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冷却CMOS本格始動!

せっかく5月に冷却CMOS(ZWO ASI2600MC Pro)を入手したものの、月齢や梅雨の長雨などに祟られ、長いこと本格投入することができずにいました。しかし、19日の夜は久々に快晴になる予報で、体感温度的にも耐えられそうな雰囲気。おまけに週末は天気が崩れそうということで、平日ですがちょっと無理していつもの公園に出撃してきました。


今回の狙いはケフェウス座の散光星雲IC1936。「ガーネットスター」の愛称で知られる赤色超巨星ケフェウス座μ星の南に広がる大型の散光星雲です。写真派には有名な天体ですが、とにかく淡い上、撮影場所が都心も都心、北10km圏内に渋谷・新宿を控えているため、それなりに困難な対象です。


一応、3年ほど前に、EOS KissX5 SEO-SP3にOPTOLONGのCLS-CCDフィルターを用いて撮ってはいるのですが、色は濁るわディテールはつぶれるわで、いかにも無理やり感の漂う仕上がりでした。
hpn.hatenablog.com


そこで今回は、ASI2600MC ProにAstronomikのHαフィルター*1およびIDASのNebulaBooster NB1フィルターを用い、よりしっかりとIC1396の姿を捉えることを目標としました。


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まず、光害が比較的激しいと思われる夜半前は、Hαでのナローバンドでの撮影を試みます。AstronomikのHαフィルターの半値幅は6nmと狭いので、1コマ当たりの露出時間は長めに20分としました。


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撮って出しはこんな感じ。極めて激しい光害の中にもかかわらず、星雲の姿がはっきり確認でき、少しは期待できそうです。


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夜半過ぎからはフィルターをNB1に切り替え。フィルターの厚さが、AstronomikのHαフィルターが1mmなのに対し、NB1は2.5mmあるので、ピント位置が変わってしまうのが厄介ですが、ちょうど子午線反転するタイミングでもあり、それほど大きな面倒は感じませんでした。
hdv-blog.blogspot.com


NB1フィルターの方は、光量があるので露出は1コマ当たり15分で。この条件で天文薄明開始頃まで撮影を行い、終了としました。


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こちらの撮って出しはこんな感じ。さすがにナローバンドのように星雲の姿がハッキリと……とはいきませんが、それでも星雲の存在は分かります。3年前のCLS-CCDを用いた時の結果とは明らかに違い、期待が持てそうです。


ちなみにASI2600MC Proの消費電力ですが、外気温約27℃、CMOSの設定温度0℃として、結露防止ヒーターONの状態で約7時間運転して、容量700Whの電源が20%程度減るくらいでした。消費電力は案外とつつましやかな印象です。また、このときの冷却機構のパワーが60%程度と余裕がありそうだったので、イチかバチかで設定温度を-10℃にしてみましたが、冷却機構がフルパワーで動いてもギリギリ届きませんでした。ASI2600MC Proの仕様では「外気温-35℃」が限界なので、まさに仕様通りの結果と言えるでしょう。




さて翌日、時間を見つけてこれらの画像をそれぞれ処理します。


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処理途中はこんな感じ。コントラストはさすがにHαナローの方が有利。とはいえ、NB1の方も「準ナロー」とでもいうべきフィルターなので、これはこれでなかなかよく写っています。しかし、せっかくのHα画像を生かさないのはもったいないので、まずはNB1で撮影した画像のRチャンネルをHα画像と入れ替えてみます。



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そして各種調整後の画像がこちら。星雲の細部が締まって、だいぶ見栄えが良くなりました。しかし、Hα画像の良さが生かし切れていない感じも多少ありますし、星雲もやや重ったるい感じがなくもありません。


そこで、今度はHα画像を輝度情報とし、NB1の画像とLRGB合成してみます。合成後、さらにあれこれ調整して……出てきた結果がこちら!


