PHD2の日本語マニュアルを公開しています。こちらからどうぞ。

個人サイト「Starry Urban Sky」もよろしく。

春のメシエ天体コンプリート

GWも後半に突入して、帯状の移動性高気圧に広く覆われるようになってきました。そんな中、5月3日の夜は終始快晴の予報。Windy(ECMWF, MSM)やSCWも同様の予報を出していて大丈夫そう……ということで、いつもの公園に出撃してきました。


ちなみにこの夜は、明けて4日の2時半ごろには月齢25の月が東から昇ってくるはず。とはいえ、月が細い上、そもそも天文薄明開始が3~40分後の3時11分なので、おそらく実害はほとんどないでしょう。


それにしても、天文薄明終了が20時5分の一方、天文薄明開始が翌3時11分なので、月を無視したとしても暗夜の時間は正味7時間ほどしかありません。夏至まで2ヶ月を切っているとはいえ、夜もずいぶん短くなったものです。


天文薄明が終わるのを待って、鏡筒をりょうけん座の系外銀河M94に向けます。M94は中心部が非常に明るい銀河ですが、その外側にごく淡いリング状の構造があることが知られています、撮るからにはぜひこの構造を捉えたい!ということで、この夜は他の天体も撮りたい衝動を抑え、M94を撮ることに集中します。


子午線反転を挟んでも忍の一字です。


撮影中の画像を見ると、外側のリング構造がかすかに写っているような気がしなくもないような……。多少は期待しても良さそうです。


さて、こうなると手持無沙汰なので、もうワンセットを展開。


赤道儀化AZ-GTi+EOS KissX5 SEO-SP3+SIGMA 18-50mm F3.5-5.6 DCという「簡易星野撮影システム」です*1。これで、近々増光が期待されている再帰新星「かんむり座T星」(T CrB)付近を狙います。明るくなれば2等にもなろうかというT CrB、明るくなっていないのは撮るまでもなく一目瞭然なのですが、増光前の記録&システムの動作確認の意味で撮っておきたかったのです。
www.astroarts.co.jp


撮影状況全景。街なかの公園でこれだけ広げているというのは、傍目にはなかなかアレな光景でしょう(^^;


それにしても、相変わらずの酷い空です。GWで都内の店が閉まったり、人口が減ったりする影響で光害も多少マシになるかと淡い期待をしたのですが、まったくもってそんなことはなく。上の写真はさそり座を中心にした南の空ですが、写っているのはぎりぎり3等星が限度。もちろん天の川など望むべくもありません。これでも、花粉や黄砂が最盛期だった時期に比べれば多少マシなのでしょうけど……。


やがて、2時半を過ぎると東の空から重たそうな月が昇ってきました。このあと30分ほど撮影を続け、3時ごろに撮影終了。機材を片付けて撤収となりました。気温が快適な上に、時間が早いので体力の削られ方も大したことはなく、短い夜もその点は助かります(^^;


リザルト


というわけで、仮眠後から画像処理にかかります。まずは処理が簡単そうな「かんむり座周辺」から。撮って出しだとこんな感じ。



毎度おなじみ、ほぼ灰色一色ですが、かろうじてかんむり座の星々は存在が分かります。さて、ここからどこまで復元できるか……。


久々のデジカメ画像の処理ですが、PixInsightはじめ様々なツールの力を借りて……こう!



2024年5月3日 SIGMA 18-50mm F3.5-5.6 DC(f35mm, F5.6) AZ-GTiマウント
Canon EOS Kiss X5 SEO-SP3, ISO100, 露出300秒×16コマ, IDAS/SEO LPS-P2-FF使用
ノーブランドCCTVレンズ(f25mm, F1.4)+ASI120MC+PHD2によるオートガイド
PixInsight, ステライメージVer.9.0oほかで画像処理

ソフトフィルターなどを噛ませていないので、恐ろしく地味なのは置いておくとして(^^; 星雲がほぼない領域なので、処理自体は比較的簡単でした。ここに星座線などを描き込むと以下の通り。




