
天体用CMOSカメラから始まって、年々様々な天文機器に手を広げてきたZWOですが、ここにきてついにというかなんというか、まさかの赤道儀を出してきました。
astronomy-imaging-camera.com
ウェイトのない特徴的な姿を見て分かる通り、最近採用例の増えてきた「波動歯車装置」を用いた赤道儀です。
波動歯車装置というのは一種の減速装置で、これを使うだけでモーターの回転を任意の速度に大きく落とすことができます*1。ウォームギア/ホイルを用いた一般的な赤道儀では、複数のギアを介して減速するため、バックラッシュがどうしても問題になりがちですが、波動歯車装置の場合、ギアの噛み合わせ部分が多いため、バックラッシュがなく高いトルクが得られるという利点があります。
また、複数のギアを適切かつ精密に嚙合わせる必要がある従来型赤道儀に比べ、波動歯車装置を用いた赤道儀は、極端な話、この装置を取り付けるだけで形になるので、新興メーカーにとって参入障壁が低いだろうと思われます。
ただし、赤道儀の追尾精度は主に波動歯車装置任せになってしまい、機械的にメーカーが手を出せる余地はほとんどありません。また、波動歯車装置は元々産業ロボットの関節部などに利用されていたもので、赤道儀に求められるような低速かつ精密な動作には本来あまり向いていません。ここをなんとかするには、制御ソフト側の対応、工夫が必要になってきます。
波動歯車装置としては、これまで日本の(株)ハーモニック・ドライブ・システムズの「ハーモニックドライブ」が圧倒的なシェアを持っていました。ハーモニックドライブ自体の特許は切れていますが、製造方法など幅広い項目について国内外で特許で抑えており、盤石の態勢。ただ、事実上の1社独占なだけに慢性的な品不足状態で、高値安定が続いてきました。
「ハーモニックドライブ」を搭載した赤道儀としては、韓国Hobym ObservatoryのCRUXシリーズや同じく韓国Rainbow AstroのRSTシリーズ、五藤テレスコープのMX-HDなどがありますが、いずれもかなり高価なものにならざるをえませんでした(本体の軽さや積載重量を考えると納得できる範囲ではありますが)。
www.astroshop-tomita.com
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gototelesco.co.jp
ところが今回のAM5赤道儀は、早期割引とはいえ「本体のみ」または「本体+三脚」で1999ドルという驚きの安さです。協栄産業では早速予約販売が始まっていて、税込261699円という値付けがされています。この価格だとSky-WatcherのEQ6R(税込217800円)よりちょっと高いくらいで、本体の軽さと能力を考えると従来型赤道儀とも十二分に張り合えるレベルです。
www.kyoei-tokyo.jp
実際、上記の他社製機種と比べると……
メーカー | 機種 | 本体重量 | 搭載可能重量 | 最大搭載可能重量 | 価格(税込) |
---|---|---|---|---|---|
Hobym Observatory | CRUX 170HD | 4.9kg | 10kg | 24kg | 770000円 |
Rainbow Astro | RST-135 | 3.3kg | 13.5kg | 18kg | 506000円 |
Rainbow Astro | RST-300 | 8.5kg | 30kg | 50kg | 1067000円 |
五藤テレスコープ | MX-HD | 4.2kg | 7.5kg | - | 712800円 |
ZWO | AM5 | 5kg | 13kg | 20kg | 261699円 |
……と、まぁ、圧倒的です。
その秘密の一端は、製品ページに書いてありました。

"ZWO jointly developed with well-known domestic manufactures to improve the harmonic drive speed reducer according to the actual needs for astrophotography."(ZWOは、天体写真の実際のニーズに応じてハーモニックドライブ減速機を改善するため、有名な国内メーカーと共同開発を行いました。)と。つまり、(株)ハーモニック・ドライブ・システムズの「ハーモニックドライブ」ではなく、中国国内メーカー製の波動歯車装置を用いているのではないかと思われるのです。
実は、2013年ごろから中国は波動歯車装置の国産化を進めていて、その価格の安さから現在シェアを急速に伸ばしてきています*2。有名なメーカーとしては蘇州緑的諧波伝動科技有限公司や浙江来福諧波伝動股份有限公司、北京宏遠皓軒諧波伝動科技有限公司、北京中技克美諧波伝動股份有限公司、広州市昊志機電股份有限公司などがありますが、おそらくこうしたメーカーの波動歯車装置を採用しているのでしょう。
ただ……ちょっと疑問なのは製品紹介ページ等で"Harmonic"という用語を使っている点。調べてみると、"harmonic"は中国国内でも「7. 加工機械」、「9. 科学用、電気制御用などの機械器具」、「12. 乗物その他移動用の装置」の各区分で(株)ハーモニック・ドライブ・システムズの商標として有効です*3。もし「ハーモニックドライブ」を使っていないのであれば、"Harmonic"を謳うのはまずいのではないかと思うのですが……。
ちなみに協栄産業の製品ページも「ハーモニック」とガッツリ書いていますが、「ハーモニック」も国内では(株)ハーモニック・ドライブ・システムズの商標として有効なので、実態によってはこのままだとまずい気がします。
【25日19時15分追記】
19時現在、協栄産業の製品ページで「ハーモニック」の部分がすべて「波動歯車装置」に変更されているのを確認しました。恐るべき仕事の早さです。しかし、これでAM5赤道儀に搭載されている波動歯車装置が「ハーモニックドライブ」ではないことが改めて確認された形でしょうか……?
