現在、ZWOからは様々なフォーマット、画素数のCMOSカメラが新旧入り乱れて大量に販売されていて、自分の目的に最適なカメラがどれかを見通すのがかなり難しくなっています。
先の記事で、カメラの選び方についてコメントを頂いたこともあり、参考までに、今回私がASI290MM/MCを選択するに至った理由を書いておこうと思います。何かの参考になれば幸いです。
目的を明確にする
まず、CMOSカメラを選ぶにあたっては、メインの目的をある程度ハッキリさせることが重要です。惑星を撮りたいのか、月面を撮りたいのか、はたまた星雲や銀河など(DSO, Deep Space Object)を撮りたいのかで最適な機種が大きく変わってきます。もちろん、たいていの場合はお互いにカバー可能なので、必ずしも「これでなければダメ」というものではないのですが、一眼レフなどに比べると汎用性の比較的低い機材ですし、どうせ買うのなら目的に合ったものにしたいところです。
それぞれの撮影に特に求められるスペックは、おおよそ以下のような感じにまとめられます。
- 惑星……高感度、高フレームレート
- 月面……高解像度、高フレームレート、(広センサー面積)
- DSO……高感度、広センサー面積
惑星の場合、特に土星などはかなり暗いため、高感度が求められます。また、シーイングの影響をキャンセルするため、速いシャッターを切る必要がありますが、そのためにも高感度は必要です。一方、相手が小さいため、センサー面積は小さくて構いません。
月面の場合、対象が明るいので感度は低くても大丈夫ですが、クレーターの詳細を描き出すには解像度が高い方が有利です。シーイングの影響を排除するために速いシャッター速度が要求されるのは惑星用と同様。センサー面積は小さくても構いませんが、モザイク撮影の手間がかかるので、広い方が楽ではあります。
DSOの場合はとにかく高感度が必要です。また、広がりのある対象を捉えるためには広いセンサー面積が要求されます。
このように整理した上でZWOの製品ラインナップを見てみます。
この表は、USB3.0対応のモノクロカメラ、カラーカメラのそれぞれについて発売日順に並べたものです。上に行くほど新しい製品になっています。なお、ASI120MM-S, 同MC-Sは、それぞれASI120MM, MCのインターフェイスをUSB3.0対応にしたもので、カメラ部分については最も古いものになります。
先ほど示した観点からすると、まず、フォーサーズ規格のASI1600系がDSOに向いているのは明らかです。また、表の中の「SNR1s」という指標は感度の高低を表すもの(数字が低いほど高感度。詳しくは後述)ですが、この観点からするとASI290MM/MC, ASI224MC, ASI185MCなどが優秀そうな感じです。なお、ASI174MM/MCはASI120MM/MCと同程度の感度とのことなので、この面だけからいえば一昔前の性能と考えて差し支えないでしょう。
今回の私の場合、惑星撮影用のLRGB撮影システムを、感度に不満があるASI120MM/MCから更新するのが目的ですから、インターフェイスが変わっただけのASI120MM-S/MC-Sおよび性能的に大差ないASI174MM/MCは真っ先に脱落します。ASI1600MM/MCも目的に合わないので当然脱落です。
ASI185MCやASI224MCについては、対になるモノクロカメラが存在しないので迷うところ。特に、ASI224MCの高感度性能は惹かれる部分がありますが、LRGB合成の際に画像のサイズ調整が必須でやや面倒なのは確かです。
というわけで、惑星のLRGB撮影に関して言えば、基本線はモノクロとカラーが対になっているASI178MM/MCとASI290MM/MCとの比較になるかと思います。
ASI290MM/MCを選んだ理由
さて、ここで私が178系ではなく290系を選んだ理由は、いくつかあります。
理由その1:拡大系の問題
望遠鏡の持つ解像力を余すところなく発揮させるためには、「イメージセンサーの解像力≧望遠鏡の解像力」……すなわち、イメージセンサーの「ナイキスト周波数」νnを望遠鏡の「遮断空間周波数」(Spatial cutoff frequency)νと同等以上にしてやる必要があります。
現在惑星撮影に使用してるEdgeHD800(D = 203mm, f = 2032mm, F = 10)の場合、遮断空間周波数νは
ν = 1/λF = 1/(0.0005 x 10) = 200 (mm-1)]
