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「恋する小惑星」を検証してみた 第7話

「恋する小惑星」の第7話は、久々にガッツリ天文回でしたね。先輩2人が引退して、イノ先輩率いる新生地学部の第1歩。まずは地元の天体観望会からのスタートです。


さて、それでは今回もいつものように天文ネタを回収していきましょう。


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地学部に、地元の子供会主催の天体観望会の講師のお願いが来ました。みらのプッシュで、新部長のイノ先輩はこの話を受けることにします。


あとで「今夜はオリオン座流星群が一番見える日なんだ~」というセリフが出てくるので、開催日は2017年10月21日の土曜日だということが分かります。


あお『子供の背を考えると三脚は伸ばさなくていいよね』
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子供会の催しということで、望遠鏡を覗くのはおそらく小学生とかになりますから、その背丈に合わせて、ここではあえて三脚を伸ばさずに望遠鏡を一番低い位置にしています。ポルタIIの場合、付属の三脚を伸ばさずに使うと、三脚自体の高さは70.5cmとかなり低くなります。これなら低学年でも覗くことができるでしょう。とはいえ、令和元年度の「学校保健統計調査」によれば、小学1年生の男子の平均身長が116.5cm、女子が115.6cmとのことなので、念のためを考えれば踏み台があったほうがさらに安心でしょう*1


イノ『えっと…今日は望遠鏡を使ってみんなでお星さまを…』
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話聞いてないwww 子供の観望会あるあるですね(^^; 特に低学年が混じっているとこういうことはよくありがち。機材の周りを駆け回ったり、勝手にいじったりしていない分、まだマシでしょうか。ましてや、子供会の行事ということで、決して星に興味のある子供ばかりが集まっているわけではないですから、ここからいかに注意を引き付けるか、講師の手腕が問われるところです。


ここではお菓子で強引に収めましたね(^^;


みら『えっと。今日はまず望遠鏡でこの星を見ます』
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みんな大好き、土星です。初めて望遠鏡を覗くという人にインパクトを与えるには、うってつけの対象ですね。環のある土星や、クレーターだらけの半月は分かりやすさという点で優秀です。次点は木星でしょうか。初心者に興味を持ってもらうには「分かりやすさ」がまずは何より重要なので、これらの天体が空に出ていれば真っ先に見てもらうのが定番です。


ただ……冒頭で出てきた観望会の案内を見ると、時間帯が「午後7時30分~9時」となっています。10月21日午後7時30分には土星はもう沈みかけていて、地上からの高度が6度ちょっとしかありません。高度が低いと大気の揺らぎで像が悪いのみならず、土星が沈み切るまでにみんなに土星のことを解説した上、順番に観望してもらわねばならず、さすがに余裕がなさすぎます。


というわけで、おそらくは地学部の方からアドバイス……というか要望を出して、開始時間を30分から1時間程度早めたのじゃないかと予想します。午後6時30分なら土星の高度は15.9度、午後7時なら11.3度なので、多少は余裕が生まれます*2。この日の天文薄明終了は午後6時24分なので、その点でも、開始を1時間早めても観望会として大きな支障はありません。


男児『わー。ちっちゃ』
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男児『これほんとに地球よりでっかいの?』
みら『そうだよ。でも実は中身がすかすかで水に浮いちゃうって言われてるんだ~』
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子供に限らず、望遠鏡で惑星を覗くと、惑星探査機から撮ったような像が視野いっぱいに広がると思っている人が案外多いのですが、実際に見える像はかなり小さなものです。とはいえ、その小さな土星像には環も見えますし、なかなか立派なものです。ここで多少なりとも感動できるかどうかが、星に興味を持つかどうかの1つの境界線のように思います。講師はここをうまくアシストしてやらなくてはいけません。「土星は地球より大きいけど、水に浮かぶくらいスカスカ」という豆知識を挟んだみらは、まずまず合格でしょうか。


土星が水に浮く、というのは惑星の話では定番です。土星の平均密度は約0.7g/cm3しかなく、全惑星中最小。おおよそ木材のケヤキ(0.70g/cm3)や山桜(0.67g/cm3)と同じくらいしかありません。水の密度がこれを上回る約1g/cm3ですから、もし巨大なプールに土星を入れることができたら、プカプカ浮いてしまうわけです。


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ところで、アニメで描かれた望遠鏡の視野内の土星ですが、シミュレーションと突き合わせてみると、土星の衛星タイタン(8.3等)とレア(9.7等)が確認できます。画像の明るさを調整すると、テチス(10.2等)とディオネ(10.4等)も描かれているようです。


ところが、10等前後の天体まで描かれているにもかかわらず、土星のすぐ右下(上の図の視野中央)にある9等星が描かれていません。これは、この恒星がステラナビゲータの「拡張データ」のみに収載されているためと思われます。「標準データ」だけではこの恒星は描かれないため、作画時に落ちてしまったのでしょう*3