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2020年8月19日 ミニボーグ55FL+レデューサー0.8×DGQ55(D55mm, f200mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃, Gain=0, 露出1200秒×8コマ(Hα)+900秒×12コマ(NB1)
Astronomik Hα & IDAS NebulaBooster NB1使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.7.1eほかで画像処理

うん。東京都心でここまで写せれば、まずは上出来でしょう。有名な「象の鼻星雲(Elephant's trunk nebula)」をはじめ、暗黒星雲が複雑に入り組んだ様子がよく分かり、なかなか興味深い姿です。


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象の鼻星雲(Elephant's trunk nebula)

今回使ったフィルターはいずれも基本的には輝線しか通さない*2ので、IC1396中心部などに存在する、反射星雲由来の青い光などが一切表現されないのは惜しいところ。とはいえ、場所柄、淡い反射星雲由来の光を捉えるのは土台無理な話ではあるので、そこは諦めざるをえないでしょう。


コロナ禍で遠征がためらわれる昨今ですが、街なかでも工夫とテクニック次第でこのくらいは撮れるので、皆さんも諦めずにチャレンジしてもらえればと思います。




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ところで今回の撮影中、合間を縫ってAZ-GTi+MAK127SPを使って木星土星、火星などを観望していました。


実は、AZ-GTiの電源(eneloop)を充電器に入れたまま家に忘れてきてしまったのですが、そこらのコンビニで手に入る単三電池を買って事なきを得ました*3。肝心の惑星像の方は、3万円台の安い鏡筒にもかかわらず、相変わらず良く見えます。ちょうどシュミットさんでセールをやっていますし、チャンスかもしれません。
www.syumitto.jp

*1:本当はOPTOLONGのHαフィルターを入手する予定だったのだけど、生憎欠品とのことでやや高めのこちらのフィルターを購入した次第。とはいえ、半値幅が7nm→6nmと、より狭くなっているので性能は期待できます。

*2:通す波長を考えると、「疑似AOO」と言ってもいいかもしれません。

*3:街なか撮影のありがたいところです。

VSD100F3.8生産終了

特にアナウンスなどはないようですが、いつのまにやらビクセンのVSD100F3.8鏡筒が在庫払底、生産終了扱いになっていました。

www.vixen.co.jp


VSD100F3.8は、ビクセンHOYA株式会社(当時のPENTAXイメージングの親会社)から正式に特許権及び図面の譲渡契約を結んで開発された鏡筒です。発売は2013年11月29日でしたから、6年ちょっとで終売ということになります。


この鏡筒は「ツチノコ」の愛称で知られたペンタックスの100SDUFII(口径100m, F4)の設計を引き継ぎ発展させた光学系で、SDガラス1枚、EDガラス1枚を含む5群5枚という、ビクセンとしては非常にリッチな構成の光学系でした。この複雑な光学系を製造するため、新規に大型レーザー干渉計Zygo Verifire ATZを導入するほどで、まさに社運をかけての一大プロジェクトでした。


このように気合の入った光学系だけに、イメージサークルは直径70mm(光量約60%)とフィルム時代の645判をもカバーし、星像は写野周辺部でも約15μmを保つという高性能ぶりでした。


接眼部にはペンタックスの鏡筒から引き続き大型ヘリコイドを採用。この精密ヘリコイドの製造には特殊な工作機械と職人技が必要で、このタイミングを逃すと危うく作れなくなる寸前だったと言います。


ともあれ、アイソン彗星(C/2012 S1)の接近(2013年12月)をターゲットにしたと思われるこの鏡筒、どうにか彗星接近直前には発売にこぎつけましたが、その価格は鏡筒のみで税別62万円という、ビクセン製品にしては驚きの高価格。性能等を考えればやむを得ない価格だとは思いますが、高橋製作所のFSQ-106EDをも上回る価格で、賛否両論を巻き起こしたのは記憶に新しいところです。


残念だった点

このように、高価格ながらも高性能な鏡筒でしたが、それだけに惜しい部分も目に付きました。


まず、オプションの発売が完全に後回しになってしまった点です。アイソン彗星に間に合わせるためか、鏡筒本体だけでも2013年内に間に合わせた形ですが、この時点で発売されたのは本当に鏡筒だけ。純正の鏡筒バンドすらなかったのには(悪い意味で)驚きました。


結局、鏡筒バンドと専用のファインダー台座が発売されたのが鏡筒発売から9か月も経った翌年8月22日、専用レデューサーの発売は10月2日と大幅に遅れ、発売が予告されていたエクステンダーについてはとうとう登場せずじまいでした。製造数の関係上、VSD100F3.8の出荷本数がある程度の数に達するまで待っていたのかもしれませんが、設計だけならとうの昔に完了しているはずで、ちょっとメーカーとしてのやる気を疑う展開でした。



