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命をかけて飛び出せば……

1月中旬、いよいよ今年最初の新月期がやってきました。天気予報を見る限り、新月直前の週末、1月16~17日ごろは快晴になりそうな感じ。「よ~し、撮るぞ~!」と手ぐすね引いて待っていたのですが……なんとその16日に、父親が昔の仕事仲間と新年会の予定を入れてしまい、家を離れられなくなってしまいました。


仕方がないので他の日を探ると、13日の火曜の夜が快晴になりそう。この夜の月出は、日付が変わって翌14日の午前3時ごろ。それまでに撮影が済めばOKなわけです。その観点で撮影に向いた天体を探し……いっかくじゅう座~おおいぬ座にある「カモメ星雲」を狙ってみることにしました。この場合、普段撮影している位置からだと20時ごろから撮影が可能となり、月が昇る翌日3時ごろには20度くらいまで高度が下がります。高度が下がると光害の影響が極めて大きくなるので、頃合いとしてはちょうどいい所でしょう。


実はこの天体、デジカメ時代の2016年、2019年に加え、冷却カメラ導入後の2022年にも撮影を試みています。ところがこの時は、南側にある強烈なLED照明のおかげで像に妙なムラが発生し、仕上げを断念した経緯があります。

hpn.hatenablog.com


しかし幸い(?)なことに、問題の照明は昨年来、故障なのか運用停止なのか夜間でも点灯していない状態が継続。南天低めの天体を狙うにはうってつけの状態です。



というわけで、平日ですが13日の夜に強行出撃。この日持ち出したのは「BORG55FL+レデューサー7880セット」および先日レビューしたばかりのFMA135。前者にはL-UltimateとASI2600MC Proを取り付け、ナローバンドで「カモメ星雲」全景を狙います。一方、後者には従来型光害カットフィルターのLPS-D1とASI533MC Proを装着。これでモザイク撮影を行うことで、前者の撮影範囲をカバーする狙いです。




一応、事前の見積では「BORG55FL+レデューサー7880セット」+ASI2600MC Proの画角(ピンク)に対し、FMA135+ASI533MC Proの画角二面(青、緑)でカバーできるはずです。それぞれの面について、撮影時間が単純にASI2600MC Pro側の半分になってしまいますが、これは仕方ないでしょう。


このモザイク撮影により、恒星の写り(特に色)をカバーするとともに、あわよくばナローバンドが苦手とする反射星雲を捉えてブレンドするつもり。ただ、単純に考えても、超光害地でのモザイク撮影は背景レベルを揃えるだけでも至難なのは間違いなし。最悪、恒星の抽出だけでもできればOKとしましょう。


この夜の空の状態はもうひとつ。都心とはいえ、冬場ならもう少し星が見えてもいいところですが……。とはいえ、スマホを見ていたら16~17日にかけて季節外れの黄砂がやってくるという話だったので、タイミング的にはまだよかったのかもしれません。


撮影自体は順調に進行。先日、赤道儀化AZ-GTiが謎の操作不能に陥る事態が発生しましたが、原因が子午線反転がらみだと分かったので、対象が子午線に差し掛かる直前に追尾・撮影を停止。子午線通過後に意図的に反転動作を行うことで回避しました。


そして月出の時刻である3時ごろ、対象高度が20度を切ったあたりで撮影終了です。はてさて、どうなることやら……。


画像処理


さて、今回は異なる鏡筒間で撮影した結果を統合しなければならない上、一方はモザイク合成までしなくてはなりません。当然、歪曲収差の影響は無視できないでしょう。「ステライメージ」をメインで使っていた頃なら頭を抱えるところですが、今はPixInsightという強い味方がいます。ちゃんと歪曲収差を補正する手段があるのです。


