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冷却カメラについて

最近、天文クラスタ界隈を眺めていると、ハイエンド志向ではない人たちの間でも冷却カメラを導入する動きが広がってきているように感じています。これまで冷却カメラというと古くはビットランやSBIG、近年ではFLIやQSIなどの高価な冷却CCDが主で、ためらいなくこれに投資できる人というのは限られていたように思うのですが、ここにきて、ZWOやQHYから動画カメラの流れをくむ安価な冷却CMOSなどが登場してきたことで、一気に敷居が下がった感じです。

そこで今一度、通常のデジカメと比較した場合の冷却カメラ*1の利点、欠点を整理してみたいと思います。自分も頭の中を整理しておきたいですし、これからカメラをどうしようかと迷っている方にも少しは役に立つのではないかと思います。

冷却カメラの利点

低ノイズ

CCDにせよCMOSにせよ、長時間の露光を行うといわゆる「ダークノイズ」が必然的に発生します。このノイズの主原因は熱なので、逆に言えばセンサーを冷やせばノイズの量は減少します。これが冷却カメラが重宝される最大の利点の1つです。特に夏場など気温が高い時期には、通常のデジカメだとセンサー温度がすぐ40℃を突破しますので、冷却の効果は大きいです。
もっとも、最近のデジカメの低ノイズぶりもなかなかのものですし、ある程度なら画像処理でノイズを軽減することもできますので、絶対的な利点とまでは言い切れない部分もあります。

高感度

これは特にモノクロカメラにおいていえることですが、センサーの前にカラーフィルターが存在しない分、光を損失しないので本質的に高感度です。この特長は、特にHαやOIIIといったナローバンドでの撮影において大きな意味を持ってきます。別途フィルターを用いてカラー画像を取得する場合も、例えばL画像をクリアフィルターで、R, G, Bの各画像をビニング(複数画素を束ねて、解像度を犠牲にする代わりに疑似的に感度を上げる手法)で撮影すれば恩恵を受けられます。

柔軟なフィルターワーク

上にも少し書きましたが、モノクロカメラの場合、HαやOIIIをはじめとしたナローバンド撮影が簡単に楽しめます。デジカメでもやってできないことはありませんが、センサー前のカラーフィルターによる光量損失がある上、ベイヤー配列が災いして実質的な解像度が大きく低下してしまいます。例えばHαでのナローバンド撮影の場合、ほぼR画素しか役に立たないため、R:G:B=1:2:1となっているベイヤー配列のセンサーでは、解像度は1/4になってしまいます。

光強度とシグナルの関係が素直

本来、画像センサーは光強度に比例したシグナルを出力するものです。しかし通常のデジカメでは白飛びや黒潰れを防ぐため、画像処理エンジンが低照度域・高照度域においてこの比例関係をわざと崩し、黒に近いところ、白に近いところに多くの階調が割り当てられるようになっています。
この戦略は「撮って出し」の通常の写真においては極めて有効なのですが、画像処理が前提の天体写真の場合、光強度とシグナルの比例関係が崩れているために画像処理の難易度が増してしまうことがしばしばあります(フラット補正など)。
さらにデジカメの場合、ノイズ除去など他にもデータ加工が施されている可能性がありますが*2、こうしたプロセスは完全にブラックボックスになっていて、具体的にどのような処理が行われているのか外部から知るすべがないのも問題です。
一方、冷却カメラ……特に冷却CCDの場合、元々が科学研究の分野で使われていたデバイスということもあり、文字通り、センサーの生出力がそのまま記録されるのが普通です。
ただし、動画カメラの流れをくみ、民生用のCMOSを流用している冷却CMOSの場合、このあたりがどうなっているのかは不明。おそらく変なことはしていないと思うのですが……。

画像処理が容易

上記の話とも関係しますが、特にフィルターを併用したモノクロカメラでの撮影の場合、画像は各色ごとのモノクロ画像として得られるので、フラット補正やカラーバランスの調整が容易です。
デジカメの場合、ベイヤー配列からの補完処理により、記録の段階ですでにRGBの各色が混じってしまっているため、画素ごとに各色を正確に分離することは不可能です。そのため、光害カブリなどにより背景に色むらが生じた場合など、補正が非常に難しくなります。この部分に関してはカラー冷却カメラも同様です。

光害に強い

通常のデジカメは、シグナルを12bitないし14bitの階調で記録することがほとんどです。メインの最終出力が紙へのプリントだったりJPEG(階調は8bit)だったりするので通常目的ならこれで十分なのですが、微弱な光を捉える天体写真の場合、必ずしも十分とは言えません。特に光害地での撮影の場合、光害まみれのバックグラウンドと天体のわずかな光とを分離しなければならないので、この「わずかな差」を記録できるだけの階調の細かさが必要です。
この点、冷却CCDでは普通、はるかに細かい16bitの階調でデータを記録するので、天体からの光を分離するのが比較的容易になります。これが、よく「冷却CCDは光害に強い」と言われるゆえんです。
ただし、ZWOやQHYの冷却CMOSの場合、最大でも12bitで記録される仕様*3となっているため、この恩恵は受けられません。


【2016.8.27追記
読み出しノイズなどの影響を考慮に入れていなかったので、上記記述は保留で。フルウェルキャパシティとADコンバータのbit数だけから考えると12bitでは不足なように思えるけど、ここにノイズが乗ってくると、高いサンプリングレートにどこまで意味が出てくるか…。デジカメでの考察ですが、以下の記事など見るとちょっと考えさせられます(特に3a)。
Noise, Dynamic Range and Bit Depth in Digital SLRs

