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皆既月食

昨夜は2015年4月以来、約3年ぶりとなる皆既月食でした。

もっとも、前回の2015年4月は悪天候で全く見られず、前々回の2014年10月8日も欠け始めの30〜40分ほどで厚い雲に阻まれ、皆既月食のハイライトである「赤い月」を見ることはできませんでした。自宅から皆既月食の全過程が見られたのは、さらにその前、2011年12月10日にまでさかのぼります。


ご存知の通り、昨夜の天気予報では雲が多めの予想だったのですが、昼頃に「ひまわり8号」からの衛星画像を見てみると、西側から流れてくるだろう雲は薄くて隙間もかなりありそうな感じ。実際、早めに職場を出てみると薄雲越しに月が見えていました。自宅に帰着した19時半ごろには雲もほぼ取れていて、どうにか月食を観望できそうです。

そこで、自宅前の路上に機材を展開。当初の予定通り、「ED103S+ミニボーグ60ED」、「ミニボーグ45ED II」、「ニコン 10×42HG L DCF」の3台を並べます。前々回は、ほんのわずかの時間だったにもかかわらず、約20人余りが入れ替わり立ち代わりやってきては望遠鏡を覗いていかれましたので、その対策です。


結果的には、時間帯がやや遅かった*1こともあって前々回ほどの人は来ませんでしたが、それでも親子連れを中心に合計で10人以上はやってきたでしょうか。こちらも撮影の合間に月食の仕組みや見どころ、普段の満ち欠けとの違い*2などをタブレット片手に解説しました。

積極的に地元の教育センターや博物館での催しを調べたり、プラネタリウムなどに出かけない限り、一般の人にとって天文現象の解説を聞いたり本格的な天体望遠鏡を覗く機会というのはあまりないものです。稚拙とはいえ、天文に興味を持つ機会を少しでも提供できたとしたら嬉しいなと思います。




さて、肝心の月食の方ですが、事前の予報が何だったのかと思うくらい雲がなく、しっかりと見ることができました。



20時33分47秒 ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5, ISO200, 露出1/500秒

半影食のうちは東側がやや陰っている程度でしたが……




20時48分13秒 ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5, ISO200, 露出1/500秒

本影がかかり始める頃には欠け際が一気に暗くなり……




21時20分12秒 ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5, ISO200, 露出1/125秒

見る見るうちに欠けていきます。実際、かなりの速さです。




21時48分31秒 ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5, ISO200, 露出2秒
レタッチで彩度を強調

欠けていく途中で長時間露出を行い、色彩を強調してみると、欠け際がやや青味がかっているのが分かります。これが最近すっかり有名になった「ターコイズフリンジ」*3。太陽光が成層圏オゾン層を通過する際、赤い光が吸収されて青い光だけが残り、この光が直進して月面に影を落とす現象です。*4

銀塩写真のころにはほとんど知られていなかった現象で、かつては眼の錯覚やデジカメの画像処理などを原因とする人為的なものではないかと疑われていたこともありましたが、現在では実際に起こっている現象として広く認識されています。




22時30分12秒 ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5, ISO200, 露出8秒

そして欠け始めからわずか1時間ちょっとで完全に皆既となりました。22時半ごろに食は最大に。


さて、皆既中の月の色や明るさは地球の大気の状態などに左右され、月食ごとに異なります。これを表すものとして、フランスの天文学者ダンジョンが提唱した「ダンジョン・スケール」があります。


尺度月面の様子
0非情に暗い食。月のとりわけ中心部は、ほぼ見えない。
1灰色か褐色がかった暗い食。月の細部を判別するのは難しい。
2赤もしくは赤茶けた暗い食。たいていの場合、影の中心に一つの非常に暗い斑点を伴う。外縁部は非常に明るい。
3赤いレンガ色の食。影は、多くの場合、非常に明るいグレーもしくは黄色の部位によって縁取りされている。
4赤銅色かオレンジ色の非常に明るい食。外縁部は青みがかって大変明るい。


国立天文台ウェブサイトより)

この基準からすると、今回は2くらいだったように思います。1月、フィリピンのマヨン山でそこそこ大きな噴火があったので、もしかするとその影響が出るかも……と思っていたのですが、噴煙の達した高度が数千メートル程度という報道もあり、影響が出るほどではなかったようです。*5




