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定番と秋の「地味天」

10月になって、秋らしく周期的に天気が変わるようになってきましたが、先週の金曜日はWindy(ECMWF)の予想では運よく晴れ。逆に土日は天気が崩れそうだったので、いつもの公園に出撃してきました。

撮影

ところが意気揚々と出撃したものの、現地に到着すると薄雲が空一面に広がっています。たまに雲が取れても、あっという間に次の雲が広がってくる始末で、なかなか撮影に入れません。公園に到着したのは19時ごろでしたが、1時間以上待っても状況は一向に変わらず。たしかに雲量は8以下で、気象庁の基準的には「晴れ」なのですが orz


2時間近くたっても状況は大きく変わらず、さすがに諦めかけたのですが……

21時を回るとようやく雲が取れてくれたので、すかさず撮影を開始します。この日のターゲットはカシオペヤ座にある散光星雲「ハート星雲&胎児星雲」。またしてもL-Ultimateが大活躍しそうな被写体です。


ここは2017年9月、2019年11月と2度にわたって撮影していますが、当時は改造デジカメでの撮影でしたから、冷却CMOS & デュアルナローバンドフィルターで撮影してどうなるか楽しみです。

hpn.hatenablog.com
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ところがこの日は、撮影を開始した後もひっきりなしに薄雲が通過して、ちょいちょい撮影が中断されます。しまいにはN.I.N.A.ないしPHD2がへそを曲げたのか、望遠鏡がガイド信号に全く反応しなくなり、システム丸ごと再起動を余儀なくされる始末。普段なら、もう少し空を眺める余裕もあるのですが、この夜はとてもそんな気分になりません。



(10/13 19:20~10/14 4:20のバンド7の画像をアニメーション化)

あとでひまわりの画像を確認したら、薄雲が東京上空を結構な頻度で通過していました。そりゃあ撮影に苦戦するわけです。


2時半ごろからは、フィルターをLPS-D1に交換して恒星像の撮影に移りますが、こちらも雲のせいで何度か中断。とうとう最後まで、落ち着かない撮影になりました。



(マウスオーバーで画像切り替え)

おまけに、一見晴れているように見えても透明度がかなり悪い空だったのは確かで、写りが心配です。


リザルト


帰宅して仮眠後、撮った画像を確認してみますが、やはり雲が写りこんでしまった画像がいくつか出てきます。L-Ultimateは7枚、LPS-D1は4枚が没で、最終的に確保できたのはL-Ultimateが46枚、LPS-D1が18枚となりました。撮影開始が遅くなったこと、機材トラブルで撮影が中断したことも含め、確保しようと思っていたコマ数からはしっかり減っています。さて、これでどこまで行けるでしょうか……?


まずはL-Ultimateでの撮影直後&ASIFitsViewでのレベル調整後の「撮って出し」はそれぞれこんな感じ。




強調前でも「ハート星雲」の明るい部分が写っているのはいい兆候。少しは期待しても良さそうです。


そしてLPS-D1で撮った方はこう。




1コマ当たりの露出時間が短いこともあって、こちらはさすがに星雲はごく薄くしか写っていませんが、もとよりそこは期待していないので、これでOKです。


これらに対し「RGB分割フラット補正」で丁寧に補正を行い、BlurXterminatorやSilverEfexなどによる各種強調処理を行った後、合成し、最後に全体的な調子を整えて……はい、ドンッ!




2023年10月13日 ミニボーグ55FL+レデューサー0.8×DGQ55(D60mm, f200mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
カラー画像:Gain100, 180秒×18, IDAS LPS-D1フィルター使用
ナローバンド画像:Gain300, 300秒×46, Optolong L-Ultimateフィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0nほかで画像処理

特徴的な散光星雲の姿が浮かび上がってきました。向かって右側が「ハート星雲」、左側が「胎児星雲」です。海外だと"Heart & Soul"*1として知られるペアです。これらは知名度の割に淡くて、デジカメだとなかなかの難物だったのですが、冷却CMOS+デュアルナローバンドフィルターだとあっさり写ってくれました。LPS-D1での撮影も加えることで恒星の写りも改善されていて、ナローバンド特有の不自然さはかなり軽減されていると思います。毎度のことながら、都心のど真ん中からこれだけ写ってくれれば満足です。


これらの星雲は、一般にIC1805およびIC1848として知られていますが、正確には、これらのナンバーは各星雲の中心に存在する散開星団に与えられたものです*2。散光星雲自体にはシャープレスによってSh2-190およびSh2-199というナンバーが与えられています。




ハート星雲 & 胎児星雲周辺の星雲・星団
ピンクが散光星雲、紫が散開星団(Cr: Collinder)

