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AP赤道儀発表

http://vixen.co.jp/product/at/ap/index.htm
以前から各所で試作機が展示されていたビクセンの新型赤道儀がついに発表になりました。

GP2が生産終了となったタイミングの上、シリーズの正式名称が「Advanced Polaris」なのでGP2(Great Polaris 2)の後継と思われがちですが、性格的には「ポルタの赤道儀版」、「ポラリエの強化版」といった立ち位置の製品です。ここを見誤ると評価も的外れになってしまいます。

ラインナップはモーターなしの「APマウント」と赤経モーター付きの「AP-SMマウント」の2種類で、定価はそれぞれ8万円と13万円、実売価格*1は6万7500円と11万500円(税別)となっています。

ポルタIIとの比較

APシリーズは、赤道儀としては珍しくフリーストップの架台となっています*2。このあたりはまさにポルタ譲りのところで、望遠鏡を自由に振り回せるこの構造は気軽な観望には向いています。そして、一軸だけを動かせば天体を追尾できるというのはやはり便利なもので、ここはポルタに対する明確なアドバンテージでしょう。また、重量は三脚を含めても7kg未満に抑えられており(ポルタIIは5.7kg)、これも気軽な観望に向いているところです。


一方、目盛環はないので、赤経赤緯の値を頼りに暗い天体を導入する、といった使い方はできません。ポルタと同レベルの使い方を想定するならこれでもいいのかもしれませんが、ついていて困るものではないのですからぜひとも装備しておいてほしかったところです。もし目盛環をつけることで価格が何万円も上がるのであれば考えてしまうところですが、そこまで費用が掛かるとも思えませんし、わざわざ赤道儀の長所を殺すこともないでしょう。

フリーストップとモジュール化の利点を生かして、エンコーダユニットでも出せば使い勝手は飛躍的に高まりますが…それこそ何万円も価格が上がってしまいそうですね。


さて、問題はその価格で、例えば最も安価なA80Mf鏡筒とのセットを考えた場合、ポルタIIが定価55000円(実売:3万8500円)なのに対し、APマウントでは倍以上の129000円(実売:10万9500円)、AP-SMマウントでは実に3倍以上の179000円(実売:15万2000円)にもなってしまいます。「気軽な観望用」としてはかなり勇気のいる金額です。この価格だと「親から子へのプレゼント」というのもなかなか難しいでしょう。

GP2などとの比較

大した参考にはなりませんが、一応、従来製品との比較表も作ってみました。比較対象は旧製品であるGP2とGPD2、そしてポラリエです。

APシリーズの搭載可能重量はポラリエ以上GP2未満で、このことからもGP2とは別のラインであることがはっきりわかります。


さて、赤道儀としてのAPシリーズの特長は、徹底したユニットのモジュール化と電源の内蔵化です。


モジュール化は手動ユニットと電動ユニットを別々にするほどの徹底ぶり。ユニットが別なので「電源が切れたら手動で使う」といった使い方はできませんが、SP以来伝統の微動クラッチ方式は撮影時になにかとトラブルの原因にもなっていましたので、高くつくのを別にすれば、これはこれでアリかと思います。

赤経モーターモジュールのウォームホイルは直径が73.5mmと大きく、追尾精度は期待できそう。ちなみに上位ラインのSXP、SXD2、SX2のウォームホイルは直径72mm・歯数180枚なので、単純に直径だけで言えばわずかながらこれらよりさらに大型ということになります。


電源については、赤緯体の内部に電池ボックスが用意されており、単三電池4本で駆動が可能になっています。この運用をした場合、ウェイトも軽減できそうです。もちろん外部電源での駆動も可能で、その場合はUSB Micro-B端子経由で5Vを供給する形になります。入力電圧が5Vであれば、大容量化・低価格化の著しいモバイルバッテリーをそのまま利用できるので、利便性が非常に高まります。ただ、Micro-B端子というのがやや難点で、暗い中で裏表を識別しながらあの小さい端子を繋ぐのは結構大変かと思います。


AP-SMのコントローラーは上位ラインのSX2と同じくSTARBOOK ONEですが、SX2とは異なりSTARBOOK TENを繋ぐことはできません。使われているモーターのトルクが小さく、高速駆動が必要とされる自動導入には適さないということのようです。なお、STARBOOK ONEの仕様上PCとの接続はできません。


この立場で見ても、最大の問題はやはり価格で、GP2がわずか定価3万6500円(実売:2万9200円)、GPD2でも定価8万7000円(実売:6万9600円)ということを考えると、かなり割高と言わざるを得ません。GP2は売れば売るほど赤字になっていたという噂もあるくらいなので、現在の日本ではこれが「適正価格」なのかもしれませんが、搭載可能重量が減ったうえでこの価格というのは、なかなか納得しがたい部分があるのも事実です。

また、海外勢に目を移せば、自動導入機能のついたSkyWatcherのEQ3GOTOが実売6万6476円、EQ5GOTOが7万6000円、AP-SMマウントのように電源を赤緯体に内蔵したiOptronの自動導入赤道儀SmartEQ Proが6万8000円といった具合で、いまや6〜7万円台で自動導入赤道儀が手に入る状況です。単に価格の面からは、競争力は残念ながら皆無といってよいでしょう。