みら『どう?土星ちゃんと見えた?』
女児『はい。図鑑で見たのと同じでした』
みら『えっ?』
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みら『M31、アンドロメダ銀河を見ようと思います。銀河っていうのはたくさんの星の集まりで』
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みら『どうかな?』
女児『ただのもやもやですね』
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上ではある程度うまく男児の興味を引けたみらですが、ここでは全くダメでした。たしかに、こういう子も実際にいるのですよね。アンドロメダ銀河を「ただのもやもや」というのも間違いじゃないですし(^^; *4


ところが、ここであおがナイスフォロー。


あお『遠くの星を見ると大昔の宇宙の事がわかったり…あ!ごめん!私説明が下手で…』
女児『大昔の宇宙って?』
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あお『あ…えっと…星の光が地球に届くまで時間がかかるから。たとえばさっき見た土星は約80分前の姿だし…』
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あお『もっと遠くにあるアンドロメダ大銀河は約230万年前の姿を見ていることになる』
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うまく女の子の興味を引き出すことができました。ここでは宇宙の広さと時間を結び付けて話すことで「遠くの宇宙を覗くこと=タイムマシン」という視点を与えることに成功しています。


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女児『これが…230万年前の姿…』
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同じアンドロメダ銀河でも、この子には、もう「ただのもやもや」には見えないはずです。


こういう場だと、子供の興味も理解度もそれぞれなので、講師は幅広く話題を振れないといけません。あおのような視点もいいですし、ギリシア神話に振ってもよし。あるいは「地球から土星まで新幹線で行くと530年もかかる」と、天体間の距離を身近な物差しで示してあげるのもいいかもしれませんね*5。「自分が今見ているものが何なのか」の知識が付くと、モノの見え方がまるで違ってきます。道端の雑草が、その植物の名前を知るだけで見え方が変わってくるのと同じようなものです。


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ちなみに、望遠鏡で見たアンドロメダ星雲の姿ですが、アニメの描写はかなりリアル寄りに近づけているものの、それでもまだかなり盛られています。街なかで見たら、実際にはせいぜいこのくらいじゃないかと思います(^^; *6


男児『あ!見てお姉ちゃん。変な流れ星』
みら『変?』
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みら『ああ。あれは人工衛星だよ』
男児人工衛星?かっこいいー!』
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彼女たちが見上げている空ですが、


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星図と突き合わせてみると、どうやらはくちょう座のデネブ~サドル付近のようです。


リアルさにこだわっている恋アスのこと、人工衛星も同定できるかと思ってステラナビゲータで探してみましたが、19時~21時の間に同ルートを通る人工衛星は残念ながら見つかりませんでした。ステラナビゲータで引っかからない時点で「架空かな?」という気はしますが、わざわざこんなところを通していますし、モデルがありそうな気もします。もし同定できた方がいましたら、教えてください。




後半では、風邪を引いたあおのお見舞いに、みらとイノ先輩が向かいます。そこであおが読んでいたのがこの本。


小惑星ハンター

小惑星ハンター


マチュア天文家、渡辺和郎氏の『小惑星ハンター』。実在する本です。1996年に誠文堂新光社から発売されたものですが、なにしろ古い本なので、手に入れようと思えば古本を探すしかないでしょう。読むだけなら、図書館にはあるかもしれません。


みらが驚いていたように、渡辺氏は観測歴15年ほどの間に800個以上の小惑星を発見した、小惑星探索の第一人者です。とはいえ、1990年代後半になると世界中で高性能の自動掃天システムが稼働し始め、アマチュアによる新天体発見が難しくなったため、現場を退いています。


当時と比べても、自動掃天システムの数や能力は大幅に増えています。「小惑星を見つける」という2人の夢はかなうのでしょうか……?




※ 本ページでは比較研究目的で作中画像を使用していますが、作中画像の著作権は©Quro・芳文社/星咲高校地学部に帰属しています。また、各星図はステラナビゲータ11/株式会社アストロアーツを用いて作成しています。

*1:特に、最初に見ることになる土星は高度が低いので、天頂プリズムを併用すると接眼部が高くなって小さい子には見づらそうです。

*2:それでもだいぶ低いけど。

*3:逆に言えば、スタッフは必要最低限のコンポーネントしかインストールしていないと予想されます。

*4:写真だと立派な渦巻きが見えますが、肉眼だと中心の明るい部分くらいしか見えません。街なかだとなおさらです。

*5:とはいえ、女児にスペクトル分析の話を振るのはさすがに無茶だと思います>あお先生(笑)

*6:過去に撮影した写真を眼視風に加工