手順については、そーなのかーさんのこちらの記事を参照のこと。要はプレートソルブの際に歪み量を計測しておき、星図上の星の配置を基準に補正する……という手順になります。

so-nano-car.com


バージョン違いにより、現行のものと表示が多少異なる部分がありますが、おおよそ推測はつくでしょう。


こうして歪曲を補正した上で、処理を進めます。まずナローバンドの方ですが、こちらは簡単です。「カモメ星雲」のあたりは残念ながらMultiscaleGradientCorrectionがカバーしている範囲外ですが、従来のGradientCorrectionでカブリを除去。強調処理を行います。


さて、問題は光害カットフィルターを使ったものの方です。同様にカブリを取って処理を進めていきますが……


……あ、ダメだ、これorz


「カモメ」の上に明らかに不自然な赤い色ムラが現れています。たしかに、このあたりには淡いHα領域がありますが、ここまで濃くはないはずですし、形も変です。おまけに、上部には怪しげな明るいバンドまで……。なんらかのアーティファクトか、迷光の影響と考えた方がいいでしょう。FMA135についてはフードを延長していないので、少なくとも後者の可能性は考えておくべきかと思います*1 *2


そしてモザイク合成した結果は……


一見うまくつながったように見えますが、背景が均一ではなく継ぎ目がハッキリ分かってしまいます。おまけに、期待していた反射星雲の写りも今ひとつ。ナローバンドに比べて露出時間が半分というのが効いていそうな気はします。しかたがないので、こちらは恒星像だけ利用することにしましょう。


リザルト


最終的な仕上げとしては、ナローバンド画像を基準に上記モザイク画像を位置合わせしたのち、StarNet2で恒星を抽出。一方のナローバンド画像は、同じくStarNet2で星消し画像を作成したのち、SilverEfexの「高ストラクチャ(強)」で淡い部分を強調します。最後に前者の恒星画像を合成して……はい、ドンッ!




2026年1月13日
【カラー画像】
FMA135(D30mm, f135mm) 赤道儀化AZ-GTiマウント
ZWO ASI533MC Pro, -20℃, Gain100, 180秒×60コマ×2, IDAS LPS-D1フィルター使用
ノーブランドCCTVレンズ(f25mm, F1.4)+ASI120MC+PHD2によるオートガイド

【ナローバンド画像】
ミニボーグ55FL+レデューサー0.8×DGQ55(D60mm, f200mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -20℃, Gain300, 300秒×72, Optolong L-Ultimateフィルター使用
32mm F4ガイドスコープ+ASI120MM+PHD2によるオートガイド

PixInsightほかで画像処理

トータルとしてはまずまず悪くない感じでしょうか。淡いHα領域までしっかり写っていますし、「カモメ」の翼の内側が白っぽくなっているあたりは、おそらくOIIIも豊富なのでしょう*3。ここまで強調してしまうと、色も相まって「カモメ」というより火の鳥といった感じですが(笑) *4


それにしても、ずいぶん以前にデジカメでチャレンジした際には淡くてロクに写らなかったのに、さすがはナローバンドフィルター&冷却カメラの威力です。

hpn.hatenablog.com
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意外だったのは反射星雲も案外よく写っている点で、星雲成分についてカラー画像のブレンドを諦めた理由の1つでもあります。しっかり露出を与えれば、ナローバンドでも写るのですね……。


ちなみにこの星雲、日本だと「わし星雲」と言ったりもしますが、英語表記が"Seagull Nebula"(カモメ星雲)ですし、へび座にあるM16(通称:わし星雲)と紛らわしいので、やはり「カモメ星雲」と呼んだ方がいいように思います。




アノテーションを入れた結果がこちら。「カモメ星雲」自体、散光星雲や反射星雲、散開星団などを含む複合天体で、部分部分に様々な名前がついています。よく、カモメ星雲のカタログ番号としてIC2177が挙げられますが、IC2177は正確にはカモメの「頭」に相当する部分だけです。メインとなる翼の部分はSh2-296となります。左下には「トールの兜」ことSh2-298が一部見えていますね。




