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トラブル続きの苦しみマス

クリスマスイブだった先週土曜日は、月がない上に一晩中快晴が予想される絶好の天気。そこで、機材を積み込んで意気揚々といつもの公園に出撃しました。


が、到着後機材を展開し始めてまもなく、望遠鏡を赤道儀に固定するアリミゾを自宅に忘れてきたことに気づきました。いつもなら赤道儀と一緒にしまってあるのですが、先月、月食の時にマルチプレートに取り付けたまま分解していなかったため、持ってき忘れたのです。仕方がないので機材をそのままに、約1.4km離れた自宅までダッシュでアリミゾを取りに戻る羽目に。思わぬところでケチが付きました。


その後、無事に機材を組み上げ、さぁ始め……と思ったところでまたトラブル。


赤道儀の電源が入りませんorz


同じシガーソケットから給電している冷却カメラは普通に動いていますし、一方で赤道儀電源ケーブルをSTARBOOK TENに直接つないでもウンともスンとも言わないので、どうやらケーブルがどこかで断線してしまったようです*1


残念ながら予備のケーブルは持ち合わせていなかったので、ここで完全に詰み。せめて外形5.5mm、内径2.1mmのよくあるDCケーブルだったら予備があった*2のですが……。


見上げれば雲ひとつない空。なんとも口惜しい結末ですがやむをえません。「神様のお告げ」とでも思っておくしかないでしょう。とりあえず、断線したのが先月の月食の時でなくて良かったです。


帰宅後、早速一番近くのヨドバシに行って、電源ケーブルとコントローラーケーブル代わりのRS-232Cストレートケーブルを買ってきました。RS-232Cケーブルは念のための予備。今まで使用してきて実績のあるものです。
hpn.hatenablog.com


ちなみに、その前に使っていたビクセン純正のコントローラーケーブルはわずか2年半で断線。電源ケーブルともども、お世辞にも質がいいとは言えないようです。


さて、電源ケーブルを新品に交換すると、当然のことながら問題なく動作。ともあれ、ひとまずこれで翌日以降の再出撃は可能になりました*3


再出撃!


というわけで新規まき直し。翌25日のクリスマスに再出撃となりました。本来であれば、24日、25日の2日間を使って淡い対象を狙ってみるつもりだったのですが、予定変更。一晩で無理なく撮れそうな対象ということで、ふたご座の超新星残骸「くらげ星雲」ことIC443周辺を狙ってみることにします。


この対象は、くしくも3年前のほぼ同時期にデジカメで狙っています。ユウレイクラゲさながらのユーモラスな姿で比較的有名ですが、知名度の割に淡く、ワンショットナローバンドフィルターであるNB1フィルターをもってしても、画像処理に難儀した覚えがあります。
hpn.hatenablog.com


今回はカメラ自体が冷却CMOSなので、淡い光も余さず捉えることができるでしょう。IC433周辺には淡いHα領域(Sh2-249)が広がっているので、これもまとめて狙うことにします。さらに、この周辺には反射星雲もあるようなので、NB1フィルターに加えて、通常の光害カットフィルターであるLPS-D1を用いたカットも加えることにします*4。これにより反射星雲の成分を加えることができる上、星の色もある程度再現することができるようになるはずです*5



しかしこの日は前日より条件が悪く、公園到着後も雲がなかなか取れません。ひまわりからの画像などを確認してみると、どうやら房総半島~神奈川~東京にかけて気流がぶつかりあい、雲が発生していたようです。


それでも19時半ごろには雲が取れ、ようやく撮影開始。光害の激しい宵のウチはNB1フィルターでの撮影を行います。


そして夜半を過ぎたら、望遠鏡の姿勢を反転させるとともにフィルターをLPS-D1に交換。この時、構図合わせにはN.I.N.Aの「フレーミング」機能を用いています。


NASAスカイサーベイの写真を元に構図を決められる上、プレートソルビングを利用して構図を再現してくれるので、望遠鏡の姿勢反転があった場合*6や複数夜に渡る撮影の場合に便利です。


……それにしても、毎度のことながら酷い空です(苦笑)。上の写真は午前2時ごろですが、空も地上もかなりの明るさ。遠征先で撮られる他の皆さんの「撮影中写真」と比べると雲泥の差です。こんな空でもコンデジで4等くらいまで写っているあたりは驚異ですが、逆に手持ちでこんなにバッチリ撮れてしまうあたり、色々と「お察し」ではあります(^^;


午前4時ごろには、対象の高度が30度ほどにまで下がってしまったので、撮影はここでひとまず終了。とはいえ、薄明開始まではまだあと1時間くらいあります。短焦点で何かパッと簡単に撮れる対象はなかったろうか……?


