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オートガイド検証

昨日のエントリで、赤経方向の流れの原因を「修正のオーバーシュートではないか?」と書きましたが、今一つ確信が持てなかったので、ログデータを元に、もう少し綿密に解析してみました。

ログファイルの構造

「PHD guiding」では、メニューから「Tools」→「Enable Logging」とするか、Advance Setup(脳みそのマークのボタンで開くメニュー)で「log info」にチェックを入れると、動作中のログをファイルとして残してくれます。


ログファイルの中身はこんな感じ。カンマ付きテキストなのでExcelなどで読み込めます。キャリブレーション時の動作なども記録されていますが、大事なのはそのうしろ。「Frame,Time,dx,dy…」と書かれている行以降です。ここに、ガイド中のオートガイドの動作が記録されています。

各項目の意味は以下の通り(厳密には違うかもしれないけど大意は合ってるはず)。

  • Frame:キャプチャーした動画フレームの通し番号
  • Time:ガイド開始以降の秒数
  • dx:初期位置からのガイド星のズレ(オートガイダーの撮像素子のX軸方向 単位はピクセル
  • dy:初期位置からのガイド星のズレ(オートガイダーの撮像素子のY軸方向 単位はピクセル
  • Theta:初期位置からのガイド星のズレ方向。単位はラジアン
  • RADuration:赤経方向の修正のために送信したパルスの持続時間。単位はミリ秒。
  • RADistance:dx, dy, Thetaの値、およびキャリブレーション結果から計算された、赤経方向のガイド星のズレ。単位はピクセル
  • DECDuration:赤緯方向の修正のために送信したパルスの持続時間。単位はミリ秒。
  • DECDistance:dx, dy, Thetaの値、およびキャリブレーション結果から計算された、赤緯方向のガイド星のズレ。単位はピクセル
  • StarMass:ガイド星の光強度
  • ErrorCode:エラーコード

これらのうち、ユーザーにとって大事なのはRADistanceとDECDistanceの値です。Timeに対してこれらをプロットすると、ガイド星が赤経赤緯のどちらの方向にどの程度流れ、どのタイミングで修正が入ったか、一目瞭然になります。

ログファイルの解析



これが、昨日も示したプロットです。

まず赤緯方向(赤線)ですが、一定方向にズレていった後、修正が入る、という動きがある程度の周期をもって繰り返されていることが分かります。ズレが一定方向かつ速度も同程度ということを考えると、これはおそらく赤道儀を設置したときの極軸の設定方向のズレが原因ではないかと思われます。ドリフト法などで慎重にセッティングすればたぶん改善するでしょう。

追記
この赤緯方向のずれですが、考えてみれば、おそらくは赤道儀が天体自動導入時のアライメント結果に従って修正をかけているためではないかと思います(極軸のずれにしては修正量が大きすぎ)。だとすれば、目的天体導入後に赤道儀の電源を一度切ってアライメント結果をリセットすることで回避することができるのではないかと思います。

一方、赤経方向(青線)は頻繁に修正が入り、0を挟んでプラスにマイナスにとフラフラしているのが分かります。これについては昨日も書いたとおり、基準点を挟んで過修正を繰り返している…いわゆる修正がオーバーシュートしている状態ではないかと思います。これについては、Advanced setupの「RA Aggressiveness」の値を下げることで解決できそうです。

ちなみに「RA Aggressiveness」は、ガイド星のズレに対してどれだけ敏感に反応するかを決める値です。この値が大きすぎるとわずかのズレにも過敏に反応して、過修正を繰り返すことになります。逆に小さくしすぎると鈍感になりすぎて、大きくズレても修正がかからなくなってしまいます。この値については、実際のガイドの様子をモニタリングしながら決める必要がありそうです。

