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さよなら三角、またきて四角

9月の新月期(9月上旬)は関東に北東風が吹き込み続け、記録的な低温&悪天候に見舞われましたが、9月後半あたりからは天気が徐々に持ち直してきました。先週末は月齢も小さく、しかも10日夜はWindy(ECMWF)の予想によれば、南風が吹き込んで湿度は高そうなものの、快晴が続く予報。ここを逃すとしばらく撮影に出られそうもないので、いつもの公園に出撃してきました。


この日の狙いは、有名なさんかく座の渦巻銀河M33。この被写体は過去にも2度ほど撮影しています。
hpn.hatenablog.com
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しかしながら、1回目は絶対的な露出時間が短すぎて写りがイマイチ。2回目は露出時間を延ばしたおかげで腕こそ写ったものの、宵のうちの撮影で光害の影響が大きかったこと、にもかかわらず無理やり処理して不自然さが目立ってしまったこと、また特徴的なHα領域が白飛びしてしまっていたのが残念な点でした。


そこで今回は、これらの問題点を改善する方向で計画を立てました。


まず撮影時間ですが、この時期のM33は0時ごろに南中するので、23時以降に撮影することにします。高度が高いので光害の影響を受けづらいですし、光害そのものも深夜~明け方にかけて少なくなってくるので、淡いM33を撮るにはうってつけです。


一方、前回写りがイマイチだったHα領域については、Hαのナローバンドフィルターで別撮りすることに。ナローバンド(特にHα)は比較的光害に強いので、高度が上がりきる前の宵のうちに撮影することにします。


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というわけで、まずはHαの撮影から。高度が40度以上に上がってきた20時ごろから撮り始めますが……


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さすがに明るすぎるわ!(笑)


その後、夜が更けて高度が上がってくると背景も落ち着いてきて、22時ごろにはこの暗さに。


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ナローバンドと言えども、光害の多寡と天体高度の影響は馬鹿にできないものがあります。ナローバンドが光害や月明かりといった悪条件に強いのは確かですが、あくまでも「強い」だけで、影響がないわけではないので、なるべく条件のいいときに撮影する必要があるでしょう。こちらも結局、序盤の2コマは捨て、後半に2コマ追加して8コマ確保したところでHαの撮影は終了とします。


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23時ごろからは、フィルターをHαナローから一般的な光害カットフィルターであるLPS-D1に交換して、通常のカラー撮影を。現時点でのシステムの構成上、補正レンズの先にフィルターを取り付けざるをえないので、いちいち補正レンズを付けたり外したり、フィルター交換が面倒なのが玉に瑕です。


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撮って出しはこんな感じ。以前の撮影時もそうでしたが、M33はフェイスオン気味で非常に淡く、ぎりぎり中心部が見えるかどうか……というくらいしか写りません。写りとしてはおおぐま座のM101あたりに近いでしょうか?


必要枚数を撮影後、明け方までわずかに時間が余ったのでどうしようかと思ったのですが、そういえば今まで散開星団をあまり撮っていなかったことを思い出しました。ちょうど手ごろな高さにぎょしゃ座散開星団群が昇ってきていたので、ついでにパパッと撮影。ここで天文薄明がやってきて、撮影終了です。


この夜は、宵のうちに雲が流れてくることもありましたがおおむね快晴。湿度が高くてあらゆるものがビショビショになってしまったのは難でしたが、まずまず良い夜だったのではないかと思います。


リザルト


まずは、処理が比較的簡単そうな散開星団から取り掛かります。


散開星団の場合、星を強調しようとレベルを切り詰めると星の色が飛んでしまい「黒い背景に白い点々が散っているだけ」という猛烈に地味な絵になってしまいがちです。そこで今回は、ゲインを下げてダイナミックレンジを最大限確保するとともに、1コマ当たりの露出時間を比較的短くして、撮影の時点で星が白飛びしないようにしています。


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さらに、今回は画像処理の「デジタル現像」の段階で「色彩強調マスク」を利用しています。


