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過去の彗星振り返り その2

前回からの続きで、2000年以降の彗星について振り返ってみたいと思います。このあたりになってくると、現在大学生くらいの若い方でも、見たことがある彗星が出てくるのではないかと思います。前回同様、各彗星の光度データはComet Observation Databaseに集積されているデータを参考にしています。


前回の記事はこちらから。

hpn.hatenablog.com


153P/池谷・張彗星


2002年2月1日、ベテランコメットハンターである池谷薫氏と中国の張大慶(チャン・デキン)氏が発見した彗星です。発見時の明るさは9等前後。


最近ではLINEARをはじめ、地球近傍の移動天体を捜索するプロジェクトが世界中で活発に動いていて、個人での新天体発見は難しくなってきています。しかし、その中でこれほど明るい彗星を発見できたというのは、まさに快挙と言ってよいでしょう。


後に軌道を詳しく解析したところ、この彗星は1661年に観測された彗星C/1661 C1と同一であることが分かっています。C/1661 C1は、1661年2月に有名な天文学者ヘベリウスが発見した彗星で、6度ほどの尾が見えたと記録されています。実に341年ぶりの回帰ということになり、登録番号がついた周期彗星の中では、最長の周期をもつ彗星ということになりました*1*2



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光度グラフはこちら。発見後は順調に明るさを増していき、3等台にまで明るくなりました。



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日没1時間後の北西の空ですが、彗星は低空を這うように動いていきました。春霞の中ということもあり、観測条件としては決して良くはありませんでしたが、ごく短時間でイオンテイルが変化する様子が捉えられています。


NEAT彗星(C/2001 Q4) & LINEAR彗星(C/2002 T7)


それぞれ、NASAジェット推進研究所が中心となって行っている"Near Earth Asteroid Tracking"(NEAT)およびマサチューセッツ工科大学リンカーン研究所が行っている"Lincoln Near Earth Asteroid Research"(LINEAR)が発見した彗星です。発見当初の光度予測から、両彗星は2004年5月ごろに肉眼彗星となり、同時に夕空を飾ることが予想されました。



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ちなみに、肉眼彗星が同時に2つ現れるというのは非常にまれな現象で、過去を振り返っても、この時点では1618年第2彗星(C/1618 V1)と1618年第3彗星(C/1618 W1)(1618年)、ブルックス彗星(C/1911 O1)とベリャヴスキー彗星(C/1911 S3)(1911年)の2回しかありませんでした*3



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こちらは、日没1時間後におけるNEAT彗星(C/2001 Q4)とLINEAR彗星(C/2002 T7)の位置ですが、5月末に2つの彗星が同時に夜空に現れることが分かります*4



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しかし残念ながら、NEAT彗星、LINEAR彗星ともに光度の伸びが今1つでした。当初の予測ではどちらも赤のラインに沿って光度が上がるものと思われていましたが、実際にはいずれもその光度を下回りました。また、そもそも両彗星が日本から見える5月末には明るさのピークは過ぎており、NEAT彗星は4~5等、LINEAR彗星は3~4等とかなり暗くなっていました。とはいえ、最も明るい時期にはそれぞれ2等程度までは明るくなっており、それなりに大きな彗星だったことが分かります。


マックホルツ彗星(C/2004 Q2)


2004年8月27日、アメリカ・カリフォルニア州のコメットハンター、ドナルド・マックホルツ氏が発見した彗星です。氏は、1975年に彗星探索を始めてから実に12個もの新彗星を発見していますが、どういうわけか、太陽に接近しすぎて消滅したり、予想より暗くなるものばかりという変なジンクスがあり、日本の天文ファンの間では「真っ暗ホルツ」などというあまりありがたくないあだ名を頂戴していました。



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もっとも、このC/2004 Q2については2004年12月の時点で早々に肉眼等級に達し、ようやく汚名返上となりました。その後、12月末~1月初めには3等台にまで達しています。



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夜8時の夜空ですが、彗星は天頂付近を通り、3等台とはいっても観測条件としては良好でした。経路の途中ではプレアデス星団(M45)の近くを通るなど、見つけやすいのも幸いしました。


私は残念ながら、ちょうど天文趣味からやや遠ざかっていた時期でもあり、見損ねてしまいました。それなりに明るかっただけに、惜しいことをしました。


マクノート彗星(C/2006 P1)


