春の銀河シーズンを前に、EdgeHD800で直焦点撮影を行う場合にガイド鏡に必要な焦点距離はどのくらいだろう?というのが改めて気になってきました。
よく言われるのは「撮影鏡の1/2〜2/3程度が適当」というものですが、これをシュミットカセグレンをはじめとした口径20cmクラスの長焦点鏡に適用すると、1000mm以上の焦点距離が必要になってしまいます。必然的にF値は暗くなり、視野の狭さも相まってガイド星を探すのは困難になりがちです。
一方、むやみにガイド鏡の焦点距離を伸ばしても益はない、という意見もよく見かけます。ガイド鏡はコンパクトで明るく軽量なのが理想ですから、焦点距離が短くて済むのなら大助かりです。
そこで、どのくらいの焦点距離がガイド鏡に必要なのか、机上で粗く見積もってみようと思います。*1
1ピクセルが見込む角度は?
まずは、オートガイダーおよび撮影用カメラの1ピクセルが、どの程度の角度に相当するのか計算してみます。これが分かれば、ガイドミスの許容量やシーイングの影響を見積もるのが楽になります。
撮像素子上の1ピクセルが見込む角度FOVp(Field Of View per Pixel)(秒)は以下の式で計算できます。
ここでpは撮像素子のピクセルサイズ(mm)、fは光学系の焦点距離(mm)です。
ガイドカメラとしてStarlightXpressのLoadstar(p=0.0083mm)またはZW OpticalのASI120MM(p=0.00375mm)、撮影用カメラとしてEOS KissX5(p=0.0042mm)を用いた場合のFOVpを計算したのが以下の表です。
f(mm) | FOVp(") |
---|---|
200 | 8.56 |
300 | 5.71 |
400 | 4.28 |
500 | 3.42 |
540 | 3.17 |
600 | 2.85 |
700 | 2.45 |
800 | 2.14 |
900 | 1.90 |
1000 | 1.71 |
f(mm) | FOVp(") |
---|---|
200 | 3.87 |
300 | 2.58 |
400 | 1.93 |
500 | 1.55 |
540 | 1.43 |
600 | 1.29 |
700 | 1.10 |
800 | 0.97 |
900 | 0.86 |
1000 | 0.77 |
f(mm) | FOVp(") |
---|---|
533 | 1.63 |
795 | 1.09 |
1422 | 0.61 |
2032 | 0.43 |
エアリーディスク、シーイング、収差…
上記の議論は、「星像を1ピクセルもずらさない」という厳しい条件の話ですが、実際には、点光源であるべき星像は回折や大気の揺らぎ(シーイング)、光学系の収差などによって大きく膨らんでいます。こうしたことを考えると、ガイド精度はもっと甘くもよさそうです。では、それぞれの要因によって、どの程度星像は膨らんでいるのでしょうか?
エアリーディスク
一般に、星のような点光源を望遠鏡やカメラで捉えると、光の回折現象により、星像は点ではなく、一定の広がりを持ちます。この広がりのことを「エアリーディスク」といい、星像はこれより小さくはなりません。エアリーディスクの大きさはレンズのF値と光の波長に比例します。エアリーディスクの直径(μm)は以下の式で求められます。
ここでλは光の波長(μm)、FはレンズのF値です。
光の波長として590nm(0.59μm)を用いて計算した場合、私のシステムでの各エアリーディスクはそれぞれ以下の大きさになります。
- ガイド鏡(F9):12.95μm
- ED103S(F7.7):11.09μm
- ED103S+レデューサー(F5.2):7.49μm
- EdgeHD800(F10):14.40μm
- EdgeHD800+レデューサー(F7):10.08μm
撮影鏡でのエアリーディスクの大きさを見ると、最も小さい「ED103S+レデューサー」の場合でも直径約7.5μm=0.0075mmあり、カメラのピクセルでいうと2ピクセル四方の面積を占める計算です。F値が大きいEdgeHD800ではさらに顕著で、4ピクセル四方が必要になります。
なお、ガイド鏡におけるエアリーディスクの大きさは、Lodestar上で2ピクセル四方、ASI120MM上で4ピクセル四方の面積に相当します。
収差
上記の話は、望遠鏡において星の光は1点に集まるもの、として計算した場合のものです。しかし、実際には物理的・光学的な限界や材料・設計上の制約、製造誤差などにより、星の光は1点には集まりません。これを「収差」といい、現実の光学系では決して避けることができない現象です。