なお、赤経方向、赤緯方向ともにズレの平均値はおおむねゼロになってますので、少なくともオートガイダー〜ガイド鏡までの段階では致命的なガイドエラーはなさそうです。

ガイドエラーの影響


さて、今回の撮影では上記のようなガイド状況だったわけですが、これが実際の画像にどう影響したかを次に考えてみます。

上記の通り、ログファイルにはガイド星の赤経方向、赤緯方向のズレ量がピクセル単位で記録されています。そこで、横軸をRADistance、縦軸をDECDistanceとしてプロットしてやると、ガイド中にガイド星がどう動いたかが明確になります。下がそのプロットです。



(横軸がRADistance(pixel)、縦軸がDECDistance(pixel))


こうしてみると、ガイド星の位置はおおむね±0.5ピクセルの範囲内に収まっていますが、たしかに若干赤経方向に伸び気味のようです。

では、このズレが撮影結果にどの程度影響するかですが、それにはオートガイダーの撮像素子の画素サイズと撮影用カメラの画素サイズ、ガイド鏡と撮影鏡の焦点距離のデータが必要です。

まず、オートガイダーの撮像素子の画素サイズですが、上記のズレ量(ピクセル単位)に画素サイズをかければ、撮像素子上でガイド星の像が実際に何μm動いたかを算出することができます。

さらに、ガイド鏡と撮影鏡の焦点距離の比から、撮影用カメラの撮像素子上で星の動いた距離(μm)が計算でき、これを撮影用カメラの画素サイズで割れば、この移動量が何ピクセル分に相当するかが分かるというわけです。

今回の撮影システムにおけるそれぞれの値は以下の通りです。

  • オートガイダーの撮像素子の画素サイズ:8.2μm×8.4μm → 約8.3μm四方
  • ガイド鏡の焦点距離:540mm
  • 撮影鏡の焦点距離:795mm
  • 撮影用カメラ(ペンタックス K-7)の画素サイズ:約5μm四方

また、この計算を意味のあるものにするためには、そもそも星がどの程度の大きさに写るのかを知っておく必要があります。もし上記で計算した移動量が星の像の大きさに比べて十分小さければ、ガイドエラーがあったとしても実用上問題ない、ということになります。

一般に、星のような点光源を望遠鏡やカメラで捉えると、光の回折現象により、星の像は点ではなく、一定の広がりを持ちます。この広がりのことを「エアリーディスク」といい、星の像はこれより小さくはなりません。エアリーディスクの大きさはレンズのF値と光の波長に比例します。細かい解説はWikipediaあたりに任せますが、エアリーディスクの直径(μm)は以下の式で求められます。


AD = 1.22 x λ x F x 2


ここでλは光の波長(μm)、FはレンズのF値です。光の波長として590nm(=0.59μm)、Fとして撮影鏡であるED103SのF値焦点距離795mm/口径103mm≒7.7)を入れると、約11μmとなります。画素サイズより大きいのですね。うまく収まって4画素、星の位置によっては9画素が表現に必要になる計算です。

これらを勘案して、今回の撮影における撮影用カメラの撮像素子上の星の軌跡を描いたのが下の図です。



○で示したのはエアリーディスクで、図には撮像素子の画素に相当する5μm四方の方眼を引いてあります。これを見ると、星像はエアリーディスクの約2倍の直径、面積にして4倍ほどに膨れています。実際には、空気の揺らぎなどもあって星像はエアリーディスクより肥大しますし、デジカメのローパスフィルターの影響、ベイヤー配列の撮像素子から画像を復元するときの補間処理なども考えると、結果は甘めに見てもいいとは思いますが、それでももう少し収束していてほしい気がします。

また、この時に撮った写真の星像を拡大したものを上のプロットと並べてみると…



…よく似ていませんか?

原因のすべてではないにせよ、問題の一端は極軸のセッティング赤道儀による修正動作とPHD guidingのパラメータ設定にありそうです。


なお、今回の考察に当たっては、もりむら氏の「M&M Village」のこちらの記事群を参考にさせていただきました。この場を借りて御礼申し上げます。