というわけで、思い付きで地球に接近中のZTF彗星(C/2022 E3)を。天球上での彗星の動きは事前チェックしていなかったので、メトカーフガイドは無理……ということで、事後のメトカーフコンポジットでお茶を濁すことにします。動きは極端に大きくなかったはずですし、多分なんとかなるでしょう。


こうして5時ごろまで撮影を続け、撤収となりました。宵のうちは雲に邪魔された時間帯もあったものの、まずまず満足のいく撮影ができた感触があります。


リザルト


まずは、お手軽撮影だったZTF彗星(C/2022 E3)から。



2022年12月26日 ミニボーグ60ED+マルチフラットナー1.08×DG(D60mm, f378mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -20℃
Gain=150, 300秒×8, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0kほかで画像処理
焦点距離1100mm相当にトリミング

この彗星は自動掃天システム「Zwicky Transient Facility」(ZTF)によって2022年3月2日に発見された彗星です。2月初旬に地球まで0.28auまで接近し、肉眼等級になることが期待されています。ここまでの増光は順調で、おそらく1月末~2月初旬には北の空で4等台で見えることでしょう。


今回の撮影時の地球との距離は1.2auほどで、太陽&地球に向かって接近しつつあるところ。明るさは約7~8等台です。


見かけの長さは短いものの、ダストの尾は思ったより立派。一方で、イオンの尾は右側に向かって伸びているはずですが、写真上ではほとんど見えません。東京都心で空がそもそも明るい上、薄明まで時間が限られていて露出が稼げないので、なかなか厳しいところです。CometBPフィルターを使えば多少マシになるかもですが、劇的な効果は望み薄かなという気はします。
www.syumitto.jp


そしてこの夜の本命、IC443です。


撮って出し&レベル強調後はそれぞれこんな感じ。

NB1


LPS-D1


光星雲の写りは、さすがにNB1を用いた方が良好。一方、LPS-D1の方は、1枚だけだと狙った効果が出ているのかどうかイマイチよく分かりません。


それでも、効果はあるものと信じて処理を続行します。それぞれをコンポジットして同程度のレベルに調整したのち、StarNet2で星と背景を分離。背景は比較明で合成して互いの星雲描写を生かし、SilverEfex2の「高ストラクチャ(強)」で強調処理を行います。一方、星についてはLPS-D1で撮影したものを、星の色を生かしつつ処理して……こう!



2022年12月25日 ミニボーグ60ED+マルチフラットナー1.08×DG(D60mm, f378mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -20℃
カラー画像:Gain150, 300秒×38, IDAS LPS-D1フィルター使用
ナローバンド画像:Gain200, 300秒×45, IDAS NebulaBooster NB1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0kほかで画像処理


苦労した甲斐あって、結構きれいに撮れたのではないでしょうか?IC444付近の反射星雲の成分もちゃんと分かりますし、おおむね狙い通りに行ったように思います。東京都心でこのくらい写ってくれると、やっぱり楽しいですね。


単純な散光星雲の写りだけならナローバンドは圧倒的なのですが、それだけだと星の色が不自然になったり、星像のサイズが妙に小さくなったりと副作用も多いのが玉に瑕。しかし、こうしてブロードバンド(?)の写真とブレンドすることで、不自然さはかなり払拭できます。


ただし、撮影時間が問答無用で2倍近くかかるのが痛いところ。やっぱり多連装?多連装なのかっ……!?(>_<)


ちなみに、くらげ星雲の東側(左側)に淡く大きく広がる散光星雲はSh2-249。「IC444」として紹介されることも少なくありませんが、IC444の位置はもうひとつハッキリしないようで、今は写真中央上部の反射星雲をIC444とするのが多いようです(SIMBADなどでもそうなっています)。
simbad.u-strasbg.fr


もっともこれも、その隣の青白い反射星雲vdB75をIC444に推す声もあったりして、大混乱の状況下にあるというのが現状のようです。インデックスカタログを作ったDreyerは、座標以外は"neb, *9.5 inv"(nebula, a star of 9.5th magnitude involved)としか記録してないからなぁ……(^^;
spider.seds.org

*1:あとで確認したら、シガープラグ内の陽極のところからきれいに断線していました。芯線が、陽極が押し込まれるたびに発生する屈伸に耐えられなかったようです。

*2:STARBOOK TEN系列の赤道儀のDCソケットはEIAJ RC5320A Class4……俗にEIAJ4と呼ばれるもの。天文系機材で使われるプラグとしては比較的珍しい気がします。

