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光害のスペクトルを撮る

最近、近赤外+カラー画像による銀河のLRGB撮影にはまっているわけですが、ここで悩ましいのが「カラー画像に光害カットフィルターを使うべきかどうか?」という点です。


先日のM51の撮影において、UV/IRカットフィルターのみで撮ったら思いのほか色の乗りが良かったこと、またrnaさんのブログのコメント欄にて、「もりのせいかつ」の kさんが「光害地での銀河撮影ではクリアフィルターを使う」という話をされていたこともあり、光害カットフィルターのデメリットに改めて目が向いたのです。
rna.hatenablog.com


光害カットフィルターの利点・欠点を挙げると、こんな感じでしょうか?


利点

  • 水銀やナトリウム由来の輝線による光害をカットできる。
  • Hα線やOIII線、Hβ線を多く通すため、惑星状星雲や散光星雲のコントラストが上がる。
  • 赤外線をカットするため、赤カブリを防止できる。(クリアフィルター仕様のカメラのみ)


欠点

  • 色再現性が悪くなる。
  • 特定波長の光がカットされる分、全体として光量が減る。
  • LEDなどの連続スペクトルによる光害には基本的に無力。


こうしてみると、特定の輝線で輝く散光星雲や惑星状星雲はともかく、連続スペクトルで輝く系外銀河に対しては、光量減少などの副作用が少なからず悪影響を及ぼしそうです。特に、もし「輝線による光害」が少ないのであれば、上にあげた利点すらほぼ消えてしまうわけで、系外銀河に対して光害カットフィルターを使う理由はほとんどなくなってしまいます。


では、実際に撮影場所の光害はどんな状態になっているのでしょうか?LED照明がかなり普及した現在、東京都心の光害がどうなっているのか、上記の問題を別にしても興味があります。


簡易分光器の作成


光害の原因を突き止めるには、簡易分光器で「光害のスペクトル」を見るのが手っ取り早いです。「簡易分光器」でググると、日本宇宙少年団のものを筆頭に、回折格子やDVDを使って簡単に工作できるものが色々出てきます。
www.yac-j.com
(↑リスト中の「科学工作 16」参照)



しかし、明るいとはいえ相手は夜空。肉眼でスペクトルを確認するには暗すぎます。となると、どうにか撮影する手立てを考えないといけません。


実は「光害のスペクトルを撮影する」ということについては、あぷらなーとさんが既に3年前に実行し成功しています。
apranat.exblog.jp
apranat.exblog.jp
apranat.exblog.jp


とはいえ、こちらにはM57オスネジを都合よく備えたようなカメラはありませんし、BORGパーツを利用してしっかりした分光器を組み立てる、なんていうことはできそうもありません。


何かうまい手はないものか……とトイレで考えていて、ふとひらめきました。


「……もしかしてこれは使えるのでは?」

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ジャストフィ~ット!!


本当にまったくの偶然なのですが、トイレットペーパーの芯(内径約37.5mm)が手持ちのPowerShot S120のレンズ外周にぴったりフィットしたのです。これを分光器の筐体として使えば、面倒な工作は不要になりそうです。


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光を取り込むスリットは、これまたたまたま捨てる予定だったカッターの使用済み替え刃を流用。見ての通りの雑な仕事ですが、簡易分光には十分。正確に測ったわけではありませんが、スリット幅は100μm以下にはなっていそうです。そして、内側には光の乱反射を防ぐため植毛紙を貼ります*1


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一方、回折格子Amazonで溝の間隔d=1/1000mmの安価なものを購入し、これを適当なサイズにカットしてレンズに貼りつけます。


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ここに分光器の筐体をかぶせて完成です。おまけとして、余った植毛紙を筒先に巻き付けて簡易フードにしてみると、摩擦だけで保持出来てなかなかいい感じです。


これで、まずは手始めに太陽光を見てみると……

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うむ、ちゃんと分光しています。しかも……

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こんな図画工作レベルの雑な分光器でも、主要なフラウンホーファー線はきっちり見えてます!これは面白い!以前、DVD分光器で精度をとことんまで追及している記事を読みましたが、ハマるのも分かる気がします。
seppina.cocolog-nifty.com


各光源のスペクトル


では、いよいよ本題です。まずは各種光源のスペクトルを確認しておきます。


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LEDは近所の街灯に付いている白色LED。エネルギーの高い青色LEDの光を使って蛍光物質を光らせる、という白色LEDとしては典型的なものです。青色に比較的鋭いピークがあり、より長波長側に蛍光物質由来の幅広いピークがあるという、まさに理屈通りの分光特性です。また、下の蛍光灯やメタルハライドランプのスペクトルと比べるとハッキリしていますが、連続スペクトルなのも特徴です。


蛍光灯はいわゆる「昼白色」のもので、街灯にもよく使われているものです。水銀由来の435.8nm(青)546.1nm(緑)、蛍光物質由来と思われる610nm付近(赤)の強い輝線に加え、演色性を改善するために490nm付近(水色)580~590nm付近(オレンジ)にも弱い輝線が見られます。


