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都会からの星雲・星団撮影 ~撮影編~

「都会からの星雲・星団の撮影」という点に絞って、その勘所を紹介するこのシリーズ、第2回目はいよいよ撮影についてです。


なお、必要な機材や、都心から狙うのに適した撮影対象について解説した、第1回目の記事はこちら。
hpn.hatenablog.com


デジカメの感度について


天体を撮影しようとした場合、みなさんはデジカメの感度をいくつに設定しているでしょうか?IS3200とかISO6400とか、結構高感度にしている人が多いのではないでしょうか?


実際、天体写真の講師をやっているような方でも、「最近のデジカメは高感度になったので、短時間の露出でも星雲などが撮れます」、「短時間露出を多数枚重ねれば、長時間露出と同じ効果が得られます」などと公言する方が少なくありません。


アストロアーツのこの記事の記述もそうですね。
www.astroarts.co.jp




しかし……この際、ハッキリ断言します。大嘘です。



デジカメは自由に感度を設定できます。これだけ見ると、感度の数字を上げた方が暗いものまで写りそうな気がします。実際、感度の数字を上げれば暗いところでも短いシャッター速度で撮影できるので、普通の場面で疑うことはあまりありません。


しかし、考えてみてください。銀塩写真の場合、感度を変えるには基本的にフィルムを高感度のものに交換していました。ところがデジカメの場合、もちろん撮像素子を交換するわけではありませんから、感度をいくつに設定しようが基本性能は全く変わらないはずなのです。



では、「感度設定」では何を変えているのかというと、カメラ内部でのシグナル増幅率を変えているのです。デジカメの撮像素子に光が当たると、それに応じて電気シグナルが出ますが、このシグナルを増幅することで実際の感度が上がったかのように見せているのです。感覚的には、銀塩写真でいうところの「増感現像」に近いでしょうか。


撮像素子が光を受け取ってシグナルを出すまでのプロセスは変わりませんから、例えば淡い星雲などを対象とした場合、そもそも撮像素子がシグナルを出すのに十分なだけの光を受け取れなければ、感度をいくら上げても写りません。一方で、明るい部分については、シグナルを増幅している分、より白飛びしやすくなります。


また、シグナルを増幅すると必然的に各種のノイズも増幅されてしまいますから、デジカメの場合、一般に画像処理エンジンでのノイズ除去などの処理も同時に行われます(たとえRAWで記録していたとしても、です)。このプロセスにおいて、淡い光などはノイズもろとも消されてしまうことがしばしば起こりますし、ディテールも消失気味になります。


こうしたことを考えると、一発撮りのJPEGで画像を仕上げる場合を除き、基本的には「低感度設定で撮るべき」となります。生理的にはなかなか気持ち悪いですし、撮って出しだとほとんど写っていないように見えるのですが、RAWを確認してみるとちゃんと写っているハズです。嘘だと思うなら、同露出時間で低感度設定と高感度設定とをRAWで撮り比べてみましょう。レベル調整してみるとほとんど差がないのが分かると思います。



その上で、です。ウェブや教本での指示に従ってISO1600やISO3200などの高感度に設定して*1街なかから撮影すると、あっという間に白飛びしてしまって、いくらも露出時間がかけられないと思います。ところが、ここで例えばISO100で撮影すれば、白飛びを避けつつ、16倍や32倍の露出時間を取れるわけです。上で書いたように、デジカメから出てくる画像は、究極的には「1コマのうちにどれだけの光を撮像素子に当てられたか」に影響されますから、感度を下げて露出時間を伸ばした方が圧倒的に淡い部分の写りが良くなります。また、白飛びしにくい分、星の色の表現についても低感度の方が有利です。


「短時間露出を多数枚重ねれば……」という意見もありますが、ゼロを何倍してもゼロはゼロのまま。短時間露出でそもそも写っていないものは、いくらコンポジットしても浮き上がってきませんから、決して長時間露出のものに及びません。


