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ピント確認用マスクあれこれ

EdgeHD800での直焦点撮影では、ピントをどうやって合わせるかがやはり問題になってきます。これまでは「ピントエイド」や「BackyardEOS」のピント合わせ支援機能を用い、星像が最小になる点を合焦点としていたのですが、これだけの長焦点になるとシーイングによる星像の大きさのブレが少なくない上、合焦点近くでは星像の大きさ変化が小さくてピントの山がはっきりしないという問題がありました。そこで、やはりバーティノフマスクに代表されるピント確認用のツールがあったほうが便利だろうと思うようになりました。


バーティノフマスクはずいぶん以前にOHPシートに印刷したものを利用したことがあったものの、シートの厚みや透明度などの問題で正確なピントが出ないことから、使うのをやめていました。プラ板をカットしての工作もチャレンジしたことはあったものの、その面倒さに加えて上記ソフトの機能である程度満足できていたことから中断したままです。

一方で、当時は国際光器が扱うケンドリック社の高価な製品くらいしか既製品の選択肢がありませんでしたが、このところいくつかのショップで、オリジナル品として安価な製品が出回ってきています。作りの良し悪しにもよりますが、自作のものなどに比べて優位性があるなら、原材料費や手間を考えると買ってしまった方が賢いかもしれません。


というわけで、マスクによる回折パターンを確認できるソフト「Maskulator」を用い、いくつかのパターンについてシミュレートしてみました。なお、記事中のマスクパターンや焦点像は、クリックすると大きいものが見られます。

必要な合焦精度は?

検討を始める前に、ピント合わせの精度はどの程度までが必要とされるのかを確認しておいたほうがいいでしょう。このピントのズレの許容範囲を「焦点深度」(Critical Focus Zone)といいます。どの程度のズレまでが許容されるかについては、用いる理論や前提条件によって計算方法がいくつかありますが、「波動光学」に基づいた考え方、計算式では


CFZ = \pm 2 \lambda F^2

となります*1。ここでλは光の波長、Fは光学系のF値です。

たとえば私が使っているEdgeHD800の場合、F=10なので、λとして簡単のために500nmを代入すると、焦点深度CFZは±100μmとなります。髪の毛の太さが50〜100μm程度と言われていますから、相当に厳しい精度であることが分かると思います。もっとも、EdgeHD800はF値が暗い分相当マシな方で、これが写真用の明るい鏡筒となるともっとシビアになります。なお、これはあくまでも理論値(しかもかなり厳しめの見積)で、現実にそこまでの精度が求められることはありえませんが、それでも数十μmオーダーのピント合わせが必要になるのは確かです。


ちなみに、EdgeHD800の焦点像をシミュレートした結果がこちら。



(一番左の「Perfect」とあるのが完全に合焦した場合で、右は焦点面から各μmずつズレた時の像)

500μmくらいのズレならなんとか分かるでしょうけれど、シーイングの影響で星像が乱れる中、それ以下のズレをこれだけで判別するのはほとんど不可能に近いような気がします(^^;*2

「バーティノフマスク」は2種類ある?

さて、国内で「バーティノフマスク」と称して販売されているものには、実は2つの異なるマスク形状が混在しています。


1つは上記のケンドリック社製のものなどでおなじみの形状で、自作派御用達の「Bahtinov Focusing Mask Generator」で作成できるのもこれです。


国際光器ウェブサイトより)


そしてもう1つは「金属製バーティノフマスク」などの名前で売られているもので、斜め方向のスリットのみで構成されているものです。


シュミットウェブサイトより)

実はこちらは、正確には「バーティノフマスク」ではなく、「キャリーマスク」(Carey Mask)と呼ばれるものです。回折像をピント合わせに利用するという原理は同じなのですが、現れる回折像は全く異なり、合焦の判断方法もバーティノフマスクとは異なります。このことを知らないと、買ってから「しまった!」ということになりかねません。


まずバーティノフマスクによるピントの判定方法ですが、これはもう有名ですね。回折による3本の光条が1点で交わったところが合焦点です。合焦点近くの微妙なところになると肉眼での判断が難しくなりますが、上記のピントエイドをはじめ、ラインが1点で交わっているかどうかを判定してくれるソフトがあるので、そうしたものを利用すれば正確にピントを追い込むことができます。





