今年は5月以降の天気が悪かった一方で、梅雨入りした6月以降はむしろ天気が回復傾向。特に先週末は、新月期に晴れの予想と、天体撮影には絶好のタイミングでした。ただ、Windy(ECMWF, MSM)、SCWともに、完全な快晴ではなく夜半過ぎには雲がやや増えてくる予想。とはいえ、撮影は4月以来になりますし、この機を逃す手はありません。
さて、何を撮るかですが、雲が多めになることが予想されるので、対象は小さめの天体が良いでしょう。ということで選んだのが、いて座の「三裂星雲」ことM20です。この天体は、冷却カメラ導入前に「干潟星雲」M8とのペアで何度か撮っていますが、単独で撮影するのは初めてです。
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できれば比較の意味で、今回もM8とのペアで撮りたい気持ちもあったのですが、上述の理由で今回は見送りです。
また、大局的な見地で言うと、今後LED照明による光害がさらに悪化することは予想に難くない所で、青い反射星雲の成分が多いM20を撮るなら今のうち、という気持ちもありました。あとは目論見通り、うまく撮れるといいのですが……。

いつもの公園に到着すると、想像していたよりはマシな空。北側にまとまった雲があるものの、南側に目立った雲はありません。とはいえ、低空は霞んでいるのかかなり白っぽいです。ただでさえ対象の高度は低いのに、果たしてこれでどこまで写るものか……。

とりあえず「撮って出し」とASIFitsViewでオートストレッチした結果はこんな感じ。撮って出しの段階では星雲はほとんど分かりませんが、ストレッチをすると対象が見えてきます。北側の青い反射星雲もかろうじて存在が分かる気がします。
しかし、案の定というかなんというか、カブリが本当に酷いです。今回は反射星雲を撮影する都合もあって、デュアルナローバンドフィルターではなく伝統的光害カットフィルター(IDAS LPS-D1)を使用しているのも効いています。さて、このカブリを引き算して、果たしてどこまで星雲の成分が残るか……。

鏡筒の向いている先には、天の川の一番濃い部分があるはずですが……白い。実に白い空だなぁ (TwT)q: *1
こういう時ばかりは、空の暗いところが本当に羨ましくなってきます。

撮影自体はまずまず順調に進みましたが、予想通り、夜半頃から雲に遮られる時間が増えてきました。それでも、隙間を狙って撮影を続けますが、1時ごろにはそれも不可能に。対象の高度も30度を切ってきた上、西の空にはかなりしっかりした雲が居座っていて、動く気配がありません。これ以上待っても撮影条件は悪化する一方なので、やむをえずここで撤収となりました。さて、果たしてモノにできたでしょうか……?
リザルト
帰宅して仮眠後、早速処理に取り掛かります。得られたフレームは結局トータルでおおよそ3時間分。これらをダーク引き、フラット補正&スタックしたのち、カブリを取るのですが、幸いMGC(MultiscaleGradientCorrection)で大まかなカブリは除去することができました。残存するカブリはGraXpertで除去。これでおおよそ画像はフラットになりました。以前に比べると、処理もずいぶん楽になったなぁとつくづく……。
ここまできたら、あとは簡単。StarNetで星と背景を分離したり、SilverEfexを適用したりと常法通りゴリゴリ作業して……はい、ドンッ!

2025年6月28日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain100, 300秒×37, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsightほかで画像処理
久々にデュアルナローバンドフィルター以外で撮影した散光星雲の処理で苦戦しましたが、あの頼りないフレームからよくぞ……というくらい、立派な姿が浮かび上がりました。心配していた、北側の青い反射星雲もまずまずしっかり表現できているようです。逆に言えば、このくらい表現できるのなら、反射星雲の成分を含む散光星雲にはあえてデュアルナローバンドフィルターを用いなくてもそこそこ満足のいく結果になりそうです。

