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VSD100F3.8生産終了

特にアナウンスなどはないようですが、いつのまにやらビクセンのVSD100F3.8鏡筒が在庫払底、生産終了扱いになっていました。

www.vixen.co.jp


VSD100F3.8は、ビクセンHOYA株式会社(当時のPENTAXイメージングの親会社)から正式に特許権及び図面の譲渡契約を結んで開発された鏡筒です。発売は2013年11月29日でしたから、6年ちょっとで終売ということになります。


この鏡筒は「ツチノコ」の愛称で知られたペンタックスの100SDUFII(口径100m, F4)の設計を引き継ぎ発展させた光学系で、SDガラス1枚、EDガラス1枚を含む5群5枚という、ビクセンとしては非常にリッチな構成の光学系でした。この複雑な光学系を製造するため、新規に大型レーザー干渉計Zygo Verifire ATZを導入するほどで、まさに社運をかけての一大プロジェクトでした。


このように気合の入った光学系だけに、イメージサークルは直径70mm(光量約60%)とフィルム時代の645判をもカバーし、星像は写野周辺部でも約15μmを保つという高性能ぶりでした。


接眼部にはペンタックスの鏡筒から引き続き大型ヘリコイドを採用。この精密ヘリコイドの製造には特殊な工作機械と職人技が必要で、このタイミングを逃すと危うく作れなくなる寸前だったと言います。


ともあれ、アイソン彗星(C/2012 S1)の接近(2013年12月)をターゲットにしたと思われるこの鏡筒、どうにか彗星接近直前には発売にこぎつけましたが、その価格は鏡筒のみで税別62万円という、ビクセン製品にしては驚きの高価格。性能等を考えればやむを得ない価格だとは思いますが、高橋製作所のFSQ-106EDをも上回る価格で、賛否両論を巻き起こしたのは記憶に新しいところです。


残念だった点

このように、高価格ながらも高性能な鏡筒でしたが、それだけに惜しい部分も目に付きました。


まず、オプションの発売が完全に後回しになってしまった点です。アイソン彗星に間に合わせるためか、鏡筒本体だけでも2013年内に間に合わせた形ですが、この時点で発売されたのは本当に鏡筒だけ。純正の鏡筒バンドすらなかったのには(悪い意味で)驚きました。


結局、鏡筒バンドと専用のファインダー台座が発売されたのが鏡筒発売から9か月も経った翌年8月22日、専用レデューサーの発売は10月2日と大幅に遅れ、発売が予告されていたエクステンダーについてはとうとう登場せずじまいでした。製造数の関係上、VSD100F3.8の出荷本数がある程度の数に達するまで待っていたのかもしれませんが、設計だけならとうの昔に完了しているはずで、ちょっとメーカーとしてのやる気を疑う展開でした。



そして、これは以前も指摘した点ですが、売り方、そしてコンセプトの拙さです。


この鏡筒の最大の特長は、F3.8という明るさに加え、645判すらカバーする平坦で均質、広大なイメージサークルにあるはずです。しかし製品紹介ページにその記述は少なく、しかも大量の文章の中に埋もれていて、じっくり読まないと目につきません。


その結果、本来は棲み分け可能であるはずのFSQ-106EDと、中心部の星像を比べられる羽目に陥ってしまいました。明るいF値と広いイメージサークル全体に渡っての星像の均質性を生かして、淡く大きく広がった対象を35mm判フルサイズ超の大面積のセンサー、フィルムでガバッと捉えるのこそが真骨頂のはずですが、そこがうまく伝えられていなかった証拠です。


ただ一方で「一番の「ウリ」であるはずの広大なイメージサークルを生かす場面が、現在ほとんどない」という点に、コンセプトの甘さを感じます。デジタル撮影で用いられるイメージセンサーとしては、36.9mm四方の面積を持つKAF-16803や、ペンタックス 645Zや富士フイルム GFX100などで用いられている43.8×32.8mmのCMOSあたりが最も大きい部類で、おそらくこうしたイメージセンサーを使わないとVSD100F3.8の良さは生きてきません。


しかし、そうしたカメラの稼働実数を考えればその市場規模は推して知るべし。一方で、F3.8の明るさを維持した上でこれだけのイメージサークルを確保するには、価格を含め犠牲も少なからずあったはずで、上記のようなカメラを持っていない層には、むしろデメリットの方がより多く降りかかる形になりかねない危うさがありました。


光学系としては周辺光量が極めて豊富で、APS-Cや35mm判ならフラット補正がほとんど必要ないようなレベル(APS-Cで周辺光量90%以上、35mm判でも80%以上*1)なのですが、そうした方向での訴求がなかったのもあまりにももったいないように感じました。



もっとも、この製品については技術継承や開発経験蓄積の意味合いも強く、最初から市場性や採算をある程度度外視していたと思わるフシもあるので、一概に良し悪しを判断できない部分もあるのですが、ちょっと分不相応に背伸びした割にマーケティングが拙すぎた感は否定できません。


現時点で後継機開発の計画があるのかどうか分かりませんが、もし次があるなら、できればもう少しリーズナブルな製品開発をお願いしたいところです。