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迎撃・ATLAS彗星 & 赤道儀化AZ-GTi試運転

発見以来すさまじい勢いで増光し、本当に久々の大彗星になるかと注目のATLAS彗星(C/2019 Y4)。あまりの異常な勢いに、マイナス等級まで明るくなるのではと期待する傍ら、「コホーテク彗星(C/1979 E1)やオースチン彗星(C/1989 X1)みたいに増光に急ブレーキがかかるかも」あるいは「激しすぎる物質の放出で核が壊れてしまうのではないか」といった憶測まで飛び出してきています。


ちょうどこの三連休は、月がない上に天気に恵まれましたので、ATLAS彗星狙いでいつもの公園まで出撃してきました。


この夜の計画は、夜半前までATLAS彗星を狙い、その後は春の銀河を。そして、これらの撮影の合間に、赤道儀化したAZ-GTiの試運転も行ってしまいたいところです。


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というわけで、荷物はものすごい山盛りに。鏡筒がATLAS彗星を狙うビクセン ED103S、春の銀河を狙うセレストロン EdgeHD800、AZ-GTiで運用する用のMAK127SPの3本。架台がSXP赤道儀とAZ-GTiの2つ。ここに、各望遠鏡用のフード、カメラ2台*1を含む撮影用具一式、オートガイダー2台*2、バッテリー2台*3、防寒具、その他もろもろ一気に詰め込みました。この物量は、多分これまでの最高記録じゃないかと思います。


とはいえ、慣れないことをすると間違いも多く、AZ-GTiを赤道儀化するときに使う1/4"→3/8"の止めネジアダプター、カメラ(ノーマル機)用のバッテリーなどなど、こまごました忘れ物があとで発覚して、機材を置いて家までとんぼ返りする羽目になりました。きっちり隅々まで計画しないとダメですねorz


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ともあれ、天文薄明が終了した20時ごろから撮影開始。目標はもちろんATLAS彗星です。彗星の動きは事前に調べてあったので、以前2I/ボリソフ彗星を撮影した時と同様、PHD2の彗星追尾機能を使います。今度は前々回のような赤経側の計算ミスはもうしません。



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1コマ当たりじっくり20分の露出をかけましたが、撮れたものを見てみると、光害に負けず集光のしっかりしたコマが確認できます。彗星は狙い通りちゃんと静止してますし、これなら大丈夫そうです。このまま撮影を続け、夜半前までに8コマを確保しました。


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夜半ごろからは鏡筒をEdgeHD800に載せ替えて、予定通り春の銀河狙い。何を撮るかは決めてなかったのですが、撮ったことのない対象ということで、かみのけ座のM100を選択しました。渦巻がこちら側を向いた、典型的なフェイスオンの銀河ですが、写り具合はどうでしょうか?一般にフェイスオンの銀河は淡く、この都心の光害の中ではかなりの難物ですが……



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うぅむ。ISO200の20分露出して「撮って出し」がこれですか……。銀河の中心部こそ見えますが、それを取り巻いているはずの渦巻きの腕は全く見えません。なるべく枚数を稼ぐべく、天文薄明開始近くまで撮り続け、10コマ以上を確保しましたがどうなるでしょうか?


リザルト


さて、まずはATLAS彗星からです。



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2020年3月20日 ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5 SEO-SP3, ISO100, 露出1200秒×8コマ, IDAS/SEO LPS-P2-FF使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるメトカーフガイド
ステライメージVer.7.1eほかで画像処理、一部トリミング

眼視だと見づらいようですが、写真写りは比較的良さそう。青緑色のコマと、そこからわずかな尾が伸びているのが分かります。色からも分かるように、現在はシアンなど低温で噴き出す物質がメイン。ここからさらに太陽に近づいて水の揮発が始まった時、どのような光度変化、明るさを見せてくれるのか楽しみです。



さて、このATLAS彗星ですが、上にも書いた通り、増光のペースが一向に衰えません。下のグラフは縦軸に地心距離を補正した光度、横軸に日心距離の対数を取ったもので、同一の光度式に乗っている限り、光度変化は直線になります。


