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「恋する小惑星」を検証してみた 第10話

新入部員2人が加わりスタートした新生地学部、今回は1年生の加入から新歓、そして夏の「きら星チャレンジ」まで一気に駆け抜ける回でした。ちょうど1年前(第2話)、みら達がもてなされる側だった新歓バーベキューを、もてなす側として追いかけることになるのは、時間の流れを感じさせていい雰囲気でした。


では、今回も天文ネタを拾っていきましょう。



みら『はっ!ち、違うよっ!?新入部員で赤道儀買おうとか思ってないよ!?』
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新入生勧誘で、みらの本音がダダ洩れに(笑)


これまでにも触れていますが、望遠鏡を載せる架台には経緯台赤道儀の2種類があります。「経緯台」は望遠鏡を上下左右に振ることができる架台で、初心者でも直感的に扱えるのが利点です。地学部にあるポルタIIがそうですね。ただ、この方式の場合、地球の自転に伴って動く星を追いかけるために上下左右の軸をそれぞれ動かさなくてはならず、長時間の星の観測には向きません。


そこで便利なのが「赤道儀」です。星は北極星の方向(正確には「天の北極」)を軸に円を描くように動いて見えますが、赤道儀では、この動きを追いかけるために架台の回転軸の1つ(極軸)を天の北極の方向に合わせ、望遠鏡が星の動きと全く同じ動きをできるようにしています。この方式なら軸を1つ回すだけで星を簡単に追いかけられますし、モータードライブを取り付ければ自動で星を追い続けてくれます。


ただし、経緯台と比べると高価なのが難点で、例えば「ポルタII」が三脚も込みで3万円前後で買えるのに対し、同じビクセンのエントリー機「APマウント」は架台部分だけで9万円近くもします*1。部費だけでまかなおうとすると、よほどの大所帯か、数年間以上の積み立てが必要になりそうです(^^;



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あおが手にしている会報「KiraKira」春号。トップの写真はオリオン座ですね。三ツ星やオリオン大星雲(M42)が写っているのが見えます。


あまり暗い星は写っていない&星雲*2が目立たないこと、天の北極の方向が上になっておらず*3、オリオンが中途半端に傾いていることなどから、おそらくは三脚に固定したカメラで、追尾などせずに撮影したものでしょう*4 *5。三ツ星がほぼ垂直に立っていることからすると、年末年始の19時ごろの撮影でしょうか?



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画角(グレーの線)は、キヤノンAPS-Cに35mmのレンズを付けたぐらいがちょうどマッチしそうです。



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新入部員は桜先輩の妹、桜井千景(チカ)と、文化祭の時に展示内容に不満を漏らしていた七海悠(ナナ)の2人。チカは姉譲りの地学斑でしたが、ナナは天文ガチ勢かと思いきや、気象屋さん。第6話で展示内容に不満を漏らしていたのは、具体的な展示内容云々に対してではなく、実学的な面が少ないことへの不満だったようですね。


ちなみに、後ほど新歓の場で彼女が、気象を追求するきっかけについて「3年前の水害」であることを話すのですが、2018年の3年前ということで、おそらく「平成27年9月関東・東北豪雨」のことでしょう。鬼怒川の堤防が決壊したアレです。



みら『それなら天文学も、小天体やデブリが地球にぶつからないか監視したり、いろんな人工衛星を飛ばして人の役にたってるよ』
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新歓バーベキューの場で、気象は天文や地学と違って人の役にたっているというナナに、思わず言い返したみら。


「小天体やデブリが地球にぶつからないか監視したり」というのは、現在世界中で稼働している様々な全自動掃天システムのことです。以前も少し触れましたが、有名なところではPan-STARRS(Panoramic Survey Telescope And Rapid Response System)やLINEAR(Lincoln Near-Earth Asteroid Research)、LONEOS(Lowell Observatory Near-Earth Object Search)、NEAT(Near-Earth Asteroid Tracking)、日本国内でもBATTeRS(Bisei Asteroid Tracking Telescope for Rapid Survey)などのプロジェクトがあります。5月ごろに明るくなるかもと注目されているATLAS彗星(C/2019 Y4)を発見したATLAS(Asteroid Terrestrial-impact Last Alert System)もこうしたシステムの1つですね。


ただ、これらのプロジェクトは暗い小惑星や彗星を根こそぎ発見してしまうため、みらやあおが目指す「小惑星の発見」という夢をアマチュアから遠ざける一因にもなってしまっています。みらにしてみると、ちょっと複雑なところかもしれません。


一方、人工衛星を飛ばすのも天文学の重要な一分野。人工衛星がそれこそ気象予報や鉱物資源の探査に役立っているのは、みなさんご存知の通りです。反面、StarLink衛星のように、打ち上げられた極めて多数の人工衛星が天体観測の邪魔になりつつあるのも事実で、うまく折り合いをつけることが求められています。



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バーベキュー終了後は、また学校の屋上で天体観測。先生の予定表だと「週末BBQ!」になっていましたし、みらからの後輩へのメッセージでもバーベキューの予定は週末になっていましたが、月と木星の位置を考えると、週明けの月曜日、4月30日のことのようです。たまたま休みだったんでしょうか……?