そして、これは以前も指摘した点ですが、売り方、そしてコンセプトの拙さです。


この鏡筒の最大の特長は、F3.8という明るさに加え、645判すらカバーする平坦で均質、広大なイメージサークルにあるはずです。しかし製品紹介ページにその記述は少なく、しかも大量の文章の中に埋もれていて、じっくり読まないと目につきません。


その結果、本来は棲み分け可能であるはずのFSQ-106EDと、中心部の星像を比べられる羽目に陥ってしまいました。明るいF値と広いイメージサークル全体に渡っての星像の均質性を生かして、淡く大きく広がった対象を35mm判フルサイズ超の大面積のセンサー、フィルムでガバッと捉えるのこそが真骨頂のはずですが、そこがうまく伝えられていなかった証拠です。


ただ一方で「一番の「ウリ」であるはずの広大なイメージサークルを生かす場面が、現在ほとんどない」という点に、コンセプトの甘さを感じます。デジタル撮影で用いられるイメージセンサーとしては、36.9mm四方の面積を持つKAF-16803や、ペンタックス 645Zや富士フイルム GFX100などで用いられている43.8×32.8mmのCMOSあたりが最も大きい部類で、おそらくこうしたイメージセンサーを使わないとVSD100F3.8の良さは生きてきません。


しかし、そうしたカメラの稼働実数を考えればその市場規模は推して知るべし。一方で、F3.8の明るさを維持した上でこれだけのイメージサークルを確保するには、価格を含め犠牲も少なからずあったはずで、上記のようなカメラを持っていない層には、むしろデメリットの方がより多く降りかかる形になりかねない危うさがありました。


光学系としては周辺光量が極めて豊富で、APS-Cや35mm判ならフラット補正がほとんど必要ないようなレベル(APS-Cで周辺光量90%以上、35mm判でも80%以上*1)なのですが、そうした方向での訴求がなかったのもあまりにももったいないように感じました。



もっとも、この製品については技術継承や開発経験蓄積の意味合いも強く、最初から市場性や採算をある程度度外視していたと思わるフシもあるので、一概に良し悪しを判断できない部分もあるのですが、ちょっと分不相応に背伸びした割にマーケティングが拙すぎた感は否定できません。


現時点で後継機開発の計画があるのかどうか分かりませんが、もし次があるなら、できればもう少しリーズナブルな製品開発をお願いしたいところです。

ネオワイズ彗星(C/2020 F3)格付けチェック


今回、みんなの耳目を集めたネオワイズ彗星(C/2020 F3)ですが、「立派な大彗星!」、「見えたけど思ったほどではない」、「そもそも天気が悪くて見えない orz」など、様々な声が聞こえてきます。




では実際、過去に「大彗星」と呼ばれた彗星に対して、ネオワイズ彗星(C/2020 F3)はどの程度のランクに位置するのでしょうか?Comet Observation Database(COBS)に掲載されている光度情報を元に比較してみました。光度グラフのスケールはヘール・ボップ彗星を除き、すべて合わせてあります(横軸は近日点を中心に前後90日)。


併せて各彗星の高度も色分けで表示しています。は日出前30分/日没後30分の時点で高度10度以上、は日出前60分/日没後60分の時点で高度10度以上、は日出前60分/日没後60分の時点で高度20度以上を示しています。


いかに彗星が数字上明るくなったとしても、高度が低すぎては観測しづらい上に、大気による減光で暗く見えるので印象を大きく左右します。おおむね、熱心な天文ファンが観測できる範囲天文に興味のある一般人が観望できる範囲普通の一般人が観望できる範囲と考えておけばいいでしょう。また、はその彗星が日本から見えなかった(終日、地平線上に現れなかった)期間を示しています。



なお、大彗星になる条件はいくつか考えられますが、一般に以下のような点を満たしているものが大彗星になりやすいです。


1. 近日点距離が近い
彗星は、太陽に接近するほど加速度的に明るくなります。また、太陽に強くあぶられることで、尾が非常に発達することがあります。一方で、太陽に極端に近づくタイプの彗星は、明るくなっても太陽のすぐそばにあるため、地上からの観測が難しくなりがちです。


