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「恋する小惑星」を検証してみた 第9話

春は別れの季節。今回はそんな情景を描いた回でした。特に「面倒見のいいお姉さん」といった感じだったモンロー先輩が、こんなに部活をちゃんと楽しめていたんだ、と改めて気づくシーンには涙。登場人物、みんな不器用すぎだろ(泣



さて、今回は別れにスポットが当たってて、天文ネタはかなり控えめでしたが、いくつか拾ってみましょう。


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前回のすったもんだはどこへやら。案外すんなりと両家からOKが出て、同居を始めたみらとあおですが……ちょっとしたことでさっそく喧嘩が勃発。



みさ『うーん、天文好き同士のいさかいか。おそらく…

あお『みらってば。月は地球に隕石がぶつかってできたって言ってるのに。』
ジャイアント・インパクト説
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みら『あおってば、ロマンがないんだから。月が遠くから飛んできて、地球の引力に引っかかったって考えもあるじゃん。』
捕獲説
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…といったところか。』


お姉ちゃん、地味に詳しいですね(^^;


ここで出てくる「捕獲説」ジャイアント・インパクト説」は、月がどうやって出来上がったかを説明する理論です。


月は地球の1/4もの直径を持っています。惑星のサイズに対して、これほど大きな衛星をもつ惑星は他になく、どうしてこんな巨大な衛星ができたのかは大きな謎でした。


昔から唱えられていたのは、大きく以下の3つです。


分裂説
高速で自転する原始地球の一部がちぎれて月になった。

兄弟説
月と地球は同じガスとチリの塊から、地球軌道付近で同時に作られた。

捕獲説
月は地球とは別の場所ででき、それが後に地球の引力に捕らえられ地球の衛星になった。


しかし、どの説にも弱点がありました。


まず「分裂説」ですが、地球がちぎれるほどの力がかかるには、原始地球がよほど凄まじい高速回転をしていないとなりません。しかし、そのような高速回転をしていたという証拠はありませんし、そもそも高速回転をするようになった理屈も不明です。さらに、その高速回転が現在のような自転速度にまで低下した理由も説明できません。


次に「兄弟説」ですが、こちらは「月が地球の周りを安定して回っている」という事実自体が難点として立ちはだかります。この説では、原始地球周辺を回るチリや微小天体が集まって月になったと説明するわけですが、そうしたチリや小さな天体はランダムにぶつかり合うので速度が変化してしまうのです。地球に激突したり、逆に地球から飛び去ってしまわないようにするには、かなり微妙な速度調整が必要になってしまいます。さらに、月の平均密度は地球の平均密度より大幅に低く、同時に形成されたとするには無理があります。


最後に「捕獲説」。この説の場合、そもそも地球付近に月ほどの大きさの天体が飛んできて、それを捕獲するということが確率的にもほとんどあり得ないという難点があります。また、アポロ宇宙船が持ち帰った月の岩石を調べてみると、色々な元素の同位体比が地球のものと極めて近い、月の岩石と地球のマントルの成分比がよく似ている、といった特徴が明らかになってきたのですが、月と地球が別のところで生まれたとすると、それらを説明できません。


このためこれらの説は、特にアポロ宇宙船の探査以降は行き詰ってしまい、天文学者も匙を投げるほどでした。


そこに登場したのがジャイアント・インパクト説」です。


この説では、地球が形成されて間もない時期に、火星とほぼ同じ大きさ(直径が地球の約半分)の原始惑星が斜めに衝突したと考えます*1。その衝撃で、双方から溶けた岩石が地球の軌道上に大量にはね飛ばされ、これがまとまって月になったというものです。


直感だと、はね飛ばされた岩石がそんなにうまく月になるのかという気がしますが、スーパーコンピュータでシミュレーションを行うと、ちゃんと月が形成される解が存在します。


この説なら、月と地球の同位体比が似ていること、月の岩石と地球のマントルの成分比がよく似ていることが説明できます。また、月の成分分析から、月は過去に高温にさらされていたことが分かっているのですが、天体の衝突で溶けた岩石からできたと考えればこれも説明できます。さらに、月が地球の周りを安定して回っていることも、衝突の衝撃で初速度が与えられたと考えれば、十分に説明が可能です。


