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「恋する小惑星」を検証してみた 第2話

先日書いた「恋する小惑星」の検証記事、普段こちらのブログに訪れないような一般の方にもなんか妙に評判が良かったので*1、調子に乗って今回も天文パートに限って軽く見ていってみましょう。


まずはセッティングを始めたこの場面。


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この日は観測会。前回の「地学部活動予定」の記載および先生と部長との会話から、観測会が行われたのは2017年の4月22日と推測できます。この日の19時20分ごろの西空はこんな感じ。



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星の並びが正確なのは、もはや言うまでもないですね。中央やや左のV字型に見える星の並びがヒアデス星団、中央で星が小さく固まっているのが「すばる」や「プレアデス星団」として知られるM45です。また、M45の左側には赤く輝く火星が見えます。


右側で弧を描くように並んでいる星々はペルセウス座です。その下、桜先輩の頭の上あたりにある明るい星はアンドロメダ座のγ星アルマク。望遠鏡で覗くと非常に美しい二重星です。



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ちなみにこの場面、画角を合わせてみると、おおよそ35mm判フルサイズのカメラに28mmのレンズを取り付けるとほぼ同じくらいになります(グレーのライン)。心射図法で星図を描くとアニメの描写とぴったり一致するあたり、なかなか渋いです。


モンロー『導入はちょっと…コツがいるものね』
すず『導入って?』
あお『星を望遠鏡の視界に入れること』
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この辺は、望遠鏡をいじっている人なら毎度おなじみの場面ですね。望遠鏡は倍率が高くて視野が狭いので、望遠鏡本体だけを使って見たいものを視野の中に入れるのは大変です。そこで「ファインダー」と呼ばれる低倍率の小望遠鏡で目標を捉えてから望遠鏡を覗くのですが、これが正しく働くためには望遠鏡とファインダーがしっかり同じ向きになっている必要があります。


モンロー先輩がここでまずやっているのはこのファインダーの調整で、遠くの景色などを使ってファインダーと望遠鏡とで同じものが見えるよう、ファインダーの向きを微調整するのです*2。本当は暗くなる前にやっておきたい作業ですね(^^;


あと、細かいところをつつくと、望遠鏡に最初から高倍率のアイピース*3を付けているようですが、これだと視野が狭すぎて、ファインダーを使ったとしても一発での導入は難しいです。普通は、低い倍率で視野内に導入してから順に倍率を上げていきます。



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火星が導入できました。もっとも、この日の火星は19時半の時点で高度はわずか12.7度。視直径も4秒(1秒=1/3600度)しかなくて、ちゃんとした観測には向きません。火星は年や時期によって地球との距離が大きく変わる=見かけの大きさが大きく変わるので、観測する時期が大事です。前年の2016年5月ごろと翌年の2018年7月ごろは、地球に大きく近づいて観望の絶好機でした*4。今回のように、高度が低い上に視直径が小さいと入門機はおろか、ベテランが大きい望遠鏡を使ってもなかなか表面の様子を捉えるのは難しいでしょう。



『…何も見えないんだけど』
みら『桜先輩きっと日頃の行いが悪いから~』
『何か言った?』
みら『いえ何も…』
あお『地球の自転のせいで時間が経つとずれちゃうんです』
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視野から天体が外れていってしまうのも「あるある」です。なにしろ100倍超の高倍率をかけて覗いていますから動きも100倍超。自転の影響も非常に大きいのです。



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ここで使われているポルタII A80Mfの場合、焦点距離は910mm。アイピースが付属のプローセル6.3mm*5だとすると、倍率は144倍、実視界は22分(1分=1/60度)しかありません。これだと、1分半もあれば視野の端から端まで対象が移動してしまいます。なので、最初から対象を中央に入れるのではなく、なるべく視野の端の方に入れ、視野を横断していく間に観測するのが手動で動かす架台を使う場合の基本です。そこもちゃんと再現されていて、おそらくスタッフさんは実際に望遠鏡を操作して勉強したんだろうなぁということが想像されます。


