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春の惑星状星雲祭り

今月の新月期はちょうど天皇誕生日を挟んだ三連休。狙ったかのように、連休中日の日曜夜はずっと晴れの予報だったので、近所のいつもの公園に出撃してきました。


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春一番をもたらした低気圧が通過した直後ということで強風を心配していたのですが、家を出る直前に様子を見ると、恐れていたほどの風ではなかったので、長焦点鏡のEdgeHD800を持ち出すことに。夜が更けるとともに風が収まる予報だったのも後押ししました。一応、現場で風が強いことも考えてED103Sも台車に積み込みましたが、結果的には無用の心配でした。


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とはいえ、宵のうちは時折強い風が吹いていましたので、最初のターゲットは短時間露出で撮影できる惑星状星雲に。これまでに撮ったことのない対象ということで、ふたご座の「ドッグボーン星雲」ことNGC2371-2を狙うことにしました。NebulaBooster NB1フィルターを装着し、ISO800の30秒露出で多数枚撮影します。



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「撮って出し」だとこんな感じで、ほとんど対象を視認できません。一般に表面輝度が高い惑星状星雲とはいえ、13等という暗さだと短時間露出では一筋縄ではいかないようです。とはいえ、現場で強調してみると対象はしっかり捉えられていて、多数枚のコンポジットで十分行けそうです。


一応、切り良く128枚を目標に撮影を始めましたが、やはり時折強風が吹いて鏡筒を揺らします。ある程度の没コマが出ることを想定して、150枚ほど撮影を行いました。


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そうこうしているうちに、この夜の本命がいい高さに昇ってきたので、望遠鏡をそちらに向けます。狙いはうみへび座の惑星状星雲Abell 33です。



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Abell 33は、アメリカの天文学者ジョージ・エイベル(George Ogden Abell, 1927~1983)が、パロマー天文台スカイサーベイ(Palomar Observatory Sky Survey, POSS)で得られたデータを基にまとめた惑星状星雲のリストに掲載されている惑星状星雲です。うみへび座のα星アルファルドの6度ほど北に位置します。


チェコ天文学者ルボシュ・ペレク(Luboš Perek, 1919~)とルボシュ・コホーテク(Luboš Kohoutek, 1935~)がまとめた惑星状星雲のリストにも掲載されていて、PK238+34.1という名称でも知られています。*1


手前にあるHD 83535という7等星と絶妙な位置で重なっていて、しばしば「天空のダイヤモンドリング」に例えられる美しい天体です。
sorae.info


視直径は4.5分ほどもあって、惑星状星雲としては大型の部類。カタログ上の明るさは13等と、それこそドッグボーン星雲と同程度ですが、ほぼ恒星状の同星雲と違って大きく広がっているため、その淡さはまるで比べ物になりません。自分で言うのもアレですが、鏡筒のF値が10と暗いですし、フィルターの助けがあるとはいえ光害の激しい都心から撮るのは「無理・無茶・無謀」の類でしょう。


ダメ元覚悟で、とりあえずISO800の20分露出で狙ってみますが……


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きれいな一面のグレーだろ。
ウソみたいだろ。視野に入ってるんだぜ。それで……。(CV 三ツ矢雄二


いやはや、覚悟はしていましたが聞きしに勝る淡さです。それでもアホみたいに強調すると……


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心眼でかろうじて円形の星雲の姿が見えるような見えないような、それでも若干見えるような気がしなくもないことを否定できないこともないような……(^^;


ともあれ、コンポジットで何とか救えると信じて撮るしかありません。西に傾いて高度が30度を切るまで、とりあえず10コマを確保しました。



Abell 33を撮り終えた時点で3時前。天文薄明開始までまだ2時間ほどあるので、何を撮ろうか迷ったのですが、系外銀河を撮るにはフィルターの付け替え等が面倒だったので、同じ惑星状星雲のM97を狙うことに。


