PHD2の日本語マニュアルを公開しています。こちらからどうぞ。

個人サイト「Starry Urban Sky」もよろしく。

秋の空の「?」

例年だと、9月は夏の暑さも徐々に収まってくるとともに、秋雨前線の影響で天気が不安定になってくる頃ですが、今年は異常な暑さが続いています。そして天気は意外と好天。先週末の三連休も、Windy、SCWともに中日は快晴の予報でしたので、いつもの公園に出撃してきました。


公園に到着したのは18時ごろ。西には月齢2の月が夕空に突き刺さっています。空のグラデーションと相まって実にきれいな光景です。


機器を設置し、撮影に入ったのが19時過ぎ。この夜のターゲットはケフェウス座~カシオペヤ座にかけて存在する「クエスチョンマーク星雲」です。この領域は4年前にデジカメで狙ったことがありますが、IDASのNB1フィルターを用いてもなお淡く、不満足な写りでした。今回はそのリベンジというわけです。
hpn.hatenablog.com


ちなみに撮影時の空はこんな。丸で囲ったあたりに被写体があるはずですが……(^^;


撮影自体はトラブルもなく順調。夜半過ぎには、フィルターをL-UltimateからLPS-D1へと変更し、天文薄明開始まで撮影を続行します。しかし、薄明開始の時刻が4時にまで遅くなっているのですね。考えれば秋分の日までいくらもないのですし、当然ではあるのですが、暑くとも季節の移り変わりを感じました。


季節の移り変わりといえば、夜明け前には冬の星座がしっかりとその姿を見せていました。都心のショボい空とはいえ、やっぱり冬の星座は見栄えがします。


さらに東の低空には、とんでもない明るさで輝く金星が。この日の金星の明るさは-4.5等。-1.4等のシリウスと比較しても15倍ほども明るいわけで「金星の光で影ができる」という話も嘘ではないと思わせる強烈さでした。
science.nasa.gov




帰宅して仮眠後、早速処理に取り掛かります。まずL-Ultimateでの撮影直後&ASIFitsViewでのレベル調整後の「撮って出し」はそれぞれこんな感じ。




さすがのL-Ultimateといえども淡い写り……とはいえ、これは19時20分ごろ撮った最初の1枚。被写体の高度は40度ほどで、宵のうちゆえ光害も特にひどい時間帯です。これが深夜になるとこう。




同じ撮影条件ですが、写りがまったく違います。最近はデュアルナローバンドフィルターもすっかり市民権を得た感がありますが、ナローバンドと言えども、天体の高度や光害の影響を避けられないのは念頭に置いておいた方がいいでしょう。


一方、LPS-D1で撮った方はこちら。




さすがにL-Ultimateのようには行きませんが、深夜ということもあって思ったよりは星雲が写っている印象です。


これらに対して、いつものようにダーク引き、フラット補正、スタックと処理を進めていくのですが……ここでトラブル発生。





写真の右上になにやら白っぽい円形の領域が。L-Ultimateで撮影したもの、LPS-D1で撮影したものの両方に出ているので、おそらくフラットフレーム由来のものでしょう。




一見、フラットフレームに異常はなさそうですが……




強調してみると、たしかに右上に淡い円形の影が見えます。センサー上やカメラの保護ガラス上のゴミなら、普通はこんなに大きくは写らないので、レデューサーの後玉にあるゴミかなにかでしょうか?*1


ともあれ、フラットフレームに原因があるのは間違いないので、カメラや光学系をブロアーで徹底的に洗浄したのち、フラットフレームを撮り直して再度補正してみると……




斑点は無事消えました*2。比較的簡単に対処できるトラブルで良かったです。


さて、あとは粛々と処理を進めていくのみ。L-Ultimateの方はBlurXterminatorで星雲を先鋭化。StarNet++で星を消し、SilverEfexで強調したのち、DeNoise AIでノイズを除去。一方、LPS-D1の方は、BXT処理の後、StarNet++を用いて星のみの画像を抽出します。これらを合成し、最後に全体的な調子を整えて……はい、ドンッ!




