PHD2の日本語マニュアルを公開しています。こちらからどうぞ。

個人サイト「Starry Urban Sky」もよろしく。

ネオワイズ彗星(C/2020 F3)

1997年のヘール・ボップ彗星以来、北半球では長らく、見やすく明るい彗星が現れませんでした。しかし昨年末~今年前半にかけて、最近にしては珍しく、非常に明るくなるのではないかと思われる彗星が次々と現れました。


まずは2019年末に現れたアトラス彗星(C/2019 Y4)。発見直後から猛烈な勢いで明るくなり、太陽に接近する頃にはとてつもない明るさになるのではないかと期待されました。ところが、太陽へ接近途中の3月末、核が分裂するのが観測され、彗星は急速にその明るさを落としていきました。
hpn.hatenablog.com


メインの核は一応その後も生き残り、太陽への接近に伴い明るさも増しましたが、それでも最大で8等前後と、肉眼彗星とは程遠い結果に終わりました。



2020年3月25日には、太陽観測衛星SOHOに搭載された観測機器「SWAN」によって彗星が発見され、スワン彗星(C/2020 F8)と命名されました。発見直後の増光はおとなしいペースで、最大でも6等前後かと思われたのですが、4月下旬から急に増光の勢いが増大。マイナス等級入りも見えるようになってきました。


f:id:hp2:20200720190854p:plain:w600

ところが5月に入って間もなく、増光がぴたりとストップして逆に減光に転じました。この彗星も核が崩壊したようで、結局5月2日ごろに5等前後を記録したのが最大の明るさということになりました。



そして、もう1つ期待されたのがネオワイズ彗星(C/2020 F3)です。赤外線観測衛星NEOWISEによる観測から発見された彗星で、太陽への最接近時に2等前後は固いだろうと考えられました。


f:id:hp2:20200720191713p:plain:w600

ところが、彗星の位置の関係で地上からの観測が不可能になった6月末、太陽観測衛星SOHOのLASCO C3カメラに映った姿は1~2等台にも達していました。予想外の増光です。その後の地上からの観測でも、0~1等台の明るい彗星本体と立派に伸びた尾が観測されました。


7月頭以降は北半球からも明け方の低空で観測できるようになり、南半球での観測結果と同様、立派な姿が確認されました。


f:id:hp2:20200720191312p:plain:w600


しかし、折あしく日本は記録的な梅雨の真っ最中。特に私の住んでいる東京は、6月末からの連続降雨記録が更新中というありさまで、彗星どころか雲の切れ間一つ見えません。7月11日の明け方は、WindyやGPVの予報ではかろうじてチャンスがあったのですが……

……といった具合で、まるで姿を捉えることができませんでした。



ところが7月19日、梅雨前線がやや南に下がったためか久しぶりの晴れ間が。各種の予報でも、日没頃には比較的雲が取れていてチャンスがありそうです。そこで、日没頃を見計らって、いつもの公園に出撃してきました。

f:id:hp2:20200720191453j:plain

公園内のいつも使っている場所は北側の見晴らしが悪いので、今回はやむを得ず芝生の上に機材を展開しました。一応、芝生を傷めないように&機材が沈みこまないように、各三脚の脚元には木の板を敷き、椅子の下も段ボールで養生しています。


機材としては、撮影用にミニボーグ55FL+レデューサー0.8×DGQ55+ASI2600MC ProとK-5IIs+DA 17-70mmF4AL[IF] SDM、眼視用にAZ-GTi+ミニボーグ60EDとニコン 10x42 HG L DCFとを用意しました。もし、こちらが観測しているのを見て興味を持った方が来ても、これならどうにか対応が可能でしょう。


f:id:hp2:20200720191511j:plain

ところが、日が暮れるにしたがって雲がどんどん厚くなってきます。個々の雲自体は、南から北へと速い速度で流れていくのですが、南側の雲が厚いために北西方向の雲量が一向に減りません。しまいには南東側の一部を除いて雲に覆われてしまい、極軸合わせもアライメントもできない状態に。


それでも辛抱して待っていると、20時ごろから徐々に雲が薄れてきました。急いで赤道儀のセッティングを済ませ、彗星の方向に筒を向けます。まずは構図確認のために1枚。


f:id:hp2:20200720191526j:plain
2020年7月19日 ミニボーグ55FL+レデューサー0.8×DGQ55(D55mm, f200mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃, Gain=450, 露出30秒, IDAS LPS-D1使用
ステライメージVer.7.1eほかで画像処理

