PHD2の日本語マニュアルを公開しています。こちらからどうぞ。

個人サイト「Starry Urban Sky」もよろしく。

カラーカメラでの近赤外撮影~撮れるの?撮れないの?

先日、こちらでも近赤外撮影を始めたばかりですが、同じく都心で近赤外撮影にチャレンジし始めたhiroooo000さんが、しばらく前にちょっと気になることを書いておられました。
hiroooo000-blog.hatenablog.com


曰く、近赤外撮影をやったけど思ったほど写りが良くないとのこと。たしかに、記事に掲載されている写真を見る限り、もう少しよく写っても良さそうな気がします。


hiroooo000さんが使用されているカメラはASI533MC Pro。私がメイン撮影で使用しているASI2600MC Proと同世代の高性能機です。使用されているセンサーチップはIMX533。低照度下での画質を表すパラメータ「SNR1s」*1は0.13 lxです。先日、こちらで使用したASI290MMで使われているセンサーチップIMX290のSNR1sが0.23 lxですから、チップの性能的にはIMX533の方が勝っています。


だとすると、写りの悪い原因は何でしょう?カラーカメラ自体に問題がるのだとすると、ちょっと厄介ですが……。


赤外域の感度が低い?


IMX290もIMX533も、決して赤外域に特別強いわけではありません。とはいえ、波長ごとの感度を比べてみるとご覧の通り。


f:id:hp2:20210315183852j:plain:w600
IMX290MMの感度曲線

f:id:hp2:20210315183904p:plain:w640
IMX533MC Proの感度曲線


カラーとのモノクロの違いはありますが、極端にIMX533だけ赤外線感度が落ち込んでいるという感じもしません。量子効率(QE)のピーク値はIMX533、IMX290ともに80%ですし、これまた大きな違いはありません。


プロテクトウィンドウが赤外線をカットしている?

f:id:hp2:20210315184026j:plain

ZWOのカメラはセンサーの手前にガラスがあって、これがチップを保護する形になっています。そして同社のカメラの中には、このガラスがIRカットフィルターになっているものが存在します。ASI2600MC Proなどがその例です。


f:id:hp2:20210315184048j:plain
ASI2600MC Proのプロテクトウィンドウの透過曲線


しかしながら、ASI533MC Pro、ASI290MMともにこのガラスは単なる「反射防止ガラス」で、赤外線を積極的にカットするようなものではありません。


f:id:hp2:20210315184131j:plain
ASI290MMやASI533MC Proのプロテクトウィンドウの透過曲線


カラーカメラの感度は?


……となると、あと怪しいのはカラーカメラのセンサー直前にあるカラーフィルターです。


f:id:hp2:20210315184308p:plain

皆さんすでにご承知の通り、カラーカメラのセンサー自体に色を感じる機能はありません。構造としては、光の強度に応じた電荷を発生するフォトダイオードの上にR, G, Bの三色をそれぞれ透過するフィルターを並べ、各画素でそれぞれの色情報を取得するようになっています。もし、このフィルターの赤外線透過効率が悪ければ、その分、実効感度は下がることになります。


しかし、だからといってまさかセンサーを分解してフィルターだけ取り出し、その特性を調べるわけにもいきません。そこで、手元にあるASI290MM(モノクロカメラ)とASI290MC(カラーカメラ)に同じ赤外線透過フィルター(OPTOLONG Night Sky H-alpha)を装着して撮影し、その写りから感度の高低を比較してみることにします。


ちなみに、ASI290MCの感度曲線はこんな感じ。


f:id:hp2:20210315193104j:plain

赤外域の感度はASI533MC Proよりは高いですが、2倍も3倍も違うわけではなさそうです*2


f:id:hp2:20210315184349j:plain
セットアップはごくごく簡単で、カメラにレンズを取り付けて暗い室内を撮影するだけ。今回はシグマ 18-50mm F3.5-5.6 DC*3を取り付け、18mm、F3.5*4で撮影しています。



f:id:hp2:20210315184433j:plain

まずはASI290MMから。Gain=110の60秒露出での写りはこんな感じ。これが基準になります。



f:id:hp2:20210315184525j:plain

次に、ASI290MCを同条件で撮影するとこんな感じになります。ホワイトバランスを整えていないので、当然のように画面は真っ赤になります。これをR, G, Bの各チャンネルに分離すると、以下のようになります。



f:id:hp2:20210315184554j:plain
f:id:hp2:20210315184604j:plain
f:id:hp2:20210315185356j:plain