なお、天体望遠鏡で星を覗いた場合、普通は天地さかさまになった像が、天頂ミラーや天頂プリズムを使った場合は左右が反転した像が見えるのですが、ここでは正立像が見えています*6。これは、ポルタII A80Mfに付属のプリズムが「正立天頂プリズム」であるためで、決して作画ミスではありません。


続いて望遠鏡は木星へ。


『縞模様と点が見える!』
モンロー『周りの点はガリレオ衛星よ。小さい望遠鏡でも結構見えるの』
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初心者が望遠鏡で惑星を見る場合、一番のおすすめは環がある土星、次いで木星です。木星は大きいので、初心者向けの望遠鏡でも本体の縞模様や衛星を楽しく眺められます。衛星については、モンロー先輩が触れている「ガリレオ衛星」と呼ばれる4つの衛星が明るいため特に有名で、街なかから双眼鏡でも簡単に確認できます。



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この日20時の衛星の配置。ガリレオ衛星はガニメデ、カリスト、イオ、エウロパの4つですが、ここでは3つしか見えません。これはエウロパ木星の裏側に回って隠れてしまっているためです。衛星の動きは結構早いので、時間をおいて観察すると衛星が木星の周りを回っているのがよく分かります*7



みら小惑星ってそんな昔から見つかってたの!?』
あお『うん。で…今発見されてる小惑星は約50万個』
みら『ご…50万…』
あお『世界中で高性能の望遠鏡が観測してるから大きいものはほとんど発見されちゃってるんだって』
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小惑星が発見されると番号登録がされますが、2016年6月時点で番号登録された小惑星は469275個、2017年7月時点で496815個なので、あおの言っている「約50万個」というのはおおよそ正しいですね*8。「高性能の望遠鏡が観測しているから~」というのも正しくて、現在では地球に接近する天体の発見を目的にPan-STARRSLINEARLONEOSといった大規模プロジェクトが小惑星や彗星を根こそぎ発見してしまっています。国内でも美星スペースガードセンターJAXA入笠山光学観測所がこうした活動を行っています。


さらに、広視野観測装置「トモエゴゼン」の運用が始まったり大型シノプティック・サーベイ望遠鏡(LSST)の建設が進んでいたりと、この流れは今も着々と強化されつつあります。


昔は新彗星や小惑星の発見はアマチュアの……特に日本のアマチュアの得意とするところだったのですが、こうしたこともあって、現在では新天体の発見はアマチュアにはかなり難しいものとなっています。とはいえ、年に1個くらいは日本のアマチュア*9小惑星を発見したりもしているので、頑張ってほしいところです。



みら『よし!まずは私小さい星でも見つけられるように視力鍛える!』
あお『ふふ…それなら北斗七星のミザールとアルコルで視力検査ができてね…』
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ミザールとアルコルは、アラビアで視力検査に使われたといわれる有名な星。上の絵で、北斗七星の右から2つ目の星になります。2等星のミザールに4等星のアルコルが満月の1/3ほど離れた位置に寄り添っていて、これが見えるかどうかで徴兵時の視力検査をしたといわれています*10



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20時半ごろの星図がこちら。北斗七星の傾き具合からいって、おそらくこのくらいの時間帯でしょう。



『い…今の見た!?』
いの『はい!』
モンロー『こと座流星群ね。例年出現数は少なめらしいから見られたのはラッキーかも』
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ここで言っている「こと座流星群」ですが、正確には「4月こと座流星群」といいます。例年、4月16日~25日あたりが活動期間になっています。2017年はちょうど4月22日21時ごろが極大で、1時間当たり10個程度の流星が飛ぶと予想されていました。とはいえ、全天暗いものもひっくるめての10個なので、人の視野に入る個数を考えると、都会の明るい空ではモンロー先輩の言う通り「見られたらラッキー」くらいの確率です。