2006年8月7日にオーストラリアのロバート・マクノート氏によって発見された彗星です。近日点距離が0.17天文単位と小さかったため、非常に明るくなることが期待されました。



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こちらがこの彗星の光度データですが、予想通り非常に明るくなり、昼間の青空の中でも確認できるほどでした。また非常に大きく美しい尾を広げて観測者たちを驚かせました。


ただ、軌道が惑星の公転面に対して大きく立っていて、太陽系の南から接近してきて近日点通過が終わるとまた太陽系の南へ離れていくという動き方をしたため、北半球からは非常に観測しづらいのが残念でした。それでも、国内でも白昼のマックノート彗星を捉えた例があり、これがもし北半球で普通に見られていたら、どれだけすごいブームになっていたか、想像もつきません。


17P/ホームズ彗星


公転周期6.9年の周期彗星です。取り立ててこれといった特徴に乏しい平凡な彗星で、2007年に近日点を通過した際も14等台で観測されていました。ところが、近日点通過から5か月ほどたった10月24日~25日にかけて、16~17等台だった彗星が突如2等台にまで大バーストを起こしたのです。実に100万倍の大増光です。



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この時の光度グラフがこちら。見てわかるとおり、恐ろしく急激な変化です。明るくなったのは、彗星がガスやチリを突然大量に放出したのが直接の原因ですが、何が理由でそうしたことが起こったかについてはよく分かっていません。



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これは夜9時の北天ですが、ホームズ彗星はちょうどペルセウス座にあって、非常に見やすい位置でもありました。都心からでも、ボウッとした黄色みがかった光芒がハッキリ確認できたのを覚えています。日を追うごとに光芒は大きく淡くなっていきましたが、ブログの過去記事を見る限り、都心からでも半月くらいは余裕で観望できていました。

https://hpn.hatenablog.com/entry/20071025/1193325172
https://hpn.hatenablog.com/entry/20071028/1193586122
https://hpn.hatenablog.com/entry/20071102/1194017687
https://hpn.hatenablog.com/entry/20071109/1194626477
https://hpn.hatenablog.com/entry/20071112/1194880281


ラヴジョイ彗星(C/2011 W3)


2011年12月2日にオーストラリアのアマチュア天文家テリー・ラヴジョイ氏によって発見された彗星です。


軌道を計算すると、この彗星はいわゆる「クロイツ群」と呼ばれるグループの彗星の1つで、太陽にわずか0.00555天文単位(83万km)まで大接近することが分かりました。太陽表面からの距離で表すと13万2000kmしかなく、地球-月の距離の1/3という超至近距離です。彗星がこれほど太陽に近づくと、普通は熱で蒸発するか、引力で粉々になるケースが多いのですが、この彗星は奇跡的に生き延び、長大な尾をなびかせて明け方の空に姿を現しました。



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ラヴジョイ彗星は最大で-3~-4等くらいまで明るくなりましたが、太陽に極めて近い位置にあったため、そこまで明るくは見えませんでした。しかしながら、肉眼で容易に見られる程度の明るさはあり、年末の夜空を彩りました。


惜しむらくは、この彗星もマクノート彗星同様、ほぼ南半球でしか観測できなかったことで、日本にいる我々は指をくわえて見ていることしかできませんでした。


PANSTARRS彗星(C/2011 L4)


2011年6月6日、移動天体や突発天体を捜索するプロジェクトであるPan-STARRS(パンスターズ)の望遠鏡によって発見された彗星です。彗星は発見後、順調に明るさを増していったこともあり、2013年3月に太陽に接近するころにはマイナス等級に達する大彗星になるだろうと予測されました。



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しかし、実際にはそこまでの大彗星にはなりませんでした。上の光度グラフを見ると分かるとおり、明るさだけなら「大彗星」と言えなくもありませんが、いかんせん太陽に近すぎました。夕方の薄明かりが残る中での観察だったこと、見えるのが地平線近くだったこと、黄砂や春霞で透明度が悪かったこと、といった悪条件も重なり、一般の人が期待するほどの見え方にはなりませんでした。



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日没30分後の西空。明るさ的に観望好機だった3月中ですが、彗星はこの時間帯でも高度10度に届くかどうかといった低空で、夕明かりの残る中、見つけるのは大変でした。