さて、話が脇道にそれましたが、構造自体は比較的単純、コンパクト。赤道儀・経緯台の両用可能、WiFi対応、アリガタはビクセン規格・ロスマンディ規格両対応と、そつなくまとまっている感じです。ZWOの製品ということで「ASIAIR内蔵」というのを期待した方もいるとは思いますが、この手の電子部品は、機械部品である赤道儀本体に比べると陳腐化の速度が速いので、別に分けたのは良い判断かと思います。誘惑は大きかったとは思うのですけど。

ちょっと注意が必要なのは極軸合わせの方法で、標準では緑色レーザーを用いることになっているようです。これは、赤道儀の極軸からレーザーを発振し、その軌跡が北極星を指すようにセッティングするというもので、過去にASA(Astro Systeme Austria)の赤道儀などで採用されたことのあるシステムです。
ただ、おそらくこの方法だけでは設置精度はそれほど高くできないでしょう。極軸がずれた分はオートガイドで補えばいい、という発想なのかもしれませんが、それだと視野が回転してしまいますし、あまりいい方法とも思えません。最終的にはPHD2やSharpCapに搭載されている極軸設定支援機能、あるいは伝統的なドリフト法などを使うなどして追い込んでいく必要があるかと思います。Hobym ObservatoryやRainbow Astroの製品のように、そのままPoleMasterが使えるようになっていれば話は簡単なのですが……ZWOとしては、まさかライバルであるQHYCCDの製品を使うよう促すわけにも行かないのでしょう(笑)
また、もう一つの問題として、このレーザーがかなりの強度を持つだろうという点があります。軌跡が目に見えるということは、「クラス3A」*4以上の強度を持っている可能性が高く、決して安全とは言い難い部分があります。
しかも、この強度の携帯用レーザー応用装置は消費生活用製品安全法による規制を受ける可能性が高く、輸入販売に待ったがかかる可能性はあります。まぁ、ZWO自体が"This function is still to be determined according to the relevant laws, regulations and policies."(この機能は、関連する法律、規制、およびポリシーに従って決定される予定です。)と言っていますし、協栄産業が販売を決定している以上、おおかた日本国内向けにはレーザー発振機能はオミットされるのではないかと思います。
肝心の追尾精度については、現時点では不明。一応、1台1台計測して精度を保証しているとは謳っていますが、波動歯車装置を採用した赤道儀には独特の誤差があるため、そのあたりがどうなるのかは分かりません。工場出荷時にエラーを補正する仕組み(AXD2赤道儀のV-PECみたいな)があればいいのですが……さすがにないでしょうかね。
積載可能重量については、13kgとか20kgとか謳っていますが、このあたりの信頼性も不明です。海外製(特に中国製)の赤道儀の場合、本当に文字通りの限界重量を「積載可能重量」と謳っているのではないかと思われるフシが多々あるので、このあたりは「人柱」の報告を待ちたいと思います(^^;
*1:詳しくはWikipediaの該当項目を参照のこと。
*2:ハーモニック・ドライブ・システムズの特許に引っかからないのかなとは思うけど、まぁ……うん……。
*3:ちなみに"harmonic drive"は、中国国内については、商標権が2019年5月の時点で期限切れで無効になっています。権利の更新をしなかったようですが……。
*4:直視してしまっても瞬きなどで回避できる場合がある。望遠鏡などで直視した場合は目に致命的な損傷を与える。