PHD2の日本語マニュアルを公開しています。こちらからどうぞ。

個人サイト「Starry Urban Sky」もよろしく。

他人の画像を処理してみる

Twitterで以前から相互フォローさせていただいている星屑 BBさん(@hoshikuzu922)が、ちょっと面白い企画をされていました。



素材を提供するので各々処理してみませんか?という呼びかけ。他人の撮影したRAW画像をじっくり見る機会などなかなかありませんから、さっそく手を挙げてみました。


対象はオリオン座のLDN1622。バーナードループを挟んでM78と反対側にある暗黒星雲です。このあたりは暗黒星雲とその周囲に広がる分子雲、これらと重なるように存在する散光星雲が入り混じって、非常に美しい領域です。素材は当然のことながら空の暗いところで撮られているので、ポテンシャルは十二分にあるはず。また、高性能ぶりに定評のあるイプシロン光学系での撮影ですから、星像や周辺減光の様子も非常に気になります。



というわけで、早々に素材をDLして眺めてみます。1枚の「撮って出し」画像はこんな感じ。

f:id:hp2:20201205183615j:plain

一見何も写っていないように見えますが……


f:id:hp2:20201205183630j:plain

強調してみると、ちゃんと中央に暗黒星雲と、それに隠されている散光星雲が見えてきます。1枚でこれなので、これが30枚もあるならどうにでもなりそうです。伊達に普段、光害まみれで天体の見えない写真を扱っているわけではありません(笑)


f:id:hp2:20201205183843j:plain

コンポジットしてレベル調整してみると、中央の暗黒星雲&散光星雲がよりハッキリしてきます。一方で、周辺減光もハッキリしてきますが、ε-180EDにAPS-CフォーマットのK-5IIsという比較的無理のない組み合わせのおかげか、かなり素直な減光パターンです。ミラーボックスによるケラレもほとんど目立ちません。


それにしても、光害によるカブリがほとんどない画像というのは本当に驚きです……って、あれ?もしかして普通の人の「天体写真」ってこういうのを言うのか……?



さてさて、いつもの私なら「RGB分割フラット補正」で背景を丁寧にならしていくところ……そうでなくても、普通なら各コマ現像前にフラット補正を済ませておくところですが、今回は残念ながらフラット画像がありません。


仕方がないので、ここはいわゆる「セルフフラット」を用いるしかありません。簡単に言うと、画像から星などを消去する、あるいは背景の一部の色をサンプリングして背景全体の色分布を推定するなどの方法で、フラット画像を生成するものです。


こうしたことができるソフトとしては、無料だとFlatAideYIMGIRISDynamicBackgroundEstimation*1など、有料だとFlatAideProPixInsightなどがあります。また、ステライメージでも手順は少々複雑ですが可能ですし、次バージョンの9からは単独の機能として搭載されます


ただしこれらの機能、慎重に使わないと肝心の星雲なども補正によって消えてしまうので注意が必要。特に今回のような、淡い散光星雲や分子雲が漂っている画像は要注意です。


で、いくつかのソフトでフラット画像を作成して試してみたのですが、今回はPixInsight(PI)の「AutomaticBackgroundExtractor」(ABE)を利用しました*2


f:id:hp2:20201205184432j:plain

ABEで生成したフラット画像がこちら。レベル調整がされているので明るく見えますが、四隅の光の落ち方など、まずまず背景がうまく抽出されているように思えます。そこで、これでフラット補正を行ってみるのですが……


f:id:hp2:20201205184550j:plain

うん、明らかに過剰補正ですね*3。普通ならここで諦めるところですが、せっかくきれいっぽくフラット画像が取得できているのにもったいないです。


f:id:hp2:20201205184800p:plain

そこで、ステライメージの「ガンマフラット」機能を使います。この機能は、フラット画像にガンマ補正をかけたり、一定値を加減算したりすることで補正のかかり方を微調整するもので、フラットが合わない場合の救済法としてかなり優秀なものです。

www.astroarts.co.jp
hpn.hatenablog.com


この機能でちょうど良さそうなパラメータを探ってみると「ガンマ=0.5、オフセット=60%」とすることで、画像がかなりフラットになってくれました。おおよそこんな感じ。

f:id:hp2:20201205192457j:plain

明度分布を見ても、かなりフラットになっているのが分かります。


f:id:hp2:20201205184855j:plain

試しに強調してみると、端に近いところはさすがに補正しきれていませんが、これはもう仕方がないでしょう。こういう場合はトリミングするに限ります。


レベル調整後、「周辺減光/カブリ補正」でわずかに残った背景の傾斜を補正し、デジタル現像を施して*4トリミングしたのがこちら。


f:id:hp2:20201205185251j:plain

背景が均されたおかげで、分子雲や散光星雲の存在がかなりハッキリしてきました。しかし、レベルを切り詰めた結果、ノイズも画像全体に浮き上がってきてしまっています。


そこで次に、このノイズを除去します。ノイズ除去については、過去にいくつかのソフトについて比較レビューを行っています。

hpn.hatenablog.com


今回は、このレビューにおいて優秀な結果を残したNeatImageと、先日入手したTopaz DeNoise AI*5の2つのソフトを使ってみます。


f:id:hp2:20201205190859j:plain:w600

全体を比較するとこんな感じ。NeatImage、DeNoise AIともにノイズ感は大きく低減されていますが、DeNoise AIの方はカラーバランスの調整なども行っているようで、色合いが大きく変わっています。結果から言ってしまえば、色表現としてはDeNoise AIが正しいのですが、画像を勝手にいじられているという意味で若干の気持ち悪さを覚えるのは確かです。


