TwitterのTL上(天文関係にめちゃくちゃ偏ってますが)で、とある動画が悪い意味で話題になっていました。
↓これです。
うっかり再生すると、再生数上昇の片棒を担いでしまうことになるのでお勧めしませんが……とにかくこれが酷いのです。
動画の主はGENKI LABOの市岡元気氏。動画界隈は詳しくないのでアレですが、主に科学ネタを扱っているようで、チャンネル登録者数は36.9万人と、そこそこ大手かと思います。
動画の内容としては、講師としてビクセン取締役の福島福三氏を招き、初心者向け望遠鏡の選び方を聞くというものなのですが……とにかくこれがミスリードの連発で本当に酷いのです。
問題点を切り分けると、
- 動画主によるもの
- 福島氏の発言によるもの
の大きく2つに大別されます。
動画主によるもの
まずいものとして真っ先に目につくのが、この動画のサムネイルです。

動画のタイトルは「実は都会の方が星がよく見える?99%の人が知らない初心者向け望遠鏡の選び方!元気先生初めて望遠鏡を買ってみた!」で、実は都会の方が天体観測に有利……という驚き(これについては後述します)を前面に押し出しているのですが、そのことを主張したいがあまり、田舎ではまともに星雲が見えないかのようなサムネイルになってしまっています。イメージ画像にしても、あまりにも悪質です。
動画主である市岡元気氏は、おそらく最低限の科学的素養はあるものと思いますが、少なくとも天文に関しては素人同然なのは動画を見ても明らかです。実際に都会と田舎とで星を見比べたわけでもないでしょうに、ああまであからさまな印象操作は問題です。
また、後述の福島氏の発言部分についてですが、小刻みな切り貼りが極めて多く、氏が本当にそう話したのかどうか疑わしくなるほど。フェイク動画を疑われても仕方がないレベルです。

さらには上のように、氏が話した内容とまったく異なる趣旨の字幕が付いている個所(後述の引用部分の最後の段落に相当)すらあり、かなり悪質です。
YouTuberにとってみれば、どんな良質な動画を作ろうとも再生数を稼げなければ意味がありませんので、誇張をするインセンティブはどうしても働きがちなのですが、上で挙げたような点についてはさすがに倫理的にアウトだと思います。

他にも、ベテルギウスとオリオン大星雲(M42)を混同するなど、信じられないような低レベルのミスも散見され、総じて非常に低品質と言わざるを得ません。
福島氏の発言によるもの
この動画で一番罪深いと思うのは、講師役を務めるビクセン取締役の福島福三氏の発言です。実際、この動画では10分ほどの動画中、7分ほどが福島氏と元気氏とのやり取りに費やされていて、福島氏の発言が動画の中核を占めているのは明らかです。
そして……これがもう、お話にならないレベルで酷いのです。例えば、4分20秒付近からの下り。
あと、実は住んでいるところ/は結構聞かれます。「私の/家は/都会なんですが……」/という話をよく聞くんですが、実はこれも皆さんがすごく勘違いしてまして、/天体望遠鏡を/購入されて星を見たいなと思ってる場合は、私は都会ほどお勧めしてます。/
簡単に説明します。天体望遠鏡ってですね、/倍率をかけて/見ますので、大体見るものが今みたいに限られてます。/あるポイントだけを/見るので、実は、/今皆さんが見たいBest 5って、/都内から十分、間違いなく見えます。/これ山に行くと、逆に星がいっぱいありすぎちゃって、分かんなくなっちゃったりもします。/
それとは逆に、望遠鏡の特性ってのがありまして、/覗くとですね、分かるんですけど、100倍とかの倍率をかけますとですね、/気流ってのが起きます。/上空で/風がめちゃめちゃ吹いてます。/空気が揺れてるんですね。/で、山ほどその気流が起きます。/望遠鏡だと、倍率が100倍になるので、/実は揺れも100倍になるんですね。/
天の川とか、星空を見たいんだったら山に行っていただくんですが、/実はお家のベランダの方がよく見えるっていう、そういったギャップが/ありますので、/都会だからとかっていうのは、/望遠鏡に関しては/ほとんど影響ない。
動画のタイトルにもなっている核心部分です。前記の通り、発言中を含めかなりの頻度で切り貼りがされている(文中の「/」は編集の切れ目)ので、ご当人が本当にこういう趣旨で話したのかどうか定かではない部分もあるのですが、これを見る限り、
- 望遠鏡で星が見える/見えない
- 天体を見つけやすい/見つけにくい
- 気流の状態がいい/悪い
という別種の問題3点を意図的に混同させ「都会ほど望遠鏡がお勧め」という解答を強引に導いているようにしか聞こえません。
まず前提として、上記発言中で「今皆さんが見たいBest 5って、都内から十分、間違いなく見えます」と言ってるBest 5は「月、土星、木星、火星、星雲・星団」の5つ。これを受けての望遠鏡談義なのですが……
天体の見つけやすさについては、惑星に対しては、まぁ、その通り*1。 月、惑星の観望に重要な気流の状態についても、全体的な傾向としては正しいでしょう*2 *3。気流の状態は日による変化も大きく、住居の近くで観測できるなら好条件の日を逃さず観測できるメリットもあります。
ただ、Best 5中の星雲・星団に関しては「断じてNo!」。「都会ほどお勧め」なんてことは絶対にありません。例えば動画の中で例に上がっているアンドロメダ銀河などは、東京都心から口径10cmの望遠鏡で眺めるとこんなイメージ(実際には、これでもまだ見えすぎなくらい)。

