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川の流れのように


月曜夜、本来なら平日ですが、新月期&風の穏やかな快晴ということもあり、いつもの公園に出撃してきました。


夜半前まではBORG55FLで「かもめ星雲」ことIC2177を撮影していたのですが、その話は後日するとして……この日のメインはもう1つ。昨年末、惨多苦老師サンタクロースに押し付けられたASI533MC Proのファーストライトです。

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使う鏡筒はEdgeHD800。これに0.7xレデューサーを装着し、ガイド鏡ガイドで系外銀河を狙う作戦です。


デジカメと違い、天体用CMOSカメラの場合、画像処理エンジンがないので微弱なシグナルが消されることもなく、短時間露出×多数枚がそれなりに有効です。デジカメの場合は長時間露出が必須だったのでオフアキでのガイドがほぼ必須でしたが、CMOSカメラなら精度に劣るガイド鏡ガイドでも行けるはず。加えて、オフアキを使わないならレデューサーも使用可能になるので、システムが額面通りに機能してくれれば、撮影難度はずいぶん下がります。


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狙う対象はおおぐま座M109。以前オフアキで撮影した際、すぐ近くにある2等星、おおぐま座γ星(フェクダ)からの迷光により派手にフレアが発生し、撃沈した対象です。

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この銀河の場合、近赤外線での撮影まで考えると暗黒帯が比較的目立たないのもありがたいところです*1


ガイド鏡はミニボーグ45EDII。焦点距離は335mm*2と撮影鏡に比べて大幅に短いですが、PHD2の検出精度*3を考えるとこれでも十分です。


とはいえ、何しろ相手は長焦点鏡なので、システムはがっちり組む必要があります。撮影鏡筒にはロスマンディ規格の幅広アリガタを装着した上、ダブルクランプ式のアリミゾで赤道儀に固定。ガイド鏡もアリガタ・アリミゾでがっちり固定した上、ドローチューブやピント調整用ヘリコイドといった可動部は鏡筒バンドで前後を固定し、一切動かないようにしています。


それでも、過去にこの鏡筒をガイド鏡ガイドした場合、かなりの確率で「流れ」が発生したので、露出時間は短めに設定します。とりあえず、5分くらいなら大丈夫でしょうか……?


ガイドが落ち着くのを待って撮影開始。早速撮影結果を見てみると……


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ガッツリ流れていますorz そうか、5分でもまだ駄目か……。ならば3分まで短くしたらどうだ!


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……orz


どうにも流れが止まりません。一方、ガイド自体は極めて順調で、PHD2のガイドグラフは平坦そのものです。つまり、ガイド鏡と撮影鏡の位置関係が時間とともに動いてしまっているということになります。


ここでM109の撮影はあきらめ。ごく短時間の露出で撮影でき、かつこういう半端な時でもないと撮影する気が起きない対象、単なる二重星であるM40に狙いを変更します。M109の撮影ではディザリングをしていましたが、赤道儀の無駄な動きを抑えるためディザリングも無効化。30秒露出で何枚か撮影していきます。


ガイドは相変わらず順調。露出時間を30秒に限ったおかげで流れもそれほど目立ちません。一応、撮影したものをまとめて帰宅後に処理したものがこちら。


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2022年2月1日 セレストロンEdgeHD800+0.7x レデューサー(D203mm, f1422mm) SXP赤道儀
ZWO ASI533MC Pro, -20℃, Gain100, 30秒×16, IDAS LPS-D1フィルター使用
ミニボーグ45EDII(D45mm, f335mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0dほかで画像処理

M40は、かつてヘヴェリウスが「星雲がある」と報告した近辺を捜索中に、メシエが記録した二重星です。本来、メシエカタログは彗星と紛らわしい星雲を記録しておくために作られたものなので、二重星のように明らかにそれと分かるものを入れるのは、趣旨からすると適当ではありません。


しかしメシエは潔癖症で、切りのいい数字にこだわる性分だったので、明らかに星雲ではないこの天体をカタログにねじ込んだのだとも言われています。ただし、刊行されているカタログ等によっては、M40を欠番としているものも少なくありません。


なお、この二重星は後にWinnecke 4(ウィンネッケ 4)としてカタログ化されています。しかし、これらは相互に引力を及ぼしあっている「連星」ではなく、たまたま同じ方向に見えているだけの「見かけの二重星」で、右側のHD 238107までの距離が1140±100光年、左側のHD 238108までの距離が455±20光年と言われています。