2. 地球との距離が近い
彗星が地球の近くを通るほど、明るく見えますし、尾の見かけの長さも大きくなります。ただし、距離が近いと彗星自体の見かけのサイズも大きくなるので、等級の数字の割には淡く見えることが多いです。*1


3. 彗星核そのものが大きく、活動が活発
彗星の本体(核)は「汚れた雪だるま」に例えられますが、この核のサイズが大きいと、太陽熱にあぶられて放出される物質の量が増え、明るく見えることになります。また、核のサイズがそれほどではなくても、活発に物質を放出していれば、それだけ明るくなります。


4. 太陽、地球、彗星の位置関係が良い
例えば、いくら彗星本体が明るくなったとしても、その時期に彗星が太陽の向こう側にあって地球から観測不能などといった場合には、決して大彗星とは呼ばれません。彗星が明るくなったタイミングで、観測しやすい位置にあるのが理想です。


ネオワイズ彗星(C/2020 F3)


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まずは今回のネオワイズ彗星(C/2020 F3)です。2020年3月27日、赤外線観測衛星NEOWISEによって発見されました。彗星核の直径は5km程度で、百武彗星(C/1996 B2)の核の直径(4.2 km)をやや上回ると推定され、近日点距離も0.29天文単位と比較的小さいことから、大彗星になる資格は十分にありそうでした。


発見以降の増光ペースからは、明るさは最大2~3等程度と予想されていましたが、近日点通過前の6月末には予想外の増光を見せ、最大で0等近くまで達しました。近日点通過後は明け方の低空に長い尾をたなびかせる姿が観測されました。その後は夕方の西空に回り、地球に接近するとともに高度を上げていきましたが、明るさは低下していきました。


光度グラフを見ると、日出60分前/日没60分後に高度10度以下という時期、1等台の観測結果が出ています。ただ、この高度だと朝焼け、夕焼けの残光に紛れやすく、一般の人がパッと見て分かるかというと、なかなか難しそうな気がします。近日点通過から12日ほどたつと10度以上に上がるようになりますが、2等台に落ちてきています。



次に、知名度の高い過去の彗星たちを見ていきます。

池谷・関彗星(C/1965 S1)


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1965年9月18日、静岡県池谷薫氏と高知県関勉氏が発見した彗星です。軌道計算の結果、太陽の表面を掠めるような軌道をとる「クロイツ群」の彗星の1つであることが分かり、極めて明るくなることが予想されました。


彗星は予想通り明るくなり、近日点通過時には太陽の周りを回っていくのが白昼にもかかわらず観察されています*2。その後、彗星は明け方の空に、数十度におよぶ長大な尾を引いて現れました。日出30分前の高度が10度を超える頃には、光度は2~3等といったあたりでした。ただ、光度の落ち方は急速で、近日点通過から1か月と経たずに肉眼では見えなくなりました。


日本人が発見した彗星であること、また連日天気に恵まれたことから、この彗星を見て天文に興味を持った人も多く生まれましたが、もしこの彗星が現代に現れた場合、ここまでのフィーバーにはならなかったと思われます。1960年代はまだまだ空が暗く、地方都市くらいなら長く伸びた淡い尾も比較的容易に確認できたでしょうが、光害の酷くなった現在では空の暗いところまで遠征しないと難しそうです。また、核への集光が弱い彗星だったようで、観測しやすくなった時期の2~3等という明るさも、数字の印象ほどには感じなかったでしょう*3


ベネット彗星(C/1969 Y1)


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1969年12月28日に南アフリカプレトリアのジョン・カイスター・ベネット氏によって発見された彗星です。


発見後、彗星は日本からは見えない南半球の空にありましたが、近日点を通過した頃から、明け方の空に明るい姿を確認できるようになりました。彗星は地球の軌道面を真南から真北へ横切る方向に動いたため、彗星は急速に高度を上げ、非常に見やすい状態になりました。日出1時間後の高度が20度を超える頃でも0等台の観測結果があり、見る人に鮮烈な印象を残したようです。核への集光も強かったようで、明るさと観測条件の良さに恵まれた彗星でした。


コホーテク彗星(C/1973 E1)


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1973年3月7日にチェコ天文学者、ルボシュ・コホーテクによって発見された彗星です。軌道計算から、この彗星は12月28日に太陽に0.14天文単位(約2100万km)の至近距離まで接近することが分かりました。また、非常に遠方(木星の軌道近辺)にあったにもかかわらず発見されたことから、彗星核は大きいと予想され、さらに太陽接近時の地球との位置関係も比較的良好と、大彗星になる条件を兼ね備えていました。そのため、マスコミや業界を巻き込み、大フィーバーに発展したのです。


