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「恋する小惑星」を検証してみた 第11話前半

いよいよ今回からは「きら星チャレンジ」。最終回に向けて一気に盛り上がってきました。モロに天文関連のイベントだけに、ネタは盛りだくさん。それだけに、一般にはあまりなじみのない用語なども頻発してましたので、そのあたりを含めて検証、解説していきましょう。


とはいえ、今回はあまりに物量が多いので、前半パートと後半パートの2回に分けて解説していきます。



先生『けど、事前にちゃんと相談してくれれば、参観者として同行することもできたんだぞ』
みら・あお『『えっ』』
先生『宿泊費なんかは自腹だけど…募集要項に書いてあっただろ』
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前回、みらに黙ってついてきてしまったあおですが、募集要項にあった参観者の件で先生にツッコまれています。前回の検証記事で、この参観者の項目については指摘しましたが、どうやらビンゴだったようです。

hpn.hatenablog.com



先生『主宰はいらっしゃいますか?』
堀口『ええ、あちらに…』
先生『廣瀬さん、ご無沙汰してます』
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主宰の廣瀬直也さん(CV: 土田大)。これも前回の検証記事で指摘の通り、「美ら星研究体験隊」の代表者、国立天文台水沢VLBI観測所の廣田朋也 助教のもじりでしょう。さすがに「声優としてご本人登場!」なんてことはなかったですね(^^;


このあと、直談判であおに参観者としての参加が認められますが、これはあくまでフィクションだからなせる業。実際のところ、この手の催しに参加する場合は保険などの手続きも事前に必要ですし、押しかけ参加は先方に多大な迷惑をかけてしまいます。絶対に真似はしないでください。



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指導役の花島和弘さん。これもほぼ間違いなく、国立天文台水沢VLBI観測所の花山秀和 特任研究員のもじりでしょう。花山さんは2016年からは石垣島天文台の副所長を務めていらっしゃいます*1



廣瀬『ここはVERA石垣島観測局』
ともりん『うわぁ、でっか~!』
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みら『これって国土地理院の?』
廣瀬『よく知ってるねぇ。以前つくばにあったのと似た種類のアンテナだよ』
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『これと同じものが国内4か所にあって、全体で直径2300kmの電波望遠鏡になるんだ』
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国立天文台の「VERA石垣島観測局」が出てきました。VERAというのは"VLBI Exploration of Radio Astrometry"の略で、直訳すると「VLBIによる電波天文学の探究」といった意味合いです。国立天文台が進めている研究テーマの1つです。


VERAについては後ほど説明するとして……ここでは先に、VLBIという技術について解説しておきましょう。


そもそも電波望遠鏡というものについてですが、これは身近な光学望遠鏡と同じく、電波を集めて対象を観察するための装置です。仕組み自体はほとんど光学望遠鏡と同じで、放物面のパラボラアンテナで集めた電波を受信器で受け、これを解析します。


ただ、厄介なのは電波望遠鏡の分解能は非常に低い」ということです。光学望遠鏡では口径を大きくすればするほど分解能が上がりますが、電波望遠鏡もそこの事情は同じです。しかし、分解能は観測する電磁波の波長の長さに反比例する(観測波長が短いほど高分解能)という特徴があります。光学望遠鏡の場合、観測する波長はおおむね380~760nm程度の可視光の範囲ですが、電波望遠鏡での観測に用いられる電波の波長は数mm~数十cmオーダーで、1万~100万倍もの長さです。


VERA石垣島観測局のアンテナは直径20mもありますが、観測波長が光学望遠鏡の100万倍とすると、光学望遠鏡で言えば口径2mm程度……口径5~7mmの肉眼にも劣る程度の分解能しかないわけです。そこで、これを克服するための技術が開発されました。それがVLBI(Very Long Baseline Interferometry, 超長基線電波干渉法)です。


VLBIでは、遠く離れた2つ以上の電波望遠鏡で発信源を同時に観測します*2。それぞれ離れた位置から発信源を観測すると、発信源からの距離がわずかに異なる分だけ電波の到達時間に差が生じるので、電波望遠鏡間の距離が正確に分かっていれば、発信源の方向を正確に決められます。そして望遠鏡間の距離が離れれば離れるほど、到達時間の差は大きくなり、発信源の方向を決める精度は上がっていきます。この性質を利用すれば、わずかに異なる方向にある接近した2つの発信源も見分けることができる……つまり高い分解能を得ることができるわけです。


