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迎撃・ATLAS彗星 & 赤道儀化AZ-GTi試運転

発見以来すさまじい勢いで増光し、本当に久々の大彗星になるかと注目のATLAS彗星(C/2019 Y4)。あまりの異常な勢いに、マイナス等級まで明るくなるのではと期待する傍ら、「コホーテク彗星(C/1979 E1)やオースチン彗星(C/1989 X1)みたいに増光に急ブレーキがかかるかも」あるいは「激しすぎる物質の放出で核が壊れてしまうのではないか」といった憶測まで飛び出してきています。


ちょうどこの三連休は、月がない上に天気に恵まれましたので、ATLAS彗星狙いでいつもの公園まで出撃してきました。


この夜の計画は、夜半前までATLAS彗星を狙い、その後は春の銀河を。そして、これらの撮影の合間に、赤道儀化したAZ-GTiの試運転も行ってしまいたいところです。


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というわけで、荷物はものすごい山盛りに。鏡筒がATLAS彗星を狙うビクセン ED103S、春の銀河を狙うセレストロン EdgeHD800、AZ-GTiで運用する用のMAK127SPの3本。架台がSXP赤道儀とAZ-GTiの2つ。ここに、各望遠鏡用のフード、カメラ2台*1を含む撮影用具一式、オートガイダー2台*2、バッテリー2台*3、防寒具、その他もろもろ一気に詰め込みました。この物量は、多分これまでの最高記録じゃないかと思います。


とはいえ、慣れないことをすると間違いも多く、AZ-GTiを赤道儀化するときに使う1/4"→3/8"の止めネジアダプター、カメラ(ノーマル機)用のバッテリーなどなど、こまごました忘れ物があとで発覚して、機材を置いて家までとんぼ返りする羽目になりました。きっちり隅々まで計画しないとダメですねorz


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ともあれ、天文薄明が終了した20時ごろから撮影開始。目標はもちろんATLAS彗星です。彗星の動きは事前に調べてあったので、以前2I/ボリソフ彗星を撮影した時と同様、PHD2の彗星追尾機能を使います。今度は前々回のような赤経側の計算ミスはもうしません。



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1コマ当たりじっくり20分の露出をかけましたが、撮れたものを見てみると、光害に負けず集光のしっかりしたコマが確認できます。彗星は狙い通りちゃんと静止してますし、これなら大丈夫そうです。このまま撮影を続け、夜半前までに8コマを確保しました。


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夜半ごろからは鏡筒をEdgeHD800に載せ替えて、予定通り春の銀河狙い。何を撮るかは決めてなかったのですが、撮ったことのない対象ということで、かみのけ座のM100を選択しました。渦巻がこちら側を向いた、典型的なフェイスオンの銀河ですが、写り具合はどうでしょうか?一般にフェイスオンの銀河は淡く、この都心の光害の中ではかなりの難物ですが……



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うぅむ。ISO200の20分露出して「撮って出し」がこれですか……。銀河の中心部こそ見えますが、それを取り巻いているはずの渦巻きの腕は全く見えません。なるべく枚数を稼ぐべく、天文薄明開始近くまで撮り続け、10コマ以上を確保しましたがどうなるでしょうか?


リザルト


さて、まずはATLAS彗星からです。



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2020年3月20日 ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5 SEO-SP3, ISO100, 露出1200秒×8コマ, IDAS/SEO LPS-P2-FF使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるメトカーフガイド
ステライメージVer.7.1eほかで画像処理、一部トリミング

眼視だと見づらいようですが、写真写りは比較的良さそう。青緑色のコマと、そこからわずかな尾が伸びているのが分かります。色からも分かるように、現在はシアンなど低温で噴き出す物質がメイン。ここからさらに太陽に近づいて水の揮発が始まった時、どのような光度変化、明るさを見せてくれるのか楽しみです。



さて、このATLAS彗星ですが、上にも書いた通り、増光のペースが一向に衰えません。下のグラフは縦軸に地心距離を補正した光度、横軸に日心距離の対数を取ったもので、同一の光度式に乗っている限り、光度変化は直線になります。


また、直線の傾きが光度係数を、横軸が0の時の縦軸の値が絶対光度に当たります。。



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このグラフによれば、光度係数は40を超えた値でずっと安定しています。多くの彗星では、この値は5~30くらいまでの間に収まるのが一般的なので、40オーバーというのは明らかに異常なペースです。また、これに引きずられて絶対光度も-2等を上回る異常な明るさになっています。ヘール・ボップ彗星ですら絶対等級は-0.64等でしたから、-2等というのはおよそ考えづらい値です。


これはとりもなおさず、ATLAS彗星からの物質放出がきわめて盛んであるということを示しています。これはもしかすると、ATLAS彗星がC/1844 Y1の分裂片であるという事情が関係しているのかもしれません。


例えば、分裂した断面であるフレッシュな面がむき出しになっていて、二酸化炭素等の揮発が激しいのかもしれませんし、あるいは、分裂するくらいだから元々もろい核なのかもしれません。