ところが、オールトの雲から初めて太陽系内部に降りてきた彗星によくありがちなことですが、彗星核が予想以上に不活発で光度が伸びず、地上からの観測では最も明るいときでも2~3等、見やすくなる「日没60分後に高度10度以上」の時点では3~4等程度という全くの期待外れに終わりました。ちなみに、衛星軌道上にあったスカイラブからの観測では、ピーク時の明るさは0~マイナス等級に達していたと思われるのですが、地上から見えないのでは意味がありません。前年(1972年)のジャコビニ流星群の空騒ぎと合わせて「天文史上最悪の期待外れの1つ」と言われ、「誤報テク彗星」などと揶揄される始末でした。


ウェスト彗星(C/1975 V1)


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1975年9月24日にヨーロッパ南天天文台 (ESO) のリチャード・マーティン・ウェスト氏がESOの口径1mのシュミット望遠鏡で撮影した写真から発見した彗星です。近日点距離が約0.2天文単位と小さく、発見当初から非常に明るくなることが予想されました。ただ、先のコホーテク彗星の騒ぎに懲りたのか、報道はほとんどされなかったようです。


発見後、位置的に北半球からは観測しづらい状況が続きましたが、近日点通過前後に彗星核が分裂して大量のダストが放出され、一気に2等級も増光しました。近日点通過時には-3等に達し、白昼でも観測できたと言います。そして3月初旬には、雄大な尾をなびかせる大彗星として明け方の空に現れました。明るさの落ち方は速く、近日点通過2週間後の3月9日ごろには2等程度まで下がってしまいましたが、日出1時間前の高度は15度ほどあり、比較的観測しやすい彗星でした。


また、この彗星は大きく広がったダストの尾が見事で、尾から昇ってくるウェスト彗星を見て「山火事かと思ったら……」とか「薄雲がいつまでも取れないと思ったら……」といった目撃証言が多々あります。


1P/ハレー彗星


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これまで何度も明るく雄大な姿を見せてきたこの彗星ですが、1986年の回帰は、有史以来最悪と言っていいほどの条件の悪さでした。地球から見て、彗星が太陽の向こう側を回り込むように移動したため、彗星が最も明るくなる時期に地球から観測できない上、地球-彗星間の距離も大きく、明るく見えなかったのです。


1986年初頭には、近日点通過に向けて夕空での彗星の高度が下がっていきましたが、最も明るいときでも4~5等程度。近日点通過後は明け方の南東の空に現れましたが、明るさは3~4等で、高度もまったく上がりませんでした。


百武彗星(C/1996 B2)


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1996年1月31日、鹿児島の百武裕司氏が発見した彗星です。軌道計算の結果、地球からわずか0.1天文単位(約1500万km)の距離を通過していくことが明らかとなり、大彗星になることが期待されました。


実際、彗星は接近にしたがってみるみる明るくなり、地球に最接近した3月25日頃には明るさ0等、尾の長さは100度近くに達する大彗星になりました。都心でも、ボウッと輝くコマを肉眼で容易に確認することができたほどです。また、地球に接近したため天球上での見かけの動きも速く、時間をおいて見ると彗星が移動しているのがハッキリ分かるほどでした。


この彗星の場合、地球最接近の頃には北極星に非常に近い位置を通過するため、北半球から一晩中見られたというのも特徴で、明るい期間こそ短かったものの、非常に好条件でした。その後、太陽に接近していきましたが、それに伴って高度は下がり、近日点通過後は日本からは見えなくなりました。


なお、最大光度の0等という値ですが、彗星が地球に近すぎたこともあって見かけのサイズが非常に大きく、その分、光が分散して数字ほどに明るい印象はありませんでした。とはいえ、大彗星だったのは間違いありません。


ヘール・ボップ彗星(C/1995 O1)


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まず文句なしに大彗星と言える……どころか、有史以来屈指の大彗星ではないかと思われるのがヘール・ボップ彗星(C/1995 O1)です。太陽にあまり近づかず(近日点距離:約0.94天文単位)、地球からの距離も遠く(地心距離:約1.32天文単位)、本来なら大した彗星になりようもないのですが……なにしろ核の直径が約30~40kmと桁外れに巨大でした*4。まさに力業のゴリ押しで大彗星に上り詰めたような印象です。