また、直線の傾きが光度係数を、横軸が0の時の縦軸の値が絶対光度に当たります。。



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このグラフによれば、光度係数は40を超えた値でずっと安定しています。多くの彗星では、この値は5~30くらいまでの間に収まるのが一般的なので、40オーバーというのは明らかに異常なペースです。また、これに引きずられて絶対光度も-2等を上回る異常な明るさになっています。ヘール・ボップ彗星ですら絶対等級は-0.64等でしたから、-2等というのはおよそ考えづらい値です。


これはとりもなおさず、ATLAS彗星からの物質放出がきわめて盛んであるということを示しています。これはもしかすると、ATLAS彗星がC/1844 Y1の分裂片であるという事情が関係しているのかもしれません。


例えば、分裂した断面であるフレッシュな面がむき出しになっていて、二酸化炭素等の揮発が激しいのかもしれませんし、あるいは、分裂するくらいだから元々もろい核なのかもしれません。


前者ならあまり心配しないのですが、もし後者だった場合、太陽に近づくにつれて物質放出がさらに激しくなり、最悪の場合、核が崩壊してしまう可能性も考えられなくはありません。ウェスト彗星(C/1975 V1)みたいに、うまく崩壊して立派な尾が伸びてくれると、それはそれでアリなのですが……。


ともあれ、前から言ってるように、真価は太陽から1.5~1auくらいまで近づいて水の揮発が始まってみないと分かりません。世紀の大彗星と言われながらも、近日点距離が1.5au(グラフの横軸だとlog 1.5 = 0.176)切った途端に増光ペースが急減速したオースチン彗星(C/1989 X1)のケースを戒めとして心に留めておきましょう。


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一方のM100ですが……



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2020年3月21日 EdgeHD800(D203mm, f2032mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5 SEO-SP3, ISO200, 露出1200秒×8コマ, IDAS/SEO LPS-P2-FF使用
セレストロン オフアキシスガイダー+Lodestar+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.7.1eほかで画像処理

こちらはだいぶ苦しい結果に。夜半過ぎから、春霞のせいか大気の透明度がどんどん悪くなっていったこと、またM100の高度も下がってきて光害の影響が大きくなってきたこともあり、撮影シークエンスの後半に撮影したコマがほぼ使えなかったのが痛いです。


かろうじて腕の存在は確認できますが、「証拠写真」以上のものではないですね、これは。空の条件が良くないと、都心でのフェイスオン銀河はやはり難しいです。


AZ-GTiの赤道儀


M100を撮影している間の時間を使って、AZ-GTiの赤道儀化の実験をしていました。


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構成については以前Twitterの方に書きましたが、改めて書き出してみると、下から順にAZ-GTi用三脚→Manfrotto 3/8"~1/4"ネジ変換用アダプタ→低重心ガイドマウント→スカイパトロール付属V金具→1/4"~3/8"変換アダプタ→AZ-GTiの順に接続しています。V金具~AZ-GTi間はアダプタのせいで1mmほど隙間が空くので、隙間埋め&滑り止めにゴムシートを挟んであります。


また、AZ-GTiのウェイトシャフトには、ビクセンのウェイト軸カメラ雲台に安い自由雲台、PoleMaster用アダプタ(UNC 1/4インチ)を組み合わせて、PoleMasterを取り付けられるようにしてあります。


これにMAK127SPを載せたのですが……三脚~ハーフピラーが軽量なので、明らかにトップヘビーで正直非常に怖いです。ストーンバッグでもぶら下げれば多少マシになるかもしれませんが、根本的な解決には程遠い感じで、もし本気で運用するなら、何か手を考えないといけないかもしれません。


