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近赤外で系外銀河

先日、Twitter上で「都心部における近赤外での系外銀河撮影」の第一人者であるcockatooさんと話していて、近赤外での銀河撮影の話になりました。以前から、近赤外での撮影は興味はあったのですが、こちらがメインで使用している冷却CMOSカメラASI2600MC Proが、この目的にはほぼ使えない(後述)ため、半ばあきらめていたのです。ところが改めて聞いてみると、ウチの機材でも十分勝負になりそう。そこで、ちょっとチャレンジしてみることにしました。


ちなみに、cockatooさんによる詳しい解説が以下のページにありますので、こちらもご参照ください。
satakagi.github.io


近赤外での系外銀河撮影とは?


都心で天体撮影を行う場合、最大の障害になるのはもちろん激しい光害です。それでも昔は、光害の主因が水銀灯やナトリウムランプといった特定波長の光を発する照明だったので、これらをカットする「光害カットフィルター」を使えばある程度軽減はできました。ところが最近は、連続スペクトルで輝くLED照明が普及してきて、人工光のカットが難しくなってきました。


それでも、撮影対象が水素原子や酸素原子由来の特定波長で輝く散光星雲や惑星状星雲、超新星残骸などであれば、逆にこれらの光しか通さないフィルターを使うことで、光害の影響を軽減できます。各種のナローバンドフィルターや、STCのAstro-Duoナローバンドフィルター、サイトロンのQuad BPフィルター、IDASのNebulaBoosterフィルターなどがその例です。
hpn.hatenablog.com


ところが、撮影対象が系外銀河となると話が違ってきます。系外銀河は星の集まりなので、特定波長の光で輝いているわけではなく、太陽などと同様、連続スペクトルで輝いています。となると、フィルターで銀河からの光のみを選り分けることはできず、光害カットフィルターも効果薄……ということになってしまいます。


そこで登場するのが赤外線です。赤外線は皆さんご存知の通り、赤よりもさらに長波長側の光で、人間の目には見えません。しかし、太陽光に赤外線が含まれているのと同様、系外銀河も赤外線を発しています。そして「目に見えない」という特性からして、光害の成分に含まれることはほとんどありません*1。また、光害は「照明などの光が大気中で散乱したもの」なわけですが、この散乱*2は短波長の光ほど強く起こることが知られています。その意味でも、光害に赤外線成分は少ないはず。つまり、赤外線しか通さないフィルターを使って撮影すれば、都心であっても光害の影響をほとんど気にせず撮影できるというわけです。


特に、比較的短波長の俗に「近赤外線」*3と呼ばれる光は、市販のCMOSカメラでも十分な感度があり、ターゲットとして最適です。


難点としては「カラー写真にならない」*4という点ですが、系外銀河は色彩に乏しいものが多いため、それほど違和感は大きくありません。


近赤外撮影に必要なもの


さて、近赤外で銀河を撮影するには、必要なものがいくつかあります。


まず、なにはさておき「赤外線透過フィルター」が必要です。透過させる波長としては、640nmより長ければ大丈夫。波長が長ければ長いほど光害カット効果は高くなりそうですが、一方でカメラの感度が落ちますし(一部のカメラ除く)、むやみに伸ばさなくても良さそうに思います。


現在、一番入手しやすいのはサイトロンのIRパスフィルターでしょうか。値段もそれほど高くありません。
www.syumitto.jp


ドイツのAstronomik社からも同じようなフィルターが発売されています。
www.astronomik.com
www.kasai-trading.jp


こうした干渉フィルター以外に、昔ながらの色素系のフィルターも使用できます。ベテランの方だと、R64フィルターなど持っていないでしょうか?現在入手可能なものとしては富士フイルムのSCフィルター/IRフィルターあたりがあります。
www.fujifilm.com


今回は、たまたま偶然手元に合ったOPTOLONGのNight Sky H-alphaフィルターを用いました*5。このフィルターは640nm以下の波長の光をカットし、それ以上の光をほぼ素通しするので、この目的にはピッタリです。



次にカメラ。赤外線に対する感度がなるべく高いものが必要です。また、色は関係ありませんから、カラーカメラよりも、感度・分解能に優れたモノクロカメラの方が有利です*6。さらに、これは見落としがちなのですが、撮像素子を保護するガラスが赤外線に対して透明である必要があります。例えば、私が普段撮影に使っているASI2600MC Proの場合、このガラスがIRカットフィルターになっているため、この目的には不向きです。


今回、私は惑星撮影用に持っていたZWOのASI290MMを使用しました。非冷却ですが、今の時期ならそれほど気温は高くないですし、赤外域の感度も悪くありません。



そして望遠鏡。特別なものは必要ありませんが、系外銀河は視直径の小さいものが多いので、使うカメラのフォーマットに合ったスケールのものを使う必要があります。また、一般に赤外線側の感度が低めのカメラが多いため、明るければ(=F値が小さければ)言うことありません。


なお、赤外線は目に見えないため、望遠鏡の中にはまれに赤外線に対する収差補正が不十分なものが存在します。それなりの望遠鏡ならあまり酷いことにはならないと思いますが、安価な屈折望遠鏡などは一応注意が必要です*7