ポータブル赤道儀として

APシリーズは極軸体と赤経モーターモジュールを組み合わせてGP2ガイドパックのような使い方をすることも可能で、これはAPフォトガイダーとしてセット化されています。総重量はGP2ガイドパックSの6.7kgに対し、5.4kgと1kg以上軽量化されている一方、搭載可能重量は2.5kgから6kg*3と強化されており、実用上はともかく、スペックだけならなかなか魅力的です。


このクラスは現在なかなかの激戦区で、直接の競合はケンコー・トキナーのスカイメモRS(搭載可能重量2.5kg×2)、ユニテックのSWAT-350/300/300S/200(搭載可能重量それぞれ15kg, 8kg, 8kg, 5kg)、高橋製作所のPM-SP(搭載可能重量4kg)、TOASTのTP-2あたりになります。

そして、ここでも問題になるのが価格です。APフォトガイダーの定価は15万8000円(実売:13万4000円)で、GP2ガイドパックS(定価8万9000円 実売:7万1200円)のおよそ倍に達します。この価格帯だとSWAT-350(実売:12万5000円)やSWAT-300(実売:10万7000円)、PM-SP(実売:11万8000円)がライバルになりますが*4、これらに対して優位性があるかというと、正直かなり微妙なところではないかと思います。

現時点での結論めいたもの

とにかく「価格が高い」の一言に尽きます。最終製品だけ見るならば、徹底したモジュール化がかえって価格を押し上げてしまったように思えます。実際には、APフォトガイダーのような派生品も同時に出せるという面で会社全体の開発費が抑制できる部分もあると思うので一概には言えませんが…。


初心者向けであれば、低価格であることは最重要項目の1つであるはずです。絶対価格で海外製品にかなわないのは仕方ありませんが*5、ポルタIIとの価格差が大きいのは気になるところ。しかも「10万円」という心理的バリアが大きいところに線が引かれてしまっているのは非常にまずく、これでは赤道儀を使ってみようと思う層にアクセスできないどころか、赤道儀の購入自体を断念させかねません。この「価格帯の断絶」は、将来の潜在的なステップアップユーザーが激減する危険性すらはらむ深刻な問題だと思います。

一方、マニア視点からすると、性能面では高橋製作所、ポータビリティではユニテックやTOAST、機能面、価格面では海外勢との「ガチンコ対決」にならざるをえず、ハッキリ言ってAPシリーズに勝ち目はほとんどありません。その割にはモジュール化にしろウォームホイルの大型化にしろ、いささかマニア向けで凝り過ぎの部分があるので、ここは初心者向けに徹して、いい意味でもう少し「手を抜いて」価格を下げる方向にリソースを振り向けた方がよかったのではないでしょうか。


ただし、初心者向けの赤道儀は「価格さえ安ければいい」というものではないのも事実です。赤道儀は使い方に慣れが必要ですが、これをサポートするには丁寧なマニュアルやガイドブックをはじめ、充実したサポート体制が必要です。また、使って心地よいと感じる精密感も重要。そして、国内メーカーが初心者向けの赤道儀で海外勢に対して優位に立てるとしたら、こうした部分しかないでしょう。私自身実物にはまだ触れていませんし、製品のマニュアルや、現在の「星空ガイド」(付属冊子)がどの程度のものかは分かりませんが、丁寧な作りであることを期待したいと思います。




あと、SX2赤道儀の時も書きましたが、目盛環がついていないのは個人的にはやはりどうにも納得ができません。特に、今回の架台は自動導入架台ではないのですからなおさらです。


「気軽な観望ではちゃんとした極軸合わせをするわけではないし目盛環は不要」あるいは「初心者に赤道座標なんていう難しいものを意識させたくない」という考えなのかもしれませんが、赤道儀が向いている方向を知る手段がない、というのは確実に架台の用途を狭めます。極端なコストアップになるわけでもないでしょうし、あって困るようなものでもないのだから、なぜつけないのか理解に苦しみます。後日エンコーダユニットを発売予定、とかいうのならまた話は別ですが…。

一方、目盛環を付けなかった理由が万が一後者なのだとしたら、あまりに初心者をナメすぎです。実際、初めて望遠鏡を買った中学生の頃の自分ですら、目盛環を使って天体を導入していたくらいで、さして取扱いの難しいものではありません。初心者といえども、赤道儀を買おうと考える層はある程度以上本気で天文に取り組もうと思っている人たちのはず。その意欲をあまり低く見てもらっては困ります。


また社長さんだったか社員の方だったかが以前、「星図を頼りに星を探す楽しみを感じてほしい」というような趣旨のことを言っていたように記憶していますが、そこを楽しいと感じるか苦痛に感じるかは人それぞれです。しかも、その割にファインダーが相変わらず倒立だったりするので、本当にどこまで考えて作っているのかいささか疑問に感じます。

ともあれ、可能性や楽しみ方を変に制限するのは本当にやめてほしいと思います。

*1:以降のビクセン製品の実売価格は協栄産業のもの。

*2:明確にフリーストップを謳っているのはロスマンディの架台くらいかと思います。

*3:ウェブサイトの表記が間違っていなければ。

*4:これらの価格には三脚が含まれていないことに注意。

*5:とはいえ、こと初心者向けに関して言えば、初心者がいきなり海外製品にアクセスすることはそう多くないと思われるので、ここはあまり心配いらないかと思います。