「色彩強調マスク」はデジタル現像の応用的な機能です。


デジタル現像では1ピクセルずつ処理が行われますが、そのピクセルを周囲のピクセルの平均値で割る処理が入っています。普通は、例えば当該ピクセルのRチャンネルの値は周囲のピクセルのRチャンネルの平均値で割るのが当たり前です。ここで、赤っぽいピクセルの処理を考えると、当該ピクセルのRチャンネルを周囲のピクセルのRチャンネルの平均値で割ると大きな変化は起こりません。しかし、ここで当該ピクセルをBチャンネルの平均値で割ると……BチャンネルはRチャンネルに比べて低い*1ですから、割り算の結果は大きくなり、結果、赤がより強調されることになります。


この機能のキモは「デジタル現像処理の一部」という点で、階調圧縮が強くかかる恒星像に強く作用します。つまり、星の色をなるべく生かしたい星団の処理にこそ最適と言えます。


今回はRチャンネルをBチャンネルの平均値で、BチャンネルをRチャンネルの平均値で割るように設定することで、赤や青の星の色を強調しています。


ここにさらに「マトリックス色彩補正」の処理も加え、出てきた結果がこちら。


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M36


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M37


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M38

2021年10月11日 ED103S+SDフラットナーHD+レデューサーHD(D103mm, f624mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃, Gain=100, 露出90秒×8コマ, IDAS LPS-D1使用
ペンシルボーグ(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0dほかで画像処理

ぎょしゃ座の有名な散開星団、M36, M37, M38のそれぞれを、ほぼ同様の条件で処理してみました。こうして並べてみると、大きさや密集度合いが星団によって異なり、なかなか面白いものです。


星の密集度合いはM37が一番で、M38が最もまばら、M36はその中間といった感じです。明るさはM36が6.0等、M37が5.6等、M38が6.4等で、数字上はM37が最も明るいですが、M37は微光星がびっしりと集まっている印象で、光害地での見栄えという意味では明るめの星がほどほど集まっているM36に軍配が上がるように思います。


なお、M38の南側にはNGC1907(8.2等)という小さな散開星団があります。小さく見える原因の1つはNGC1907の方がM38より遠くにあるためですが、こういうのは宇宙の奥行きが感じられて楽しいものです。



次いで、M33の処理に取り掛かります。こちらは撮って出しの画像を見た段階では希望が持てなさそうかなと思っていたのですが、軽くレベル調整してみると……


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思いのほかちゃんと写っていそうです。


そこで、これらを丁寧にフラット補正したのち、RチャンネルをHα画像とブレンド*2。光害カブリを除去したのち、多少の色彩強調やシャープネス処理をかけて……こう!


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2021年10月10日 ED103S+SDフラットナーHD+レデューサーHD(D103mm, f624mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
カラー:Gain=100, 900秒×16, LPS-D1フィルター使用
Hα:Gain=450, 900秒×8, Astronomik Hα 6nmフィルター使用
ペンシルボーグ(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0dほかで画像処理

おおっ!自分で言うのもなんですが、東京都心で撮ったにしてはなかなかじゃないでしょうか?青っぽい色*3も出ていますし、課題だったHα領域の描写も、ナローバンド画像をブレンドしたことで表現できているかと。都心でここまで写ってくれれば大満足です。


M33はアンドロメダ銀河(M31)に次いで我々に近い銀河で、その距離は約300万光年。カタログ上の明るさは5.5等と明るく、空が暗ければ肉眼で、明るくても双眼鏡で容易に見えそうな気がするのですが、広がりが大きくて非常に淡いため、眼視での観測は至難の業です。自慢ではないですが、私もいまだに眼視でM33を見たことがありません*4


ちなみに、M33の左上側に見えるひときわ明るいHα領域ですが、M33とは独立してNGC604というカタログ番号が与えられています。目に見える部分の比較ではオリオン大星雲の40倍近い広がりを持ち、明るさは実にオリオン大星雲の6300倍という凄まじさです。もしこれが銀河系内にあったら、それはもう凄まじい眺めだったことでしょう。

*1:赤っぽいので、R>Bとなります。

*2:今回は比較明合成をしました(2枚を比較明コンポジット)。最初は単純にRチャンネルと入れ替えたのですが、さすがに不自然過ぎました。

*3:M33は星形成が激しく若い星が多いため、他の銀河と比べ総じて青っぽい。

*4:同じく近距離にあるアンドロメダ銀河M31は、中心部に光が集中していることもあって、都心部でも双眼鏡があれば比較的容易に姿を確認できます。