IC2177のアップ。この星雲を輝かせているのは中央にあるHD 53367という星です。この星は「ハービッグAe/Be型星」という発生途上の星で、普通の恒星が水素の核融合で輝くのに対し、まだその段階に達しておらず重力収縮をエネルギーとして輝いています。




翼の中ほどにあるNGC2327。まれにカモメ星雲のカタログナンバーとして紹介されることもありますが、正確には中央のこの小さな反射星雲を指します*5。赤く輝く星雲自体は肉眼ではほとんど見えないため、一見地味なこうした天体がピックアップされたのでしょう。




そのすぐ西側にあるSh2-293(右)とSh2-295(左)。どちらも中心の星(Sh2-293:HD 52721, Sh2-295:HD 52942)が水素を電離させて輝いています。また、どちらも反射星雲に取り囲まれていて、それはこの写真でも確認できます(vdB 88とvdB 90)。特に左側のvdB 90は明るく、分かりやすいです。ナローバンドでもこんなにハッキリ分かるとは驚きです。




反射星雲といえば、興味深いのはこのvdB 95。中心にあるHD 53974という星の前面に、明らかに衝撃波面(バウショック)が見えています。これは、HD 53974が猛烈な速度*6で宇宙空間を突き進んでいるため、HD 23974からの恒星風と星間物質とが相互作用を起こしているのです。このような星は「逃走星」(Runaway star)といい、連星系の一方が超新星爆発を起こしたときに、もう一方が吹き飛ばされて移動を始めるのです。


Fernandesら*7によれば、このような逃走星はカモメ星雲周辺にHD 54662、HD 53974、HD 57682と3つ確認されており、その経路を過去にたどるとLBN 1038があるあたりに集中するとのこと。また、逃走を開始した時期はそれぞれ約600万年前、約200万年前、約100万年前となります。


つまり、過去にこのあたりにあった星団内で次々に超新星爆発が起き、その時に吹き飛ばされたガスがカモメ星雲などを形作っている可能性があるわけです*8。実際、カモメ星雲周辺の輝くガスの分布を見ると明らかに楕円を描いていて、なんらかの爆発の結果なのだろうという推測には納得がいきます。


不思議なのは、一般に散光星雲を輝かせる原因となるO型星やB型星がカモメ星雲内に少ないことで、星雲近傍のO型星やB型星からの放射エネルギーを全部合わせても、星雲のガスを電離させるのに必要なエネルギーの30%ほどしかありません。


では残りのエネルギーはどこから来るかですが……超新星残骸の場合、空間を広がっていく衝撃波が星間物質と衝突し、断熱圧縮を起こすことで星間物質が高温になってX線を発するようになります。このX線がガスを電離させ、星雲として輝いているようなのです。ただ、この加熱された星間物質は徐々に冷えていきますし、熱や衝撃波で星の生まれるきっかけを作るO型星もこの星雲内には少ないので、カモメ星雲は「星形成領域」としては終わりに近く、いずれは輝きを失って見えなくなっていくのでしょう。

*1:公園南側の強烈なLED照明がなくなったのは確かですが、公園内にはそれ以外にも光源がいくつもあります。

*2:後掲のモザイク合成の結果を見ると分かりますが、2コマ目の方も、色こそないもののほぼ対象の位置に似たような明斑が見られます。偶然にしてはできすぎですし、地上の光源が影響しているとすれば納得はできます。

*3:SvbonyにOIII-SIIフィルターを返却してしまったので確かめようがありませんが。

*4:はい、タイトルの意味分かりましたね?(50代以上限定)www.uta-net.com

*5:NGCカタログの編纂者の1人、ドライヤーは「かなり明るい二重星。小さく非常に淡い星雲が周囲を取り巻く」(pretty bright double star. involved in small, very faint nebula)と書き残しています。

*6:視線方向の速度で秒速31km。

*7:https://www.aanda.org/articles/aa/full_html/2019/08/aa35484-19/aa35484-19.html

*8:オリオン座にある「バーナードループ」なども、過去に発生した複数回の超新星爆発の結果だと考えられています。