極軸合わせについては、PoleMasterで問題なく。その後の導入精度もなかなか高く、その意味では十分実用になりそうです。


一方で、気になるのはピリオディックモーションです。お世辞にも精度が高いとは言いがたい架台なので、それなりに暴れそうな気がします。そこで、極軸をわざとずらした上で、天の赤道付近の空をMAK127SP(焦点距離1500mm)の直焦点で撮影してみました。カメラはEOS KissX5(未改造機)で、ISO100, 15分露出の条件で撮影しています。


結果がこちら。



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ピリオディックモーションはそれなりにありそうですが、意外ときれいなサインカーブです。「ほしぞloveログ」のSamさんによる検証結果によると、ピリオディックモーションが大きい上に変なカクつきもあったので、あまり期待していなかったのですが……。
hoshizolove.blog.jp



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画像を確認すると、サインカーブの幅は114ピクセルありました。


さて、MAK127SPの焦点距離は1500mmで、これにEOS KissX5を接続したときの画角は51.1分×34.1分になります。EOS KissX5の縦方向のピクセル数は3456ピクセルなので、ここからピクセル1つあたりの画角が求められます。


これを元に、上に挙げたサインカーブの幅を角度に直すと、1.125分=67.5秒となります。つまり、おおむね±34秒程度のピリオディックモーションがあるということになります。


これ、実はかなり優秀な値で、Samさんの個体だと±75秒程度だったとのこと。同記事(およびコメント)によれば、スカイメモTが±65秒、Advanced VXが±15秒とのことなので、今回の値が本当なら、相当優秀な個体を引き当てたことになります。こちらがAZ-GTiを購入したのが去年の5月。Samさんが購入したよりも1年近く後になりますので、もしかするとその間に製造工程がこなれて、精度が出るようになったのかもしれません。


また、ピリオディックモーションのカーブがきれいなサインカーブなので、オートガイドの効きはいいかもしれません。ただ、これについてはバックラッシュの値を見てみないと何とも言えません。経緯台で使用時のバックラッシュの具合を見ていると、こちらは相応の量ありそうです。

*1:改造機とノーマル機。ノーマル機はAZ-GTi側で使用

*2:ガイド鏡用のASI120MMとオフアキ用のLodestar)))、PC2台((SXP赤道儀&カメラ制御用と、AZ-GTiの極軸設定用

*3:赤道儀駆動用のSG-3500LEDとカメラの外部電源SG-1000

「恋する小惑星」を検証してみた 第10話

新入部員2人が加わりスタートした新生地学部、今回は1年生の加入から新歓、そして夏の「きら星チャレンジ」まで一気に駆け抜ける回でした。ちょうど1年前(第2話)、みら達がもてなされる側だった新歓バーベキューを、もてなす側として追いかけることになるのは、時間の流れを感じさせていい雰囲気でした。


では、今回も天文ネタを拾っていきましょう。



みら『はっ!ち、違うよっ!?新入部員で赤道儀買おうとか思ってないよ!?』
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新入生勧誘で、みらの本音がダダ洩れに(笑)


これまでにも触れていますが、望遠鏡を載せる架台には経緯台赤道儀の2種類があります。「経緯台」は望遠鏡を上下左右に振ることができる架台で、初心者でも直感的に扱えるのが利点です。地学部にあるポルタIIがそうですね。ただ、この方式の場合、地球の自転に伴って動く星を追いかけるために上下左右の軸をそれぞれ動かさなくてはならず、長時間の星の観測には向きません。


そこで便利なのが「赤道儀」です。星は北極星の方向(正確には「天の北極」)を軸に円を描くように動いて見えますが、赤道儀では、この動きを追いかけるために架台の回転軸の1つ(極軸)を天の北極の方向に合わせ、望遠鏡が星の動きと全く同じ動きをできるようにしています。この方式なら軸を1つ回すだけで星を簡単に追いかけられますし、モータードライブを取り付ければ自動で星を追い続けてくれます。


ただし、経緯台と比べると高価なのが難点で、例えば「ポルタII」が三脚も込みで3万円前後で買えるのに対し、同じビクセンのエントリー機「APマウント」は架台部分だけで9万円近くもします*1。部費だけでまかなおうとすると、よほどの大所帯か、数年間以上の積み立てが必要になりそうです(^^;



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あおが手にしている会報「KiraKira」春号。トップの写真はオリオン座ですね。三ツ星やオリオン大星雲(M42)が写っているのが見えます。


あまり暗い星は写っていない&星雲*2が目立たないこと、天の北極の方向が上になっておらず*3、オリオンが中途半端に傾いていることなどから、おそらくは三脚に固定したカメラで、追尾などせずに撮影したものでしょう*4 *5。三ツ星がほぼ垂直に立っていることからすると、年末年始の19時ごろの撮影でしょうか?