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感度設定による写り方の違い
感度をISO100~1600まで振り、トータルの露出時間が同じになるようにコマごとの露出時間と撮影枚数を設定し、撮影を行いました。撮影後の画像はそれぞれの条件に合わせたダークを引いたのち、加算平均コンポジットしています。それ以外の調整は一切行っていません。低い感度設定で1枚当たりの露出時間を伸ばしたものの方が、トータルの露出時間が同じでも明らかにいい写りです。


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感度設定による写り方の違い その2
上の写真を、星雲が同程度に見えるようにレベル調整してみましたが、やはり低感度で撮ったものの方が高画質です。


ちなみに、事情は天文用に発売されているCMOSカメラなどでも同様です。画像処理エンジンによる悪影響こそないものの、Gainを上げてもCMOSの特性が変化しないのは同じなので、Gainを下げて長時間露光するようにした方が有利です。*2


この話題については、過去にこのブログで実験方々、何度も言及していますので、そちらも参照してください。

hpn.hatenablog.com
hpn.hatenablog.com
hpn.hatenablog.com


ただし、明るい惑星状星雲についてだけは例外です。惑星状星雲はその形の複雑さが魅力的なところですが、長時間露出をしてしまうとシーイングの影響で像がブレる上、肝心の中心部が白飛びして細かい構造が写らなくなってしまいます。


これについてはある程度感度を上げ、短時間露出で多数枚を撮影したのち、惑星写真と同様にスタッキング→ウェーブレット処理などに持っていくのが正解でしょう(詳しくは後日解説予定です)。


望遠鏡の設置


さて、こうした事情を踏まえたうえで、次はいよいよ撮影です。


望遠鏡の設置場所は、前回も述べたとおり、なるべく上空の障害物がない場所を選びます。特に、惑星状星雲以外は、上に書いたように基本的に長時間の露出が必要になるので、大きく開けた場所が理想的です。


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設置等については通常の天体撮影と同様です。ただし長時間露出が必要になるので、ブレやガイドエラーが起きないよう、なるべく固くしっかりした地面に設置します。また、三脚の脚を伸ばすと振動の原因になりますから、できるだけ縮めた状態で使います。


赤道儀の極軸は、望遠鏡の焦点距離にもよりますが、なるべく慎重に合わせましょう。比較的短い焦点距離なら極軸望遠鏡で合わせる程度でも十分ですが、できればPoleMasterのような電子極軸望遠鏡、SharpCapやPHD2に装備されている極軸設定支援機能、伝統的なドリフト法*3などを用いて可能な限り正確に追い込んでおきたいところです。


実際の撮影


ここまでしっかり準備ができたら、撮影に入ります。まずは散光星雲や反射星雲、系外銀河の場合です。


撮影自体は通常のガイド撮影と同じで、それほど特別に変わったことはありません。ただし、1枚当たりの露出時間が長いので、十分なガイド精度が必要です。……と言うと、精度を上げようとして、ガイドカメラの露出時間を短くして頻繁に修正を行おうとする方が少なくないのですが、これはかえって逆効果。シーイングによる星像のちらつきを追いかけてしまって、ガイド精度が低下することさえあります。*4


一般的な赤道儀の場合、ガイドカメラの露出時間は2~4秒程度が適切です。このくらいの時間を取ると、星のちらつきがならされて、安定したガイドが可能になります。また、利用されている方は意外と少なそうですが、PHD2の「ガイドアシスタント」機能を使うと、赤道儀やその夜の空の状態から、適切なガイドパラメータをアドバイス、設定してくれます。数分~10分ほど時間を取りますが、かなり優秀で便利な機能なので積極的な利用をお勧めしておきます。


撮影にかける時間ですが、私がデジカメで星雲や系外銀河を撮影する場合、ISO100~200に設定した上で「1枚当たりの露出時間15分×8枚」というのを一つの目安にしています。これでワンセット2時間です。とにかく街なかで撮る場合、露出時間は暗いところで撮るよりも余計に必要ですから、天体数は欲張らない方が良いです。せいぜい一晩に1~2天体がいいところでしょう。


これを基準に、鏡筒の明るさや天体の高度、光害の状態などを参考に露出時間等を増減しています。F6~F8くらいの鏡筒+従来型光害カットフィルターだと、これで背景のピークがおおむねヒストグラム横軸の2/3近くまで上がってきます。かなり高くて不安になるかもしれませんが、星雲の階調はピークの右端にへばりついた形になっていて飽和の心配はありません。この場合、星の色や階調はある程度犠牲になってしまいますが、街なかで星雲を撮ろうと思えば、ここはある程度仕方ありません。