分かってはいましたが、T CrBに増光の気配はまったくなく。処理前画像のGチャンネルを用い、周辺の星の明るさとの比較から光度を大まかに見積もってみたところ、約9.7等という結果でした。AAVSOの観測データともよく一致していて、そこは安心しましたが……さて、いつ明るくなることやら。明るくなれば、かんむり座で最も明るいアルフェッカ(2.22等)にも匹敵する明るさになるはずなのですが。


過去のデータから、T CrBは明るくなるのが急激なら暗くなるのも急激で、見頃の時期はかなり短いものと思われます。梅雨の時期にかかったりしなければいいのですが……。



ちなみに。


今回の処理の際に、BlurXterminatorを「Correct only」で用いたのですが、最外周の使用前後がこれ。



……分かっちゃいたけど、改めて凄まじすぎません?「安レンズの救世主」と言ってしまっても良さそうです。




さて、お次はメインのM94です。撮って出しの画像をASIFitsViewで自動レベル調整するとこんな感じ。



明るいだけに、本体の写りは上々です。そして本体を取り巻くリング状の構造も、心眼を使えば見えるような見えないような……。ここは、多数枚のコンポジットでなんとかなると期待したいところです。


確保したコマ数は、南中前が12枚、南中後が64枚の計76枚。まとめてコンポジットしたいところですが……



以前M45の撮影でも触れたとおり、天頂近くまで昇る天体の場合、南中前後でカブリの向きが変わるので要注意です。
hpn.hatenablog.com


今回も、南中前後に分けておおよそのカブリ処理まで行った後、加算合成を行いました。


あとはPixInsightに渡して残ったカブリの除去、ストレッチ、色彩強調などを行い、さらに各種ツールであれこれ処理を行って……はい、ドンッ!




2024年5月3日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -10℃
Gain100, 300秒×76, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0oほかで画像処理

どうにか外周の淡いリング状構造まで捉えることができました。銀河本体の外縁には、コントラストが弱いながらも暗黒帯が渦を巻いているのが分かり、そこから中心をリング状に取り巻く活発な星形成領域へと続いています。青っぽい星の連なりと、赤く輝くHII領域が非常に目立ちます。


さらに、明るい中心付近にも渦構造がつぶれずに見えています。とりあえず、東京都心でここまで見えてくれれば上出来でしょう。



M94は「LINER」(Low-Ionization Nuclear Emission-line Region:低電離中心核輝線領域、ライナー)と呼ばれる活動的な核を持つ銀河です。星形成も活発で、上で書いたように星形成領域がリング状に取り巻いていますが、これは銀河内部の棒状構造が回転することで、ガスの供給を促しているためと考えられています。


外側にある淡いリング構造は、可視光の写真では本当に閉じた輪っかのように見えますが、近年の中赤外線や紫外線での観測から、M94本体から続く「腕」であることが明らかとなりました。この腕の中でも活発な星形成が行われていて、銀河の新しい星の約10%がここに含まれていると言われています。
www.cosmotography.com


かつては、その特異な姿から、他の銀河との衝突の結果とも思われていましたが、どうやら銀河自体の個性によるもののようです。


しかし、銀河の全恒星質量の約23%を含むと言われるこの外側リング、銀河本体に比べると極めて淡く、炙り出しには相当苦労しました。存在は確実に分かるのですが、ハッキリ見える姿になかなかならない……。最終的には、やむをえず中心部をマスクした上で強調処理をかませています。


部分的にコントラストやトーンカーブを弄るのは、「科学写真」の観点からするとまったくもって望ましいことではない*2のですが、もうそこは割り切るしかないでしょう。色々と「いまさら」感もしますし……(苦笑)






さて、これで春のメシエ天体は(質はともかく)一通り埋まりました。あとは秋の系外銀河M74(うお座)と、夏~秋の散開星団球状星団だけ。ようやく終わりが見えてきたでしょうか……?

*1:バランスウェイト側についているのはPoleMaster。架台の回転軸中心により近づけるべく「ありもの」でこうしてみましたが、使い勝手としては以前と大差なく。素直にカメラ側のアリガタから、L字金具か何かでぶら下げた方がいいかもです。

*2:自分の専門分野で言えば、電気泳動の写真で特定のバンドのみを強調処理するようなもの。