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「恋する小惑星」を検証してみた 第4話

「恋する小惑星」の第4話は「合宿回」ということで、キャッキャウフフで終始するのかと思いきや、それぞれが自分の夢を再確認する大事な回でした。夢や目標を見つけられないでいる桜先輩の焦りや諦めがほの見えていたり、先生の高校生へ向ける優しい目線など、ドラマとしてもよくできていて実に良回でした。


さてさて、夏合宿ということで天文ネタがまたしても大量にぶち込まれるかと思っていたのですが、大半は地質標本館にJAXA、地図と測量の科学館といった施設巡り。とはいえ、例によって文句なしの再現度です。この中で自分が行ったことがあるのはJAXAだけですが、雰囲気含め、さすがの出来でした*1


天文ネタの方は、JAXAから戻ってきてからの「お月見」のシーンに限られますが、ここがまたなかなか……。見ていきましょう。



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みんなで月を見上げているシーンです。夏合宿ということなので、時期としては7月か8月ですが、2017年7月の満月は9日なので夏休み前。ということで、星の位置も含めてみると2017年8月8日の満月でしょう。



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星図と照らし合わせてみると、おそらくこのシーンは21時半ごろ。月の右下に見える2つの星は、左がやぎ座δ星デネブ・アルゲディ、右がやぎ座γ星ナシラです。月の真下、地平線近くにはみなみのうお座の1等星、フォーマルハウトが見えています。なお、この時の月の実際の高度は25度ほどなので、月の高さについてはさすがに演出でしょう*2


このあたりの正確さは、もはやこの作品において驚くところではないのですが、いい意味であきれたのが月のサイズの描写です。



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月のあたりを拡大したのが上の図で、右側にデネブ・アルゲディとナシラも共に入っています。デネブ・アルゲディとナシラとは、角度にして1度45分(1分=1/60度)離れており、一方、月の視直径は30分です。そのうえで上の絵を見返してみると、月は確かにデネブ・アルゲディ~ナシラ間の距離の1/3をちょっと下回るか程度のサイズで描かれています。


また、望遠鏡で月を覗いた際も、月の大きさ(30分)と望遠鏡の視野(64分)*3との対比がほぼ正確です。


第2話でも月のサイズがかなり正確に描かれている感じだったのですが、こんなところまで本当にガチでした。バカだろ、作画スタッフ!(誉め言葉)



イノ『月ってもっとでこぼこしてるんだと思ってました。意外とすべすべなんですね』
モンロー『ああそれは…満月の時は太陽の光が正面から当たってるからクレーターの凹凸が見えにくいの』
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……と、ここまで完璧だと、この月の描写が惜しい。作中ではこの日の月を「満月」と言っていますが、厳密に言うと「8日の夜」は満月ではありません。太陽の光が真正面から月に当たる、厳密な意味での満月は8日の午前3時11分。8日未明なのです。8日の夜なら、望遠鏡で見ると右側が欠け始めているのがハッキリ分かるはずです。


ちなみに、満月になった8日未明から明け方にかけてですが、月の1/4ほどが欠ける部分月食が起こっています(開始:2時22分、食の最大:3時20分、終了:4時18分)。天文班的には、こちらの方が要注目だったと思うのですが……誰か観測したのでしょうか?(^^; 翌日がJAXA巡りだとさすがにキツイかな……? *4



なお、「お月見」といえば満月を思い浮かべがちですが、望遠鏡で月を見る場合、満月はあまり適していません。理由はまさにモンロー先輩が言った通りで、山や谷に影ができないため、地形が分かりづらくなってしまうのです。


逆に上弦の月など、月が欠けている場合、横から光が当たるため、影が伸びて地形の凹凸がよく分かります。



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以前撮影した、満月*5と半月です。欠けているときの方が、圧倒的に地形が見やすくて迫力があるのが分かると思います*6



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月の満ち具合や望遠鏡の口径、倍率によっては、月がまぶしく感じられることがあります。その場合は、上の写真左のような「ムーングラス」をアイピースに取り付けて光を弱めます。口径80mmの望遠鏡とはいえ、今回のように満月を覗くと相当眩しいはずなので、おそらくムーングラスは装着済みなのでしょう。



あお『地学部の架台は望遠鏡を縦と横に動かす経緯台で』
みら『おじいちゃんのは地球の自転に合わせて動かせる赤道儀!』
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みら赤道儀だとハンドル1つ回すだけでずーっと追いかけられて楽ちん!』
イノ『私も見たいです~』
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さすがはビクセンが協力してるだけに、機材の描写は正確ですね。モノは「AP-A80Mf」。しかし、アニメ等で赤道儀が正しく使われているのを見たのは、ほとんど初めて*7のような気がします(笑)



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赤道儀は、軸の1つを北極星の方向*8に向けた状態で使います(このように極の方向に向ける軸を「極軸」と呼びます)。こうしておくと、極軸の周りを回転させるだけで望遠鏡が星の日周運動と同じように動くので、天体を「ハンドル1つ回すだけでずーっと追いかけられ」るわけです。


さらに、ハンドルの代わりにモーターを取り付ければ自動で星を追いかけ続けてくれますし、これがさらに発展すると星の導入まで自動でやってくれる「自動導入赤道儀」になってきます。第2話でイノ先輩や桜先輩が値段の高さにドン引きしていましたが……(^^; 詳しくはこちらのページなどをご覧ください。


赤道儀は、仕組みが分かっていないとパッと見の姿が不自然、不安定なので、普通の作品では変なところ*9を稼働させがち。さすがに今さらそんな愚を犯すようなスタッフではありませんね。



今回の天文ネタはこのくらいでしょうか。ストーリー展開も安定してきて、いよいよこれから本番といった感じ。桜先輩、真面目なだけに悩みも多そうですが頑張ってほしいです(^^)




※ 本ページでは比較研究目的で作中画像を使用していますが、作中画像の著作権は©Quro・芳文社/星咲高校地学部に帰属しています。また、各星図はステラナビゲータ11/株式会社アストロアーツを用いて作成しています。

*1:職員の応答まで、いかにも実際にありそうな感じです。

*2:とはいえ、望遠鏡の角度はいい感じです。

*3:A80MfにPL20mmを組み合わせた場合。他シーンでアイピースが刺さった状態の望遠鏡が現れますが、その外観からしてもこの組み合わせで間違いなさそうです。

*4:リアルなことを言うと、2017年8月8日の関東は終日天気が微妙だったのですけど。

*5:実はこれも「ほぼ満月」です。右側がごくわずかに欠けています。作中の8月8日の月はもっと大きく欠けていたはずです。

*6:満月は満月で、クレーターから伸びる明るい筋(光条といいます)など見どころはあるのですけど。

*7:宙のまにまに」あたりは描写が正確そうですが、ちょっと覚えていません。

*8:正確には天の北極

*9:極軸の傾きを設定する軸(「VIXEN AP」と書かれている部分)を動かすのは実写ドラマでもよく見かけます。