光害の影響により、見えるのは本当に銀河の中心部だけで、それも「そらし目」をしながらでようやくギリギリといったところです。逆に、空の暗いところで大口径の望遠鏡を使えば、比べ物にならないほど良く見えるはずです。

このあたりは当然、氏も分かっているはずですが、にもかかわらず「天体望遠鏡を購入されて星を見たいなと思ってる場合は、私は都会ほどお勧めしてます」という雑な結論になぜ至ってしまうのか、まったくもって理解できません。
こちらも都心で天体写真を撮ったり、観望を楽しんだりしている手前、都会で望遠鏡を使うことについて否定するつもりは全くありませんが、望遠鏡を使えば都会でも星がバリバリ見えるかのようなこの結論は、あまりに酷いミスリーディングだと思います。


他にも、反射望遠鏡の説明のところで「鏡を歪曲させて……」*4とか「ハップル望遠鏡もこのタイプ……」*5など、およそ光学機器メーカーの役員とは思えないような怪しい発言が散見され、信頼性の低下に一役買っています。
ビクセンの責任
さてこの動画、なんと驚くべきことに「協力:ヴィクセン」(原文ママ)とクレジットされています。つまり、「この動画内容についてビクセンが了解している」とも受け取られかねないわけですが……本当にそれでいいのでしょうか?
もし動画をチェックしていてこの内容なら、初心者に対するビクセンの姿勢に大いに疑問を感じますし、逆にチェックしていないなら、取締役まで出しておいてノーチェックという無責任ぶりに呆れるしかありません。
メーカーにとって、本来初心者は将来の大事なお客様です。なればこそ、買い物で後悔させてしまってはいけません。こんなインチキ臭い動画で初心者を焚き付けて一時的に売り上げを出しても、中・長期的に見ればガッカリする人を増やすだけの焼き畑農業的なやり口でしかありません。人口が多い都会で望遠鏡が売れればさぞや小銭が稼げるでしょうが……「自然科学応援企業」、「星を見せる会社」を標榜する企業としては、あまりに姑息ではないでしょうか。
「星を見る、楽しむ」という原点に立ち返るなら、現在の技術を生かして現在なりの星の楽しみ方を提案するのが本来あるべき方向性でしょう。しかしながら「貧すれば鈍する」。傍から今の同社を見る限り、今まで培ってきた「技術」や「信用」という遺産を切り売りして糊口をしのぐのに汲々としていて、進取の気風が完全に失われている感じなのが悲しいところです。
【追記】
ビクセンの社長から当該動画について、監修にはかかわっていないこと、内容にミスリードがあることの言及およびお詫びがありました。
天体望遠鏡の選び方動画が配信されています。選び方に関してよくまとまっていますが「都会の方が見える」やサムネ写真などにミスリードもあります。当社は監修に関わっておりませんがイベント出演に協力しています。天文ファンの皆様にご不快な思いをさせ申し訳ありません。https://t.co/kQ6kf4DGBw
— ビクセン 新妻和重 (@22kazu) 2021年8月10日
監修が入っていないのはクレジットから想像がつきますし、先方がどこまで誠実なのかも分からないので同情の余地はあるのですが……少なくとも外見上は、取締役自らが明らかに誤ったメッセージを発信する形になってしまっているのは事実。信用が毀損しきってしまう前に、何らかの手段を取ることが必要になるかもしれません。