今回は、カメラのフォーマットが小さい(1/3型、5.6mm×3.2mm)ことから、BORG55FL+レデューサー7880セット(口径55mm、焦点距離200mm)を用いました。35mm判換算で1300~1400mm程度に相当します。


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レンズとカメラの接続は、カメラに「T2-1.25″ Filter adapter」を介してフィルターを取り付けた上、「EOS-T2 Adapter」(写真左)でBORG55FLと接続しています。F値の明るい望遠鏡ですが、これならケラレの心配はほとんどありません。


実際の撮影

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以上の構成で、実際に撮影してみることにしました。ターゲットは悩みどころで、カメラのフォーマットが小さいとはいえ、それでもまだ焦点距離が控えめなこと、ASI290MMでDSOを撮影すること自体が初めてなことを考えると、視直径が大きめで比較的明るいものが取り組みやすそうです。また、光害の影響を見るなら、渋谷・新宿方面を控えた北側の空の方が有利……ということで、子持ち星雲M51を狙うことに。同じく北天で視直径の大きなM101も考えたのですが、かなり淡くてどこまで写せるか分からなかったので、今回は見送りました。


ASi290MMの設定ですが、Gainはユニティゲイン*8に相当する110に。露出時間は全く見当が付かなかったので、とりあえず5分にしてみました。で、「撮って出し」がこれ。


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未処理のわずか5分でこの写り。F3.6と明るい鏡筒であることを考えても、都心の激しい光害の中から、これだけハッキリと銀河が浮かび上がってくるとは思いませんでした。これを8コマ確保します。


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次に、比較用としてASI290MCにOPTOLONGのUV/IRカットフィルターを付けて同様に撮影してみます。光害カットフィルターの類は付けてないので、背景レベルの上昇具合はどんなものでしょうか……?


まずは、無理だろうと思いつつも近赤外と同じ5分露出をテスト……


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思いっきり露出オーバーで、とんでもないことになってます(笑) というわけで、露出を3分まで削ると


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ようやく見られる程度になりました。それでも背景レベルの上がり方は激しいですし、写りは近赤外でのものに遠く及びません。とりあえず、これを13コマ……トータルで近赤外のとほぼ同露出時間になるよう確保します。


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ちなみに、露出を1分まで絞ると背景は落ち着いてきますが、銀河の写りはさらに頼りなくなってきます。これを重ねても、あまり劇的に良くなりそうな気はしません。


リザルト


さて、せっかく撮ったのですから、処理してみないともったいないです。まず、近赤外、カラーそれぞれについてフラット補正を行ってみます。


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強調してみるとハッキリ分かるのですが、近赤外は光害カブリをほとんど感じられないのに対し、カラーの方は光害によって背景が傾斜しています(右下が明るくなっている)。


これを各々コンポジットし、処理してみると……


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光害がない分、近赤外の方が写り……というか背景とのコントラストがしっかりしていて処理が容易です。最終的な結果だとあまり大きな差がないように感じるかもしれませんが、カラーの方は銀河を浮き上がらせるためにかなり強い処理が必要で、背景にその副作用が及んでしまっています。また、「子銀河」に相当するNGC5195周辺に広がる淡い領域も、近赤外の方が明確です。


そこで、近赤外画像をL、カラー画像をRGBとしてLRGB合成した最終結果がこちら。


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2021年3月11日 ミニボーグ55FL+レデューサー0.8×DGQ55(D55mm, f200mm) SXP赤道儀
L画像:ZWO ASI290MM, Gain=110, 露出600秒×8コマ, OPTOLONG Night Sky H-alphaフィルター使用
RGB画像:ZWO ASI290MC, Gain=110, 露出180秒×13コマ, OPTOLONG UV/IRカットフィルター使用
ペンシルボーグ(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0bほかで画像処理


明るい銀河とはいえ、東京都心で撮ったにしてはなかなかじゃないでしょうか?


それにしても、この軽量機材でここまで写ってしまうと、EdgeHD800の存在意義が怪しくなってきてしまいます。もしF10のこの鏡筒で今回と同等の露出を与えようとすると、(10/3.6)^2……およそ8倍近くもの露出が必要になってしまいます。1コマ分だけでも、焦点距離2000mmを40分間ガイドとか、一体何の苦行かという……orz


まぁ、究極的な分解能としてはEdgeHD800の方が圧倒的に上のはずですが、これも日本の悪気流を考えると、必ずしもアドバンテージとは言いきれないような気もします。

*1:光害は各種照明や広告などが主因ですが、これらは人の目に見えない波長で光っても意味がありません。その意味で、おそらく将来的にも光害に赤外線が含まれることは基本的にないだろうと思います。

*2:レイリー散乱

*3:おおむね波長700nm~2500nm

*4:赤外線には「色」がないので。頑張れば波長別に疑似的に着色することは可能ですが。

*5:本当にたまたま偶然です。機材は持っておいてみるものですね(ぇー https://hpn.hatenablog.com/entry/20170505/1493980129

*6:カラーカメラでも撮れないわけではありません。

*7:もっとも、撮ってみないと分からないのが頭の痛いところですが。

*8:1つの電子を「1」のシグナルとしてカウントする感度。単純には、これ以上ゲインを上げてもカメラ内部のシグナル増幅率が上がるだけで実質的な感度は上がらない。