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2013年3月12日18時31分 Pentax K-5IIs+DA55-300mmF4-5.8ED+O-GPS1(アストロトレーサー使用)
f=100mm(中央部をトリミング), F4.0, ISO100, 露出10秒


自分は多摩川の河川敷でどうにか捉えましたが、見かけの大きさも小さく、大彗星になり損ねた印象があります。


ISON彗星(C/2012 S1)


2012年9月21日にキスロヴォツク天文台にてヴィタリー・ネフスキーとアルチョム・ノヴィチョノクによって発見された新彗星です。ISONという名前は、発見者らが所属しているプロジェクト「国際科学光学ネットワーク」(International Scientific Optical Network, ISON)から取られたものです。



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彗星は発見当時、木星軌道付近で見つかったにもかかわらず比較的明るかったこと、また太陽に極端に近づく(近日点距離187万km)軌道を描くことから、上の図で赤線で示したように、PANSTARRS彗星に続くこの年2個目のマイナス等級に達する大彗星になるのではないかと期待されました。


やや期待はずれだったとはいえ、PANSTARRS彗星で暖められていた一般の人たちの反応は上々で、関連商戦もそれなりに活発でした。飛行機からISON彗星を観測するツアーなども組まれたほどです。


しかし、2013年秋に再び姿を見せたISON彗星は、予想より2~3等も暗いものでした。その後の光度の伸びも鈍く、太陽接近前の見頃とされる11月下旬でも3等台程度の明るさにしかなりませんでした。



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日出30分前の東空です。彗星が肉眼等級に入ったのは11/15頃ですが、この時の高度は30度弱。この後、彗星は明るさを増していきますが、高度もどんどん低くなり、観測は難しくなっていきました。


それでも、太陽への接近を乗り切れば、前述のラヴジョイ彗星(C/2011 W3)のような化け方をする可能性も残ってはいたのですが……太陽の熱と引力に耐えられず、接近時に彗星はあえなく崩壊。天文ファンたちは、太陽観測衛星からの画像を見ながら涙にくれたのでした。


ISON彗星は太陽に初めて近づく、いわゆる「バージンコメット」です。前エントリーオースチン彗星の項でも触れたとおり、この手の彗星は低温で揮発する物質が豊富で、遠方での活動が活発で明るく見えがち。そのため核のサイズを見誤り、過大な予想が出てしまったのでしょう。


当初十数kmはあると思われた核の直径は、あとからどんどん下方修正され、最終的には「500mくらいしかなさそう」という結論に落ち着きました。まったく、ひどい下駄をはかされたものです。



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2013年11月23日5時8分 Pentax K-5IIs+D FA MACRO 100mF2.8+O-GPS1(アストロトレーサー使用)
F4.0, ISO1600, 露出10秒, 中央部をトリミング


太陽接近直前、多摩川の河川敷から捉えたISON彗星です。写真ではそれなりに写っていますが、実物は薄明の明るさに紛れて非常に見づらいものでした。とても「大彗星」とは言えません。しかし……これを撮った時は、まさかこれが「遺影」になるとは思いもしませんでした(T^T)




こうしてみると、北半球ではヘール・ボップ彗星以降、大彗星らしい大彗星は現れていないことになります。たまに肉眼等級の彗星が現れても、どれも小粒なものばかり。PANSTARRS彗星やISON彗星はかなり期待されていたのですが、これも大彗星とは程遠い実態でした。


ヘール・ボップ彗星の騒ぎからすでに24年。そろそろ本当の意味での大彗星が現れてほしいものですが……。


※光度グラフはComet for Windowsで、星図はステラナビゲータ11(アストロアーツ)で作成しました。

*1:周期200年以上で唯一、符号にP/がついている彗星でもあります(P/がつくためには2回以上の回帰が観測されていることが必要)。

*2:太陽を周回したときに軌道が変化したため、現在の周期は366年になっています。

*3:後者については、どちらの彗星も明るかったものの、日没30分後の時点で高度が10度程度と非常に条件が悪く、国立天文台アーカイブhttps://web.archive.org/web/20050702050627/http://www.nao.ac.jp/pio/2comets/ss02.html)によれば実際の目撃例はないようです。

*4:ただ、観測条件としては南半球の方がよく、各彗星のピーク時を捉えることができました。