メタルハライドランプは観測場所近くの幹線道路に街灯としてあったものです。これは電球中に水銀に加えて金属ハロゲン化物の蒸気を封入したもので、演色性が水銀灯より良好な上、水銀使用量が少なくて水俣条約の規制に引っかからないことから、水銀灯からの置き換えとしてしばしば使用されています。スペクトルは封入されている金属ハロゲン化物の種類によって変わりますが、今回測定したランプの場合、水銀由来の輝線のほか、ナトリウム由来と思われる589nm付近の輝線など、複数の輝線が見られます。


光害のスペクトル


さて、それでは本命の光害のスペクトルです。


天文薄明終了後かつ月出前の暗夜に、簡易分光計を装着したカメラを天頂方向に向け「絞り開放(F1.8)、露光時間は設定できる最大値である250秒」の条件でRAWで撮影してみます。撮影後、レベル調整とノイズ除去処理を施して出てきた結果がこちら。


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546.1nmの輝線がハッキリ視認でき、610nm付近にも輝線がありそう……ということで、光害の主因の1つはおそらく蛍光灯で確定です*2。一方、連続スペクトル成分の方は強度分布がLEDのそれと見事にそっくりで、当たり前というかなんというか、「LEDと蛍光灯による複合」というのが当地の光害の現状ということになりそうです。


それにしても、100μm以下のスリットを通してもなお、コンデジでの1枚撮りでスペクトルがバッチリ写ってしまう空の明るさには参りました。たしかにSQMで18.20等/平方秒*3というロクでもない空ですが、いい意味でもうちょっと苦労するかと思っていたのですが……orz


光害カットフィルターの効果


ここまで来たらついでなので、各光害カットフィルターの効果についても見てしまいましょう。基本的には公表されている透過率グラフ通りの結果だろうとは思いますが、せっかく手元に分光器がありますし、興味本位です。光源としては太陽光を用い、各フィルターを分光器のスリット前にかざしてスペクトルを撮影しています。


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まずは一般的な光害カットフィルターから。手持ちのIDAS LPS-D1および同NGS1(=LPS-D3)について見ています。


LPS-D1は水銀由来の強烈な輝線(435.8nm(青)546.1nm(緑))やナトリウム由来の589nm付近の輝線(オレンジ)をしっかりカットしています。ただ、蛍光灯の610nm付近の輝線(赤)は通してしまっています。このあたりは公表されているスペック通りで、ある程度仕方のないところなのでしょう。


一方、NGS1はLEDの青側のピークである470nm付近をカットしており、さらにナトリウム由来の589nm付近の輝線や蛍光灯の610nm付近の輝線もカットしています。しかしながら、水銀由来の435.8nm546.1nmの輝線は透過してしまいます。特に、光害のスペクトルでも見えた通り、546.1nmの輝線は強力なので、これがカットできないのは市街地で使うにはちょっと厳しいかな?という印象です。


実際、以前NGS1で撮影してみたときには大きく緑にカブりましたが、この546.1nmの輝線のせいもあるのでしょう。
hpn.hatenablog.com


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次に、ナローバンドフィルターの系統。AstronomikのHαフィルターは正真正銘のナローバンドフィルターなので、ほぼHα線(656.3nm)しか通しません。これはいいのですが、ちょっと面白いのはIDAS NB1ZWOのDuo-Bandフィルターです。


どちらもHβ、OIII付近Hα付近のみを通す「ワンショットナローバンドフィルター」と呼ばれる類のフィルターですが、スペクトルを見るとHα銭より波長の短い600nm付近から光を透過しており、620~630nmあたりに鈍いピークがあるように見えます。メーカーが公表している透過率のデータとはちょっと矛盾する結果です。実用上は問題ないですし、こちらの測定方法がそもそも「やっつけ」でいい加減なものなので、どこまで信頼できるかはなはだ怪しいのですが、メーカーの違う同系統のフィルターで共通して同じような特性が見られるあたり、原因がちょっと気になるところです*4




……で、結局光害カットフィルターを使うべきかどうかですが、光害のスペクトルを見る限り、蛍光灯の影響はまだまだ大きいようで、やはり取り除ける光害は取り除いておいた方がいいのかなという気はします。ただし、カメラが赤外線をカットしないクリアフィルター仕様の場合、こと系外銀河に関してはkさんご指摘の通り、赤外線領域を含めた光量の増加分が見込める*5ので、そことの兼ね合いでフィルター使用の可否は変わってきそうです。


ちなみに、「水銀由来の輝線をカットできるLPS-D1と、LED由来の青色ピーク&蛍光灯由来の610nmの輝線をカットできるNGS1を重ねて使えば、光害が根こそぎカットできて最強なんじゃね?」という、ものすごく頭の悪い発想も一瞬浮かんだのですが、光量が減る&ゴースト発生の危険性が高まるので、そんなことするくらいなら素直にNB1使っておいた方が良さそうです(笑)

*1:大量に余っていたので。なければ、つや消し黒で塗装してもいいと思います。

*2:光害のスペクトルではオレンジの580~590nm付近も明るくなっているように見え、これも蛍光灯由来の輝線が反映されているのかもしれません。

*3:Light Pollution Mapより

*4:モノクロセンサーで検出すれば、撮像素子上のカラーフィルターがない分、もう少し厳密な話ができそうですが、各波長に対する感度のキャリブレーションの手間など考えると、普通に分光光度計の守備範囲でしょう。

*5:しかも、赤外域に光害成分は少ないです。