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チカ『お月様きれい…』
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みら『でしょ?そばに見えるのは木星だよ』
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チカ『これって何倍で見えてるんですか?』
みら『あ、ええっと…鏡筒の焦点距離が910mm、接眼レンズが15mmだから、ええっと…ええっと…』
あお『このレンズだと大体60倍かな』
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望遠鏡を見るとまず倍率を聞くのは、いかにも一般の人にありそうな動きですね。悪質業者の宣伝のせいもあってか、一般の人には「望遠鏡の性能=倍率」みたいな刷り込みが強いのですが、実際に望遠鏡の性能を左右するのは望遠鏡の口径(対物レンズ(鏡)の直径)です。口径が大きい望遠鏡ほど光を多く取り込むことができるので、より暗い天体を捉えることができ、また、倍率を上げても像が明るく、細かいところまで見ることができるのです。


一方で倍率は

 倍率=対物レンズ(鏡)の焦点距離(mm)÷接眼レンズの焦点距離(mm)

という式で求められますが、これを見ても分かるとおり、対物レンズの焦点距離を長く、接眼レンズの焦点距離を短くすれば倍率の数字自体はいくらでも上げることができます。このことからだけでも、倍率の数字だけを取り上げても何の意味もないことは一目瞭然でしょう。



ところで、ここでみらが「接眼レンズが15mmだから」と言っています。前年度は、新歓観望会や子供観望会の様子を見ても分かるとおり、ポルタII A80Mfに付属の接眼レンズPL20mmとPL6.3mmの2本で回していましたので、おそらくは新年度の予算で新しく15mmの接眼レンズを買ったことが分かります。モノは多分NPL 15mmでしょう。実売価格は4000円を切っていますので、乏しい予算でもなんとかなったのかと思います。

www.vixen.co.jp


さて、接眼レンズのスペックを見ると、「見かけ視界」という項目があります。この「見かけ視界」は望遠鏡で覗いた景色が目の前にどの程度広がって見えるかを示しているものです。一方、望遠鏡で実際にどのくらいの範囲が見えているのかを示す指標が「実視界」です。そして、この実視界と見かけ視界の間には「見かけ視界 = 2 * tan^ {-1} ( 倍率 * tan ( 実視界 / 2 ) )」という関係があります*6


実視界が狭いと覗いたときにどこを見ているのかが分かりにくいですし、見かけ視界が狭いと井戸の底から覗いているような感覚になって不快です。望遠鏡で星雲や星団の観望を主にする人たちは、恐ろしく高価な、視界の広い接眼レンズを揃えていたりしますが、これは観望の快適さを追求するが故のことです。


NPL 15mmの場合、見かけ視界は50度。A80Mfに取り付けた時の倍率は約60.7倍ですから、実視界は0.88度となります。一方、第4話で月の観望に使っていたPL 20mmの場合、見かけ視界は46度。A80Mfに取り付けた時の倍率45.5倍、実視界64分=1.07度です。そして、月の直径はおよそ0.5度……。この視点で第4話での月の描写と見比べると……


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たしかに倍率が上がった分、月が大きく見えていること、また、視野に対する月の大きさの比がおおよそ正しいことが見て取れます(上の図では、各接眼レンズ使用時の視野円のサイズを基準に大きさをそろえています)。



あお『そうそう、角度を調整して…』
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ナナ『撮れました!』
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チカスマホでもこんな写真が撮れるんですね』
あお『コリメート撮影っていうんだ。慣れないと難しいんだけど、七海さん上手だね』
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ここでやっているのは、望遠鏡の接眼レンズを目で覗く代わりにカメラに覗かせ、望遠鏡の視野に写っているものをそのまま撮影するという方法です。この方法を「コリメート法」と呼びます。使うカメラはコンパクトデジカメや、携帯電話・スマートフォンについているカメラでOKです。この方法で撮影できるのは、基本的に月や惑星など明るい天体に限られますが、非常にお手軽な方法です。


とはいえ、きれいに撮るためには、接眼レンズとカメラのレンズを平行に、かつそれぞれの中心を正確に合わせた上で、望遠鏡に振動が伝わらないよう慎重にシャッターを切る必要があります*7。あおが言う通り、慣れないと地味に難しいのですが、液晶画面で対象を確認しながら撮れるので、試行錯誤すれば初心者でも案外きれいな写真を撮ることができるものです。