光度グラフを見ると、1996年7月ごろから翌年末までの実に18か月にもわたって肉眼等級を維持していたことが分かります*5。通常、彗星が肉眼等級を保っていられる期間は非常に短く、長くてもせいぜい2~3か月程度。それまでの記録がC/1811 F1の約260日ですから、いかに規格外の彗星だったかがよく分かります。


1等以上の明るさを保っていた期間も2か月以上と異例の長さで、結果的に天気に左右されなかったのも大きいです。


またヘール・ボップ彗星の場合、太陽にあまり接近しなかったこともあって、最も明るくなった時期の観測条件が非常に良かったこともあります。光度グラフを見ると分かりますが、最も明るくなった頃の高度は日出60分前/日没60分後の時点で10~20度以上あり、誰でも容易にその姿を目にすることができました。


17P/ホームズ彗星


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ちょっと異質なのがこのホームズ彗星です。公転周期6.9年の周期彗星で、取り立ててこれといった特徴に乏しい平凡な彗星です。2007年に近日点を通過した際も14等台で観測されていましたが、近日点通過から5か月ほどたった10月24日~25日にかけて、16~17等台だった彗星が突如2等台にまで実に100万倍もの大バーストを起こしたのです。


当時、ホームズ彗星はちょうどペルセウス座にあって、深夜には天頂近くまで昇る非常に見やすい位置にありました。明るい上に、光害の影響が比較的少ない天頂付近ということもあって、都心からでもボウッとした黄色みがかった光芒がハッキリ確認できました。彗星をほぼ正面から見る位置関係だったため尾は目立ちませんでしたが、彗星らしからぬ異常な姿は強く印象に残りました。


ただ、いかに明るいとは言っても、小彗星が異常なレベルの大バーストで増光しただけなので、いわゆる「大彗星」には含めないのが普通かと思います。


パンスターズ彗星(C/2011 L4)


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2011年6月6日、移動天体や突発天体を捜索するプロジェクトであるPan-STARRS(パンスターズ)の望遠鏡によって発見された彗星です。彗星は発見後、順調に明るさを増していったこともあり、2013年3月に太陽に接近するころにはマイナス等級に達する大彗星になるだろうと予測されました。


彗星はおおむね予想に近い増光を示しましたが、長らく日本からは見えず、国内から報告が上がってきたのは3月10日の近日点通過前後からでした。その後、観測数は増えていきましたが彗星はずっと低空をうろついていて、観測しづらい状況が続きました。光度は「日没30分後に高度10度」の時点で1等程度でした。


明るい彗星には違いないのですが、低高度を移動する期間が長かったこと、春霞のせいで大気の透明度が悪く、実態より暗く見えたことから、大彗星とは言いがたい感じがします。


アイソン彗星(C/2012 S1)


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2012年9月21日にキスロヴォツク天文台にてヴィタリー・ネフスキーとアルチョム・ノヴィチョノクによって発見された新彗星です。ISONという名前は、発見者らが所属しているプロジェクト「国際科学光学ネットワーク」(International Scientific Optical Network, ISON)から取られたものです。


彗星は発見当時、木星軌道付近で見つかったにもかかわらず比較的明るかったこと(彗星核が大きい?)、また太陽に極端に近づく(近日点距離187万km)軌道を描くことから、上記のパンスターズ彗星(C/2011 L4)に続くこの年2個目のマイナス等級に達する大彗星になるのではないかと期待されました。


ところが、実際には太陽に接近しても光度は伸び悩み、近日点通過直前の11月20日以降でも高々3~4等の明るさにしかなりませんでした。それでも、太陽に接近して生き残れば大化けする可能性もあったのですが、接近時の熱と引力に耐えられず、あえなく崩壊、消滅してしまいました。


一見、大彗星の条件を満たしているかのように思われたこの彗星ですが、彗星核は思いのほか小さく、わずか直径500m程度しかなかったことが後に判明しています。


ネオワイズ彗星の「格」はどのあたり?