M20は、この北側の青い色とピンク色に輝く南側との色の取り合わせが大変美しい星雲です。南側の散光星雲(輝線星雲)を輝かせているのは、星雲中央にあるHD 164492AというスペクトルO型の星です*2。極めて巨大かつ高温の星で、この星から放たれる強烈な紫外線などの影響で、周囲の水素が励起され赤い光を放っています。
一方、北側の反射星雲を輝かせているのは、HD 164514というスペクトルA型*3の超巨星です*4。写真だと星がオレンジ色に見えますが、これはおそらく光が塵の中を通ってくるうちに青い光が散乱されたため。夕日が赤く見えるのと同じ理屈です。また、反射星雲が青く見えるのも同様で、塵によるレイリー散乱により短波長の光が優先的に散乱されて、観測者の目には青い光が届くのです。
また、「三裂星雲」という名前の通り、星雲の前面にはBarnard 85という暗黒星雲が横たわって、星雲を分割して見せています。もっとも、写真だと「三裂」というより「四裂」といった雰囲気です*5。

ちなみに1999年、ハッブル宇宙望遠鏡によってM20が撮影されていますが、その写真には分子雲雲中の原始星から噴き出す0.75光年に及ぶ巨大なジェット*6と、生まれたばかりの星から物質が引き剥がされて生まれる指のような構造が写っています。
該当する場所を拡大して見ると、今回の写真でも心眼レベルですがジェット(青矢印)と指(紫矢印)が写っているような……。このあたり、長焦点鏡を用いて拡大撮影すれば、もう少しハッキリするかもしれません。

M20の左上には、若い散開星団のM21があります。小ぢんまりした中に50~60個の星が集中しています。写真だとそれなりに存在感がありますが、明るい星が少ないので、派手な天体が揃う夏空では比較的地味な印象です。

M20の南側に目を移すと、淡いHII領域が左右にそれぞれ広がっているのに気が付きます。左側のものには特に名前がついていないようですが、右側のものはSh2-28という名前が付けられています。*7
なお、この天体が収載されている「シャープレスカタログ」は主要なHII領域を網羅していますが、このうち特にSh2-3~Sh2-32については、その位置の多くが誤っていることが知られています。このSh2-28も例外ではありません。これはシャープレスが歳差運動に伴う座標のズレを補正する際、誤りを犯したためと考えられています。詳しくは以下のページをご覧ください。
この影響で、ステラナビゲータで該当するシャープレス天体の位置を表示するとズレた位置にポインタが表示されます。おそらくはカタログに掲載されている座標をそのまま使っているのでしょう。これに限らず、他のソフトやウェブサービスでも誤った位置が表示される場合が多いので要注意です。

写真の南端には小さな散開星団と、それを弧のようにとりまくHII領域とが見えます。散開星団はBochum 14、HII領域はBFS 1と名前がついていますが、いずれもエース級の天体に囲まれて、目立たないこと甚だしいです。
つい先日、ヴェラ・ルービン天文台がファーストライトにおいてM8~M20付近の領域を撮影していて、Bochum 14も地味にピックアップされていました。この際、目を向けてもいいかもしれません。ナローバンドフィルターを用いれば、BFS 1ももう少しハッキリ写るはずです。
*1:さそり座の下部は激しい光害に飲まれて星が見えず、星座線すら繋げない惨状です。
*2:このHD 164492Aを含む、HD164492という星系は多数の恒星からなっていて、現在までに20個ほどの天体が同定されています。二重星どころじゃなかった!(笑) Ref. González, J. F. et al. (2016) BAAA, 58, 105-107
*3:ベガやシリウス、アルタイルがこのスペクトル型の代表的な星です。
*4:Lynds, B. T. et al. (1986) Astron J, 92(5), 1125-1225
*5:ちなみに「三裂星雲」(Trifid Nebula)と名付けたのはジョン・ハーシェルですが、父親のウィリアム・ハーシェルはこの星雲をH IV.41, H V.10, H V.11, H V.12の4つに分けてカタログに収載しています。
*6:分子雲からニョロッと飛び出してる繊毛みたいなヤツ。
*7:Sh2-28はただのHII領域ではなく、同領域にあるW28という超新星残骸の可視光成分ではないかという疑いがありますが、現在のところ詳細は不明なようです。