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月面モザイク

先の記事の続き、月面のモザイク撮影についてです。
hpn.hatenablog.com


まずは撮影についての補足。先の記事でも示した通り、明るい部分が白飛びしないような露出条件にすると、月面の大半……特に欠け際などは猛烈に暗くなります。



例えばこれなど、ほとんど真っ黒に見えますが……



Gainを上げると、月の影の境目がハッキリと分かります。このように、一時的にGainを上げて構図を確認しながら撮ることで撮り漏らしを防ぎます。


また、撮り漏らしを防ぐ意味ではカメラの動かし方も重要です。



左のように、なまじ欠け際にそって動かそうとすると、赤経赤緯ともに操作が必要で隙間が空きかねません。右のように、素直に赤経赤緯に沿って動かして撮影し、後から必要に応じて画像を回転させた方が確実です。


また、動かすときは赤緯(縦)方向に動かすのを優先した方が無難。微妙な話ですが、月の欠け具合は時間とともに変化していくので、特に欠け際などは一気に撮ってしまった方が良いです。赤経(横)方向にジグザグに撮っていくと、撮り始めと撮り終わりとで欠け具合が微妙に違う、などということも可能性としては起こりえます。*1


一方、カラー情報はデジカメで。得られる画像の総画素数(分解能)はモザイク撮影の方が圧倒的に有利ですが、人間の目の特性として、色情報の分解能は明暗情報の分解能よりずっと低いので、実用上これで問題ありません。モノクロ画像がある以上、カラーをモザイクで撮っても労力に見合いません。



このようにして撮った月面を処理していきますが、動画についてはAviStack 2でスタッキング→ウェーブレット処理までバッチで行ってしまいます。2010年で開発が止まっている古いソフトの上、マルチコアへの最適化もイマイチで動作が遅い、対応する動画フォーマットにもクセがあるなど難点が少なくないですが、月面写真を念頭に開発されただけに性能は折り紙付き。ウェーブレット処理までワンストップで行えるのも地味に便利です。


ウェーブレット処理まで行った画像はImage Composite Editer*2でつなぎ合わせ、Photoshopの「シャドウ・ハイライト」で明るさを調整。一方、デジカメで撮ったカラー画像はステライメージでコンポジット。これと前記のモノクロ画像とをLRGB合成します。


こうして出てきた結果がこちら。



2023年11月4日 EdgeHD800(D203mm, f2032mm) SXP赤道儀
L画像:ZWO ASI290MM, Gain=0, 10ms, 約1230フレームをスタック
RGB画像:Canon EOS KissX5, ISO100, 1/25秒×32コマ

赤外線フィルターを用いていればもう少しピリッとした仕上がりになったかとも思いますが、あの日のシーイングを考えれば、可視光で撮ったにしてはまずまず上出来でしょう。


また「お約束」として、カラーを強調したものも。



彩度を猛烈に上げたものですが、地質の違いが色の違いに反映されていて、これはこれでまた別の面白さがあります。赤っぽいところは鉄が*3、青黒いところはチタンが豊富だと言われており、また青白いところは比較的最近に内部がむき出しになった箇所です。


オリジナル画像(9000×6000ピクセル)はこちらこちらに置いておきますが、紙の月面図やガイドブック、Virtual Moon Atlasなどと突き合わせて見ていると、無限に時間が溶けると思います(笑)


以下、せっかくなのでいくつか見所を紹介しておきます。


コペルニクス



月面で最も目立つクレーターの1つです。直径は93kmもあり、内側に東京都がすっぽり収まってしまいます。クレーターの深さは3760mと、富士山に匹敵するほどの高さですが、直径との比率で考えるとかなり平べったいのが分かります。


クレーターができたのはおよそ8億年前と言われていて、月面のクレーターの中ではかなり新しい方です。原因となった隕石の衝突により物質は四方八方に飛び散り、その痕跡がクレーターのずっと遠くにまで光条として見えています。また、クレーターの近くにはもっと大きな破砕物が落下して、いわゆる「2次クレーター」を形成しています。


ゲイリュサックAとファウト、ファウトAがそれで、特にファウト、ファウトAは達磨のような不思議な形をしています。他の放出物の影響を受けていないように見えることから、おそらく物質の放出がある程度収まってから、2つの岩塊がほぼ同時に落下してきたのではないかと思われます。


アリスタルコス周辺



アリスタルコスは月面で最も明るく輝くクレーターの1つです。これは、できたのが約4億5000万年前と若く、むき出しにされた岩石が宇宙風化の影響をまだあまり受けていないためです。


アリスタルコスが位置する「アリスタルコス台地」は火山性の地形で、約200km四方の菱形をしています。周囲からの高さは2kmほど。色彩を強調した写真では、地質の違いがよく分かります。


台地中央には、曲がりくねった「シュレーター谷」が存在します。全長160km、幅6kmという巨大な谷で、その曲がりくねった様子から、かつては「水が流れた跡なのでは?」と言われたこともありました。現在では、溶岩流によって形成された「溶岩トンネル」が崩落した跡だと考えられています。


中南部の高地



このあたりはクレーターが多く、眺めているだけでも楽しい領域です。


パッと見て目立つのはバートの東にある「直線壁」。月に谷は数多くありますが、このように片側だけが落ち込んだ地形は意外と少ないです。その正体は断層で、西側に溶岩が厚くたまったため沈下を起こしたものと考えられています。高さは300mほどあり、非常に急峻な崖のように見えますが、実は斜度は7度ほどしかなく、想像以上に緩やかなものです。


画面中央には直径100kmクラスのクレーターが並んでいて壮観です。特に、アルザッケルやウェルナーの縁にある段丘などは、いつまでも眺めていられます(笑)


プールバッハ、ブランキヌス、ラカイユの3つのクレーターに挟まれた部分は、上弦の頃に「月面X」として見えることで有名です。こうやって見ると、「X」の正体がクレーターの縁であることが一目瞭然です。

hpn.hatenablog.com

左下には直径235kmにもおよぶ巨大なクレーター、デランドルが横たわっています。月の表側にあるクレーターとしては、バイイ(直径303km)に次ぐ大きさを誇りますが、古いクレーターのため劣化が激しく、1948年にIAUによって「デランドル」という名前が承認されるまではそもそもクレーターとして認識されていませんでした。当時は内側にあるヘルというクレーターにちなんで「ヘル平原」と呼ばれていました。


一方、写真の上の方に目を転じると、矢印で示したところに引っかき傷のような谷間が見えます。これは「雨の海」(「うさぎ」の胴体に相当する部分)が形成された時の巨大隕石の衝突によって飛び散った岩塊によるものです。


アルペトラギウスは、写真内の巨大クレーターと比べると控えめな大きさですが、その割に非常に大きな中央丘を持っています。クレーターの成因はそのほとんどが隕石の衝突によるものと考えられていますが、このアルペトラギウスの中央丘については火山噴火の結果である可能性があります。

*1:あくまでも理屈上の「可能性」の話。実際にはほとんど問題にならないはずですが、簡単に避けられる危険は避けておいた方が無難でしょう。

*2:Image Composite Editerの入手先についてはこちらを参照。 hpn.hatenablog.com

*3:そのほか、宇宙風化による影響もあります。