点光源がどのような像を結ぶかをシミュレートしたものが「スポットダイアグラム」ですが、これを見れば収差によって星像がどの程度肥大するかを判断することができます。
ED103Sのスポットダイアグラムは、以下の書籍に掲載されています。

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これによると、g線(435.8nm)以外の光はおおよそエアリーディスクの範囲内に収まっています。ただし、レデューサーを用いた場合は周辺像が改善される代わりに像が若干甘くなり、視野中央の星像はエアリーディスクの3倍程度にまで広がってしまっています(ただし、焦点距離が短い分エアリーディスクも小さいので、撮像素子上の実サイズとしてはレデューサー未使用時の2倍程度)。
一方、EdgeHD800のスポットダイアグラムはセレストロンのサイトで公開されていて(http://www.celestron.com/c3/support3/index.php?group=c3&_m=downloads&_a=downloadfile&group=c3&downloaditemid=810)、これを見ると視野中央の星像はおおむねエアリーディスクの範囲内に収まっています。レデューサー使用時のデータは不明ですが、余分な光学系が挟まる以上、像が多少甘くなるのは避けられないでしょう。とりあえず、ここでは撮像素子上の実サイズにして「レデューサー未使用時の1.5倍程度」に広がるものと仮定します。
シーイング
私たちは分厚い大気の層を通して星を見ていますが、この大気中には温度や気圧の異なる空気の塊がいたるところにあり、風や対流によって複雑に動いています。星からの光はこれらの空気塊の境界で屈折し、様々な方向に不規則に曲げられることになります。その結果、星の光は1点には決して収束せず、ある程度の範囲で揺れ動きます。このような大気の揺らぎによる星の像の乱れを「シーイング」といいます。
シーイングの良し悪しは、地形や季節によって大きく変わりますが、偏西風帯に位置する日本のシーイングは一般にあまりよくありません。シーイングによって肥大した星像の大きさを「シーイングサイズ」といいますが、特に空っ風が吹きすさぶ冬の関東などは最悪で、ひどいときにはシーイングサイズが角度にして10秒にも達することがあるといわれています。三鷹の国立天文台における観測では、秋に平均2秒程度のシーイングサイズが観測されています(http://www.ioa.s.u-tokyo.ac.jp/~kmotohara/seeing/obs/seeingobs.pdf)。
2秒の直径が撮像素子上でどのくらいの大きさになるかは以下の通り。
- ED103S:約7.7μm
- ED103S+レデューサー:約5.2μm
- EdgeHD800:約19.7μm
- EdgeHD800+レデューサー:約13.8μm
見て分かるように、シーイングの影響は焦点距離が長くなるほど大きくなります。
実際に求められるガイド精度
上記の通り、実際の星像は回折や収差、シーイングの影響で膨らんでいます。収差で膨らんだ星像がシーイングサイズの範囲内を揺れ動くと考え、それが積算されたものを最終的な星像とすると、その大きさはおおよそ以下のようになります。
- ED103S:約19μm
- ED103S+レデューサー:約28μm
- EdgeHD800:約34μm
- EdgeHD800+レデューサー:約29μm
そしてこのデータを、EOS KissX5のピクセルサイズと各光学系のFOVpを用いて角度に直すと以下の通り。
- ED103S:約5秒
- ED103S+レデューサー:約11秒
- EdgeHD800:約3秒
- EdgeHD800+レデューサー:約4秒
20%程度の星像の肥大は許容する*2ことにすると、最も長焦点であるEdgeHD800の場合でも0.6秒程度のガイド精度があればOKということになります。冒頭での計算でいえば、Loadstar使用時の焦点距離300mmのガイド鏡の仮想的解像度に相当する値です。ガイドカメラがASI120MMなら計算上は焦点距離130mm程度でOK。焦点距離200mmともなればお釣りが来ます。
「焦点距離200〜300mmのガイド鏡で焦点距離2000mmの撮影鏡をガイド」などというのは、一昔前なら「非常識」の一言で片付けられていたところですが、ガイド用カメラの高解像度化が進んだ現在なら、十分に検討する価値がありそうです。