ちなみに、この領域にある散開星団としてはNGC 1027が目立ちますが、7500光年ほど彼方にあるハート星雲&胎児星雲に対し、我々から3100光年ほどとはるかに近い位置にあり、両星雲とは物理的な関係は全くありません。遠近感が感じられて面白いところです。


これらの散光星雲はいずれも、散開星団にある若く高温の星(O型主系列星)からの強烈な紫外線により、ガスが電離されて輝いています。ハート星雲の場合はIC 1805、胎児星雲の場合はIC 1848およびCollinder 33, 34に属する星が輝きの原因となっています。




もう少し細かく見てみると、ハート星雲の輝きの元となっている恒星の中で、特に大きな役割を担っていると考えられるのが、IC1805内にあるHD 15570、HD 15629、HD 15558の3つ。いずれも「O型主系列星」と呼ばれる、生まれて間もない超高温の星たちです。質量も巨大で、HD 15570は太陽の70倍*3、HD 15629は61倍もあります。HD 15558は連星で、主星の質量は太陽の150倍ほどもあると見積もられていますが、恒星の物理的限界から考えて主星自身も連星だろうと考えられています*4




一方、胎児星雲を輝かせる上で大きな役割を果たしているのは、IC1848内にあるHD 17505です。これは複数の「O型主系列星」からなる多重星系で、その総質量は太陽の100倍ほどにも達します*5




胎児星雲の「頭」の方を輝かせている星として重要なのは、Collinder 34内にあるHD 18326。こちらも「O型主系列星」を含む連星系です。


また、上の写真を見ると分かりますが、恒星風によって星雲内のガスやチリが吹き払われることで「わし星雲」M16にある「創造の柱」のような構造があちこちにできています。こうした場所の中で新しい星がまた生まれてくるわけです。


おまけの天体


……と、メインの被写体についてはこんなところなのですが、この写野内には他にも興味深い天体がいくつか写っています。




まずは「マフェイ 1」(Maffei 1)という系外銀河です。私たちの銀河系が属している「局部銀河群」から最も近い銀河群である「マフェイ銀河群」に属している巨大な楕円銀河で、地球からの距離は約1000万光年ほど*6と見積もられています。


この系外銀河は1967年、イタリアの天文学者パオロ・マフェイによって、赤外線フィルムを用いて発見されたもので、意外と最近のことです。というのも、この銀河の位置が、ちょうど銀河系内でチリの密度が最も濃い天の川と重なっていたため、チリによって明るさが大きく減じていた上、色も赤みがかっていて*7、当時星図作成によく使われていた青色に感度の高いフィルムにはほとんど写らなかったのです。


この減光のため、マフェイ 1の明るさは4.7等も暗くなっている上、視直径も小さく見えてしまっています。もしチリによって隠されていなければ、少なくとも北天で10本の指に入る程度には大きく見える系外銀河だったはずです。




こちらは「マフェイ 2」(Maffei 2)。マフェイ 1と同じく「マフェイ銀河群」に属する渦巻銀河です。地球からの距離は約980万光年。この銀河も、銀河系内のチリによって可視光の実に99.5%が遮断されていて、可視光ではほとんど検出されませんでした。


ちなみに、マフェイ 1、2ともに、シャープレスによって「銀河系内のHII領域」と誤解され、それぞれSh2-191、Sh2-197とナンバーが振られていたりします(^^;




そしてもう1つ、ハート星雲の「お尻」のあたりにあるのが惑星状星雲「WeBo 1」です。「PN G135.6+01.0」としても知られるこの天体が見つかったのは、なんと1996年と本当につい最近のことです*8。B等級で16.25等、V等級で14.45等と決して明るくない上に小さいのは確かなのですが、有名な宙域にある割に、ずっと見落とされていたのは意外な感じがします。


地球からの距離は約5200光年ほど。中心星を取り巻くように広がる薄いリング状のガスを、斜めから見下ろすような形になっています。こういうのをアップで狙ってみるのも面白いかもしれません。



*1:無意識のうちに、脳内で浜田麻里がエンドレスループするのはお約束(笑)

*2:自分も以前、間違えていました。

*3:生まれたときの初期質量に至っては太陽の100倍以上の質量があり、銀河系で最も重い星のひとつだったと考えられています。Herrero, A., Puls, J., & Villamariz, M. R. 2000, A&A, 354, 193-215参照

*4:De Becker, M., Rauw, G., Manfroid, J. & Eenens, P. 2006, A&A, 456, 1121-1130

*5:Raucq, F., Rauw, G., Mahy, L. & Simón-Díaz, S. 2018, A&A, 614, A60

*6:ただし測定の難しさから、現在でも研究によって誤差はかなり大きいです。

*7:夕焼けが赤いのと同じ原理です。

*8:Bond, H. E., Ciardullo, R. and Webbink R. 1996, Bull. American Astron. Soc., 28, 1401