当然と言えば当然ですが、G, Bのチャンネルにはほとんど写っていません。実際にはG, Bともに赤外域に漏れがあり*5、強調してみれば写っていないこともないのですが、このデータを拾い上げてしまうとかえってノイズ源にしかならないので、このような場合はRチャンネルのデータのみ使用します*6。このあたりはHαのナローバンド撮影と同様です。


このRチャンネルの明るさを見る限り、ASI290MCはASI290MMより感度が低いのは確かなようです。



f:id:hp2:20210315184643j:plain

次に、ASI290MCの露出時間を120秒まで伸ばし、同様にRチャンネルのみ抜き出すとこんな感じ。今度はASI290MMに比べてかなり明るいです。少なくとも、ASI290MMとMCとで倍半分も感度が違うということはなさそうです。



f:id:hp2:20210315184710p:plain

構図がズレているので厳密な比較はできませんが、各画像のヒストグラムを確認してみると、ASI290MMの画像は、同条件のASI290MCの画像のおおよそ1.1~1.2倍くらいの明るさがありそうです。とはいえ、差としては決して大きくなく、このくらいであれば画像処理で十分にリカバリーできる範囲内だろうと思います。


つまり……

  • 赤外線に対して特異的にセンサーチップの感度が低いわけではない。
  • プロテクトウィンドウは赤外線をカットしない。
  • チップ上のカラーフィルターの影響はあるが、大きくはない。モノクロカメラ8~9割の感度はある。

ということになります。



では、hiroooo000さんの写真がなぜ写りが悪かったかですが、処理中画面のキャプチャ画像や「HTで丁寧に調整したら色が失われてしまいました」といった記述からして、おそらくはカラー写真として画像処理してしまったのではないでしょうか?


上でも少し書きましたが、近赤外撮影で光が受かるのは主にR画素で、G, B画素はあくまでも「光が漏れだす」レベルでしかありません。ところが、これをなまじカラーバランスを取る形で処理しようとすると、写りの悪いG, B画素に描写が引きずられることになってしまいます。赤外線写真には「色」がないのですから、Rチャンネルのみ抜き出して、モノクロ写真として処理すれば、もう少し描写が良くなるのではないかと思いますがどうでしょう?(もし見当違いだったらすみません。)


その上でどうしても色が欲しければ、別途赤外線フィルターなしでカラー撮影し、モノクロの赤外線写真をL画像としてLRGB合成するのが確実かと思います。



……というわけで、結論としては、多少の感度ロスはあるものの、カラーカメラでも十分に近赤外撮影を楽しめると思います。ただ最後に1つだけ。カラーカメラの場合、近赤外撮影ではR画素しか使わない関係上、解像度はモノクロカメラの1/41/2になってしまいます*7



f:id:hp2:20210315184813j:plain

実際、ASI290MMとASI290MCの画像を比べると、ASI290MCの方が描写が甘くなっています*8。ASI290MMの画像を一度1/2に縮小したのち、再度2倍に拡大してみるとASI290MCの画像に雰囲気が似てくるあたり、解像度が1/41/2に低下していることを納得できるでしょう。解像度を求めるのであれば、モノクロカメラの方が有利なのは間違いのないところです。


とはいえ、ブログやSNSで使う分には、そう高解像度の画像は使わないでしょうし、あまり問題はないと思います。

*1:https://www.sony-semicon.co.jp/products/IS/security/technology.html

*2:ピークQEがほぼ同じというのを信じるなら、縦軸のスケールはほぼ横並びで比較できます。

*3:単に手近にあっただけ。

*4:絞りの制御はできないので、開放になります。

*5:分光感度のグラフ参照

*6:本当に厳密にやるなら、現像前のFITSファイルの時点でR画素の情報のみを抜き出すべきですが。

*7:ベイヤー配列の場合、R画素は4画素に1つしか存在しないため。

*8:ピントが微妙にずれている可能性は否定しきれないけど。