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光害カットフィルターのスペック一気比較

台湾の新興フィルターメーカーSTCが「Astro-Duoナローバンドフィルター」を国内販売して以降、同じようなコンセプトの光害カットフィルターが各社から出始めてきました。自分もこの手のフィルターには興味があるので、自分自身の情報整理も兼ねて、各社の公開情報を元に特性を比較、予想してみたいと思います。

光害カットフィルターとは


まずはごく簡単なおさらいから(基礎知識は大丈夫という方は、この章と次の章は読み飛ばしてください)。


地上、特に街なかはネオンや照明などの人工の光にあふれています。この光が夜空を照らし、暗い天体の観察、撮影を困難にしています。この現象を「光害」(「こうがい」または「ひかりがい」*1)といいます*2


従来からの光害の主な原因はネオンサインや蛍光灯、水銀灯、ナトリウムランプといった照明類ですが、これらは特定の波長の光*3を強く発しています。

例えば水銀灯の場合、可視光線として波長404.7nm、435.8nm、546.1nm、577.0nm、579.1nmの光を発しています。また、水銀は紫外域にも波長253.7nmのピークがあるのですが、これを蛍光物質に当てて光らせるのが蛍光灯です。そのため、蛍光灯は水銀の発する光に加えて、波長600~650nm付近などに蛍光物質由来のピークがいくつか見られます。

また、高速道路などでよく見られるナトリウムランプのうち、昔ながらの低圧ナトリウムランプと呼ばれる種類のものは波長589.0nmおよび589.6nmの光を発しています。*4


一方、天体写真の被写体として人気のある散光星雲や惑星状星雲は、星の光によって高エネルギー状態になったガスが輝いているもので、これらも特定の波長の光を強く出しています。観測上重要なのは、水素原子由来のHα(656.28nm)、Hβ(486.13nm)、酸素原子由来のOIII(495.9nm, 500.7nm)、硫黄原子由来のSII(671.6nm, 673.1nm)などです。


ここで、これら天体観測に必要な光を透過しつつ、水銀灯などに由来する波長の光をカットするようなフィルターがあれば、光害の悪影響を大きく抑えることができます。これが、いわゆる「光害カットフィルター」の原理です。伝統的な光害カットフィルターでは、光害由来の光のみをカットし、他の色の光はなるべく通すような設計がされています。そのため、カラーバランスの崩れは比較的少なく済むようになっています。


もっとも、最近は幅広い波長の光を連続的に放射するLED電球の影響も大きくなってきていて、従来の光害カットフィルターが利きにくい状況が生まれつつあります。そうしたこともあり、従来の光害カットフィルターの考え方をさらに進めて「カラーバランスが崩れても構わないから、天体からの光以外はすべてカット」というフィルターが現れるようになりました。これが冒頭に書いたSTCのAstro-Duoや、SIGHTRONのQuad BP、IDASのNebula Booster NB1といったフィルター類です。

これらは光害カットの効果は大変大きいのですが、特性を考えると「光害カットフィルター」というよりは、特定の波長の光のみを通す「ナローバンドフィルター」の系統から発展したものと考えた方が良さそうに思います。


ちなみに、光害カットフィルターについては過去にいくつかエントリを書いているので、興味があればそちらもご覧ください。

hpn.hatenablog.com
hpn.hatenablog.com

初心者向け注意


上で書いたように、最近現れたフィルター類は光害カット効果が大変高く、そうした観点で売り込んでいる店も少なくないようです。ただ、同じく上で書いたように非常に限られた波長の光しか通さないので、対象の天体によって向き、不向きが顕著に出ます。


基本的には、散光星雲や惑星状星雲、超新星残骸など、宇宙空間に広がったガスそのものが高エネルギー状態になって輝いているような天体には非常に効果的です。これらの天体は主に、フィルターが透過する水素由来のHαやHβ、酸素由来のOIIIなどで輝いているためです。


