先日、こちらでも近赤外撮影を始めたばかりですが、同じく都心で近赤外撮影にチャレンジし始めたhiroooo000さんが、しばらく前にちょっと気になることを書いておられました。
hiroooo000-blog.hatenablog.com
曰く、近赤外撮影をやったけど思ったほど写りが良くないとのこと。たしかに、記事に掲載されている写真を見る限り、もう少しよく写っても良さそうな気がします。
hiroooo000さんが使用されているカメラはASI533MC Pro。私がメイン撮影で使用しているASI2600MC Proと同世代の高性能機です。使用されているセンサーチップはIMX533。低照度下での画質を表すパラメータ「SNR1s」*1は0.13 lxです。先日、こちらで使用したASI290MMで使われているセンサーチップIMX290のSNR1sが0.23 lxですから、チップの性能的にはIMX533の方が勝っています。
だとすると、写りの悪い原因は何でしょう?カラーカメラ自体に問題がるのだとすると、ちょっと厄介ですが……。
赤外域の感度が低い?
IMX290もIMX533も、決して赤外域に特別強いわけではありません。とはいえ、波長ごとの感度を比べてみるとご覧の通り。
IMX290MMの感度曲線
IMX533MC Proの感度曲線
カラーとのモノクロの違いはありますが、極端にIMX533だけ赤外線感度が落ち込んでいるという感じもしません。量子効率(QE)のピーク値はIMX533、IMX290ともに80%ですし、これまた大きな違いはありません。
プロテクトウィンドウが赤外線をカットしている?
ZWOのカメラはセンサーの手前にガラスがあって、これがチップを保護する形になっています。そして同社のカメラの中には、このガラスがIRカットフィルターになっているものが存在します。ASI2600MC Proなどがその例です。
ASI2600MC Proのプロテクトウィンドウの透過曲線
しかしながら、ASI533MC Pro、ASI290MMともにこのガラスは単なる「反射防止ガラス」で、赤外線を積極的にカットするようなものではありません。
ASI290MMやASI533MC Proのプロテクトウィンドウの透過曲線
カラーカメラの感度は?
……となると、あと怪しいのはカラーカメラのセンサー直前にあるカラーフィルターです。
皆さんすでにご承知の通り、カラーカメラのセンサー自体に色を感じる機能はありません。構造としては、光の強度に応じた電荷を発生するフォトダイオードの上にR, G, Bの三色をそれぞれ透過するフィルターを並べ、各画素でそれぞれの色情報を取得するようになっています。もし、このフィルターの赤外線透過効率が悪ければ、その分、実効感度は下がることになります。
しかし、だからといってまさかセンサーを分解してフィルターだけ取り出し、その特性を調べるわけにもいきません。そこで、手元にあるASI290MM(モノクロカメラ)とASI290MC(カラーカメラ)に同じ赤外線透過フィルター(OPTOLONG Night Sky H-alpha)を装着して撮影し、その写りから感度の高低を比較してみることにします。
ちなみに、ASI290MCの感度曲線はこんな感じ。
赤外域の感度はASI533MC Proよりは高いですが、2倍も3倍も違うわけではなさそうです*2。
セットアップはごくごく簡単で、カメラにレンズを取り付けて暗い室内を撮影するだけ。今回はシグマ 18-50mm F3.5-5.6 DC*3を取り付け、18mm、F3.5*4で撮影しています。
まずはASI290MMから。Gain=110の60秒露出での写りはこんな感じ。これが基準になります。
次に、ASI290MCを同条件で撮影するとこんな感じになります。ホワイトバランスを整えていないので、当然のように画面は真っ赤になります。これをR, G, Bの各チャンネルに分離すると、以下のようになります。
当然と言えば当然ですが、G, Bのチャンネルにはほとんど写っていません。実際にはG, Bともに赤外域に漏れがあり*5、強調してみれば写っていないこともないのですが、このデータを拾い上げてしまうとかえってノイズ源にしかならないので、このような場合はRチャンネルのデータのみ使用します*6。このあたりはHαのナローバンド撮影と同様です。
このRチャンネルの明るさを見る限り、ASI290MCはASI290MMより感度が低いのは確かなようです。
次に、ASI290MCの露出時間を120秒まで伸ばし、同様にRチャンネルのみ抜き出すとこんな感じ。今度はASI290MMに比べてかなり明るいです。少なくとも、ASI290MMとMCとで倍半分も感度が違うということはなさそうです。
構図がズレているので厳密な比較はできませんが、各画像のヒストグラムを確認してみると、ASI290MMの画像は、同条件のASI290MCの画像のおおよそ1.1~1.2倍くらいの明るさがありそうです。とはいえ、差としては決して大きくなく、このくらいであれば画像処理で十分にリカバリーできる範囲内だろうと思います。
つまり……
- 赤外線に対して特異的にセンサーチップの感度が低いわけではない。
- プロテクトウィンドウは赤外線をカットしない。
- チップ上のカラーフィルターの影響はあるが、大きくはない。モノクロカメラ8~9割の感度はある。
ということになります。
では、hiroooo000さんの写真がなぜ写りが悪かったかですが、処理中画面のキャプチャ画像や「HTで丁寧に調整したら色が失われてしまいました」といった記述からして、おそらくはカラー写真として画像処理してしまったのではないでしょうか?
上でも少し書きましたが、近赤外撮影で光が受かるのは主にR画素で、G, B画素はあくまでも「光が漏れだす」レベルでしかありません。ところが、これをなまじカラーバランスを取る形で処理しようとすると、写りの悪いG, B画素に描写が引きずられることになってしまいます。赤外線写真には「色」がないのですから、Rチャンネルのみ抜き出して、モノクロ写真として処理すれば、もう少し描写が良くなるのではないかと思いますがどうでしょう?(もし見当違いだったらすみません。)
その上でどうしても色が欲しければ、別途赤外線フィルターなしでカラー撮影し、モノクロの赤外線写真をL画像としてLRGB合成するのが確実かと思います。
……というわけで、結論としては、多少の感度ロスはあるものの、カラーカメラでも十分に近赤外撮影を楽しめると思います。ただ最後に1つだけ。カラーカメラの場合、近赤外撮影ではR画素しか使わない関係上、解像度はモノクロカメラの1/41/2になってしまいます*7。
実際、ASI290MMとASI290MCの画像を比べると、ASI290MCの方が描写が甘くなっています*8。ASI290MMの画像を一度1/2に縮小したのち、再度2倍に拡大してみるとASI290MCの画像に雰囲気が似てくるあたり、解像度が
とはいえ、ブログやSNSで使う分には、そう高解像度の画像は使わないでしょうし、あまり問題はないと思います。