M97単独は過去にもEdgeHD800で撮ったことがありますが、当時は観測場所の制約やミラーシフトに伴うガイド精度の問題もあって、露出時間をしっかり確保することができませんでした。今回は1コマ当たり15分の露出を与えています。


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撮って出しだとこんな感じ。メシエナンバーの惑星状星雲の中では暗く淡い部類に入りますが、Abell 33とは比べ物になりません。


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3時を回ると、東の空にさそり座がそれなりの高さにまで昇ってきていました。空の暗いところなら、アンタレス周辺の散光星雲をターゲットにするところなのでしょうけど、光害の激しい都心では夜明けまでに確保できる撮影時間がまるで足りず、手を出せないのが悲しいところです。




帰宅後、まずは処理が楽そうなM97から取り掛かります。確保した8コマをコンポジットするだけでもそれなりの見栄えになるので、本当に楽ちんです。多少の強調処理と色彩補正を行って出てきた結果がこちら。


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2020年2月24日 EdgeHD800(D203mm, f2032mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5 SEO-SP3, ISO800, 露出900秒×8コマ, IDAS NebulaBooster NB1使用
セレストロン オフアキシスガイダー+Lodestar+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.7.1eほかで画像処理

以前はいかにも露出不足の感がありましたが、今回は境界部のもやもや感もある程度写って、まずまずではないかと思います。色合いもきれいに出てくれました。ただ、この天体自体、そもそも微細構造があまり明瞭な対象ではないので、面白みにはやや欠けますね。



次いで、「ドッグボーン星雲」ことNGC2371-2。こちらは風の強かった宵のうちの撮影のため、かなりの枚数が流れて没になってしまいました。星像が比較的整ったものを選別しましたが、勝率は2/3くらいでしょうか。長時間露出でなかったのが不幸中の幸いです。


とりあえず、比較的マシな96コマをコンポジット。本当はここからRegistaxで微細構造を炙り出す予定だったのですが、やはり元の画像が大なり小なり風の影響を受けているせいか、Registaxを使っても粒子が荒れるばかりで効果がなく断念しました。


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2020年2月23日 EdgeHD800(D203mm, f2032mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5 SEO-SP3, ISO800, 露出30秒×96コマ, IDAS NebulaBooster NB1使用
セレストロン オフアキシスガイダー+Lodestar+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.7.1eほかで画像処理


この星雲はNGC2371とNGC2372という2つのナンバーを持っていますが、これは明るい部分2つにそれぞれナンバーが振られたため。ペルセウス座の「小亜鈴状星雲」M76にNGC650、NGC651の2つのナンバーが振られているのと同様のケースです。「ドッグボーン星雲」という愛称は、これを犬が咥える骨に見立てたものですが、むしろ「極小亜鈴状星雲」とでも言いたくなる姿です。



さて、最後に大本命のAbell 33ですが……20分露出10コマ分をコンポジットしても、ほとんど姿が見えません。それでも、くじけずにゴリゴリ処理をして……ででん!!


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2020年2月24日 EdgeHD800(D203mm, f2032mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5 SEO-SP3, ISO800, 露出1200秒×10コマ, IDAS NebulaBooster NB1使用
セレストロン オフアキシスガイダー+Lodestar+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.7.1eほかで画像処理


かろうじて、真円状の星雲の姿が浮き上がってきました。「天空のダイヤモンドリング」には程遠いボロボロの姿ですが、正直、都心から姿を捉えられただけでも御の字でしょう。一応、改善のアイデアだけはなくもないのですが、撮影時間が余分にかかる上に出費を伴うので、慎重な検討が必要でしょう。


なお、Abellの惑星状星雲については、観望ガイドをこちらのサイトから無料でダウンロード可能です*2。どれも暗くて非常な難物ぞろいですが、興味がある方はチャレンジしてみてください。

*1:これらのカタログについては、過去のエントリーを参照のこと。

*2:このサイトですが、ほかにもシャープレス天体や原始惑星状星雲(protoplanetary nebula)など、比較的マイナーな天体のガイドがダウンロード可能です。