といったわけで、現在では「ジャイアント・インパクト説」が月の起源として有力視されています。堅実なあおが「ジャイアント・インパクト説」、突飛なみらが「捕獲説」というあたり、お姉ちゃんは2人をよく見ているようです(笑)


ただ、この説も盤石なものではありません。「捕獲説」のところでも触れましたが、火星ほどの巨大天体が地球に、月ができるのに最適な角度と速度で衝突するというイベント自体が非常にまれと思われます*2。また、シミュレーションの結果では、飛び散る岩石は1/5が地球由来、4/5が衝突した天体由来となってしまい、「月と地球の成分が似ている」という部分に矛盾を抱えてしまいます。


そこで、1回の巨大衝突ではなく、複数の小天体が次々と衝突して月が形成されたのだとする説も提唱されています(複数衝突説)。結局のところ、月の起源を確証を持って説明できる理論はまだない、というのが現時点での結論ということになります。



みら『あ、見て見て!金星出てる!』
あお『低くて見えないけど、近くに水星もいるかも。』
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あお『先週なら一番見やすい時期だったんだけど…。』
みら『東方最大離角だよね。太陽から一番離れて見えるんだっけ。』
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地球よりも太陽の内側にある水星や金星は地球からの見かけ上、太陽からある角度以上離れることはありません。その最大値を「最大離角」といい、太陽の東側にもっとも離れる「東方最大離角」と西側にもっとも離れる「西方最大離角」とがあります。最大離角の前後はその惑星がもっとも太陽から離れているため、高度が高くなり観望好機となります。2018年春の水星の東方最大離角は3月16日(金)でした。


なお、混乱しやすいのですが、夕方の西空で見やすいのが「東方最大離角」、明け方の東空で見やすいのが「西方最大離角」です。



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上の図は、下側が地球と内惑星の軌道を上から眺めたもの、上側がそれぞれの位置での地球からの見え方を示したものですが、最大離角の時の地球と内惑星の位置関係、そして地球からの見え方がよく分かると思います。なお、「太陽-内惑星-地球」の順に並んだときが「内合」で、「内惑星-太陽-地球」の順に並んだときが「外合」です。そして、最も明るく輝く「最大光輝」は内合の前後に訪れます*3 *4



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二人でベランダから眺める星空。水星の東方最大離角の翌週ということなので、3月23日と考えると、18時半~19時ごろと見るのが妥当でしょうか。この時間帯だと、東方最大離角を過ぎた水星の高度はわずか1度ちょっと。さすがに見るのは無理でしょうね。



あと、本編ではないですが、エンディングが変わっていました。


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写っているのは石垣島石垣島天文台。2006年3月、前勢岳の山頂に開設された天文台で、一般の人たちにも広く開放しているのが特徴です。このドームの中に収められているメイン望遠鏡は、口径105cmのリッチー・クレチアン式反射望遠鏡。架台は最近の大型望遠鏡でよく見られる、自動制御の経緯台式です。「むりかぶし」*5という愛称がついています。



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そのあと出てきた空は、夏の北天。上の場面だと8月15日の22時ごろがちょうどこんな感じになります。石垣島は緯度が低いので、北極星が低い位置にあることに注目です。


さて、次回からは新入部員も登場ですね。どんな展開になるのか、本当に楽しみです。



※ 本ページでは比較研究目的で作中画像を使用していますが、作中画像の著作権は©Quro・芳文社/星咲高校地学部に帰属しています。

*1:その意味で、あおの「隕石がぶつかった」という表現は可愛らしすぎです。

*2:これについては、例えば衝突した天体がラグランジュ点で形成され、これが軌道変化を起こしたのちに衝突したと考えることで回避できます。

*3:もっとも、最大光輝という言い方は、もっぱら金星に対してのみ使われます。

*4:最大光輝なのに欠けているのを奇妙に感じるかもしれませんが、これは地球との距離の兼ね合いです。惑星は欠けて見える一方で、地球との距離が近くなり、結果として光っている部分の面積が最も大きくなります。これが満ち欠けと最大光輝とのズレの原因です。

*5:沖縄方言で「群れた星」すなわち「すばる」(プレアデス星団、M45)のこと