*3:断線したケーブルも、プラグ部分を切除後、新しいプラグを半田付けして再生しました。

*4:反射星雲は、ガスが恒星の光を反射して光っているだけなので、スペクトルは連続光です。ナローバンドフィルターは輝線を通すことに特化しているので、反射星雲の写りはあまり良くありません。

*5:ワンショットナローバンドの場合、星の色は白く飛んでしまった場合を除けば、赤か青緑かの二色になってしまいがちです。

*6:自動で反転させればこのあたりの調整はやってくれるはずですが、あまり機械を信用していないので……(^^;

BlurXterminator試用


先日、天体写真用のとあるツールが登場してTwitterのTL上を騒然とさせました。Russell Croman氏による画像先鋭化ツール「BlurXterminator」がそれで、PixInsight用のプラグインとして提供されています。

www.rc-astro.com


氏はこれまでにもカブリ除去ツールの「GradientXTerminator」やノイズ除去ツールの「NoiseXTerminator」など、有用なツールをいくつも発表していますが、「BlurXterminator」はその最新作です。


このツールが何をするのかですが、それを理解するためには「デコンボリューション(deconvolution)」という画像処理について、簡単にでも知っておく必要があります。


「デコンボリューション」とは?


天体写真を撮ると当然星が写りますが、その像は大気の揺らぎや光学系の収差、ガイドエラーなど様々な要因によってある程度の大きさを持って写ります。しかし、理想的なことを言えば恒星は本来点像であるはずです。


つまり、恒星が点に写る「理想の天体写真」があったとして、「現実の天体写真」はこれにある種の関数を作用させたものと考えることができます。


そこで、この関数を何らかの方法で求め、その逆関数を「現実の天体写真」に作用させれば「理想の天体写真」に近づくはずです。これが「デコンボリューション」の基本的な考え方です*1。この点、一見同じような先鋭化処理でも、局所的に画像の明暗差を強調する「シャープネス処理」とは根本的に異なります。


「デコンボリューション」では通常、星像を手掛かりに試行錯誤で関数のパラメータを決めていきます。しかし、この「BlurXterminator」では、ハッブル宇宙望遠鏡などの画像を用いて鍛えたAI*2により、最適な関数を求めて画像を先鋭化するようです。


AIを用いて画像を先鋭化するツール自体は、以前試したTopaz Sharpen AIをはじめ、最近ではいくつも登場してきていますが、これらは天体写真に最適化されていないため、存在していないディテールを作ってしまったり、あるいはそもそも効果がなかったりするという問題がありました。

hpn.hatenablog.com


しかしこのツールの場合、天体写真専用ということで、そうした問題が発生しないよう、かなり配慮して作られているようです。


実際の効果


それでは、実際の効果はどんなものでしょうか?幸い30日間の試用版が提供されているので、実際の画像に対して使ってみました。なお、"optimal deconvolution requires linear image data with minimal processing."とのことなので、強調処理前の画像に対して処理を行っています。

設定やパラメータはすべてデフォルトの状態です。




(マウスオーバーでBlurXterminator使用後の画像に切り替わります。以後同様。)

まずは球状星団M13に対して。星が密集したこのような天体の場合、一般的なシャープ系のフィルターは案外効きづらいものです。しかしBlurXterminatorを使うと、構成する星々がひと回り小さくなって先鋭感が一気に増します。処理前の画像に見られた赤ハロが消えているのも好印象。それでいてノイズにはほとんど変化なく、かなりうまく効いています。



次いで「オリオン大星雲」ことM42。こちらは、BlurXterminatorをかけることで暗黒帯のディテールがぐっと引き立ちました。これもかなり好印象です。こちらは、やや星が小さくなりすぎている印象もあるので、「Sharpen Stars」のパラメータをもう少し緩めてもいいかもしれません。




しし座の棒渦巻銀河NGC2903。暗黒帯が特徴的なスターバースト銀河ですが、不明瞭だった暗黒帯の構造が、処理によりわずかなりとも見えてきています。




効果が特に劇的だったのはこれ。ガイドエラーがやや残る「さんかく座銀河」M33です。こちらは横に伸びた星像がきれいに真円に補正されています。それでいながら、星の周りに黒縁が現れるような副作用の発生が見られないのは驚きです。銀河の星々や散光星雲、暗黒帯のディテールが大きく上がっているのも見事で、まるで魔法のようとしか言いようがありません。「BlurXterminator」(=Blur Exterminator 直訳すると「ブレ根絶者」)の名に偽りなしといったところです。ノイズへの影響もあまりなさそうです。