「流れ」の原因の推測


上で「流れが目立たない」と書いたM40ですが、こちらもわずかとはいえ流れが発生しています。撮影した16コマを、位置合わせせずにコンポジットした結果がこちら。


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右上から左下へ、星像が流れているのがハッキリ分かります。PHD2のガイドグラフは平穏そのものなので、おそらくガイド以外に原因があるはず。それを切り分けていきます。


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参考までに、撮影時の天体の位置等をプロットしてみます。この図で赤の格子が赤経赤緯、紫の格子が高度・方位で、白四角が撮影範囲。白矢印が星像の流れた方向です。


まず、流れる方向が画像に対して水平・垂直ではありません。ピリオディックエラーのように赤道儀自体に流れの原因がある場合、赤経赤緯に沿った流れ……この画像の場合、縦横を赤経赤緯に合わせているので水平・垂直の流れになるはず。ここから、赤道儀が流れの原因である線は消えます。まぁ、これはPHD2のガイドグラフが正常な時点でほぼ自明ですね。。



次に、重力の影響を考えてみます。撮影鏡筒の主鏡は重力によって傾くかもしれませんし、ガイド鏡もわずかに垂れ下がって影響を与えるかもしれません。他にも鏡筒の固定や機材のたわみなど、ほんのμm単位のズレでも影響は馬鹿にできません。


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図に書き込んだ紫の矢印が地平の方向ですが……流れの方向はやはり全く別。重力も直接の関係はなさそうです。


となると、残る可動部は撮影鏡筒の主鏡です。EdgeHDには「ミラークラッチ」という機構が備わっていて、主鏡の傾きをなるべく抑えるようになってはいますが、これの効きが果たしてどうか……。また、機構上、主鏡移動用のスクリューにはバックラッシュがあるので、そのあたりのガタツキも無視しきれないところです*4


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撮影時の鏡筒の姿勢を思い返してみると、Telescope Eastのオーバーハングした状態で撮影していました。上の図は鏡筒の後ろ姿を実際の姿勢に合わせて示したものですが、この時のミラークラッチ等の位置(中央の接眼部を取り囲んで、下2つの円状に見えるパーツがミラークラッチ、上の1つがピントノブ)を見てみると、接眼部~図左下側のクラッチを結ぶ線と、流れる方向とがおおよそ一致することが分かります。つまり、図左下側のクラッチにおいて主鏡の沈み込みが発生し、それにより主鏡の向きが微妙に変化した可能性が考えられるということです。


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ミラークラッチは上の図のような構造になっています。主鏡からはカンチレバーを介してロッド(緑)が鏡筒後方に伸びています。一方、鏡筒後端には内側に円錐状の空間を持つノブ(水色)があり、これを締めこむことでピン(赤)がロッドを側面から押さえます。これによりロッドが固定され、主鏡が移動しなくなるという仕組みです。


しかし、主鏡の重みをこの側面からのピン圧迫による力だけで支えるというのは、なかなか無理がありそうですし、固定個所から主鏡までの間が離れている分、ロッドやカンチレバーの弾性など、主鏡が傾く要因は色々と考えられそうです。


ゴリラみたいな力でクラッチを締め上げれば十分に効くのかもしれません*5が、やはりオフアキを使った方が確実性の面からは良さそうです。


まぁ、それはそれで「ガイド星がなかなか見つからない」、「レデューサーを使えない」という難題を抱え込むことにもなるわけですが(^^;

*1:近赤外線は暗黒物質も透過してしまうため、銀河に目立つ暗黒帯があると、コントラストが低下しがちになります。

*2:公称値は325mmですが、撮影範囲の実測値や実際に焦点を結ぶ位置を計測すると335mmのようです。噂はありましたが、ひょっとするとロットによるかもしれません。

*3:ガイドカメラの0.1ピクセルの単位で星像のズレを検出します。

*4:主鏡を「押し上げる」方向にスクリューを回してピントを合わせた場合は問題ありませんが、主鏡を「引き下ろした」場合、ネジ山の下側にわずかな空隙が発生するため、重力でわずかに落下する……すなわち主鏡が傾く可能性が出てきます。

*5:説明書を見ると"Once in focus, turn the two mirror lock knobs clockwise until both are very tight and can be turned no further."とあるので、本当に馬鹿力で締め上げる必要があるのかもしれません。アメリカ 人基準かもしれませんし。