「恋する小惑星」の第5話、「夢や目標がない」という桜先輩にスポットが当たる話でした。これ、自分も含めて結構刺さる人が多いエピソードだったのじゃないかと思います。
桜先輩はきっと小さい頃から利発で大人びた子で、自分が決して才能に恵まれているわけではないことも、夢というものの実現の困難さも分かってしまっていたのでしょう。しかし一方で、その真面目さ、几帳面さのため、「夢や目標を持てない」ことを人一倍悩んでいて、他の部員をうらやむ面も……。完璧主義なところも含めて非常に人間臭いキャラクターで、自分自身を重ねてみた人も少なくないのではないでしょうか。
ともあれ、まずは目の前の文化祭に向けて頑張ってほしいです。それを通して、何かが見えてくるといいのですけど。
さてさて、今回は地学がメインでしたが、それでも天文ネタが少なからず挟まってくるあたりがこのアニメの油断ならないところ。今回も検証していきましょう。
あお『あ…木星』
みら『え!見える!?あ~ほんとだ!』

すず『へ~すごいね。ぱっと見でわかっちゃうんだ』
あお『うん。色と明るさでだいたい』
まずは、みら、あお、すず、イノ先輩の4人で海*1に遊びに行った帰りの場面。車窓から木星が見えています。

前回やった夏合宿が8/7~8でしたから、海に遊びに行っているのはそのあと。木星の位置を考えると、おそらく8月15日でしょう*2。上の星図は19時半のものですが、空の暗さからすると時間帯的にはこのくらいじゃないかと思います。
ただし、このときの木星の高度は20度を切っています。車窓から見上げるような高さではないので、ここは作画上の演出でしょう。
星空が出てきたといえば、あとはエンディング。以前時の鐘と写っていたカットが微妙に変わっていました。

場所は川越水上公園かと思ったのですが、Googleストリートビューで見る限り、東屋の屋根の形とかがどうも一致しないので、ちょっと違いそうです*3。で、場所はともあれ、星空が変わっています。時間とともに星が左から右に動いているので、南の空ですね。季節が進んでいるのだろうと当たりを付けてみると……

どうやら、みずがめ座~くじら座~エリダヌス座の領域ということで良さそうです。

参考までに、画面に星座線を入れたのがこちら。画面中に惑星がないので時期は特定できませんが、夕暮れからほどなくこの空になるというと1月上旬でしょうか?*4 作中の季節とともに星空を変えてくるあたり、芸が細かいです。夏が飛ばされたのがややショックですが……。
さてさて、この第5話は上で書いた通り地学がメインだったのですが、みらと桜先輩が訪れたミネラルショー*5で出てきたのがこれ。

