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「ターコイズフリンジ」が見える仕組み

月食の時に見られた「ターコイズフリンジ」ですが、話題になっている一方で、これが見られる理由についてかなり不正確な情報も出回っているようです。そこでこれを含め、月食の時に見られる「色」についてざっくり解説してみようと思います。


なお、私自身は理系のくせに物理がそれほど得意ではないですし、かみ砕いた分、説明が簡略化されすぎたり、厳密性に欠ける部分はあるかと思いますがご容赦ください。

また、明らかな間違いを発見された場合はご指摘いただけると助かります(^^;

皆既月食時の赤銅色

皆既月食は月が地球の影の中にすっぽりと入ってしまう現象ですが、先日見られたとおり、皆既中の月は赤黒い色をしています。これは、地球の濃い大気が原因です。



月食の際、太陽の光は地球に遮られて直接月までは届きません。もし地球に大気がなければ、月食時に地球の影となった部分は真っ暗になって何も見えないはずです。ところが、地球には大気があるため、太陽光は大気中で散乱、屈折され、わずかに月側に漏れ出します。これが月食時に月面を照らしています。だから皆既月食であっても、月の姿が見えるのです。


そして、皆既月食時の赤黒い色は、この大気中での太陽光の散乱がカギを握っています。

太陽光は大気中の分子などに当たって散乱されるわけですが、このような光の波長よりも小さな物質による光の散乱を、この現象を説明した物理学者の名前をとってレイリー散乱といいます。

レイリー散乱には、波長の短い光ほど強く散乱されるという特徴があります。つまり、波長の短い青い光は強く散乱され、波長の長い赤い光はあまり散乱されないのです。



ここで再度月食の時の状況を考えると、月に向かう太陽光は地球の大気層にほとんど水平方向から入ってくることになります。そして、大気層を通過している間に波長の短い光はすっかり散乱されて弱まってしまい、散乱されにくい赤っぽい光だけが反対側に抜けてくるのです。これが皆既中の月が赤黒く見える理由です。

実はこれ、朝焼けや夕焼けが真っ赤に見えるのとまったく同じ理由。言い方を変えると、皆既時の月を照らしているのは「朝焼けや夕焼けの光そのもの」にほかならないわけです。*1


ちなみに、大規模な火山噴火などで大気の透明度が落ちていると、そもそも大気層を通過してこられる光の量が減ってしまうため、皆既時の月は非常に暗いものになってしまいます。1982年のメキシコ・エルチチョン山の噴火や1991年のフィリピン・ピナトゥボ山の噴火の後にあった皆既月食では、月が大変暗くなったのが観察されています。

ターコイズフリンジ

ここまでの説明で、皆既中の月が赤く見える理由は分かったかと思います。



ところが、月食の際に地球の影の周縁部分が青っぽく色づくことが、これまでにしばしば報告されています。特に、微妙な階調表現に優れたデジタルカメラでの撮影が一般化したここ数年、この現象はすっかり有名になりました。

これがターコイズフリンジ」です。ターコイズ(turquoise)は「トルコ石」のことで、形容詞としては「トルコ石色の」、「空色の」という意味。フリンジ(fringe)は「へり」とか「外辺」のことを指します。直訳すると「トルコ石色の縁取り」くらいの意味でしょうか。

かつては眼の錯覚*2や、レンズの色収差、デジカメの画像処理などを原因とする人為的なものではないかなどと疑われていたこともありましたが、報告例が積みあがったことで、現在では実際に起こっている現象であると認識されています。*3


問題は、この青い色の光がどこから来たかです。ここまでの説明からすると、青い光が月まで届くはずがありません。


ここで重要な役割を果たしているのが、かの有名な「オゾン層」です。

オゾン層は地球の大気中でオゾンの濃度が高い部分のことで、高度約10〜50kmほどの成層圏に存在します。オゾンは酸素原子が3つつながった分子で、非常に反応性の高い有毒物質です。

このオゾン、紫外線を吸収する働きがあるのは「オゾンホール」関連のニュースなどで皆さん聞いたことがあるかと思いますが、このほかに可視光線も吸収することが知られています。



オゾンの吸収スペクトル
Button, C. et al. "Atmospheric extinction properties above Mauna Kea from the Nearby Supernova Factory spectro-photometric data set", Astron.Astrophys. 549 (2013) A8より。一部改変

吸収のピークは波長575nmと603nmのやや赤っぽい光で、この吸収帯を発見者の名前を取って「シャピュイ帯」(Chappuis band)といいます。*4 *5 *6


太陽光がオゾン層に入ると、このシャピュイ帯での吸収によって赤い色の成分が減り、通過してくる光は青っぽくなります。これが月に届くとターコイズフリンジとなるわけです。


ここで勘のいい人だと「レイリー散乱で青い光は弱まってしまうのではないか?」と考えるかもしれませんが、地球の大気は上層ほど薄いため、オゾン層があるあたりの高度になるとレイリー散乱はあまり起こりません。*7

また、大気が薄いので屈折もほとんど起こらず、塵や水蒸気も少ないので光が遮られることもあまりないため、オゾン層を通過した光は拡散することなく、ほとんどそのまま直進して地球の影に青い縁取りを作るのです。

*1:上の図において、地球上で影との境目にいる人は、夕焼けないし朝焼けを見ていることになります。この光が月まで届いていると考えると、少しは実感しやすいでしょうか?

*2:橙〜赤色の補色である青〜緑色を、無彩色の月面の部分に感じるのだという説。

*3:実際、ターコイズフリンジのスペクトルも取られていて、青い色の成分が多くなっているのは確かなようです。http://www.yonago-k.ac.jp/tosho/research_rep/archives/51/pdf/01_On_the_Relationship.pdf

*4:この吸収のため、オゾンは薄い青色に見えます。

*5:良く晴れた夕暮れ時、上空が深い青に染まることがありますが、これはシャピュイ帯で赤い光が吸収されたことによるものです。

*6:ちなみに紫外線域での吸収帯にも、「ハートリー帯」(Hurtley band, 波長200〜320nm)、「ハギンス帯」(Huggins band, 波長320〜350nm)とそれぞれ名前が付けられています。

*7:地上で空が青く見えるのもレイリー散乱のためですが、空気が薄い高空に昇ると空が黒っぽく見えるようになるのは聞いたことがあるでしょう。大気が薄いところでレイリー散乱が減っている証拠です。