となります(簡単のためλ = 500nm = 0.0005mmとした)。
一方、センサーのナイキスト周波数はνn = 1/2d(d: 画素ピッチ)で計算できるので、ASI120MM, ASI290MM, ASI178MMのそれぞれで以下のように計算できます。
- ASI120MM(d = 3.75μm): 133.3 mm-1
- ASI290MM(d = 2.9μm): 172.4 mm-1
- ASI178MM(d = 2.4μm): 208.3 mm-1
これを比べると、ASI178MM以外はセンサー側の解像力が望遠鏡側の解像力を下回ってしまっていますから、像を拡大してなるべくν = νnとしてやらないと光学系の性能を生かせないということになってしまいます。
これを考慮して拡大率を決めると、ASI120MMで約1.5倍、ASI290MMで約1.2倍となります。ベイヤー配列のカラーセンサーのことも考えると、このさらに1.5〜2倍の拡大率が最適値かと思われます。
現在使用中のシステムは、ASI120系に合わせて拡大率3倍になっていますが、290系の場合、ややオーバーサンプリング気味ながらも許容範囲かと思います。
178系の場合、カラーセンサーを考慮しても2倍の拡大率で十分な計算で、3倍だとオーバーサンプリング。まぁ、センサーの解像力が上回っている分にはそれでも構わないのですが、余分に拡大した分、像が暗くなるというデメリットがあります。こうなると、次に述べる感度の問題も関係してきます。
理由その2:感度の問題
カメラの感度に関しては、単に量子効率などを見るだけでは足りず、各種ノイズの大きさなども考慮する必要があって横並びの比較が難しいのが実情です。
そこでSonyは、低照度下での感度の指標として「SNR1s」というものを提唱しています。単純に言うと、SNRが1……つまりノイズと信号が等しくなる時の信号レベルを照度(ルクス)で表した数値で、これが小さいほど暗い光まで識別できて高感度ということになります。*1
このSNR1sの数値がSony Semiconduntorのサイトに掲載されていますが、これを見ると、IMX178のSNR1sが0.46 lxなのに対し、IMX290のSNR1sは0.23 lxと2倍高くなっています。感度が2倍違うとなるとかなりの差です。
また、リードノイズ*2に着目すると、ZWOが公開している性能チャート(下図)によれば電子の利用効率が最も高くなる1 e-/ADUとなるゲインで比較した場合、ASI290のリードノイズは約1.4 e- rms(Gain = 110)であるのに対し、ASI178のリードノイズは約2.2 e- rms(Gain = 0)と約1.5倍の大きさです。同じゲインで比較した場合も、全体的にASI178の方がリードノイズは1.4倍ほど高くなっています(グラフがゼロから始まっていないことに注意)。*3
ASI178とASI290の特性(ZWOのウェブサイトより引用)
基本的に、同様の時期に同様のプロセス、同様の技術で作られたセンサーであれば、ピクセルサイズが大きい方が感度やノイズの面で有利になるのは当然で、IMX290の方がピクセル面積が約1.5倍大きいことを考えれば妥当な結果と言えます。
もっとも178系の場合、同じ解像感であれば上で書いたように拡大率を抑えられるので、システムの組み方次第では感度の低さが必ずしも欠点にはなりません。「2倍拡大系+178系」と「3倍拡大系+290系」なら、オーダー的にはどっこいどっこいではないかと思います。*4
理由その3:178系の広いセンサー面積と高解像度をフルに生かすことが難しい
これはもう、表題そのままです。
178系の広いセンサー面積を生かすなら、EdgeHD800の場合、5倍くらいは拡大したいところです。しかしこれだとオーバーサンプリングになる上、惑星像が暗くなるため感度が心配。しかも画素数が多い分データ量が膨大で、ストレージの速度も含め、転送帯域にかなり気を配らねばなりません。一方、適正な拡大率にするとセンサー面積の大半が無駄に。そこに目をつぶってクロップすれば速いシャッターも切れますが、それをするなら290系でも大差ないわけで……。
といったあたりを考えると、惑星撮影には290系の方がマッチするだろうというのが結論です。178系はむしろ、月面撮影のようにセンサー全体をフルに使えるような対象の方が本領を発揮しそうに思います。