みらが見つけて、値段の高さに早々に心を折られていた隕石です。
ラベルを見ると
Seymchan
石鉄隕石(パラサイト)
1967年発見
Seymchan,
Magadan district, Russia
とあります。
Seymchan(セイムチャン)というのは地名で、シベリアの東端、ロシアのマガダン州にあります。
ここで1967年6月、地質学者のF. A. メドニコフにより272.3kgの隕石が発見され、次いで同年10月に鉱山技師のI. H. マルコフにより、最初の隕石発見場所から20m離れた地点で51kgの隕石が発見されました。さらに2004年には、ドミトリー・カチャリンにより新たに50kg分の隕石が発見されています。これらをまとめて「セイムチャン隕石」と呼びます。
さて、「隕石」と一口に言っても、その内容は様々です。学術的には、その成分によって大きく以下の3つに分類されます。
石質隕石
誤解を恐れずに言えば、いわゆる「石」です。主にケイ酸塩鉱物からできています。小惑星や、惑星の地殻やマントルの破片などが起源と考えられています。
鉄隕石
「隕鉄」ともいいます。主に鉄とニッケルの合金からできていて、太古の惑星の核が起源と考えられています。「隕石から作った刀が云々……」といった伝説を聞いたことがあるかもしれませんが、この場合の「隕石」は鉄隕石です。
石鉄隕石
鉄-ニッケルの合金とケイ酸塩鉱物からできている隕石です。ある程度の大きさの惑星は内部が溶けて、主に金属でできた核、それを取り巻く、ケイ酸塩鉱物からできたマントル、さらに軽い物質からなる地殻に分かれます。これが惑星同士の衝突などで破壊されると、核の部分は鉄隕石に、マントルは石質隕石になります。一方、核とマントルの境目は互いの成分が混じり合っており、これが石鉄隕石となります。
これまで見つかった隕石の割合では、95.6%gが石質隕石、3.8%が鉄隕石、0.5%が石鉄隕石となっています。セイムチャン隕石はラベルにもあるとおり、希少な隕石の中でもさらに数の少ない石鉄隕石ですから、値段が高くなるのも当然といえば当然です。
ただ、セイムチャン隕石の場合、1967年の発見以来、長らくただの鉄隕石だと思われていました。というのも、発見された標本がどれも鉄-ニッケルの合金からできていて、ケイ酸塩鉱物が含まれていなかったからです。
ところが、2004年に新たに発見された標本は、鉄-ニッケルの合金の中に橄欖石(かんらんせき, オリビン)が含まれた「パラサイト」(Pallasite)*6と呼ばれる、石鉄隕石の中でも珍しい隕石でした。このことから、セイムチャン隕石は鉄隕石ではなく、石鉄隕石だということが分かったのです。つまり1967年に見つかった標本は、石鉄隕石のうちでたまたま橄欖石を含まない部分だったというわけです。
セイムチャン隕石のパラサイト部分の写真は、Wikimedia Commonsのこちらのページなどで見られますが、大変美しいものです。極めて希少な上に美しいとあっては、あの値段も当然でしょう。
ただ、ちょっと気になる点も。セイムチャン隕石のパラサイト部分が見つかったのは上で書いた通り2004年なので、ラベルに「1967年発見」と書いてしまっていいものかどうか……。逆に「1967年発見」という表記をまともに受け取ると、「石鉄隕石(パラサイト)」という表記がおかしなことになります。アニメの絵だと地金と橄欖石の区別がはっきりしないものの、パラサイトのようにも見えますが……。
このあたりは各分野の作法などもあるので、一概に正しい、間違っているとは言いにくいのですが、少なくとも部外者から見てちょっと厳密性に欠ける感じは受けました。*7
それにしても、装飾品としてしばしば流通していて人気も高いギベオン隕石ではなく、セイムチャン隕石をセレクトするあたり、実に渋いです。ミネラルショーの隕石にまで手を抜かないとは恐れ入りました。
※ 本ページでは比較研究目的で作中画像を使用していますが、作中画像の著作権は©Quro・芳文社/星咲高校地学部に帰属しています。また、各星図はステラナビゲータ11/株式会社アストロアーツを用いて作成しています。
*2:星図を心射図法で描いた時、木星が、おとめ座δ星とθ星を結んだ線の直上ないしごくわずか上に見える。これまでの検証から、「恋する小惑星」の星空は、特別な場合を除き心射図法で描かれている模様。
*3:【追記】おそらく第7話で観望会をやった公園。伊佐沼公園がモデルのようです。
*4:1月上旬だと日没が16時45分ごろ、天文薄明終了(6等星までを肉眼で見分けられる暗さになる)が18時15分ごろで、おおよそこのくらいの時間帯に上のような夜空になります。
*5:どうでもいいですが、「宝石商リチャード氏の謎鑑定」でもミネラルショーの話題が出てきたばかりだというのに、なんでこうかぶるのか……。「異種族レビュアーズ」と「群れなせ!シートン学園」とのハイエナネタがかぶったのも驚きでしたが、このシンクロニシティはなんなんでしょう?
*6:ドイツの学者ペーター・ジーモン・パラス(Peter Simon Pallas)によって発見された鉱物なのでこう呼ばれます。寄生虫(Parasite)とは関係ありません。
*7:ただ、おそらくはネタ元となった実物のラベルがこうなっていたのでしょう。アニメスタッフに非はないと思います。