ちなみに、流星群といううと流れ星が群れをなしてバンバン飛ぶようなイメージを持ちがちですが、ある時期に空の特定の個所*11から飛ぶ流星をグループとしてまとめたものが「流星群」なので、数の多少は関係ありません。中には1時間あたり1~2個しか飛ばないような流星群もあります。



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おそらく21時20分ごろだと思うのですが、星図と突き合わせてみるとこの流星、こと座方面からりゅう座方面に流れていて、出どころをたどるときっちり4月こと座流星群の放射点(上の図でピンクの十字で示した点)になっています。さすがです。


もっとも、実際の4月こと座流星群の2017年の活動を確認してみると、例年より明るい流星が少なく、地味な活動に終始したとのこと*12。……まぁ、野暮なことは言いっこなしにしましょう(^^;



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観測会後、会誌「KiraKira」創刊号もどうにか出版し終え、「KiraKira創刊お疲れ様会」で温泉へ。満月だと言っているので、月が替わって5月11日のことでしょう。


ここで感心したのは、月の大きさが実物に近くかなり抑えられていること。月……特に低空の月は錯視の影響もあって大きく描かれがちなのですが、ここではかなり小さく描かれています。実際の月の見かけの大きさは、5円玉を手に持ってめいっぱい伸ばしたときの、5円玉の穴の大きさと同程度と言われていて、想像以上に小さいものです。絵的には大きく描いて迫力を出したい誘惑に駆られるところだと思うのですが、こんなところまでとことん真面目です*13


と、天文ネタはおおよそこのくらいでしょうか。この分だと次回以降もクオリティ面では安心ですね。いかにも真面目で理系オタ的なムーブ*14が目立つ桜先輩かわいいです(^^)




※ 本ページでは比較研究目的で作中画像を使用していますが、作中画像の著作権は©Quro・芳文社/星咲高校地学部に帰属しています。また、各星図はステラナビゲータ11/株式会社アストロアーツを用いて作成しています。

*1:その意味で、このアニメのインパクトは決して小さくなかったと思っています。

*2:あおが一瞬戸惑ったように、このあたりのややこしさが天体望遠鏡の敷居を高くしている原因の1つなんじゃないかと。超低倍率のアイピースを同梱してファインダーを不要にするなど、なんらかの工夫があっても良さそうに思います。その意味でビクセン「ファインダーアイピース100」なんかは面白い試みだと思うのですが、あれはあれで視野がやや狭いのが……。

*3:後述するように、おそらく付属品のプローセル6.3mm。

*4:特に2018年は15年ぶりの「大接近」で、視直径は24秒に達しましたが、火星の表面で大規模な砂嵐が発生し、表面の模様はあまりよく見えませんでしたorz

*5:画像の姿を見る限り間違いないでしょう。こんなところまで正確とは恐れ入ります。https://www.vixen.co.jp/vixen_cms/wp-content/uploads/product/itemimage/39952_9/39952_9-D003.jpg

*6:視野内で天体の移動していく方向が、地球の自転による天体の移動方向と同じ。

*7:ガリレオはこの衛星の動きから地動説の正しさを確信したといいます。「ガリレオ衛星」という名前の由来です。

*8:2019年現在、番号登録された小惑星は541132個にまで増えています。

*9:「ア……アマチュア……?」というレベルの人がほとんどですが(^^;

*10:決して「死兆星」ではない(笑)

*11:流星群の流星が流れてくる空の一点を「放射点」と呼びます。

*12:誠文堂新光社天文年鑑2018年版」より

*13:とはいえ、多分これでもまだ大きいかと。まぁ、これ以上小さくすると月とは分からなくなるし……。

*14:たぶん、1から10まで「正確に」説明した上、「ちなみに……」以降がすごい多い&長い人(^^;