2023年9月17日 ミニボーグ55FL+レデューサー0.8×DGQ55(D60mm, f200mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
カラー画像:Gain100, 180秒×37, IDAS LPS-D1フィルター使用
ナローバンド画像:Gain300, 300秒×65, Optolong L-Ultimateフィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0nほかで画像処理

クエスチョンマーク」というよりも「ボクシンググローブ」のような星雲の姿が浮かび上がりました。デジカメ+NB1フィルターではとても到達できなかったレベルで、冷却CMOS+デュアルナローバンドフィルターの威力がいかんなく発揮された結果と言えます。


星雲の中心部近くには、恒星の材料となるチリやガスが暗黒星雲として横たわっていて、どことなく立体感を感じさせます。


さて、この「クエスチョンマーク星雲」、大きい天体だけに様々なカタログに渡って多くの番号が振られています。




こちらは散光星雲について。星雲全体にはシャープレスカタログにおいて、Sh2-170, 171のナンバーが振られています。Sh2-170は、小さく丸っこい姿と、中心付近に暗黒星雲が走る姿から、いっかくじゅう座の「ばら星雲」に対して"Little Rosette Nebula"(小ばら星雲)という愛称があります。しかし、この写真だと暗黒星雲が今一つはっきりしません。こちらにフォーカスを当てるなら、もう少し口径の大きな望遠鏡で、クローズアップで狙うべきでしょう。


Sh2-171の中央、最も明るい部分にはCed 214というナンバーが振られています。この"Ced"というのは"Cederblad Catalog"の略で、スウェーデン天文学者Sven Cederbladが1946年に論文で発表したものです。


また、Sh2-171の上部にはNGC 7822というナンバーが振られていますが、NGCカタログをまとめたハーシェルやドライヤーが眼視でこの淡い星雲を捉えられたかというとやや疑問の残るところ。実際に見たのはCed 214や後述のBarkeley 59で、カタログ記載時に赤緯の数値を間違えたのでは?という説もあります。*3




そしてこちらが散開星団クエスチョンマークの右肩にはNGC 7762があり、そのさらに右上には古い散開星団であるKing 11があります。Sh2-170に重なるようにStock 18があり*4、そしてCed 214の中心部にあるのがBarkeley 59です。


このBarkeley 59は年齢がせいぜい200万年のごく若い散開星団で、高エネルギーを放つ大質量星がいくつも存在しています。




なかでも、上の写真で緑色の印をつけた「BD+66 1673」という星は別格です。Sh2-171のちょうどほぼ中央にあるこの星は、O型主系列星B型主系列星との連星で、O型主系列星の方は表面温度45000度、明るさが太陽の10万倍という、まさにモンスターです。地球から3000光年以内で最も明るい星とも言われています。


この星からの強烈な紫外線は、星雲に含まれる水素や酸素を電離させて輝かせ、恒星風は周囲のチリやガスを吹き払っています。その様子は上の写真で矢印で示した通りで、BD+66 1673を中心に衝撃波が発生したり、矢印に沿って暗黒星雲が流されたりとなかなかの凄まじさです。また、チリやガスがこうした圧力を受けることで寄り集まり、新たな恒星が誕生する元ともなっています。


なお、これほど青く明るい星が星雲の中で目立たないのは、まさに周囲を濃密なチリやガスに覆われているためです。そう考えると、この星雲自体もそれなりの奥行きがあるのだろうなというのが実感できます。

*1:そのあと、さらに慎重に確認したら、下辺近くにも同じようなゴミがもう1つありました。

*2:背景のカブリ具合が異なりますが、この段階ではあくまでも斑点の確認だけで、ちゃんとした仕上げの段階に移っているわけではないので……。

*3:そのため、書物やソフトによってはNGC 7822を欠番扱いにしていたり、Ced 214=NGC7822としているものもあります。

*4:KingやStockのカタログについてはこちらを参照。 hpn.hatenablog.com