PHD2の日本語マニュアルを公開しています。こちらからどうぞ。

個人サイト「Starry Urban Sky」もよろしく。

(いまさら)カシオペヤ座新星


この夏は全国的に梅雨のような天気がずっと続いています。おそらく「例年になく不順な夏」として記憶されることになるのでしょうが、こちらも梅雨明け直後の先月19日以降、まともな撮影がほとんどできていません。前線はまだまだ列島上空に居座りそうな予報……だったのですが、水曜夜の東京は、部分的に太平洋高気圧が張り出して久しぶりに晴れの予報。月は夜半過ぎには沈みますし、天文薄明開始まで2時間ほどは取れそうです。


風は少々強かったのですが、この夜を逃すと次のチャンスがいつになるか分かりませんでしたので、平日夜ですが無理していつもの公園に出撃してきました。


f:id:hp2:20210819010046j:plain

この日のターゲットはカシオペヤ座の散開星団M52および「バブル星雲」ことNGC7635。一応、2016年に撮ったことがある対象ですが、当時とは機材も撮影方法も違いますし、どんな写りになるのか興味のあるところではあります。
hpn.hatenablog.com


f:id:hp2:20210820182102j:plain

また、旧聞ですが今年の3月10日、中村祐二氏がこの領域に新星(カシオペヤ座新星, V1405 Cas)を発見し、5月中旬には5等台にまで達しています。その後は減光と増光を繰り返し、7月末には6等台まで再増光しています。


f:id:hp2:20210820182115p:plain:w710

AAVSO(アメリカ変光星観測者協会)に報告されているデータによれば、現在は8等前後の明るさを維持しているようです。2016年の画像と比較すれば、新星爆発を起こした星を特定できそうです。



撮影自体はほぼいつも通り。なお、今回は前回となるべく同条件にすることを意図して、フィルターとして通常の光害カットフィルターであるLPS-D1を用いています*1。また、NB1に比べると透過波長域が広いので、新星の明るさもある程度もっともらしく見積もれそうです。


f:id:hp2:20210820145836j:plain

撮って出しはこんな感じ。全体に暗いのはストレッチの類を全く施していないためで、星雲など全く写っていないかのように見えますが……


f:id:hp2:20210820145853j:plain

軽くストレッチをかけると確かに星雲が写っているのが分かります。


この夜は風こそやや強いものの、散々雨が降った後のせいか比較的大気の透明度が良く、この時期にしてはいい空。とはいえ、大気の状態が不安定なのは確かなようで、天文薄明が近づいてくると一気に雲が広がり、諦めて自宅に撤収してきたころには通り雨まで降ってくる始末。結局、15分露出のコマを6枚しか確保できませんでしたが……まぁ、なんとかなるでしょう。


f:id:hp2:20210819021734j:plain

ところで撮影中、PCやスマホを見ている視野の端で何かが光っている感じがしていたのですが、目を上げてみると南西の空遠くで盛んに雷が光っていました。


f:id:hp2:20210819021051j:plain

東京電力の「雨量・雷観測情報」を見てみると、同じ時間に御前崎付近で落雷が多数発生していた模様。御前崎までは直線距離で170km以上ありますが、積乱雲の高度を考えると十分に見える距離*2。とはいえ、まさかそんな遠くのものまで見えるとは思いませんでした。


撮影した画像は、いつものように「RGB分割フラット補正」したのちコンポジット。ある程度レベル調整等を施したのち、StarNet++で星と背景を分け、背景はSilver Efex Pro 2の「高ストラクチャ(強)」で処理して再合成して……こう!


f:id:hp2:20210820162547j:plain:w600
2021年8月19日 ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃, Gain=100, 露出900秒×6コマ, IDAS LPS-D1使用
ペンシルボーグ(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0cほかで画像処理

わずか6コマからでっちあげたにもかかわらず、都心でこのくらいまで写ってくれれば、とりあえずの結果としては十分じゃないでしょうか。こうしてみると、このあたりはごく淡い散光星雲が至る所に広がっていて「何もない」ところがほとんど見当たらない感じです。


写真左上のM52は、カシオペヤ座にある数多くの散開星団の中で最大のもの。天の川の微光星に埋もれるように存在していて、それなりに見栄えがします。


そして右下が「バブル星雲」ことNGC7635。その名の通り、中心部に泡のような構造を持つ星雲です。この「泡」を形作っているのは、泡の中に見える8.7等の星です。その正体は高温の大質量星で、質量は太陽の約40倍、温度は37500度、明るさに至っては太陽の約40万倍もあります。この星が引き起こす超音速の恒星風*3が星間ガスにぶつかり、泡構造を形成したものと考えられています。


注目のカシオペヤ座新星(V1405 Cas)は、M52の真下、バブル星雲の左側にある明るいオレンジ色の星です。


f:id:hp2:20210820182641j:plain

星の色が違う上に光害カットフィルター通しているのでザックリとですが、周囲の星と比べるとV1405 Casの明るさは7.8等前後といったところでしょうか?


f:id:hp2:20210820171150j:plain:w600

写り具合はじめ諸々違うので比べるのも難ですが、2016年撮影のものと見比べると、確かに新星であることが分かります。


f:id:hp2:20210820182826j:plain:w600

この新星の位置を2016年撮影の写真で確認してみると、該当位置に暗い星が見つかります。調べてみると、この星はCzeV3217という、約15等の変光星であるようです*4。この星は接触連星である「おおぐま座W型変光星」と呼ばれるタイプで、この連星の一方にガスが過剰に降り積もり、新星爆発を起こしたのでしょう。

*1:前回はLPS-P2を使用。特性はほぼ同じです。

*2:水平線までの距離はおおよそ√2Rhで表されます(R:地球の半径, h:標高)。仮に雷の発生高度を3000mとすると、地球の半径を6370kmとして水平線までの距離は195kmとなり、170km離れた東京からでも十分見えることになります。

*3:秒速1800〜2500kmと言われています。

*4:星図と比較しても、写真のこの星で間違いないようです。