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「BORG55FL+レデューサー7880セット」で必要なピント位置精度について

先日「BORG55FL+レデューサー7880セット」を初めて実際に使ってみたのですが、痛感したのはピント出しの難易度の高さでした。


普段、撮影時にはBackyardEOSを用い、星像のFWHM(Full Width at Half Maximum, 半値全幅)を参考にしてピントを合わせているのですが、先日の撮影時にはこれでピントを合わせたにもかかわらず、撮影後の画像を見るとわずかにピントがずれている感じがありました。

F3.6という明るさゆえ、合焦範囲が狭くなるのは承知していましたが、ここまでの微妙さは想像以上でした。


では、具体的にどのくらいのズレまでが許容されるのでしょうか?

必要な合焦精度は?

天体写真のピントが合って見えるかどうかは、どのくらいの距離からどのくらいの大きさの画像を見るかで決まってきます。実際には多少ボケていても、このくらいならシャープに見える、というボケの大きさを「許容錯乱円径」といいます。

この数字は、どのような状況を想定するかで大きく変わってくるのですが、代表的なものは以下のような基準です。

1. A4判プリントを標準鑑賞距離から見る場合

標準鑑賞距離は、鑑賞対象を見込んだ角度が35度になるような距離で、A4判プリント(210mm×297mm)の場合、対角線長の約1.59倍……約58cmとなります*1

ここで、鑑賞者の視力を仮に0.7とすると、約58cm離れたところから約0.24mm離れたものをギリギリ見分けることができると計算できます*2

センサーサイズがキヤノンAPS-C(22.3mm×14.9mm)の場合、A4判にプリントするということは約14倍に拡大していることになりますから、上記のプリント上の0.24mmはセンサー上の17μmに相当します。

つまりこの場合、ボケの大きさが17μm以下であればピントが合っているように見える……すなわち、許容錯乱円径は17μmということになります。

2. A4判プリントを明視距離から見る場合

細かいものを見るときは対象にグッと近づいて見ますが、目に負担をかけずに細かなものまで見ることが出来る、目と対象物との距離を「明視距離」といいます。計算では通常、25cmが採用されます。

ここから、上記の標準鑑賞距離の場合と同様に計算すると、プリント上で見分けられるのは0.10mm、センサー上では7μmとなります。

つまり、この場合の許容錯乱円径は7μmです。

3. センサーの画素ピッチを基準に考える場合

究極のシャープさを考えるのであれば「許容錯乱円径は1画素内に収まるべき」という考え方もありうるでしょう。この場合、許容錯乱円径=画素ピッチとなります。例えば私が使用しているEOS KissX5の場合、4.2μmとなります。

4. エアリーディスクを基準に考える場合

一般に、星のような点光源を望遠鏡やカメラで捉えると、光の回折現象により、星像は点ではなく、一定の広がりを持ちます。この広がりのことを「エアリーディスク」といい、星像はこれより小さくはなりません。逆に言えば、これより小さな許容錯乱円径を設定しても無駄、という考え方もできます。

エアリーディスクの大きさはレンズのF値と光の波長に比例します。焦点面、すなわちセンサー上でのエアリーディスクの直径(μm)は以下の式で求められます。


AD = 2.44 \lambda F


ここでλは光の波長(μm)、FはレンズのF値です。

λに590nm(0.59μm)*3、Fに「BORG55FL+レデューサー7880セット」のF値3.6をそれぞれ代入すると、エアリーディスクの直径=許容錯乱円径は約5.2μmとなります。

許されるピント合わせの誤差

許容錯乱円径が決まると、ピントが完璧に合う位置からセンサーが前後にどのくらいズレても許されるかが計算できます。この、ピントが合っているように見える範囲を「焦点深度」(Depth of focus, Critical Focus Zoneなど)と言います。焦点深度は以下の式で求められます。


CFZ = \pm F \delta


ここでFは光学系のF値、δは許容錯乱円径です。上記の各ケースについてこれを計算してみると、「BORG55FL+レデューサー7880セット」の焦点深度は以下のようになります。


許容錯乱円径焦点深度
標準鑑賞距離から17μm±62μm
明視距離から7μm±25μm
画素ピッチから4.2μm±15μm
エアリーディスクから5.2μm±19μm


また、許容錯乱円径から計算するものとは別に、「波動光学」の考え方から理論的に焦点深度を導き出す方法もあります。詳しくはこちらのサイトなどを参照していただくといいのですが、この考え方の場合、焦点深度は以下の式で求められます。


CFZ = \pm 2 \lambda F^2


ここでλは光の波長、Fは光学系のF値です。

λに590nm(0.59μm)、Fに「BORG55FL+レデューサー7880セット」のF値3.6をそれぞれ代入すると、焦点深度は±15.6μmとなります。


以上の結果を総合的に見ると、「BORG55FL+レデューサー7880セット」の場合、理論上はおおむね±15〜20μmの精度でピントを合わせることが必要と言ってよいかと思います。いわゆるコピー用紙の厚さが90μm程度なので、要求される精密さのほどが知れようというもの。この焦点深度の浅さですから、スケアリングに敏感なのもむべなるかなといったところです。

ちなみに、F10のEdgeHD800で同様の計算をすると、焦点深度は±100μmくらいのオーダーになるので、それと比べてもかなり厳しい精度です。


また、「BORG55FL+レデューサー7880セット」に同梱されているM57ヘリコイドDXII【7761】の1目盛り分が100μmとのことなので、たとえバーティノフマスク等でピント位置の見極めができたとしても、ピント合わせ操作がかなり大変なのも想像に難くありません。


……というか、手で合わせられるんだろうか、これ……( ̄w ̄;ゞ

*1:三角比の初歩ですね。

*2:視力=1/分解能(分)なので、ここから簡単に計算できます。

*3:光学計算で標準的に使われるd線の波長587.6nmを想定。