一方、星そのものは連続的に幅広い波長で輝いており、特定の波長のみを強く発するような輝き方はしていません。そのため、星の集団である散開星団球状星団、系外銀河*5などはあまり向いた対象とは言えません。宇宙空間の塵が星の光を反射して輝く反射星雲*6も同様です。これらの対象にこうしたフィルターを使うと、カラーバランスの崩れや光量減少による写りの悪さ*7に悩むことになります。


ネットを見ていると、このあたりに無頓着な例も散見されるので、一応注意喚起をしておきます。

各フィルターの特性


それでは、ここから各フィルターの特性を順に見ていこうと思います。なお、以下に示すグラフは各社の公開情報を元に独自に書き起こしたものです。出典(本ブログ)を示したうえでの引用は構いませんが、無断転載はお断りさせていただきます。


さて、まずは伝統的な光害カットフィルターであるIDAS LPS-D1から。


IDAS LPS-D1

こちらがLPS-D1の特性図です(水色のライン)。

このグラフは横軸に光の波長、縦軸にフィルターの透過率を示してあります。また、参考として天体由来の光の波長であるHβ、OIII、Hα、SII、光害成分である水銀およびナトリウム由来の波長、さらに、一般的な白色LEDのスペクトル(ピンク色のライン)を書き込んであります。


これを見ると、LPS-D1は水銀やナトリウム由来の光をきっちりカットしていることが分かります。まさに光害カットフィルターのお手本のような特性です。

一方で、それ以外の波長の光はHβ、OIII、Hαなど天体由来の光を含め、なるべくカットしないようになっています。カラーバランスは比較的取りやすいでしょう。実際、自分も旧モデルに相当するLPS-P2を使っていますが、癖も少なく使いやすいフィルターです。


ただし、連続スペクトルで輝くLEDに対してはほぼ無力で、最も強度の高い波長460nm付近のピークは素通しです。また、波長600nm前後に幅広く存在する高圧ナトリウムランプの光も防ぎきれません。



IDAS LPS-D2

ここを改善したのが、後発モデルのLPS-D2です(茶色のライン)。

波長460nm付近の光をカットするとともに、560~640nm付近も大きくカットしていて、LEDの光が強い領域をなるべく通さないようになっています。一方で水銀由来の光は一部通してしまっており、その場の光害の成分によっては十分な効果が得られない可能性があります。特に、水銀由来の546.1nmの光は強烈なので、これがほぼ素通し状態なのは気になるところです。



OPTOLONG CLS-CCD

一方、色再現性を犠牲にして光害カット効果を強めたのがOPTOLONGのCLS-CCD*8です(藤色のライン)。

このフィルターでは540~620nm付近の光をばっさりカットしてしまっています。また、LPS-D2と違って水銀由来の光もほぼ完全にカット。そのため、色再現性にやや難はありますが、散光星雲や惑星状星雲はしっかり写ってくれます。

ただし、こちらはLEDのことは考慮しておらず、460nmの光をほぼそのまま通してしまっています。




SIGHTRON Quad BP

さて、ここからは最近発売された製品群。まずはSIGHTRONのQuad BPフィルターです(青いライン)。

通す光の幅は狭くなっていますが、思ったよりもCLS-CCDに近い印象です。460nm付近のLEDの光もある程度通してしまっています。特性としては、赤外域を除けばOPTOLONGのUHCフィルターやAstronomikのUHCフィルターに近いでしょうか。価格が比較的安いのが魅力ですが「Quad Bandpass」という名前の印象ほど輝線に特化しているわけではなく、新製品だからといって過剰な期待は禁物といった感じがします。



IDAS Nebula Booster NB1

次はIDASのNebula Booster NB1フィルター(黄緑色のライン)。

こちらは通す光の幅が一気に狭くなっています。天体において強度が弱いことが多いSIIはあえてカットした上で、Hβ、OIII、Hαのみを通すような設計になっています。LEDの光もかなり強力にカットされそうです。


