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ナローバンドフィルターはエタロンフィルターの夢を見るか?

【 警 告 】

以下の記事は、筆者の自己責任の下、機器を保証外・目的外の方法で使用しています。一応、筆者は十分な下調べの上で実行していますが、太陽という極めて危険な天体を対象としていることもあり、ちょっとしたことで物品的、肉体的に極めて重大かつ不可逆な事故を引き起こす可能性があります。


本記事は、記事内容の行為を推奨するものではありません。また、もし本記事を真似てなにか事故が起こったとしても、筆者は一切の責任を負いかねます。ご注意ください。




世の中には「Hα太陽望遠鏡」という望遠鏡が存在します。


文字通り「太陽を見ること」だけに特化した望遠鏡で、有名なメーカーとしてはコロナドやラントが挙げられます。

www.zizco.jp
www.zizco.jp


これらの望遠鏡には「エタロンフィルター」と呼ばれる特殊フィルターを中心に複数のフィルターが組み込まれていて、結果としてHα線のみが0.6~0.7Å程度の極めて狭い幅で抽出されます。これにより、光球のすぐ外側にある「彩層」で起こる様々な現象やプロミネンスを捉えることが可能になっています。


ただ、この「Hα太陽望遠鏡」、極めてニッチな上に製造が難しく、しかもメーカーが限られていて寡占状態なため、価格が非常に高いです。口径40mmの入門機クラスですら軽く15万円オーバーという世界で、おいそれとは手が出ません。


……となると、誰もが一度は考えるわけです。


「普通の天体撮影に使うナローバンドフィルターは使えないのだろうか……?」


ただ、ここには大きな壁があります。いわゆるナローバンド撮影で用いるフィルターは、狭くても半値幅が5nmとかそのくらい*1ですが、一方の「Hα太陽望遠鏡」は半値幅0.5Å=0.05nmとかのオーダーで、まるで比べ物になりません。半値幅が広いということは「余分な光が入る」ということで、コントラストが低下して眼視がほぼ無理なのはもちろん、光球由来の強烈な光が邪魔をして画像処理にも問題をきたしかねません。


こう考えると普通は諦めてしまうところですが……思い返してみれば普通の天体撮影にしても、痕跡程度の淡い星雲を浮かび上がらせたりしているわけで、難易度的にさして差があるとも思えません。


というわけで無理・無茶・無謀の極み、普通の望遠鏡&ナローバンドフィルターでプロミネンスを捉えることを目指してみます。




「なんちゃってHα太陽望遠鏡」を実現する上で乗り越えるべき課題は

  1. 太陽の光をどう減光するか?
  2. できるだけ狭い半値幅を実現するにはどうするか?

の大きく2点です。


まず1.ですが、これについては普段太陽観測に用いているBaaderの「アストロソーラーセーフティーフィルム」が使えそうです。



http://www.kokusai-kohki.com/Baader/astrosolar(Materials)/Solar_Leaf.pdfより

このフィルムは、上のグラフのように幅広い波長に渡って強力な減光性能を持っていて、ピンホールの存在にさえ気を付ければ、安全上の問題はなさそうです。


逆に、用いる減光手法によっては赤外領域に近い光がダダ洩れになっていることがあり、その場合は下流にあるナローバンドフィルターなどを破壊してしまう危険性が高くなります。十分に注意しましょう。



次に2.について。上でも書いたように、一般的なナローバンドフィルターは狭くても半値幅5nm程度のものが多く、自分の手持ちのフィルターでもAstronomikのHαフィルターの6nmが最狭です。


しかし、ここで思い出したのがOptolongのL-Ultimate。公称値ではOIII、Hαともに半値幅3nmで、かなりの狭さです。この2枚のフィルターを同時に使えば、「半値幅3nmのHαフィルター」が出来上がります。透過曲線が正規分布と仮定した場合、「半値幅約2.7nmのHαフィルター」が出来上がります。*2



好都合なことに、AstronomikのHαフィルターはφ52mm、L-Ultimateは2インチサイズなので、上図のようにAstronomikのをフラットナー先端に、L-Ultimateをマウントアダプター内に装着すればよさそうです。




このようにしてシステムを組み上げた上で、撮影を行います。太陽全体を収めるため、カメラはAPS-CサイズのASI2600MC Proを使用。設定温度については、日中で冷却が困難であることと、そもそも冷却自体が必要なさそうなこともあって、申し訳ばかりで20℃に設定しました。


ゲインやシャッター速度はまるで見当がつかず、とりあえずゲイン100、シャッター速度1~20秒まで振りました。ただ、シャッター速度については、なまじ長くすると光球からの光の回りこみが強烈で、かえって結果が悪くなりました。短めにしておいた方が良さそうです。


それにしても、ピントの合わせにくさには参りました。カラーカメラを使ってしまったというのもあるのですが、とにかくピントの山がつかみにくく、ある程度のところで妥協せざるをえませんでした。結果的にはまずまずあっていたので良かったのですが、やはり理想的にはモノクロカメラを使うべきでしょう。



ともあれ、撮影した写真をまずは普通に現像。



……まぁ、いたって普通の太陽面ですね。この段階では、プロミネンスなどまったく影も形も見えません。そこで次に、これにレベル調整など処理を加えていきます。



む?この赤いのはひょっとして彩層……?ゴーストではない……よな?


そして最終的に……はい、ドンッ!






2024年5月18日11時33分 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 20℃, Gain100, 1秒×16
Baader アストロソーラーセーフティーフィルム, Astronomik Hα 6nm, Optolong L-Ultimateフィルター使用
普通に処理したものと、強調処理したものとを合成。


よ し っ 、 勝 っ た な !


淡いながらも、ちゃんとプロミネンスが見えています。他の方が同時間帯にHα太陽望遠鏡で撮影した写真を複数確認しましたが、位置や形もあってますし、どうやら正しく捉えられたようです。ある程度大きいプロミネンスなら、こんなのでも十分確認できそうです。


また、Xで相互フォローさせていただいているyagiさんもチェックしてくださいました。


【追記 2024年5月19日】
国立天文台のデータとも比較してみましたが、特に矛盾はないようです。



ただし、当然のことながら、写りやコントラストは本物の「Hα太陽望遠鏡」とは比ぶべくもありません。彩層面の活動の確認もほぼ無理。あくまでも「プロミネンスを撮れないこともない」という、お遊びレベルのチャレンジなので、あまり大真面目に捉えないのが吉でしょう。


ともあれ、例によって無理・無茶・無謀を押し通してのこの結果なので、個人的には大変満足です(笑)

*1:一応、世の中には半値幅2.5nmという高性能Hαフィルターも存在します。 www.antliafilter.com

*2:トータルの透過率は掛け算で効いてくるので、計算上は1枚で使うより半値幅は狭くなります。もちろん、公式スペックが正しい保証は全くないのですが……。