「『燃える木』星雲」ことNGC2024。こちらも暗黒帯のディテール再現が見事。また、一般にシャープネス処理などで星像のサイズを小さくすると、輝星のハロの表現などに破綻をきたす場合も多いのですが、BlurXterminatorでは非常にうまく処理されています。




しかし一方で、「馬頭星雲」IC434に対しては効果が弱め。M42などでもそうでしたが、どうもコントラストが低いところにはあまり作用しない傾向があるような気がします*3。極端な場合、1つの写真内で解像感の異なる部分が混在して、違和感を覚えることがあるかもしれません。



……と、まぁ、効果は総じて高い印象で、それでいて破綻は起こりにくく、かなり優秀なツールなのは間違いないでしょう。


一方で、弱点もいくつか。


◆ 重い

現在のBlurXterminatorはCPUでの処理なので、かなり重いです。幸い、並列処理への対応度は高そうなので、コア数が多ければストレートに速度に反映されそうですが、処理にはそれなりに時間がかかります。ちなみに、ウチのメインマシン(Ryzen7 2700X(8C16T, 4.0GHz), メモリ:DDR4-3200/PC4-25600, 16GB×2)で4000×6000ピクセルの画像を処理したところ、3分51秒かかりました。GPUでの処理ができればかなり使いやすくなると思うのですが……。

【追記 2022.12.18】
\PixInsight\bin以下のtensorflow.dllを入れ替えれば、GPUが有効になります。以下の記事などを参考にしてみてください。
aramister.blog.fc2.com
もっとも、それでもGeForce GTX 960を用いて4000×6000ピクセルの画像処理に1分15秒かかったので、決して軽くはありません。


◆ 高価

通常価格が99.95ドル。2022年12月17日現在、およそ13500円もします。同シリーズの他のツールを持っていれば10ドル安くはなりますが、単機能のプラグインと考えると決して安くはありません。


◆ PixInsightがないと使えない

技術的には、Photoshopなどに対応させること自体は簡単らしいのですが、上記のように、最適な効果を得るためにはリニア画像が必要ということで、PixInsight以外への展開は考えていないようです。



また、ここまで見てきた感じ、効果は素晴らしいのですが、決して「40~50点の画像を90点に引き上げる」魔法のフィルターではありません。「80点の画像を90点以上に引き上げるための土台作り」とでも捉えた方が誤解がないでしょう。


で、買うの?買わないの?


自分は……多分現状では買うまでは行かない気がします(^^;


ブログやSNSでの発信をメインに考えた場合、たいていは多少縮小しての発信になるでしょうから、そこまでディテールを上げてもあまり意味がないというのもあります。細かいことを言わないのなら、従来のシャープ系フィルターや、ステライメージの「スターシャープ」などでも似たような効果は得られますし……。


さらに、これはAIを用いた他のツールでも言えることですが、AIが裏でどういう判断をしているのかが分からないこともあり、「それっぽい」アーティファクトが発生してしまう可能性も完全には否定できません。観賞用の写真の場合、そこまで目くじら立てることもないのですが、頭の片隅には入れておいた方がいいでしょう。

*1:非常に雑な説明ですが、とりあえずの雰囲気を分かってもらえれば……

*2:おそらく、ハッブル宇宙望遠鏡などの画像を大量に用意し、ここから種々のパターンの劣化画像を生成。これらを教師データとして鍛えているのだろうと思います。

*3:おそらく「効いていないわけではないけど、低コントラスト&境界があいまいなぶん効果が目立たない」というのが正確なところかと思います。

皆既中の明るさについて

今回の皆既月食ですが、Twitter上などを見てみると、皆既中の月の明るさが暗かったと感じた人が多かったようです。実際、自分も肉眼で見上げてみると、過去の月食に比べてやや暗いような印象を受けました。


皆既中の月の色を評価する基準としては、フランスの天文学者ダンジョンが提唱した「ダンジョン・スケール」があります(Danjon, M.A. (1920) Sur une relation entre l'éclairement de la Lune éclipsée et l'activité solaire. C R Hebd Seances Acad Sci, 171, 1127-1129)。
gallica.bnf.fr


尺度月面の様子
0非情に暗い食。月のとりわけ中心部は、ほぼ見えない。
1灰色か褐色がかった暗い食。月の細部を判別するのは難しい。
2赤もしくは赤茶けた暗い食。たいていの場合、影の中心に一つの非常に暗い斑点を伴う。外縁部は非常に明るい。
3赤いレンガ色の食。影は、多くの場合、非常に明るいグレーもしくは黄色の部位によって縁取りされている。
4赤銅色かオレンジ色の非常に明るい食。外縁部は青みがかって大変明るい。

尺度としては定性的ですが、誰もが肉眼で直感的に判断可能なので現在でもよく使われています。この尺度で行くと、今回の月食は「1」に近かったような気がします。「1寄りの2」くらいでしょうか?