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画角(グレーの線)は、キヤノンAPS-Cに35mmのレンズを付けたぐらいがちょうどマッチしそうです。



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新入部員は桜先輩の妹、桜井千景(チカ)と、文化祭の時に展示内容に不満を漏らしていた七海悠(ナナ)の2人。チカは姉譲りの地学斑でしたが、ナナは天文ガチ勢かと思いきや、気象屋さん。第6話で展示内容に不満を漏らしていたのは、具体的な展示内容云々に対してではなく、実学的な面が少ないことへの不満だったようですね。


ちなみに、後ほど新歓の場で彼女が、気象を追求するきっかけについて「3年前の水害」であることを話すのですが、2018年の3年前ということで、おそらく「平成27年9月関東・東北豪雨」のことでしょう。鬼怒川の堤防が決壊したアレです。



みら『それなら天文学も、小天体やデブリが地球にぶつからないか監視したり、いろんな人工衛星を飛ばして人の役にたってるよ』
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新歓バーベキューの場で、気象は天文や地学と違って人の役にたっているというナナに、思わず言い返したみら。


「小天体やデブリが地球にぶつからないか監視したり」というのは、現在世界中で稼働している様々な全自動掃天システムのことです。以前も少し触れましたが、有名なところではPan-STARRS(Panoramic Survey Telescope And Rapid Response System)やLINEAR(Lincoln Near-Earth Asteroid Research)、LONEOS(Lowell Observatory Near-Earth Object Search)、NEAT(Near-Earth Asteroid Tracking)、日本国内でもBATTeRS(Bisei Asteroid Tracking Telescope for Rapid Survey)などのプロジェクトがあります。5月ごろに明るくなるかもと注目されているATLAS彗星(C/2019 Y4)を発見したATLAS(Asteroid Terrestrial-impact Last Alert System)もこうしたシステムの1つですね。


ただ、これらのプロジェクトは暗い小惑星や彗星を根こそぎ発見してしまうため、みらやあおが目指す「小惑星の発見」という夢をアマチュアから遠ざける一因にもなってしまっています。みらにしてみると、ちょっと複雑なところかもしれません。


一方、人工衛星を飛ばすのも天文学の重要な一分野。人工衛星がそれこそ気象予報や鉱物資源の探査に役立っているのは、みなさんご存知の通りです。反面、StarLink衛星のように、打ち上げられた極めて多数の人工衛星が天体観測の邪魔になりつつあるのも事実で、うまく折り合いをつけることが求められています。



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バーベキュー終了後は、また学校の屋上で天体観測。先生の予定表だと「週末BBQ!」になっていましたし、みらからの後輩へのメッセージでもバーベキューの予定は週末になっていましたが、月と木星の位置を考えると、週明けの月曜日、4月30日のことのようです。たまたま休みだったんでしょうか……?