一方のキャリーマスクですが、これは左右にそれぞれ±10度、±12度の傾きを持ったスリットが並んだものです。これらのスリットが回折像を作り、合焦点においては星を中心に±10度、±12度の傾きを持った4本の光条が現れます。ピントがズレている場合はこの光条の対称性がズレるので、それを頼りにピントを合わせます。




光条がクロスしたかどうかを判定するバーティノフマスクに比べると、キャリーマスクでは2度違いで並ぶ光条の傾き具合の対称性を判断しなければならず、難易度が高そうな印象を受けます。しかも、光条の傾きの差が見やすくなるのは先端の方ですが、光条は星から離れるほど暗くなりますからその意味でも少々厄介そう。支援ソフトの類も、私が知る限りではありません。


単に「金属製で精度が高そう」という理由だけで安易に飛びつくのはやめた方がよさそうです。

加工精度の影響

バーティノフマスクをプラスチックシートなどで自作する人も多いと思いますが、よほど手先が器用でない限り、切断面が荒れたり曲がったりしがちです。そこで、その影響をシミュレートしてみます。「切断面の荒れ」は、スリットの縁に細かいランダムな凹凸をつけることで近似し、「切断面の曲がり」は、スリットの形状をところどころ不規則に曲げたり、鋭角なコーナーを丸めたりすることで表現しています。これらをマスクとしたときに現れる回折像は以下のようになりました。








上の項で示したバーティノフマスクのパターンと比べると、切断面を荒らしたものは光条が明らかに短くなっています。また、切断面に曲がりがあるものは、一見大きな違いはないように見えますが、よく見ると光条のまわりににじみが発生していて、やや不鮮明になっています。この程度なら、実用上はそれほど大きな問題にはならないと思いますが、ちょっとしたことで回折像に思った以上の影響が出た印象です*3

スリット幅や材質の影響

自作する場合、スリットの数や幅が回折像にどう影響するのかも気になるところ。ついでなので、これについても見てみました。












回折像を見てみると、スリット幅が広くて数が少なめのタイプでは星に近い部分での光条の明るさが目立ちますが、逆に広すぎると光条自体が貧弱になってきます。一方、幅が狭くて数が多めの場合は、星から遠いところにまで光が回っていますが、光条自体の「明るさの最大値」はやや落ちる印象です。スリット幅が広くて数が少なめのタイプなら、ライブビューでも光条が確認しやすいかもしれませんが、逆に、合焦位置近くでは光条が短すぎて判断しづらいということもあるかもしれません。このあたりは好みの問題の範疇でしょう。


また、加工しやすさとのバランスで、薄くて柔らかめの材料を使おうという場合もあるかもしれませんが、この場合、もし自重に負けてマスクパターンがゆがんだりすると悪影響が出そうな気がします。とりあえず、マスクの中心部が落ち込んだと仮定して、軽く球面状に変形をかけたマスクでどのようなパターンが現れるか見てみると……




明らかに光条が拡散して、太く短くなっています。これでは精密なピント合わせは難しそうです。実際にはこれほどひどく変形することはないはずですが、少なくともスリットはきっちり直線を描いていないとダメ、ということは言えそうです。


こうして改めて見てみると、「きっちりと」加工された完成品には、やはりそれなりの存在意義があるといえると思います。自作するなら、強度にも気を配りつつ、丁寧に作る必要がありそうです。

*1:無収差の場合の星像のピーク強度に比べて、 星像のピーク強度が80%に低下するところまではピントずれを許容するとした場合。http://mtnsuzuki.la.coocan.jp/kaisetu1.htm http://www.njnoordhoek.com/?p=363など

*2:逆に言えば、実害もなさそうな気はするけど……。

*3:光条の交わり具合でピントを判断するバーティノフマスクと異なり、光条の角度差でピントを判断するキャリーマスクの場合は、光条が短くなったり不鮮明になったりするのは影響が大きいと思います。