うん、薄雲に邪魔されたものの、ちゃんと尾を引いた姿が写っています。


そこで、続いて本撮影に移ります。ガイドカメラからの映像を確認すると、集光の強いコマがはっきりと見えています。これだけしっかり見えるということは、2~3等はありそうです。このコマをガイド星として用い、彗星核追尾でやや長めの露出で尾の表現を狙います。短時間露出で尾の微細構造を……というのも考えたのですが、なにしろ光害の激しい都心の低空、ある程度露出を与えないと尾そのものがロクに写らないでしょう。


ところが、本撮影を始めても薄雲は取れず、ついには雲に完全に覆われて彗星そのものが見えなくなってしまいました。時間がたっても雲は取れず、21時ごろまで粘ったものの、ここであえなく撤収となりました。結局、構図確認のために撮影したコマが最も写りがいいという、なんとも不完全燃焼な結果に。とはいえ、記録的な梅雨のさなかに彗星の姿が捉えられただけでも御の字と言えるでしょう。


一方、眼視の方は、AZ-GTiのアライメントが不調だったため双眼鏡での観望になりましたが、都心の明るい空の元では姿を捉えるのも一苦労。この日の彗星の予想光度は3等前後とかなり暗くなってきている上、高い湿度の影響もあって北斗七星を視認するのすら大変なくらいなので、方向の見当すらつきません。散々さまよった挙句、「おそらくこれがそうかな?」と思える像を確認しましたが、見え方はやはり彗星のイメージからは程遠く、こればかりはやはり空の暗いところで見るべきだなと再確認することになりました(^^;



なお、撮影準備&撮影中に、こちらの作業に興味を持った近所のご家族がいらして、撤収までの1時間ほど、観望や機材談議に花が咲きました。なんでもご主人が天文機材の購入を考えているそうで、都心での天体写真の可能性などについてお話しさせていただきました。尾を引いた彗星の姿も確認いただくなど、こちらも楽しい時間を過ごさせていただきました。街なかで撮影していると、このような一般の方との交流もしばしばあって、なかなか楽しいものです。

長時間・少枚数露出 vs 短時間・多数枚露出

火曜日夜に行った実験の続き、2つ目は冷却CMOSにおける撮影条件の検討です。




これまで本ブログでは、デジカメでの撮影について、淡いところまで写すという目的においては、短時間・多数枚露出よりも長時間・少枚数露出の方が有利であることを指摘してきました。

hpn.hatenablog.com


これは設定感度を上げても全く同じことで、結局のところ、撮像素子に一定以上の光が当たらない限りシグナルは得らない、という原理に基づく話で、シグナルのない画像を何枚重ねようとも「ゼロを何倍してもゼロはゼロのまま」……つまり淡い部分は写らないというわけです*1


加えてデジカメの場合、RAWで撮影したとしても画像処理エンジンの介在が避けられません。画像処理エンジンはノイズ除去などにおいて重要な役割を果たしていて、暗い部分のトーンを意図的に落としたり、周辺の画素の色で塗りつぶすなどしてノイズを目立たなくします。乱暴と言えば乱暴な方法ですが、日常の写真ならあまり問題になりません。


ところが、本質的に露出不足にならざるをえない天体写真の場合、こうした処理が挟まることで、淡い星雲や微光星の表現が犠牲になってしまいます。


しかし一方、天体撮影用のCMOSカメラには画像エンジンが基本的に存在しません。だとすると、もしかしたら短時間・多数枚露出でも長時間・少枚数露出に匹敵する画像が得られるかもしれません。



そこで、長時間・少枚数露出と短時間・多数枚露出とを撮り比べてみることにしました。光学系は光害カットフィルターのテストと同じくミニボーグ60ED+マルチフラットナー1.08×DG。カメラはEOS KissX5 SEO-SP3(ISO100)またはASI2600MC Pro(Gain=0, 0℃)を用い、240秒露出の1枚撮り60秒露出の4枚コンポジット15秒露出の16枚コンポジットで写りを比較します。なお、光害カットフィルターについては、EOS KissX5とASI2600MC Proで共通で使用できるIDASの「Night Glow Suppression filter NGS1」を用いています。