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天体写真のヒストグラム
天体写真のヒストグラムを見た時、大きく見える山はほぼ背景とノイズです。そして、この「背景+ノイズ」より明るい領域が天体の描写に使われます。これが広いほど階調の表現力は増しますが、露出を抑えて背景レベルを下げると、その分天体からのシグナルも弱くなってしまいます。この兼ね合いで「適正露出」が決まります。星雲の階調が恒星に比べて狭いことに注意。


なお、EdgeHD800(F10)のように暗い鏡筒を使う場合やワンショットナローバンドフィルターを用いる場合、私は様子を見ながら感度を最大ISO800まで上げています。これは以下の理由によるものです。

  • EOS KissX5の場合、ISOの数字が上がるほど光の利用効率が高まり、ISO800の時に1e-/ADU……すなわち光電子1個当たり1のシグナルが出て最大効率になる。*5 *6 *7
  • 感度を上げても、露出時間内に白飛びする危険がない。
  • 感度を下げてさらに露出時間を伸ばすと、その分、追尾の難易度が増す(含 天候の急変)


ともあれ、光害によるバックグラウンドの上昇を見つつ、最大の露出時間を得られる条件を探る必要が出てきます。その場合、構図確認を兼ねて、まずは高感度で試し撮りをしてみるのが有効です。ISO6400で撮るとISO100のおよそ60倍の感度なので、15秒@ISO6400がちょうど良さそうなら15分@ISO100が最適露出と簡単に算出できて便利です。



一方、星団(散開星団球状星団)の場合ですが、こちらは星の色を極力残すため、1枚当たりの露出時間は短めにします。普通はせいぜい1~2分、どんなに長くても5分以内でしょうか。球状星団の場合は、星の密集した中心部が飽和しやすいので短時間露出のコマを確保する一方、周辺の暗い星も拾い上げるために比較的長時間の露出を行ったコマも確保しておきたいところです。このように複数のパターンで露出を行っておく(多段階露出)と、最後の画像処理の段階で中心部、周辺共に両立出来て便利です。



明るい惑星状星雲については、上でも書いたように短時間露出でとにかく撮りまくります。特に明るいものであれば5秒もあれば立派に写るので、あとはひたすらコマ数を稼ぐのみです。とりあえず百数十コマ~数百コマもあれば、ウェーブレット処理に十分耐えられるでしょう。比較的暗い惑星状星雲については、散光星雲に準じた撮り方になります。



……と、また長くなってきたので今回はここまで。次は画像処理についてです。

*1:これらの情報源では空の暗い条件下での設定を紹介している場合が多く、街なかのような明るい場所での条件と食い違いが生じるのは仕方がない面もあります。

*2:CMOSカメラの場合、カメラによってはGainを上げても副作用があまりない場合がありますが、光害地の場合は背景が飽和しやすくなって露出時間が制限されかねないため、光害の状態にもよりますが低感度にしておいた方が無難です。

*3:https://urbansky.sakura.ne.jp/guide-trouble.html参照

*4:そもそも論として、細かく高速な動きをオートガイドで修正することは不可能です。極軸の設置ズレに伴う星の移動、ピリオディックモーションによる星のふらつきなど、ゆっくりした星の動きのズレを追尾するのがオートガイドの役目です。

*5:いわゆるユニティゲインに相当。これ以上感度を上げても、計算上1個以下の電子に対してシグナルが出ることになってしまい、ほぼ無意味。

*6:ユニティゲイン等の情報については、運が良ければ海外の掲示板などに情報があったりするので、探してみてください。

*7:最も効率がいいなら常にISO800で撮れば……と考えたくなりますが、ISO800で飽和するような条件でもISO100なら8倍は露出時間を確保できるわけで、強い光害のある条件下では低感度の利点が勝ります。ここで例に出したケースでは、ISO100だと露出時間がやたらと伸びてしまうため、やむを得ずISO800まで上げています。