さて、以上を踏まえて「格付け」です。


まず、横綱がヘール・ボップ彗星(C/1995 O1)なのは異論のないところでしょう。これは歴代の彗星を並べても頭1つ抜けていて、いい意味で比較対象にすらなりません。



これに次ぐ大関クラスベネット彗星(C/1969 Y1)ウェスト彗星(C/1975 V1)百武彗星(C/1996 B2)あたりでしょうか。


ベネット彗星は、高度的に観測しやすい時期に明るかった点、ウェスト彗星はピーク時の明るさと尾の発達具合が評価対象。百武彗星も、地球接近前後のごく短期間とはいえ、観測しやすい位置で明るく雄大な姿を見せてくれたことを評価しています。


ただし、ウェスト彗星と百武彗星については、尾をどう考えるかで評価が変わりえます。どちらも立派な尾を成長させた彗星ですが、尾は光害の激しい街なかでは確認しづらく、そこは割り引いて考える必要があります。特にウェスト彗星は「20世紀で最も美しい尾を持った彗星」と言われたくらいで、尾の立派さが評価の対象になることが多いのですが、時代的に光害は現在よりマシだったはずで、もし現代に同じ彗星が現れたとしたらどのような評価になるか興味のあるところです。



池谷・関彗星(C/1965 S1)は、あえて言うと張出大関くらいでしょうか?瞬間最大光度は、記録が残っている彗星の中では歴代1位。長く伸びた尾も強い印象を残しました。ただ、上にも書いたように光害の影響は割り引いて考える必要がありますし、見やすくなった時期の光度を考えると、それほど飛び抜けているわけでもありません。間違いなく記録に残る彗星ではありますが、公平に見て「大彗星」と呼べるかどうかは微妙なような気がします。



この下の関脇クラスパンスターズ彗星(C/2011 L4)などで、ネオワイズ彗星(C/2020 F3)が比較されるのはここでしょう。


試しに、パンスターズ彗星(C/2011 L4)とネオワイズ彗星(C/2020 F3)の光度グラフを、近日点を基準に重ねてみます。


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青がパンスターズ彗星(C/2011 L4)、赤がネオワイズ彗星(C/2020 F3)の光度グラフです。また、各彗星の高度をグラフの上下に示してあります。色分けの意味はここまでと同様で、下側がパンスターズ彗星(C/2011 L4)、上側がネオワイズ彗星(C/2020 F3)となっています。


こうしてみると、ピーク時の明るさや近日点通過後の明るさの変化は両者ともよく似ています。近日点通過後は、パンスターズ彗星(C/2011 L4)の方がやや光度低下が速いでしょうか?


しかし、両者でハッキリ違うのは高度です。パンスターズ彗星(C/2011 L4)はかなりの長期間にわたって低空をウロウロしている(水色の期間が長い)のに対し、ネオワイズ彗星(C/2020 F3)は比較的素早く高度を上げてきています。明るさが同程度なら、高度が高い方が見やすいのは当然のことです。


また、各所の報告を見る限り、ネオワイズ彗星(C/2020 F3)は尾が非常に発達していて、ここはパンスターズ彗星(C/2011 L4)とは異なるところです。



ということで、ネオワイズ彗星(C/2020 F3)は、北半球から見られた彗星としては「関脇筆頭」くらいの格はあるとみていいのではないでしょうか。


とはいえ、昔、天文ガイドの記事かなにかで「事前に情報を知らない一般人が空を見上げて、それと気づくのが大彗星」という話を聞いたことがあります。自分の感覚からしても納得のいく定義ですが、これからすると「大彗星」と呼ぶにはちょっと足りないかなという印象です。



ちなみに、ベネット彗星やウェスト彗星とも同様にして比較してみましたが……


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文字通り、格が違いましたね orz

*1:彗星の等級(全等級)は、彗星の全ての光を1点に集めたとした場合の明るさを示します。そのため、彗星の見かけの大きさが大きくなると、光の密度がその分薄まり、淡く見えることになります。

*2:おそらく、瞬間的には-16~-17等程度にまで達したものと思われます。

*3:「頭が暗くてね、尾だけずーと出てた。あの尾は薄くて長かった。」という目撃者の証言があります。(ref. 天文ガイド1990年5月号 P.125)

*4:ハレー彗星の核の大きさが8km×8km×16kmなので、その大きさが分かろうというものです。

*5:このグラフだけ横軸のスケールが違うことに注意。