しかし、実際のところ、皆既中の明るさはどの程度だったのでしょう?過去のデータを漁ってみたところ、2018年1月31日の皆既月食のデータが出てきました。




この時の月食は22時30分に食の最大を迎え、食分は1.32。月の高度は東京で約63度でした。今回の月食は食の最大が19時59分。食分は1.36と2018年の月食に近いです。月の高度は東京で約40度と、2018年の月食より低いものでした。


そして2018年に撮影した食分最大時の月と今回の月とを比べてみた結果がこちら。




【左写真】2018年1月30日22時30分12秒 ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5, ISO200, 露出4秒
【右写真】2022年11月8日20時00分4秒 ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5, ISO1600, 露出0.5秒

光学系とカメラは同じで、画像仕上げも同じ。感度とシャッタスピードが違いますが、ISO200, 4秒とISO1600, 0.5秒なので、ほぼ同じ条件とみていいと思います*1


こうして見ると、今回の月食の方が明らかに鮮やかさに欠け、明るさもわずかに暗いように感じます。皆既中の月が暗いように感じたのは、あながち間違いというわけでもなさそうです。


では、なぜこうも色や明るさが違うのでしょうか?


2018年と今回の月食とで違うのは、まずは月の高度。天体の高度が低いと、天体からの光は大気層をより長く通過することになり、明るさが落ちます。しかし、高度が60度から40度に下がっても下がり幅はせいぜい0.1等くらいで、影響はほとんどありません。


次に食分。地球の影は中心の方がより暗いので、深い食の方が暗くなりやすい傾向があります。食分は確かに今回の方が大きいですが、その差はわずか0.04しかなく、明るさに大きな影響を与えるほどではなさそうです。



となると、影響がありそうな要因としてあと思いつくのは「火山噴火の影響」です。


火山の大噴火で噴煙が成層圏にまで巻き上げられると、火山灰や、火山ガスから生成されるエアロゾルが大気中に長くとどまり、太陽の光を遮る効果を発揮します。皆既中は地球大気を通り抜けてきた太陽光によって月が照らされていますから、この光が減れば自ずと皆既中の明るさも暗くなります。


過去を紐解いてみると、先に挙げたダンジョンの論文中の記述によれば、1883年のクラカタウ(インドネシア)の噴火の影響で1884年10月4日の皆既月食はかなり暗かったようですし、1982年12月30日の皆既月食は1982年3~4月に起こったエルチチョン(メキシコ)の噴火の影響で。ほぼ真っ暗でした。1993年6月4日の皆既月食も、1991年6月のピナトゥボ山(フィリピン)の噴火の影響が残っていて、ダンジョンスケールで「1」相当の暗さでした*2


今回の場合ですが、今年の1月にフンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ(トンガ)で大噴火があったのは記憶に新しいところ。その噴煙は高度35~55kmにまで達した可能性があります。その他にも3月にマナム火山(パプアニューギニア)、5月にベズィミアニィ火山(ロシア・カムチャッカ半島)と噴火があり、いずれも噴煙が高度1万5000メートル以上に達しています。


特に、フンガ・トンガ=フンガ・ハアパイの噴火は、火山爆発指数(VEI)で言うとVEI-5に相当すると言われていて、これは1982年のエルチチョンと同レベルです。これらが月食の明るさに影響を与えた可能性はあるでしょう。


ただ一方で、噴火規模の割には月が明るかった(1982年のようにはならなかった)とも言えますし、噴火の影響なら逆に赤みが増すのでは?*3といった疑問もあり、結論はなんとも言えない所があります*4。皆既の色ひとつをとっても不思議ことはまだまだ多いなぁ、というのが正直な印象です。

*1:感度は8倍、シャッタースピードは1/8なので、計算上は同等です。

*2:https://naojcamp.nao.ac.jp/phenomena/201801-lunar-eclipse/color.html

*3:「ピナトゥボ山の噴火の後、夕日がやたら赤くなった」というのと同じ理由。実際に月食がそんなに赤くなるのかどうかは分からないけど。

*4:フンガ・トンガ=フンガ・ハアパイの噴火では、光を散乱させるエアロゾルとなる二酸化硫黄の噴出量が、ピナトゥボ山噴火の1/40~1/50程度しかなかったという話もあり、これが色や明るさの変化の小ささに影響している可能性もあります。