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チカ『お月様きれい…』
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みら『でしょ?そばに見えるのは木星だよ』
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チカ『これって何倍で見えてるんですか?』
みら『あ、ええっと…鏡筒の焦点距離が910mm、接眼レンズが15mmだから、ええっと…ええっと…』
あお『このレンズだと大体60倍かな』
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望遠鏡を見るとまず倍率を聞くのは、いかにも一般の人にありそうな動きですね。悪質業者の宣伝のせいもあってか、一般の人には「望遠鏡の性能=倍率」みたいな刷り込みが強いのですが、実際に望遠鏡の性能を左右するのは望遠鏡の口径(対物レンズ(鏡)の直径)です。口径が大きい望遠鏡ほど光を多く取り込むことができるので、より暗い天体を捉えることができ、また、倍率を上げても像が明るく、細かいところまで見ることができるのです。


一方で倍率は

 倍率=対物レンズ(鏡)の焦点距離(mm)÷接眼レンズの焦点距離(mm)

という式で求められますが、これを見ても分かるとおり、対物レンズの焦点距離を長く、接眼レンズの焦点距離を短くすれば倍率の数字自体はいくらでも上げることができます。このことからだけでも、倍率の数字だけを取り上げても何の意味もないことは一目瞭然でしょう。



ところで、ここでみらが「接眼レンズが15mmだから」と言っています。前年度は、新歓観望会や子供観望会の様子を見ても分かるとおり、ポルタII A80Mfに付属の接眼レンズPL20mmとPL6.3mmの2本で回していましたので、おそらくは新年度の予算で新しく15mmの接眼レンズを買ったことが分かります。モノは多分NPL 15mmでしょう。実売価格は4000円を切っていますので、乏しい予算でもなんとかなったのかと思います。

www.vixen.co.jp


さて、接眼レンズのスペックを見ると、「見かけ視界」という項目があります。この「見かけ視界」は望遠鏡で覗いた景色が目の前にどの程度広がって見えるかを示しているものです。一方、望遠鏡で実際にどのくらいの範囲が見えているのかを示す指標が「実視界」です。そして、この実視界と見かけ視界の間には「見かけ視界 = 2 * tan^ {-1} ( 倍率 * tan ( 実視界 / 2 ) )」という関係があります*6


実視界が狭いと覗いたときにどこを見ているのかが分かりにくいですし、見かけ視界が狭いと井戸の底から覗いているような感覚になって不快です。望遠鏡で星雲や星団の観望を主にする人たちは、恐ろしく高価な、視界の広い接眼レンズを揃えていたりしますが、これは観望の快適さを追求するが故のことです。


NPL 15mmの場合、見かけ視界は50度。A80Mfに取り付けた時の倍率は約60.7倍ですから、実視界は0.88度となります。一方、第4話で月の観望に使っていたPL 20mmの場合、見かけ視界は46度。A80Mfに取り付けた時の倍率45.5倍、実視界64分=1.07度です。そして、月の直径はおよそ0.5度……。この視点で第4話での月の描写と見比べると……


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たしかに倍率が上がった分、月が大きく見えていること、また、視野に対する月の大きさの比がおおよそ正しいことが見て取れます(上の図では、各接眼レンズ使用時の視野円のサイズを基準に大きさをそろえています)。



あお『そうそう、角度を調整して…』
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ナナ『撮れました!』
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チカスマホでもこんな写真が撮れるんですね』
あお『コリメート撮影っていうんだ。慣れないと難しいんだけど、七海さん上手だね』
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ここでやっているのは、望遠鏡の接眼レンズを目で覗く代わりにカメラに覗かせ、望遠鏡の視野に写っているものをそのまま撮影するという方法です。この方法を「コリメート法」と呼びます。使うカメラはコンパクトデジカメや、携帯電話・スマートフォンについているカメラでOKです。この方法で撮影できるのは、基本的に月や惑星など明るい天体に限られますが、非常にお手軽な方法です。


とはいえ、きれいに撮るためには、接眼レンズとカメラのレンズを平行に、かつそれぞれの中心を正確に合わせた上で、望遠鏡に振動が伝わらないよう慎重にシャッターを切る必要があります*7。あおが言う通り、慣れないと地味に難しいのですが、液晶画面で対象を確認しながら撮れるので、試行錯誤すれば初心者でも案外きれいな写真を撮ることができるものです。


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この写真は、コンデジを用いて月をコリメート法で撮影したものですが、注意深くやればこのくらいはそれほど苦労せずに撮ることができます。地元の観望会などで大きな望遠鏡を覗く機会があれば、許可を取った上でチャレンジしてみてもいいかもしれません。