f:id:hp2:20201205191328j:plain

中心部を等倍で切り出したのがこちら。DeNoise AIでは、星の「赤ハロ」まで取り除かれているのは驚きで、ノイズ除去にとどまらず様々な処理を加えているのは一目瞭然です。ただ、仔細に見ると星の周りに黒いリンギングがわずかに生じていますし、シャープネス処理の関係か、縦方向のバイアスノイズもやや目立ってしまっています。画像処理の最終盤で使うにはいいと思いますが、処理途中で使うと副作用も大きそうです。


というわけで、今回はNeatImageで処理した画像を使用します。


f:id:hp2:20201205191450j:plain

処理済みの画像をRGB三色分解し……


f:id:hp2:20201205191544j:plain

Photoshopで読み込んでカラーモードをRGBカラーに変更後、NikCollectionのSilver Efex Pro 2を起動します*6 *7


左側に様々なプリセットのプロセスが並んでいますが、天体写真で効果的なのは「高ストラクチャ(強)」「フルダイナミック(強)」「フルコントラストストラクチャ」あたりです。効果については実際に色々試してみるといいのですが、比較的無難なのは「高ストラクチャ(強)」。コントラストが付いて分子雲などの微妙な明暗が見やすくなるとともに、ガスが渦巻く構造なども見えやすくなってきます。


一方、「フルコントラストストラクチャ」などは効果こそ絶大なものの、背景の色むらやバイアスノイズなども強調されてしまうため、画像がガビガビになったり、色合いが修正不能なほど狂ったりします。これは本当に良質な画像が得られた場合に限った方がいいでしょう。


今回は画像にバイアスノイズが残っているため、「高ストラクチャ(強)」をR, G, Bの各画像に適用します。これを再びRGB合成するとこんな感じ。

f:id:hp2:20201205191732j:plain

一気に画像が派手になりました。左手方向に流れる分子雲もハッキリしていますし、背景の散光星雲も右上方向に伸びているのがよく分かります。しかしその一方で、分子雲などが不自然に緑色に色づいているのが気になります。背景にも、バイアスノイズ由来なのかカラーノイズなのか、緑の色むらが……。そこで、ステライメージの「Lab色彩調整」を用います。


これは画像のホワイトバランスは変えずに、赤、緑、青、黄の各色を個別に、他の色を変化させないで調整できる便利な機能。これを用いて、緑色の彩度を抜いてやるとこんな感じ。

f:id:hp2:20201205191827j:plain

緑色がかった部分だけがきれいに取り除かれた一方、他の部分にはほとんど影響がないのが分かります。


ただ、この機能を使うに当たっては注意が必要です。今回の場合、被写体が恒星およびその光を反射する分子雲がメインであること、また「緑色の恒星は存在しない」ことから、緑色が画像内に存在しないことを確信したうえで緑色を抜いていますが、被写体によっては、下手に色を抜くと明らかに色がおかしくなったり、情報の欠落を招く可能性があります*8


このあと、背景の不均一さが残る部分をさらにトリミングしたり、レベル調整で背景の明るさを調整したり、デジタル現像(色彩強調マスク)で星の色を調整した際に「穴」が空いた輝星中心部を修正したりして、最終的に出来上がった結果がこちら。



f:id:hp2:20201203140512j:plain:w900

光星雲と無数の星の間を漂う暗黒星雲&分子雲が非常に美しいです。普段なら光害カブリの処理に苦心したり、強調すると色がおかしくなるのはザラだし、淡い星雲を強調するためのマスクづくりに苦労したりするのですが、今回はそうした苦労はほとんど不要で、元画像の質が良いとこうも違うかと驚きの連続でした。


星屑 BBさん(@hoshikuzu922)、素敵な素材をありがとうございました。

*1:ちょうどつい先日、GUI版が公開されたばかりです。

*2:「牛刀をもって鶏を割く」感がものすごいですが……。

*3:ステライメージで編集したFITSファイルをPIで読みこんだ時、レベルがおかしかった(異常に暗い&カラーバランスが変)ので、そのあたりが影響していそうです。

*4:この際、「色彩強調マスク」を用いて、星の色が飛ばないようにしています。

*5:ブラックフライデーのセールで大幅割引されていたのでつい……。

*6:DxOに移管されて以降の有料版は試していないので分かりませんが、おそらくNikCollectionは単体でも使用可能かと思います。https://hpn.hatenablog.com/entry/20170423/1492926945

*7:Silver Efex Pro 2はカラー画像に対してでないと使えません。ステライメージで三色分解した場合、R, G, Bの各画像をカラーモードに変換しておくと、Silver Efex Pro 2でそのまま読み込めます。

*8:極端な話、惑星状星雲が写っている画像で青や緑を抜いたり、散光星雲が写っている画像で赤を抜いたりすればどうなるか、考えてみれば分かると思います。