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最大&最遠


先週末の土曜、日没を待っていつもの公園に出撃してきました。

この日の東京の月出は22時41分。17時59分の天文薄明終了からたっぷり4時間はありますが、早い時間帯のため激しい光害が予想されます。一方で、冬の天体を狙うには時間が早すぎ……ということで、何を撮るか迷ったのですが、同じ光害が酷いのでも南天の方が北天よりは多少マシということで、秋の南天のメシエ天体M77を狙うことに。

M77のような銀河は普通、長焦点鏡でのクローズアップで狙うところですが、M77の場合、すぐ近くにNGC1055という見栄えのするエッジオン銀河があるので、これと合わせた構図で撮ることにします。持ち出したシステムはED103S+SDフラットナーHD。これで焦点距離811mm、F7.9となります。やや暗いですが、キヤノンAPS-C換算の焦点距離は1300mmほどで、複数の銀河をそれなりの大きさで納めるにはちょうどいい画角です。ちなみに、これがSDフラットナーHDのファーストライトになります。買ったのはずいぶん前ですが、今年の夏は天気が悪かったからなぁ……orz


撮影自体は順調で、特筆することもなく*1。ただ、この夜は透明度がイマイチだったようで、光害があるとはいえ、カシオペヤ座のM字の最も東の星、3.4等のセギンは全く見えず、「秋の四辺形」の南東の星、ペガスス座のアルゲニブ(2.8等)もかなり厳しい見え方だったので、最微等級は3等程度だったのではないかと思います。乾燥してダストが舞い上がったり、寒気で上空に蓋をされた形になってエアロゾルが滞留したり……といったあたりが原因なのでしょうけど、かなり冴えない空でした。



それでも「撮って出し」でM77の中心部が写っているあたり希望が持てます*2。これをゴリゴリ処理した結果……



2017年12月9日 ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5 SEO-SP3, ISO100, 露出1200秒×8コマ+300秒×8コマ, IDAS/SEO LPS-P2-FF使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.7.1eほかで画像処理

こうなりました。写真中央左下に見えているのがM77、同右上に見えているのがNGC1055です。


M77は、実際の直径が約17万光年もあるメシエ天体中最大の天体です。地球からの距離も6000万光年以上*3あり、こちらもメシエ天体中最遠の部類です。

これほど遠くにあるにもかかわらず8〜9等もの明るさで見えているのは、このM77の中心核が大変活動的で、すさまじく明るく輝いているため。M77の中心には太陽の1000万倍以上の質量をもつ超巨大ブラックホールがあり、ここに物質が落ち込む際、その物質が加熱されて膨大なエネルギーを生み出しているものと考えられています。このような銀河は、提唱者の名前を取って「セイファート銀河」と呼ばれています。*4

一方のNGC1055は、ちょうどおとめ座のM104(ソンブレロ銀河)と同じような姿をしています。形の整った美しい銀河ですが、11等と暗いため、メシエらの使っていた小望遠鏡では見つけられなかったようです。発見したのはかのウィリアム・ハーシェルで、1783年のことです。


M77は銀河本体が明るい一方、周囲を取り巻く淡い腕が特徴的な天体です。そこで、中心核近くの渦巻きと周囲の腕の両方を生かすため、今回はオリオン大星雲の場合と同じく多段階露出を行っています。その甲斐あってか、どうにか中心部をつぶさずに表現することができたように思います。


なお、この写真の中にはM77とNGC1055以外にもたくさんの銀河が写りこんでいます。比較的目立つのは、写真中央左側に紡錘形に見えているNGC1072ですが、この他にも下でプロットしたように暗くて小さい銀河がたくさん見えます。この写真では、どうやら17等台後半の銀河まで写っているようです。



これらのうち、NGC1072はM77やNGC1055より5倍ほども遠い約3億4000万光年の彼方にある天体で、さらにPGC10354(正式名称:MCG +00-08-002)やPGC10146(正式名称:MCG+00-07-079)は約6億光年、PGC1145106(正式名称:2MASX J02430393-0022045)に至っては、地球から実に約10億光年も離れた位置にある天体です。*5 *6



3億4000万年前は石炭紀で、シダ植物や巨大昆虫が栄えていた頃、6億年前は先カンブリア時代のエディアカラ紀で、最古の多細胞生物として知られる「エディアカラ生物群」(ディッキンソニアやスプリッギナなどが有名)が出現した頃、10億年前ともなると、シアノバクテリア藍藻)が繁栄してようやく地球の大気中に酸素が増えてきた頃になります。

そんな大昔に出発した光が、わずか口径10cmの望遠鏡で捉えられて、今こうして見られるというのは、なんとも不思議な気がします。

*1:普通の天文系ブログ等で上の構図の写真だと満天の星空が写っているものだけど、星がほとんど見えない上にフラッシュなしで望遠鏡がこれだけ明るく写ってる時点で環境はお察し。唯一明るめに見えているのは、くじら座のα星メンカル(2.5等)。その右隣に微かに見えているのは同γ星のカファルジドマ(3.5等)

*2:もっとも、これは最も遅い時間帯に撮った1コマで、19時台に撮ったコマは高度の低さもあってはるかに真っ白でした。

*3:つまり、いま見えているM77からの光は、恐竜が絶滅した頃に放たれたものということになります。

*4:メシエ天体の中でも、ほかにもM64やM106など複数が知られています。

*5:主要銀河カタログ(Catalogue of Principal Galaxies, PGC)などのデータを調べるには、SIMBAD(http://simbad.u-strasbg.fr/simbad/)などを使うと便利です。

*6:現在のPGCのナンバーはあくまでデータベース整理のための内部的なもので、MやNGC、ICのように天体の名前として使うことは推奨されていません(「正式名称」として他のデータベースでの名称を記載しているのはそのため)。詳しくは以下を参照のこと。http://leda.univ-lyon1.fr/leda/param/pgc.html