また、スペック上は目的の透過波長に対して長波長側に余裕を持つような設計になっていますが、これはこの類の干渉フィルターが、斜めからの光に対して透過波長が短くなる(グラフが短波長側にシフトする)という特性を考慮しているため。このあたりの気遣いは、さすが光害カットフィルターの第一人者といった印象です。



STC Astro-Duo

そしてSTCのAstro-Duoナローバンドフィルター(赤いライン)。

こちらはもう、その名の通り光害カットフィルターというよりはナローバンドフィルターの特性ですね。ほぼOIIIとHαしか通さず、散光星雲と惑星状星雲、超新星残骸専用といった感じ。はまれば絶大な効果を発揮するのは確実です。

ここで紹介した中ではフィルター形状のバリエーションも最も豊富で、取り付け方の自由度は高いです。その代わり、結構いい値段がするので、そこは考慮に入れておく方がいいでしょう。



TRIAD
TRIAD Ultra

あと、番外編として、国内販売はありませんがこの手のフィルターの走りの1つでもあるRadius TRIAD Tri-Band narrowband filter(上)と、その進化型のRadius TRIAD Ultra Quad-band narrowband filter(下)を紹介しておきます(いずれも赤いライン)。アメリカの天文機器専門店OPTで取り扱いがあり、個人輸入可能です。


TRIAD Tri-Band narrowband filterの方はHβ、OIII、Hαの三色のみを通すフィルターです。特徴はNebula Booster NB1に近いですが、こちらの方がよりナローバンドフィルターとしての性質が強く、特にHα付近は半値全幅3nm*9と、モノクロCCD用の高級なナローバンドフィルターに匹敵する数値を叩き出しています。


一方のTRIAD Ultraの方は、Hβ、OIII、Hαに加えてSIIも通すナローバンドフィルター。こちらの性能はさらに圧巻で、Astro-Duoナローバンドフィルターが「ナローバンド」と言いつつもそれなりの半値全幅を持っていたのに対し、それぞれの波長に対して本格的なナローバンドフィルターに匹敵する半値全幅(Hβ:5nm, OIII:4nm, Hα:4nm, SII:4nm)を実現しています。カラーカメラ向けの究極のフィルターとも言えるかもしれません。

ただし値段も強烈で、2インチ径のフィルター1枚が驚きの1000ドル超え。非常に魅力的なスペックですし、高精度の干渉膜をひたすら重ねる製造の手間を考えれば無理もない価格ではありますが……。

*1:音が同じ「公害」と区別するため、あえてこう読み下す場合があります。

*2:「光害」は天体観測を邪魔するという点だけではなく、生物の生活リズムを乱すなどといった実害も含めた幅広い概念ですが、本稿ではそれは置いておきます。

*3:原子由来のこうした光を「輝線」と呼びます。

*4:最近は、高い気圧でナトリウム蒸気を封じ込めた「高圧ナトリウムランプ」が主流です。これの場合、電球内のナトリウム濃度が高いため、ナトリウムが発した光がナトリウムに再吸収されるなどしてエネルギーが複雑に変化し、発光スペクトルの波長域が大幅に広がります。

*5:系外銀河の場合、銀河の中に散光星雲が見える場合がある(M33など)ため、作画意図によっては効果的な場合もあります。

*6:M78やM45周辺の「メローペ星雲」などが有名です。

*7:光星雲などはフィルターが透過する波長の光のみで輝いているため、フィルターを通しても大して明るさは暗くなりませんが、これらの天体はフィルターでカットされてしまう波長の光でも輝いているため、カットされる分だけ光の量が減って暗くなります。

*8:私が持っているもう1枚の光害カットフィルター

*9:ピークの50%の強度を示す位置でのピークの幅のこと。この値が小さいほど、そのピークが鋭いことを示す。