VLBIの性能は電波望遠鏡間の距離に比例します。VERAで用いるVLBIの場合、最も遠く離れた石垣島~水沢間の距離、すなわち2300kmの口径の電波望遠鏡を使ったのと同じ分解能*3を得ることができるのです。



なお、VLBIは測量に用いることもできます。はるか遠くの発信源からの電波の到達時間の差を観測し、これに電波の速さ(=光速)をかけ、天体の方向を考慮することでアンテナ間の距離が極めて正確に分かります*4。これを複数の望遠鏡間で行うことで、正確な地球の形を求めたり、緯度・経度を厳密に決定したり、地殻変動を検出したり……といったことが可能になります。


みらが言っていた国土地理院の』というのは、おそらく合宿で行ったつくばにかつてあったアンテナのことですが、あれはまさに、この「測地VLBI」に用いられていたものです*5


測地分野でVLBIは天体の位置を基準に正確なアンテナ位置を求めますが、天文分野では逆にアンテナの位置を基準にすることで天体の正確な位置を求めます。「位置を決める」という意味で、両者は表裏一体の関係にあるわけです*6



廣瀬『VERAでは主に、強い電波を出すメーザー天体を観測して銀河系の立体地図を作ろうとしてるんです』
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みら『地図?』
廣瀬『年周視差を利用した宇宙三角測量で天体の正確な位置や動きが分かるからね』
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そして、VERAではこのVLBIネットワークを用いて、天体までの距離を正確に測ることを目的にしています。ターゲットは「メーザー天体」。メーザーというのはレーザーの電波版で、波の揃った非常に強力な電波です。これを発する天体をメーザー天体といい、赤色超巨星や活動銀河核*7などがそれにあたります。


地球は太陽の周りを回っているので、半年たつと地球軌道の直径分だけ離れた位置から天体を観測することになります。このとき、手前にある天体は、背景である遠くの天体に対して動いて見えます。この方向(角度)の差を年周視差と言い、VERAではこれを非常に厳密に測定します。地球軌道の直径は分かっていますから、あとは三角関数の応用で、対象の天体までの距離を決定することができるわけです。


ただ、年周視差は遠くの天体になるほど小さくなってきて、例えば銀河系中心部にある天体だと約3000万分の1度にしかなりません。ところが、地球には大気があって揺らぎを起こすため、地上から精密に位置を決定するのは困難です。ちょうど今週の「KiraKira増刊号」で関連する話を解説していますね。

www.youtube.com



そこで、VERAで用いる電波望遠鏡には、近接する2つの天体を同時に測定する「2ビーム観測」が可能になる仕組みが搭載されています。一方の天体をリファレンスとすることで大気の揺らぎを打ち消し、観測対象の位置を精密に測定することができるわけです。この仕組みを「相対VLBI」といいます。現時点では、2ビーム同時受信が可能な電波望遠鏡は、天文観測用としてはVERAが世界唯一のものです。


このように様々な技術を駆使したVERAが検出を目指す視差は、わずか10マイクロ秒角(=3億6000万分の1度)という超高精度。月面上の1円玉を地球から観測したときの見かけの大きさに匹敵します。10万光年という銀河系の大きさをほぼカバーできるレベルです。



みら『うわー!大きい!それになんかかわいい』
花島『むりかぶし望遠鏡は口径105cm。九州・沖縄地方では最大の反射望遠鏡です』
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みら『むしかぶり?』
ともりん『むりかぶし。こっちの言葉でスバルのこと』
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花島『ここでは可視光と赤外線の観測を行っています。小惑星の探索をするのはこっちだね』
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花島さんの解説の通り、石垣島天文台の望遠鏡「むりかぶし」は九州・沖縄地方で最大の望遠鏡*8で、可視光または赤外光での観測に対応しています。架台はコンピュータ制御の経緯台式です。一般に経緯台で天体を追尾すると、視野の中で徐々に天体が回転していってしまいますが、むりかぶし望遠鏡ではこれを、同じくコンピュータ制御の視野回転装置(ローテーター)でキャンセルするようになっています。


愛称の「むりかぶし」は石垣島方言でスバル(プレアデス星団, M45)のことで、「群れ星」または「盛る星」から転じたものです。なお、ともりんの出身地である沖縄本島の方言では、語源は同じですが「ムリブシ」、「ブリブシ」、「ブルブシ」、「ムリブサー」などと呼ぶので、ともりんが『こっち』と言ったのは石垣島を指しているのが分かります。