23時9分31秒 ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5, ISO200, 露出4秒

1時間ほどたつと皆既が終わり、月の光が戻ってきます。地球の影の輪郭は不鮮明なものですが、それでも光が戻ってきたところは思いのほか鮮烈に輝きます。


しかし、このあたりから空に雲がかかり出し、そのうち全天を雲が覆ってしまいました。雲越しに月は見えるのですが、その姿はかなり不鮮明です。とはいえ、せっかくここまで粘ったのですから、最後まで見届けたいところ。




0時2分48秒 ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5, ISO200, 露出1/30秒

しまいには月の形すら怪しくなってきましたが、0時10分ごろ、本影食が終わり、ここで撤収となりました。


最後の方は雲に邪魔されましたが、久しぶりにほぼ全過程を観察することができて大満足です。

気づいた点とか反省点とか

久しぶりに皆既月食を堪能しましたが、気づいた点や反省点もいくつか。備忘録的な意味も込めて書き残しておきます。

STAR BOOK TENすごい

月食開始時はおおむね晴れていたとはいえ、うっすらと薄雲がかかっていて北極星は見えませんでした。そこで、SXP赤道儀を設置する際にはおおよそ北に向け、動作モードを「極軸を合わせていない望遠鏡」に。その上で、ベテルギウスプロキオンでアライメントを行い、月を導入しました。

当然、極軸はそれなりにずれているはずですが、月食の始まりから終わりまでの約3時間半、月はほぼ完ぺきに視野の中央に収まったままでした。

アライメント結果から構築したモデルに基づいて、極軸設定のずれを補正しながら正しく動作していたことになるわけですが、月を正しく追尾していたということは、単なる「恒星時駆動」ではなくて、月の固有運動も加味した動作になっていたということ。

コントローラーの性能を思えば当然ともいえますが、地味にすごいことだと思います。

高倍率より低倍率

今回、観望用としてミニボーグ60EDと同45ED IIの2本を用意していましたが、このうち60EDの方は赤道儀に載っているということで倍率高めの35倍(10mmのアイピースをセット)、45ED IIは手動の経緯台に載っているので視野を広めに取れるよう16.8倍(20mmのアイピースをセット)としていました。

食分が小さいうちは、60EDの方が詳細が良く見えて楽しかったのですが……食分が大きくなって月面が暗くなってくると、60EDの方は像の色の地味さが目立ってきました。一方の45ED IIや、同時展開していた双眼鏡では鮮やかな色。おそらく倍率が高めの分、食が進むと像が暗くなって、色の識別がしづらくなってきたせいではないかと思います。

口径なりに最適な倍率があると思いますが、皆既月食の繊細な色を楽しみたければ、むやみに倍率を上げない方がよさそうです。

子供の動き

今回も、通りすがりの人や近所の人が次々と望遠鏡を覗いていきましたが、要注意なのは幼稚園〜小学校低学年くらいの子。好奇心の塊の上、こちらの予想もつかない動きをしたりするので、子供自身の怪我や機材の破損に十分気を付けなければなりません。今回も、危うく三脚を脚に引っ掛けそうな子や、機材ボックスを蹴飛ばしそうな子がいました。

とはいえ、全体としては親御さんが大変気を使ってくださったので特に問題は起きませんでしたが、やってくる子供の人数や年齢によっては、あまり重厚な機材や高価な機材を展開するのも考え物です。

その意味では、万が一倒されたり壊されたりしてもダメージが比較的少ないオルビィス社の「コルキット『スピカ』」(税込2700円)や星の手帖社の「組立天体望遠鏡 15倍」(税込1890円)などの活用を積極的に考えるべきかもしれません。

*1:前々回の2014年10月8日は、本影食開始が18時14分、皆既開始が19時25分と宵のかなり早い時間でした。

*2:普段の月の満ち欠けでは、太陽光が斜めから月にあたるため、地形の影ができてクレーターなどがハッキリわかりますが、月食の場合は真正面から太陽の光が当たっているため、地形の影ができずクレーターなどはあまり目立ちません。

*3:ターコイズ(turquoise)は「トルコ石」のことで、形容詞としては「トルコ石色の」、「空色の」の意。フリンジ(fringe)は「へり」とか「外辺」のことを指します。直訳すると「トルコ石色の縁取り」くらいの意味でしょうか。

*4:逆に本影部分の赤い色は、太陽光が大気下層を通過する際、青い光が散乱されて赤い光だけが残った結果です。見方を変えると、地上の夕焼けや朝焼けの色がそのまま反映されたものと言えます。

*5:過去の事例を見ると、メキシコのエルチチョン山の噴火(1982年)やフィリピンのピナトゥボ山の噴火(1991年)のように、噴煙が成層圏にまで達するような大噴火でないとはっきりした影響は見えなさそうです。