前者ならあまり心配しないのですが、もし後者だった場合、太陽に近づくにつれて物質放出がさらに激しくなり、最悪の場合、核が崩壊してしまう可能性も考えられなくはありません。ウェスト彗星(C/1975 V1)みたいに、うまく崩壊して立派な尾が伸びてくれると、それはそれでアリなのですが……。


ともあれ、前から言ってるように、真価は太陽から1.5~1auくらいまで近づいて水の揮発が始まってみないと分かりません。世紀の大彗星と言われながらも、近日点距離が1.5au(グラフの横軸だとlog 1.5 = 0.176)切った途端に増光ペースが急減速したオースチン彗星(C/1989 X1)のケースを戒めとして心に留めておきましょう。


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一方のM100ですが……



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2020年3月21日 EdgeHD800(D203mm, f2032mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5 SEO-SP3, ISO200, 露出1200秒×8コマ, IDAS/SEO LPS-P2-FF使用
セレストロン オフアキシスガイダー+Lodestar+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.7.1eほかで画像処理

こちらはだいぶ苦しい結果に。夜半過ぎから、春霞のせいか大気の透明度がどんどん悪くなっていったこと、またM100の高度も下がってきて光害の影響が大きくなってきたこともあり、撮影シークエンスの後半に撮影したコマがほぼ使えなかったのが痛いです。


かろうじて腕の存在は確認できますが、「証拠写真」以上のものではないですね、これは。空の条件が良くないと、都心でのフェイスオン銀河はやはり難しいです。


AZ-GTiの赤道儀


M100を撮影している間の時間を使って、AZ-GTiの赤道儀化の実験をしていました。


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構成については以前Twitterの方に書きましたが、改めて書き出してみると、下から順にAZ-GTi用三脚→Manfrotto 3/8"~1/4"ネジ変換用アダプタ→低重心ガイドマウント→スカイパトロール付属V金具→1/4"~3/8"変換アダプタ→AZ-GTiの順に接続しています。V金具~AZ-GTi間はアダプタのせいで1mmほど隙間が空くので、隙間埋め&滑り止めにゴムシートを挟んであります。


また、AZ-GTiのウェイトシャフトには、ビクセンのウェイト軸カメラ雲台に安い自由雲台、PoleMaster用アダプタ(UNC 1/4インチ)を組み合わせて、PoleMasterを取り付けられるようにしてあります。


これにMAK127SPを載せたのですが……三脚~ハーフピラーが軽量なので、明らかにトップヘビーで正直非常に怖いです。ストーンバッグでもぶら下げれば多少マシになるかもしれませんが、根本的な解決には程遠い感じで、もし本気で運用するなら、何か手を考えないといけないかもしれません。


極軸合わせについては、PoleMasterで問題なく。その後の導入精度もなかなか高く、その意味では十分実用になりそうです。


一方で、気になるのはピリオディックモーションです。お世辞にも精度が高いとは言いがたい架台なので、それなりに暴れそうな気がします。そこで、極軸をわざとずらした上で、天の赤道付近の空をMAK127SP(焦点距離1500mm)の直焦点で撮影してみました。カメラはEOS KissX5(未改造機)で、ISO100, 15分露出の条件で撮影しています。


結果がこちら。



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ピリオディックモーションはそれなりにありそうですが、意外ときれいなサインカーブです。「ほしぞloveログ」のSamさんによる検証結果によると、ピリオディックモーションが大きい上に変なカクつきもあったので、あまり期待していなかったのですが……。
hoshizolove.blog.jp



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画像を確認すると、サインカーブの幅は114ピクセルありました。


さて、MAK127SPの焦点距離は1500mmで、これにEOS KissX5を接続したときの画角は51.1分×34.1分になります。EOS KissX5の縦方向のピクセル数は3456ピクセルなので、ここからピクセル1つあたりの画角が求められます。


これを元に、上に挙げたサインカーブの幅を角度に直すと、1.125分=67.5秒となります。つまり、おおむね±34秒程度のピリオディックモーションがあるということになります。


これ、実はかなり優秀な値で、Samさんの個体だと±75秒程度だったとのこと。同記事(およびコメント)によれば、スカイメモTが±65秒、Advanced VXが±15秒とのことなので、今回の値が本当なら、相当優秀な個体を引き当てたことになります。こちらがAZ-GTiを購入したのが去年の5月。Samさんが購入したよりも1年近く後になりますので、もしかするとその間に製造工程がこなれて、精度が出るようになったのかもしれません。


また、ピリオディックモーションのカーブがきれいなサインカーブなので、オートガイドの効きはいいかもしれません。ただ、これについてはバックラッシュの値を見てみないと何とも言えません。経緯台で使用時のバックラッシュの具合を見ていると、こちらは相応の量ありそうです。

*1:改造機とノーマル機。ノーマル機はAZ-GTi側で使用

*2:ガイド鏡用のASI120MMとオフアキ用のLodestar)))、PC2台((SXP赤道儀&カメラ制御用と、AZ-GTiの極軸設定用

*3:赤道儀駆動用のSG-3500LEDとカメラの外部電源SG-1000