そこにはあえて目をつぶります(ぉぃ


持ち出した鏡筒はED103S+SDフラットナーHD(焦点距離811mm)。本当は「春の銀河祭り」ということでEdgeHD800を持ち出したかったのですが、強風注意報が出ていないとはいえ、特に宵のうちはそこそこ風が強かったので安全策を取りました。SXP赤道儀がもう少し風に強ければなぁ……。


「銀河祭り」を開催するのは、おとめ座やかみのけ座がもう少し高く昇ってきてから。というわけで、宵のうちは小手調べにおうし座の超新星残骸「かに星雲」ことM1を。この天体は過去3回にわたってEdgeHD800でチャレンジしていますが、いずれも悪シーイングなどで写りが今ひとつ。今回はL-UltimateとLPS-D1でそれぞれ撮影して組み合わせるつもりですが……そこそこ風がある中でどうなることやら。


おまけに、撮影途中には「かに星雲」の方向にだけ雲がorz 雲に妨害されたのは正味20~30分ほどだったのですが、あとの撮影予定が詰まっているとやきもきします(^^;


ともあれ、10時ごろには「かに星雲」の撮影を切り上げ、いよいよ「春の銀河祭り」開幕です!



まずは、かみのけ座の系外銀河M85から。これは細部構造に乏しいレンズ上銀河なのでほどほどの露出で切り上げ、次いでM98 & M99、M88 & M91と流していきます。ここ最近の撮り方では「ひと晩に1対象」がスタンダードだったのですが、数を稼ぐこういう撮り方もこれはこれで楽しいものです。


それにしても寒いです。気温は日が落ちてから急降下して3℃ほどに。風速も常時3~4m/sあって、時折5m/sを超えるような風も吹き付けます。風速1m/sごとに体感温度は1℃下がると言いますし、一晩中0℃(体感温度)付近をウロウロしていたようなものでしょうか。


一応、真冬の寒さにも対応できるような装備をしてはいましたが、3月だとまだまだこういう寒さの日もあるのですね……。


リザルト


というわけで撮影結果です。まずは「かに星雲」M1から。通常の光害カットフィルター(LPS-D1)とデュアルナローバンドフィルター(L-Ultimate)で撮ったものは、それぞれこんな感じ。




LPS-D1で撮った方は「かに星雲」として図鑑などでもよく見る姿ですが、L-Ultimateの方は……



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予想外だったのですが、どうやら「かに星雲」のフィラメント全体としては、OIIIの成分が思った以上に強いようです。また、L-Ultimateでは硫黄由来の赤(SII:波長672.4nm)がブロックされてしまうこともあり、想像以上に青くなってしまったようです。*1


とはいえ、これはこれで結果なので、両者を合成して……はい、ドンッ!




2024年3月10日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -20℃
カラー画像:Gain100, 300秒×12, IDAS LPS-D1フィルター使用
ナローバンド画像:Gain350, 300秒×12, Optolong L-Ultimateフィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0nほかで画像処理

フィラメントの強調された、なかなか不気味な姿になりました(笑) 今まで撮った「かに星雲」の中では最もくっきり写ってくれましたが、トータルの露光時間の短さとシーイングの悪さ、強風の影響*2で、分解能としてはもうひとつといった印象。見られる季節が冬場なのでなかなか難しいですが、シーイングがいいときに長焦点鏡で狙ってみたいものです。


次いでM85。




2024年3月10日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -20℃
Gain100, 300秒×16, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0nほかで画像処理

楕円銀河と渦巻銀河の中間的な性質を持つと言われる「レンズ状銀河」と呼ばれるタイプの銀河です。「マルカリアンチェーン」などがある銀河の密集地帯からは北に外れていますが、「おとめ座銀河団」の一員です。地球からの距離は約6000万光年。




M85の左側(東側)には棒渦巻銀河のNGC 4394があります。この銀河と、M85のすぐ南にあるMCG+03-32-028という銀河はM85と相互作用していると言われています。



次はM98 & M99



2024年3月10日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -20℃
Gain100, 300秒×24, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0nほかで画像処理




M98はかみのけ座にある渦巻銀河で、おとめ座銀河団の一員です。渦巻銀河をかなり傾いた位置から眺めた形となっています。


この銀河で特徴的なのは、他の多くの銀河が宇宙の膨張に従って遠ざかっている*3のに対し、約140km/sという速度で私たちの銀河に近づいてきている点です。これは、この銀河が銀河団とは別に大きな固有速度を持っていることを示しています。この速度から逆算すると、約7億5000面年前、現在では約130万光年離れているM99と相互作用した可能性があります。