まずはEOS KissX5 SEO-SP3の結果から。被写体はM16中心部、いわゆる「創造の柱」付近です。


f:id:hp2:20200618194217j:plain

センサー温度が35℃近くまで達していた上、撮って出しなのでかなり写りが悪いですが、それでも、240秒露出のものに比べて15秒露出×16の画質が著しく悪いのは一目瞭然です。念のため、ここから星雲をあぶりだして同程度に見えるように調整してみましたが……


f:id:hp2:20200618194234j:plain

短時間・多数枚露出のものの写りが悪いのは変わりません。これまでの結果を追認する結果で、圧倒的に「長時間・少枚数露出≫短時間・多数枚露出」でした。



次に、ASI2600MC Proの結果です。


f:id:hp2:20200618194300j:plain

こちらも、撮って出しの時点で、星雲の写りが明らかに1枚当たりの露出時間に比例しています。こちらも星雲をあぶりだしてみると……


f:id:hp2:20200618194317j:plain

思ったほど差がないようにも見えますが、やはり240秒の1枚撮りが画質面で最も秀でています。画像処理エンジンが介在しないせいか、KissX5の結果に比べると差が少ないように見えますが、それでも階調の表現などに明らかな差が見られます。


f:id:hp2:20200618194333p:plain

実際、画像のヒストグラムを見てみると、1枚当たりの露出時間に比例してヒストグラムの幅も広がっていて、画像処理の余地も広がっていることが分かります。*2


また、「コンポジットをするとS/N比が上がる」と言われますが、この結果を見る限り、シグナルの低さがノイズの低さを打ち消してしまっている印象です。



……というわけで、やはり冷却CMOSにおいても「長時間・少枚数露出≫短時間・多数枚露出」という原則は変わらないようです。もっとも、1枚当たりの露出を伸ばすと撮影難度は上がりますし、一方でデジカメに比べて低照度域での表現力は勝っているような感じがするので、バランスの見極めが重要かと思います。

*1:ウチのような光害地の場合、光害成分が極端に多いので星雲のかすかな光が埋もれてしまい、その小さな差を検出するためには露出を伸ばさざるをえないという事情もあります。

*2:15秒露出のものはヒストグラム上でも赤い成分が少なく、星雲がまともに写っていないことがよく分かります。

光害カットフィルターの比較

昨夜は梅雨時らしからぬカラッとした快晴。夏至直前で夜が短い上、平日でしたが、月の出までの時間を使って2つほど実験をしてみました。まず今夜は、光害カットフィルターの比較からです。




先日、冷却カメラを買った際、実は併せて光害カットフィルターも購入していました。IDASの「Night Glow Suppression filter NGS1」です。


曰く、「人工光害と共に自然発光する大気光(夜天光)も抑制する」との触れ込みで、透過特性はこんな感じ*1


f:id:hp2:20200617235934p:plain

白色LEDの明かりをある程度カットしつつ、カラーバランスも極力配慮したような特性になっています。一方で、水銀由来の輝線はある程度通してしまうようで、このあたりがどう出るか気になるところです。


f:id:hp2:20200618000238j:plain

今回はこのNGS1と、これまで使ってきたLPS-P2、Nebula Booster NB1との比較をしてみたいと思います。参考までに、LPS-P2とNB1の透過特性はそれぞれ以下の通りです。


f:id:hp2:20200618000341p:plain

LPS-P2は伝統的な光害カットフィルターで、水銀由来の輝線は徹底的にカットしていますが、一方で白色LEDに対しては全くの無力です。


f:id:hp2:20200618000407p:plain

NB1の方は、光害カットフィルターというよりはナローバンドフィルターからの派生といった感じで、Hβ、OIII、Hα以外の光は極力カットするようになっています。


これらを装着し、ミニボーグ60ED+マルチフラットナー1.08×DGで撮影を行います。使用カメラはEOS KissX5 SEO-SP3で、ISO100、300秒露出でM8(干潟星雲)~M20(三裂星雲)付近を狙っています。



さて、それでは早速結果です。まずはWBを太陽光に固定した状態での「撮って出し」から(Canon Digital Photo Professional 4で現像)。


f:id:hp2:20200618000457j:plain

色の転び方がずいぶん違います。まずフィルターなしの場合ですが、当然のことながら最も背景が明るく、星雲の姿が光害に飲み込まれかかっています。背景が赤っぽいのは、いわゆる天文改造を行ったカメラ(EOS KissX5 SEO-SP3)で撮影しているためです。