ともりん反射望遠鏡ってことは、レンズじゃなくて鏡?』
みら『うん。あ、えっと、主鏡と副鏡で光を反射して…』
マッキー『むりかぶしはカセグレン系の反射望遠鏡。凹面主鏡と凸面副鏡で像を結んでるんだね。焦点は研究用と観望用で3つあるみたい』
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レンズではなく凹面鏡を用いて光を集めるのが反射望遠鏡ですが、現在用いられている反射望遠鏡は大きく2つのタイプに分けられます。1つは、主鏡からの光を平面鏡を使って鏡筒の側面に導くニュートン式。そしてもう1つは、主鏡からの光を曲面の鏡を用いて、中心に穴をあけた主鏡の裏側に導くタイプです。後者の代表例がカセグレン式で、そのためこのタイプをまとめて「カセグレン系」と呼んだりします。



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カセグレン式は放物凹面の主鏡と双曲凸面の副鏡を組み合わせたものです。理論的には非常に優秀な光学系なのですが、双曲凸面の副鏡の製造が非常に難しいという問題があります。また、視野中心部は非常にシャープなものの、視野周辺の星像が崩れがち*9で、写真撮影などに使おうとすると広い視野が得られません。


そこで、このカセグレン式を改良して生み出されたのが「リッチー・クレチアン式」。むりかぶし望遠鏡はこの光学系を採用しています。


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リッチー・クレチアン式では、主鏡副鏡とも双曲面に近い高次非球面としています。製造が難しいのはカセグレン系と同様……いや、それより難しいくらいなのですが、視野周辺でも星像の崩れは小さく*10、広い範囲を写真撮影するのに向いています。このため、近年の天文台の望遠鏡の多くはこの光学系を採用しています。



さて、マッキーが『焦点は研究用と観望用で3つあるみたい』と言っていますが、ここでいう「焦点」は望遠鏡の光の出口……接眼部とほぼ同様の意味です。



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石垣島天文台ウェブサイトより)

上の模式図を見ると分かりますが、望遠鏡の光の出口は3か所あります。メインで使われるのは「カセグレン焦点」で、各種のカメラや観測装置はここに取り付けられます。


一方、光路の途中に平面鏡をセットすると、左側または右側の「ナスミス焦点」に光が導き出されます。この「ナスミス焦点」というのは、平面鏡を使って経緯台の高度軸*11に光を導き出す方法です。高度軸は望遠鏡に対して位置が動きませんので、望遠鏡がどんな方向を向いたとしても常に同じ姿勢で観測が可能です。


むりかぶし望遠鏡では、このナスミス焦点を観望用として利用しています*12。ここに潜望鏡のような構造の筒を装着し、背の低い人や車いすの人でも利用を可能にしているわけです。


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花島さんの頭上にあるのがそれで、この時はナスミス焦点未使用のため、筒は跳ね上げられています。使用時は適当な高さにまで引き下ろして使用します。



……と、ここまででようやく前半パート終了です。専門用語連発だったので、天文分野に馴染みのない人にはチンプンカンプンだったのではないでしょうか?まぁ、こうした用語を聞き流せるか、逆にしっかり理解している人以外は、すでに振り落とされてしまっているような気はしますが……(^^;




※ 本ページでは比較研究目的で作中画像を使用していますが、作中画像の著作権は©Quro・芳文社/星咲高校地学部に帰属しています。

*1:https://yaimatime.com/yaimanews/15509/

*2:実際には、原子時計によるタイミングデータと観測データを記録します。

*3:観測波長が光学望遠鏡の100万倍とした場合、光学望遠鏡の口径2m程度に相当

*4:数千km離れたアンテナの距離が、数mmの精度で決定できるレベル。

*5:同アンテナは2016年に運用を終え、解体されました。役目は茨城県石岡の観測施設に引き継がれています。

*6:イノ先輩が知ったら狂喜乱舞しそうです。

*7:銀河の中心にある大質量ブラックホールに物質が大量に落ち込み、そのエネルギーが強力な電磁波として放出されているもの。

*8:ちなみに、九州最大は福岡県八女市星野村の「星の文化館」にある口径100cmのもの。国内最大は岡山天文台の「せいめい望遠鏡」で口径3.8mです(一般の人が利用可能なものでは西はりま天文台の「なゆた望遠鏡」の口径2mが最大)。

*9:おおむね同じF値ニュートン式反射と同程度のコマ収差が発生します。

*10:像面湾曲が残りますが、フラットナーで補正可能です。

*11:もちろん、光を通せるように軸は中空になっています

*12:高度軸という安定した位置に焦点があるので、重量級の観測装置を取り付けるのにもしばしば使われます。「ナスミス焦点1」はこの目的です。