M99は渦巻をやや斜めから見下ろした形の銀河です。腕がかなりはっきりしていて、歴史上、M51に次いで渦巻構造が観察された銀河でもあります*4


M99は腕の1本が大きく開いていますが、これはなんらかの重力作用によるものと考えられています。有力な候補の1つは上でも触れたM98との接近なのですが、2005年に「VIRGOHI21」*5と呼ばれる天体がM99の伸びた腕の先に見つかり、腕の歪みはこれの影響なのではないかという説が出てきました。VIRGOHI21は恒星を含まず、そのほとんどが中性の水素を含む暗黒物質ダークマター)からできている天体*6で、初の「暗黒銀河」の候補として注目されています。


ただ、VIRGOHI21の素性については、M98とM99とが接近したときに潮汐作用で放出された物質に過ぎないのではないか、といった異論もあり、いまだ議論が続いています。



そしてM88 & M91



2024年3月11日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -20℃
Gain100, 300秒×24, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0nほかで画像処理

目立つ銀河が3つ写っていますが、右端(西側)がM88、中央がM91、左端がNGC 4571です。




M88は見事な渦巻き構造を持つ銀河で、アンドロメダ銀河M31のミニチュアのようです。この銀河もM99と同じく、かなり早い段階でロス卿により渦巻構造が発見されています。シーイングのいいときに長焦点鏡で単独で狙ってみたいですね。




M91はおとめ座銀河団に属する棒渦巻銀河です。中央の棒構造は明瞭ですがが、それに比べると腕はそれほどハッキリしていません。これはM91がガスに乏しく、星の形成活動が不活発なためで、こうした銀河を「貧血銀河」と呼びます。このような銀河が、将来さらにガスを失い、星形成も低調になって、より不活発な「レンズ状銀河」へと進化していくのかもしれません。


M91は1781年3月18日、シャルル・メシエによって発見されました。この夜、メシエは実に8つの銀河と1つの球状星団を発見しているのですが、M91は発見した8個の銀河のうちで最後に記録されました。ところが、メシエがM91の位置を記録した際、M58を基準にしたつもりが誤ってM89を基準にしてしまったため、該当する位置に銀河がなく、長らく「失われた銀河」となっていました。


そのため「M91」については、メシエが銀河と間違えて彗星を記録した、M58を重複してカウントしてしまった、あるいはNGC 4571がM91である*7といった説がまことしやかに流れていたのですが、1969年にテキサス州フォートワースのアマチュア天文家ウィリアム・C・ウィリアムズが、この基準位置の誤りに気付き、ウィリアム・ハーシェルが独立に発見していた棒渦巻銀河NGC 4548がM91であることが明らかとなりました*8




ちなみに、ハーシェルが「M91の候補」として挙げたNGC 4571ですが、こちらも腕のハッキリしない渦巻銀河で、本物のM91と同様、ガスに乏しく星の形成活動が不活発だと考えられています。姿がおぼろげな上に11.3等とかなり暗いので、当時メシエがこれを発見できたかどうかはかなり疑問なように思います。






さて、これで都心から撮ったメシエ天体はようやく88個に到達。残り20%までこぎつけました。残っているのは散開星団が3つ(M11, M18, M26)、系外銀河が3つ(M74, M94, M102)、あとは全て球状星団です*9。どこかで「球状星団祭り」を開催しませんと……。

*1:かに星雲」は、この手の星雲にしては珍しくSIIの強度が高めです。ちなみに、SAO撮影を行ってパレットをいじると、もっと「ゲーミング」っぽくなります(笑)

*2:BXTで救うにしてもやはり限界があります。

*3:おとめ座銀河団自体、約1100km/sの速度で銀河系から遠ざかっています。

*4:1846年、第3代ロス伯爵ことウィリアム・パーソンズ(72インチ望遠鏡、通称「パーソンズタウンのリヴァイアサン」で有名)による。

*5:「VIRGO・HI・21」と読みます。VIRGO(ヴィルゴ)はおとめ座のこと、HI(エイチ・ワン)は中性水素のこと、21は中性水素原子が放射する波長21cmの電磁波を指します。

*6:なので、残念ながら光学的には観測できません。

*7:ウィリアム・ハーシェルはそのように考えていたようです。

*8:Sky and Telescope, 38(6), 1969, P.376

*9:興味の偏りが明らかです。