これにLPS-P2をかけると、背景レベルがグッと落ちて、星雲がかなりはっきり見えるようになってきます。


一方のNGS1ですが、こちらは背景がかなり強烈に緑に転んでいます。水銀灯や蛍光灯による光害があると緑やシアンに転びがちなようですが、むしろそれよりもフィルターの透過光自体がそもそも緑色に見えるのが直接影響していそうな気がします。星雲の見え方自体は、LPS-P2と比べて、特筆するほどの大きな違いはなさそうです。


NB1については、さすがはナローバンドフィルターの係累。光害カットの効果は劇的で、背景レベルの低さは圧倒的です。



次に、WBを合わせた上での結果です(Canon Digital Photo Professional 4で現像)。


f:id:hp2:20200618000543j:plain

WBを合わせると、背景の明るさの差が一目瞭然です。ここ(東京都世田谷区)の撮影環境では、フィルターなし>NGS1>LPS-P2≫NB1という結果でした。


NGS1は、LPS-P2より透過する波長域が狭く、その分背景も暗くなりそうなものですが、これが明るくなっているということは、水銀灯や蛍光灯由来の光害が想像以上に多い……と言いたいところですが、ここは慎重な判断が必要です。というのも、上の写真では星雲の写りもNGS1の方がLPS-P2より良く、単に画像全体の明度がNGS1>LPS-P2となっている可能性が否定しきれないためです。これだけでは何とも言えません。



そこで、もう少しハッキリと各画像のポテンシャルを見るために、ステライメージで処理したものを見てみます。手順としては、ステライメージでWBを合わせて現像したのち、M20付近を基準として「オートストレッチ」を行って背景色を合わせ、「レベル調整」で各画像での星雲の表現や背景の明るさがなるべく同程度になるよう調整しています。


f:id:hp2:20200618000633j:plain

こうしてみると、LPS-P2とNGS1は星雲の写りに大きな差はないものの、NGS1の方には光害由来なのか、緑色のカブリがより多く残っており、効果としてはビミョーなところです*2。とはいえ、実際に調整してみるとLPS-P2とNSG1との差は案外わずかで、気にするほどでもないかなという感じもします。


ただ、NGS1は黄色付近の光を比較的多くカットしているため、星雲の色がやや単調になりがちなのは惜しいところです。上の写真ではあまり目立ちませんが、M8付近を強調するとNGS1の方は明らかに赤が勝ってしまい、ちょっと面白みに欠けます。冬場に「燃える木星雲」(NGC2024)などを撮るとハッキリするかもしれません。


なお、M20北側にある青い反射星雲に着目すると、NB1ではこれが全く写っていないことが分かります、これは反射星雲が輝線で輝いているわけではないためで、NB1に代表されるナローバンド系の光害カットフィルター(Sightron Quad BP, STC Astro-Duoなど)の弱点の1つです。同じく、NB1では写っている星の数も明らかに少なく*3、この手のフィルターが連続スペクトルで輝く天体の撮影に向いていないことを如実に示しています。


というわけで、少なくともウチの場合、NGS1の効果はLPS-P2と比較してビミョーと言わざるをえません*4 *5。まぁ、大差がないのでいいと言えばいいのですが、φ48mmまたは52mmのLPS-P2ないしLPS-D1を買いなおすかどうか*6悩ましいところですね……orz

*1:以下、透過特性のグラフは公開資料を基に、当方で書き起こしたものです。無断転載は一切お断りします。

*2:周辺減光や撮像素子上のゴミがそのままなのは、フラットを撮影してないので勘弁してください。

*3:おまけに、星の色が白、青緑、赤の3色のいずれかになってしまう。

*4:もう少しハッキリした結論が出ることを期待したのですが、良くも悪くも差は小さく、まさに「ビミョー」としか言いようがありません。

*5:おそらく「白色LED対応」を謳ったLPS-D2も、ある程度水銀の輝線を通してしまう以上、同様でしょう

*6:手持ちのLPS-P2-FF(キヤノンAPS-C用)はASI2600MC Proのマウントに取り付けできないので。アダプタを特注するのも手ですが、LPS-P2-FFはマウント内壁に突っ張って固定されるという構造上、サイズがわずかでも違うと取り付けできなくなりそうなのがイヤな感じです。