【AIベースの deconvolution 登場!】
— 蒼月城_それでも、宇宙の歴史は進み続ける。前へ、前へと。 (@astroimageproc) December 15, 2022
お馴染みの Russell Croman さんが最近また新しいツール "BlurXTerminator" 1.0 をリリースしたということで使ってみました。この方のツールにはいつも驚かされるんですが、これまたクリビツですわ😲。もはや deconvolution は不要??https://t.co/XpoB6UMQmd pic.twitter.com/UI2orxIMIV
先日、天体写真用のとあるツールが登場してTwitterのTL上を騒然とさせました。Russell Croman氏による画像先鋭化ツール「BlurXterminator」がそれで、PixInsight用のプラグインとして提供されています。
氏はこれまでにもカブリ除去ツールの「GradientXTerminator」やノイズ除去ツールの「NoiseXTerminator」など、有用なツールをいくつも発表していますが、「BlurXterminator」はその最新作です。
このツールが何をするのかですが、それを理解するためには「デコンボリューション(deconvolution)」という画像処理について、簡単にでも知っておく必要があります。
「デコンボリューション」とは?
天体写真を撮ると当然星が写りますが、その像は大気の揺らぎや光学系の収差、ガイドエラーなど様々な要因によってある程度の大きさを持って写ります。しかし、理想的なことを言えば恒星は本来点像であるはずです。
つまり、恒星が点に写る「理想の天体写真」があったとして、「現実の天体写真」はこれにある種の関数を作用させたものと考えることができます。
そこで、この関数を何らかの方法で求め、その逆関数を「現実の天体写真」に作用させれば「理想の天体写真」に近づくはずです。これが「デコンボリューション」の基本的な考え方です*1。この点、一見同じような先鋭化処理でも、局所的に画像の明暗差を強調する「シャープネス処理」とは根本的に異なります。
「デコンボリューション」では通常、星像を手掛かりに試行錯誤で関数のパラメータを決めていきます。しかし、この「BlurXterminator」では、ハッブル宇宙望遠鏡などの画像を用いて鍛えたAI*2により、最適な関数を求めて画像を先鋭化するようです。
AIを用いて画像を先鋭化するツール自体は、以前試したTopaz Sharpen AIをはじめ、最近ではいくつも登場してきていますが、これらは天体写真に最適化されていないため、存在していないディテールを作ってしまったり、あるいはそもそも効果がなかったりするという問題がありました。
しかしこのツールの場合、天体写真専用ということで、そうした問題が発生しないよう、かなり配慮して作られているようです。
実際の効果
それでは、実際の効果はどんなものでしょうか?幸い30日間の試用版が提供されているので、実際の画像に対して使ってみました。なお、"optimal deconvolution requires linear image data with minimal processing."とのことなので、強調処理前の画像に対して処理を行っています。
設定やパラメータはすべてデフォルトの状態です。
(マウスオーバーでBlurXterminator使用後の画像に切り替わります。以後同様。)
まずは球状星団M13に対して。星が密集したこのような天体の場合、一般的なシャープ系のフィルターは案外効きづらいものです。しかしBlurXterminatorを使うと、構成する星々がひと回り小さくなって先鋭感が一気に増します。処理前の画像に見られた赤ハロが消えているのも好印象。それでいてノイズにはほとんど変化なく、かなりうまく効いています。
次いで「オリオン大星雲」ことM42。こちらは、BlurXterminatorをかけることで暗黒帯のディテールがぐっと引き立ちました。これもかなり好印象です。こちらは、やや星が小さくなりすぎている印象もあるので、「Sharpen Stars」のパラメータをもう少し緩めてもいいかもしれません。
しし座の棒渦巻銀河NGC2903。暗黒帯が特徴的なスターバースト銀河ですが、不明瞭だった暗黒帯の構造が、処理によりわずかなりとも見えてきています。
効果が特に劇的だったのはこれ。ガイドエラーがやや残る「さんかく座銀河」M33です。こちらは横に伸びた星像がきれいに真円に補正されています。それでいながら、星の周りに黒縁が現れるような副作用の発生が見られないのは驚きです。銀河の星々や散光星雲、暗黒帯のディテールが大きく上がっているのも見事で、まるで魔法のようとしか言いようがありません。「BlurXterminator」(=Blur Exterminator 直訳すると「ブレ根絶者」)の名に偽りなしといったところです。ノイズへの影響もあまりなさそうです。
「『燃える木』星雲」ことNGC2024。こちらも暗黒帯のディテール再現が見事。また、一般にシャープネス処理などで星像のサイズを小さくすると、輝星のハロの表現などに破綻をきたす場合も多いのですが、BlurXterminatorでは非常にうまく処理されています。
しかし一方で、「馬頭星雲」IC434に対しては効果が弱め。M42などでもそうでしたが、どうもコントラストが低いところにはあまり作用しない傾向があるような気がします*3。極端な場合、1つの写真内で解像感の異なる部分が混在して、違和感を覚えることがあるかもしれません。
……と、まぁ、効果は総じて高い印象で、それでいて破綻は起こりにくく、かなり優秀なツールなのは間違いないでしょう。
一方で、弱点もいくつか。
◆ 重い
現在のBlurXterminatorはCPUでの処理なので、かなり重いです。幸い、並列処理への対応度は高そうなので、コア数が多ければストレートに速度に反映されそうですが、処理にはそれなりに時間がかかります。ちなみに、ウチのメインマシン(Ryzen7 2700X(8C16T, 4.0GHz), メモリ:DDR4-3200/PC4-25600, 16GB×2)で4000×6000ピクセルの画像を処理したところ、3分51秒かかりました。GPUでの処理ができればかなり使いやすくなると思うのですが……。
【追記 2022.12.18】
\PixInsight\bin以下のtensorflow.dllを入れ替えれば、GPUが有効になります。以下の記事などを参考にしてみてください。
aramister.blog.fc2.com
もっとも、それでもGeForce GTX 960を用いて4000×6000ピクセルの画像処理に1分15秒かかったので、決して軽くはありません。
◆ 高価
通常価格が99.95ドル。2022年12月17日現在、およそ13500円もします。同シリーズの他のツールを持っていれば10ドル安くはなりますが、単機能のプラグインと考えると決して安くはありません。
◆ PixInsightがないと使えない
技術的には、Photoshopなどに対応させること自体は簡単らしいのですが、上記のように、最適な効果を得るためにはリニア画像が必要ということで、PixInsight以外への展開は考えていないようです。
また、ここまで見てきた感じ、効果は素晴らしいのですが、決して「40~50点の画像を90点に引き上げる」魔法のフィルターではありません。「80点の画像を90点以上に引き上げるための土台作り」とでも捉えた方が誤解がないでしょう。
で、買うの?買わないの?
自分は……多分現状では買うまでは行かない気がします(^^;
ブログやSNSでの発信をメインに考えた場合、たいていは多少縮小しての発信になるでしょうから、そこまでディテールを上げてもあまり意味がないというのもあります。細かいことを言わないのなら、従来のシャープ系フィルターや、ステライメージの「スターシャープ」などでも似たような効果は得られますし……。
さらに、これはAIを用いた他のツールでも言えることですが、AIが裏でどういう判断をしているのかが分からないこともあり、「それっぽい」アーティファクトが発生してしまう可能性も完全には否定できません。観賞用の写真の場合、そこまで目くじら立てることもないのですが、頭の片隅には入れておいた方がいいでしょう。