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そして、今後の話のメインになると思われる「きら星チャレンジ」。作中では、新天体の発見を目的とする高校生向けのプログラム、ということになっていますが、実はこれも実在のモデルが存在します。


国立天文台水沢VLBI観測所、沖縄県立石垣青少年の家、NPO八重山星の会が中心となって毎年行っている「美ら星研究体験隊」というのがそれで、日本学術振興会が主催する「ひらめき☆ときめきサイエンス」という小中高生向けプログラムの一環です。「ひらめき☆ときめきサイエンス」は、大学や研究機関で「科研費*8により行われている最先端の研究を小中高生に体験してもらい、科学のおもしろさを感じてもらおうというプログラムです。

www.miz.nao.ac.jp
www.jsps.go.jp


「美ら星研究体験隊」では高校生を対象に、国立天文台の超長基線電波干渉計「VERA」*9を用いた電波天体の新発見、および石垣島天文台の口径105cm光学・赤外反射望遠鏡「むりかぶし」を用いた新天体発見を目指します。ちなみに、2018年度の実施報告書はこちら(リンク先PDF)から見られますが、2泊3日のスケジュール内に新天体は残念ながら発見できなかったようです。


参加者は地元の高校生が多いようですが、最近は他の地方からの参加者も増えてきているようです。現実の「美ら星研究体験隊」は募集人数が20人なので、作中の「きら星チャレンジ」(募集人数7人)よりはやや敷居が低いでしょうか。


募集要項はこちら(リンク先PDF)から見られますが、応募書類の中に「星や宇宙に対する想い」の作文(400字以内)というのがあります。みらやあおが頭を悩ませていた「小論文」というのは、多分これのことでしょう。こういう情熱のようなものを躊躇いなく披露するのは、たしかにみらの方が得意そうです。


また、募集要項をよく見ると、応募書類に「家族・学校関係者見学(参観)の有無」という項があります。今回の最後の場面で、あおがみらを追いかけて石垣島についてきてしまいましたが、事前申請こそないものの、強引にこの枠を利用して見学者として潜り込む……という手は使えなくもなさそうです*10



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ところで、みらに届いた「書類選考通過のお知らせ」のメールですが、差出人が国立天文台の廣瀬」となっています。実は2018年の「美ら星研究体験隊」の代表者は国立天文台水沢VLBI観測所の「廣田」朋也助教で、おそらく名前を意図的に寄せてきています。この様子だと、ひょっとしたらアニメでご本人登場、ということも万に1つくらいはありうるかもしれません(^^;




※ 本ページでは比較研究目的で作中画像を使用していますが、作中画像の著作権は©Quro・芳文社/星咲高校地学部に帰属しています。また、各星図はステラナビゲータ11/株式会社アストロアーツを用いて作成しています。

*1:ビクセン製品にこだわらなければ、最近ではSkyWatcherから安価な赤道儀が次々登場しています。

*2:馬頭星雲、バーナードループなど

*3:天体写真を撮る場合、特別な作画意図がない限り、北を上にするのが原則です。

*4:固定撮影の場合は地平線を水平にするのが基本なので、星座は空のどこにあるかによって傾きます。

*5:追尾しないと星は日周運動で流れて線を引いて写りますが、広角レンズを用い、比較的短時間の露出であれば、ほぼ点として写せます。後述のようにキヤノンAPS-C+35mmレンズの組み合わせだと、オリオン座付近は10~15秒程度までの露出なら大丈夫です。

*6:おおよその値を求めるだけなら「見かけ視界=実視界×倍率」という式でも十分です

*7:これを簡単に行うため、望遠鏡にコンデジスマホを固定する専用のアダプターも販売されています。

*8:「科学研究費助成事業」の略で、文科省日本学術振興会が提供する競争的資金のこと。大学等からの研究費が大幅に削られている現在、科研費が取れないと詰むこともしばしば orz