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この写真は、コンデジを用いて月をコリメート法で撮影したものですが、注意深くやればこのくらいはそれほど苦労せずに撮ることができます。地元の観望会などで大きな望遠鏡を覗く機会があれば、許可を取った上でチャレンジしてみてもいいかもしれません。



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そして、今後の話のメインになると思われる「きら星チャレンジ」。作中では、新天体の発見を目的とする高校生向けのプログラム、ということになっていますが、実はこれも実在のモデルが存在します。


国立天文台水沢VLBI観測所、沖縄県立石垣青少年の家、NPO八重山星の会が中心となって毎年行っている「美ら星研究体験隊」というのがそれで、日本学術振興会が主催する「ひらめき☆ときめきサイエンス」という小中高生向けプログラムの一環です。「ひらめき☆ときめきサイエンス」は、大学や研究機関で「科研費*8により行われている最先端の研究を小中高生に体験してもらい、科学のおもしろさを感じてもらおうというプログラムです。

www.miz.nao.ac.jp
www.jsps.go.jp


「美ら星研究体験隊」では高校生を対象に、国立天文台の超長基線電波干渉計「VERA」*9を用いた電波天体の新発見、および石垣島天文台の口径105cm光学・赤外反射望遠鏡「むりかぶし」を用いた新天体発見を目指します。ちなみに、2018年度の実施報告書はこちら(リンク先PDF)から見られますが、2泊3日のスケジュール内に新天体は残念ながら発見できなかったようです。


参加者は地元の高校生が多いようですが、最近は他の地方からの参加者も増えてきているようです。現実の「美ら星研究体験隊」は募集人数が20人なので、作中の「きら星チャレンジ」(募集人数7人)よりはやや敷居が低いでしょうか。


募集要項はこちら(リンク先PDF)から見られますが、応募書類の中に「星や宇宙に対する想い」の作文(400字以内)というのがあります。みらやあおが頭を悩ませていた「小論文」というのは、多分これのことでしょう。こういう情熱のようなものを躊躇いなく披露するのは、たしかにみらの方が得意そうです。


また、募集要項をよく見ると、応募書類に「家族・学校関係者見学(参観)の有無」という項があります。今回の最後の場面で、あおがみらを追いかけて石垣島についてきてしまいましたが、事前申請こそないものの、強引にこの枠を利用して見学者として潜り込む……という手は使えなくもなさそうです*10



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ところで、みらに届いた「書類選考通過のお知らせ」のメールですが、差出人が国立天文台の廣瀬」となっています。実は2018年の「美ら星研究体験隊」の代表者は国立天文台水沢VLBI観測所の「廣田」朋也助教で、おそらく名前を意図的に寄せてきています。この様子だと、ひょっとしたらアニメでご本人登場、ということも万に1つくらいはありうるかもしれません(^^;




※ 本ページでは比較研究目的で作中画像を使用していますが、作中画像の著作権は©Quro・芳文社/星咲高校地学部に帰属しています。また、各星図はステラナビゲータ11/株式会社アストロアーツを用いて作成しています。

*1:ビクセン製品にこだわらなければ、最近ではSkyWatcherから安価な赤道儀が次々登場しています。

*2:馬頭星雲、バーナードループなど

*3:天体写真を撮る場合、特別な作画意図がない限り、北を上にするのが原則です。

*4:固定撮影の場合は地平線を水平にするのが基本なので、星座は空のどこにあるかによって傾きます。

*5:追尾しないと星は日周運動で流れて線を引いて写りますが、広角レンズを用い、比較的短時間の露出であれば、ほぼ点として写せます。後述のようにキヤノンAPS-C+35mmレンズの組み合わせだと、オリオン座付近は10~15秒程度までの露出なら大丈夫です。

*6:おおよその値を求めるだけなら「見かけ視界=実視界×倍率」という式でも十分です

*7:これを簡単に行うため、望遠鏡にコンデジスマホを固定する専用のアダプターも販売されています。

*8:「科学研究費助成事業」の略で、文科省日本学術振興会が提供する競争的資金のこと。大学等からの研究費が大幅に削られている現在、科研費が取れないと詰むこともしばしば orz

*9:日本国内に配置した直径20mの電波望遠鏡4台からなるネットワークを用い、銀河系の3次元立体地図を作るプロジェクト。これに使われる電波望遠鏡の1台が石垣島にあります。

*10:もちろん、まったくの非推奨。あくまでフィクションなので……。現実と漫画の区別はつけること。