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週後半は撮影ラッシュ

8月の前半は台風6号、7号が相次いで襲来。幸い、関東への直接の影響はなく、一方で台風7号が過ぎて「台風一過」の晴れになるかとちょっと期待したのですが……かえって暖湿流を呼び込んでしまい、通過後しばらくは不安定な天気に*1。しかし先週の後半は思ったよりも晴れ間がありそうだったので、久々に機材を引っ張り出しました。

1日目


まずは木曜日。この日は日中から良く晴れました。ここまできれいに晴れるのは完全に予想外で、出かけるための準備*2は全くしていません。


そこでこの日の出撃は諦め、自宅玄関前で機材を展開することにします。ただこの場所、機材を展開するスペースがかろうじてあるとはいえ視界は最悪。高度30~40度以上で南中後2~3時間程度の天体しか視界に入りません。しかも、そのわずかに開いた空さえ、縦横に走る電線で分断されている始末です。


必然的に、露出時間が短くて済む天体しか撮影できません。そこでこの日は、メシエナンバーの付いた球状星団……具体的にはみずがめ座のM2とペガスス座のM15を狙うことにしました。球状星団なら短時間露出で無理なく撮れる上、視直径も小さいので電線の妨害も受けにくいはずです。


機材の準備を終えたのは日付の変わった午前0時ごろ。まずは高度が比較的低く、撮影限界が早めに訪れそうなM2から撮影を行います。


ところが、撮り始めて早々に電線の洗礼を受けまくります。フレーム内にガンガン電線が写りこんでくる上、しまいにはガイドカメラに写りこんだ電線がガイド星を隠してしまい、ガイドが暴走する始末。状況は悪化する一方で、正味10分とたたずに撮影を切り上げざるをえませんでした。


街なかで撮影する場合、光害で撮影対象が目に見えないので、障害物の影響を受けるかどうか事前に確認することができず、ある程度勘に頼らざるをえません。実に厄介なところです。


次に、ターゲットをM15に変更。こちらは高度があるので、電線の妨害はまだ比較的受けにくいはずです。どうにか30分ほどの撮影時間が確保でき、撮影を終了しました。


撮影後の処理は、相手が球状星団ということもあって精細感に注意。加えて星団中心部と周辺との階調差も大きいので、「デジタル現像」を多段階で掛けて*3白飛びさせないように処理していきます。そうして出てきた結果がこちら。



球状星団 M2
ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain=300, 30秒×12, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0nほかで画像処理



球状星団 M15
ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain=300, 30秒×64, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0nほかで画像処理

どちらも視直径16秒以上、明るさも6等台という立派な球状星団です。北天最大の球状星団M13と比べても遜色ない感じがします。




左:M2 右:M15

M2の方は全体的に星の密集度が高く、球状星団における星の集中度を表す尺度である「シャプレー・ソーヤー集中度」では上から2番目の「クラスII」に相当します。
ja.wikipedia.org


一方のM15は「シャプレー・ソーヤー集中度」では「クラスIV」と、全体として見るとやや緩いですが、中心部には猛烈に星が密集しています。あまりに密度が高いことと、中心部からX線が放射されているのが観測されたことから、中心部には銀河と同様に大質量ブラックホールがあるのではと考える研究者もいるそうです。


2日目


翌金曜日は、事前に晴れる予想がWindyやSCWで出ていたので、準備を万端に整えた上でいつもの公園に。



この夜狙うのは、ケフェウス座にある「ウィザード星雲(魔法使い星雲)」ことSh2-142です(上の星図の緑十字)。小ぶりな散光星雲ですが形がユニークで、ぜひ1度撮ってみたかったのです。


撮影は、このところよく使っている「L-Ultimateで星雲を、LPS-D1で反射星雲&恒星を」という戦略で行きます。まずはL-Ultimateでの撮影を開始します。




(マウスオーバーで画像切り替え)

しかし、毎度のことながら酷い北天です。渋谷・新宿が近くに控えていることもあり、肉眼では北極星すらも怪しい明るさ。コンデジで写真を撮ると、かろうじてケフェウスの五角形を結ぶことはできますが、およそ天体写真を撮る環境ではありません。我ながら正気の沙汰とは思えん……(^^;


南中を過ぎ、薄明開始まで2時間ほどとなったところで、フィルターをLPS-D1に交換しますが……その時にちょっと寄り道して、他の天体を撮影します。何を撮ったかはのちほど。


そして、ウィザード星雲の続きを撮影。こちらは、極論すれば星さえ撮れればOKなので気楽なものです。


……と、薄明開始まであと30分ほどとなったあたりで、雲が一気に増えてきました。正直枚数的には物足りないのですが、ここで撤収です。ちなみに、片づけ終わったころに雲ひとつない快晴に戻ったのは見なかったことにしておきます(笑)




帰宅して仮眠後、早速処理に取り掛かります。L-UltimateおよびLPS-D1での撮影直後&ASIFitsViewでのレベル調整後の「撮って出し」はそれぞれこんな感じ。





明るめの散光星雲ということもあって、LPS-D1の画像でも星雲の存在がハッキリ分かります。


しかし、ここで撮影時にポカをやらかしていたことが判明。過去の撮影条件を参考にGainや露出を決めたのですが、F値の違いを考慮に入れるのをうっかり失念していたため、露出不足の写真を大量生産してしまったのです*4。せめてGainをもっと上げればよかった……orz


とはいえ、手元の素材はこれしかないので、どうにかするしかありません。超光害地で鍛え上げたを総動員し(ぉぃ)、あれこれ必死にこねくり回して最終的に……はい、ドンッ!



ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
カラー画像:Gain100, 180秒×16, IDAS LPS-D1フィルター使用
ナローバンド画像:Gain300, 300秒×64, Optolong L-Ultimateフィルター使用
ペンシルボーグ(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0nほかで画像処理


ふぅ……なんとか形になったでしょうか?あの状態の空&露出不足のフレームからひねり出したにしては、まずまず上出来かと思います。驚くべきは、露出不足気味にしても情報がちゃんと残っている冷却CMOSカメラの優秀さでしょうか……。


L-Ultimateのようなナローバンド系のフィルターで撮った散光星雲を何も考えずに処理すると、赤一辺倒の単調な画像になりがちなのですが、今回はそうならないよう色合いに注意して処理しています。


それにしても、複雑に入り組んだ暗黒星雲が、立体感をそこはかとなく感じさせて魅力的です。同じケフェウス座のIC1396にある「象の鼻」や、わし星雲 M16にある「創造の柱」を彷彿とさせます。



画面中央には「ケフェウス座DH星」というO型主系列星同士の連星*5があり、この恒星のエネルギーによって水素が電離してSh2-142が輝くとともに、その恒星風によってガスや塵が吹き払われて圧縮され、暗黒星雲中で星形成が引き起こされています。上で「象の鼻」や「創造の柱」との類似性を指摘しましたが、実際、性質もこれらと同様なわけです。


ケフェウス座DH星の上方、Sh2-142の、右上に向かって伸びているあたりは赤い色が浅くなっていますが、ここは青緑の光を発するOIIIが比較的豊富なところ。OIIIの光が赤いHαの光に重なっているため、色味が比較的薄くなっているのです。モノクロカメラでSAO撮影(SHO撮影)すれば、そのあたりはもう少しハッキリすると思います。また、Sh2-142の左下には淡いHII領域Sh2-143が見えています。


また、Sh2-142にかぶさるようにNGC7830という天体がありますが、これはこの散光星雲ではなく、散光星雲と重なって存在する散開星団に振られた番号です。この写真だと分かりにくいですが、星だけを抜き出してみると……



(マウスオーバーで切り替え)

たしかに、中央に散開星団らしき星の集団があるのが分かります(グレーの円内)。眼視だと赤いHαの光はほとんど目に感じないので、おそらくこんな感じの見え方になるでしょう*6


なお、この星雲の愛称「ウィザード星雲(魔法使い星雲)」ですが、これはおそらく暗黒星雲の形を、三角帽子とローブを身にまとった魔法使いに見立てたものかと思います。



(マウスオーバーで切り替え)

こうですね。三角帽子と言い、ローブがたなびく様子と言い、まさに魔法使いとしか言いようのない形で、南天にある「自由の女神星雲」ことNGC3576に匹敵する、実にうまい命名だと思います。
en.wikipedia.org


また、国内では「ほうおう星雲」という愛称もありますが、こちらはおそらく、写真を回転させてこう。



(マウスオーバーで切り替え)

なるほど、飛んでいる鳳凰に見えなくもありませんが……ちょっと苦しいですかね?(^^;



そしてもうひとつ。フィルター交換の隙間時間に撮影していたのがこれ。



ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain100, 30秒×4, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0nほかで画像処理

「メシエ天体の隠れキャラ」とでもいうべき星群、M73です。メシエカタログのコンプリートを目指す上では欠かせない一方で、撮る気がなかなか起きず、かつ忘れられがちということで、違う意味で難易度が高いです(笑)


このM73、10~12等の白い4つの恒星が見かけ上Y字状に群れているだけのもので、散開星団ですらありません。メシエ本人の観測では"Cluster of three or four small stars, which resembles a nebula at first sight, containing a little nebulosity"(一見すると星雲に似ている、わずかな星雲状物質を含む3つまたは4つの小さな星の集団)と記録しており、星雲状のものを認めているようですが、実際にはそのようなものは存在しません。


メシエは数字に対してこだわりが強く、カタログナンバーを切りのいい数字にするため無理筋の天体をカタログに加えたりしています*7が、M73の場合はそういうわけではなさそうです。メシエが見たという星雲状のものも、メシエの目の錯覚なのか、使っていた望遠鏡のせいなのか……。地味ながら、意外と謎の多い天体です(^^;

*1:「台風一過」は秋の台風について言えることで、夏の台風ではえてしてこういう展開になるようです。

*2:母親の身体が不自由&父親が家事能力ゼロなので、出撃時はあらかじめ晩飯などの用意をして置かなければならないのです。

*3:本当は「デジタル現像」を複数回掛けたり、「デジタル現像」後にレベル調整したりするのは、軟調になりすぎたり明暗差が正しく表現できなかったりするので不適切なのですが、ここでは副作用を認識したうえであえて行っています。

*4:過去、L-Ultimateで撮影した際は、ミニボーグ55FL+レデューサー0.8×DGQ55(F4)やミニボーグ60ED+レデューサー0.85×DG(F5)を使っていたところ、同条件でED103S+SDフラットナーHD(F7.9)で撮影すれば露出不足になるのも当然です。

*5:「O型主系列星」は大質量かつ超高温の天体で、全恒星の1000万個に1個程度の割合でしか存在しません(その割に、散光星雲の光源になっていることが多く、目にする機会は意外と多いのですが)。「ケフェウス座DH星」は、太陽の30倍以上の質量を持つ、表面温度4万℃超の恒星2つが、互いの周りを近接した距離で回り合っている連星系です。

*6:大口径の望遠鏡にOIIIフィルターを組み合わせると、星雲状の光芒が見えることがあるようです。

*7:例:M40、M45など。いずれも「彗星と紛らわしい天体をリストアップする」という本来の趣旨からすると明らかに外れています。