*9:日本国内に配置した直径20mの電波望遠鏡4台からなるネットワークを用い、銀河系の3次元立体地図を作るプロジェクト。これに使われる電波望遠鏡の1台が石垣島にあります。

*10:もちろん、まったくの非推奨。あくまでフィクションなので……。現実と漫画の区別はつけること。

ビクセン、セレストロン製品の取り扱い開始

https://www.vixen.co.jp/post/200312a/


先日、ビクセンの公式Twitter「セレストロン製品、間もなく再始動」とのアナウンスがありましたが、いよいよ3月16日から一部製品の取り扱いを開始するとのニュースリリースが出ました。


取扱品目ですが、鏡筒は「EdgeHD 1400-CGE 鏡筒(幅広プレート)」と「8 RASA OTA」の2つ。アクセサリは「ズームアイピース 8-24mm」、「レデューサー 0.7x EdgeHD」4種類(EdgeHD 800, 925, 1100, 1400用)、「レデューサー 0.63x SCT用」、「天頂ミラー50.8mm ツイストロック」の計7つです。


ニュースリリースにはEdgeHD 1400がCGX-L赤道儀に積載されている写真も載っており、いずれはこうした赤道儀も扱うものと思われます。以前、天リフの記事で「(無理に)全部は扱わない」が「重要な製品は従来通り提供される」というコメントが出ており、そこについてはある程度期待して良さそうです。



さて、となると気になるのは価格です。メーカーサイトでは「オープン価格」となっていて実売価格はうかがい知れませんが、ビクセンオンラインストアには早速モノが並んでいて直販価格(税込)を確認できます。これを見ると……


 ビクセンオンラインストアサイトロン(値引前)サイトロン(実売)(参考)OPT(実売)
EdgeHD1400\1,573,000\1,628,000\1,298,000$5,999.00
RASA8\326,700\341,000\272,800$1699.00
ズームアイピース 8-24mm\14,520\18,700\14,457$69.65
レデューサー 0.7x EdgeHD800\68,970\57,200\41695$351.95
レデューサー 0.7x EdgeHD925\73,810--$362.95
レデューサー 0.7x EdgeHD1100\163,350\159,500\127,600$692.95
レデューサー 0.7x EdgeHD1400\163,350\159,500\127,600$692.95
レデューサー 0.63x SCT用\30,250\37,714\30,171$161.05
天頂ミラー50.8mm ツイストロック\41,140---


サイトロンが取り扱っていた当時と比べると、実質的に結構な値上がりです。値段が変わらないのはズームアイピースとSCT用レデューサーくらい。それ以外は20~65%もの大幅な値上げになっています。今のビクセンは、直販価格も量販店での店頭価格も差がほとんどないですから、正味でこの価格ということになります。


ともあれ、ここまで露骨に値上がりするのだと、なかなか以前のようには手が出しづらくなります。もしかすると「競争相手のあまりいない大口径のシュミカセ系は強気に行っても売れる……」と踏んでるのかもしれませんが、結構危険な勝負のような気がします。せめて、今後出てくるかもしれない低価格品の価格が抑えられていてくれれば、市場の拡大に多少期待が持てなくもないのですが……いや、難しいだろうなぁ……。


少なくとも、マニアにとっては嬉しくもなんともない価格設定で、これだとむしろ中古市場が熱くなりそうです( ̄w ̄;ゞ


ちなみに、参考までにOPTアメリカの望遠鏡量販店)での価格も示しましたが、内外価格差もかなりのもので、1ドル=105円前後のこの時代に、いったいいつのレートで商売しているのかと目を疑うレベルです。為替変動のリスク回避や、販売管理費等で多少の上乗せは分かりますが、倍近い価格も散見されるのはちょっと……。


昔から、セレストロンは代理店となる業者と独占契約を結び、基本的に並行輸入(含 個人輸入)は認めない方向できていますから、内外価格差が大きくなるのは今に始まった話ではないのですが、ここまで価格差があると、モノによっては代行業者の利用も視野に入ってくるかもしれません。