冷却カメラの欠点

高価

いくら安くなったとはいえ、価格低下の著しいデジカメと比べるとやはり一段上の出費が必要になります。有名メーカーの冷却CCDともなると50〜100万円近い費用がかかることもしばしばです。

運用の手間

冷却カメラの場合、消費電力が大きいので他の機器とは別に大容量のバッテリーを用意することがほとんどです。その分、荷物が増える上にバッテリーマネジメントの手間が増えます。
多湿な日本で使った場合、結露の危険性が排除できないのも厄介なところ。場合によっては、乾燥空気をチャンバーの窓に吹き付けるなどの工夫が必要になるかもしれません。センサー本体については普通、乾燥不活性ガス雰囲気下に封入されているので結露の心配は基本的にありませんが、年月とともにガスが抜けてくることがあり、その場合はメーカーに送り返して再充填が必要です。安価な冷却CMOSではここまで凝った構造にはなっておらず、乾燥材で湿気を除去しているだけですが、その場合は定期的に交換が必要です。
また、モノクロカメラを用いる場合、多くの場合でフィルターワークが必要になるため、撮影の手間が増えるとともに、画像枚数が純粋に増える分、画像処理にも手間がかかります*4。カラーカメラを用いればこの手間は軽減できますが、逆に高感度や画像処理の容易さ、運用の柔軟性といった冷却カメラの利点の一部を手放すことになります。

画角が狭い

冷却カメラのセンサーは、35mm版フルサイズやAPS-Cが当たり前のデジカメに比べると狭い場合がほとんどです*5。大きめのセンサーサイズで一番普及しているのがフォーサーズくらいの大きさで、1インチ型などさらに小さいセンサーサイズのものも多く存在します。
センサーサイズが小さいということは、同じ光学系で撮影しても画角が狭くなるということ。惑星状星雲や系外銀河といった小さい天体のクローズアップ撮影には向きますが、散光星雲などの広がりのある天体を撮ろうとすれば、複数画像を繋ぎ合わせるモザイク撮影が必要になってきます*6
もちろん、焦点距離の短い光学系を使えば画角を広くすることは可能です。しかし、小さいセンサー面により広い範囲を写し込むということは、その分極めて高い光学性能が必要*7ということでもあり、なかなか大変です。

製品開発のスピード

新製品が次々に出てくるデジカメに比べると、ニッチな市場だけに製品サイクルが遅いのは否めません。一時期に比べるとだいぶ落ち着いてきたものの、センサーの性能は向上し続けており、世代によっては「デジカメの方が冷却カメラより高性能」という逆転現象が起こりえます。




こうして利点・欠点を並べてみると、特に最近人気が出ている冷却CMOSの場合、通常のデジカメに比べて明確に利点といえるのはノイズの少なさくらい。そして、モノクロカメラを使った場合に画像処理の容易さ、フィルターワークの柔軟性が加わる程度でしょうか。感度については、画素面積が大きいAPS-Cやフルサイズのデジカメと比べてどうかという疑問がありますし*8耐光害性能を期待している向きにはADコンバータが12bitなのが致命的です。


冷却カメラで一般に期待されている利点を十全に享受するには、現状ではやはり従来型の冷却CCDに行くのが確実なようです。非常に高価なイメージがありますが、QHYあたりの製品にはかなり安価なものもある(QHY9など)ので、以前よりは入手しやすくなってきているとは思います。もっとも、安価な分のしわ寄せは必ずどこかに来ているはずなので、そこをどう考えるかでしょう。


私の場合は……荷物が増えることや運用の手間を考えると、まだ普通のデジカメでいいかな?という感じ。どうしても買うなら、耐光害性能を期待して冷却CCDでしょうか。冷却CMOSについては、もし手を出すとしても、おそらくはナローバンド専用になると思います*9

*1:ここではデジカメを改造した「冷却一眼レフ」は除きます。ちなみに、冷却一眼レフの特徴は、画角が相対的に広いことを除けば、利点・欠点ともにカラー冷却CMOSと共通する部分が多いので参考まで。

*2:デジカメの場合、通常、RAWとは言ってもまったくの未加工ではありません。

*3:同じセンサーを使っているオリンパスなどのカメラも12bit RAWなので、おそらくセンサー側の制限。仕様がこうなっているのは、おそらく画素が小さくて電子の蓄積容量(フルウェルキャパシティ)が少ないため、あまりbit数を細かく分割しても無駄、という判断かと思われます。

*4:ただし、処理の難易度自体は通常のデジカメよりむしろ楽なはず。

*5:大きいセンサーサイズの冷却CCDはもちろん存在しますが、周辺機器を含め価格が大抵えげつないことになります。

*6:空の暗い所ならともかく、光害地では露出時間や画像処理の関係で相当困難だろうと思います。

*7:極端なたとえですが、同じ文字を書くにしても、A4の紙に書くのと米粒に書くのとどちらが簡単かを考えれば、想像はつくかと思います。

*8:それでもモノクロカメラなら十分高いはず。一方で、カラーカメラだとデジカメと大差ないはずです。

*9:そしてナローバンド撮影に好適な被写体の1つ、散光星雲は画角的にあまり向かないという……orz 惑星状星雲専用かなぁ。